閑話@客室ナリッサ2
ナリッサ視点の後半です。
暴力に関わる話が出てきますのでご注意ください。
あたしはこのちょっとばかり派手な見た目のおかげで、貴族家の当主や子息連中から目を付けられ、いままで何度も寝室に引きずり込まれそうになってきた。
最初は、13歳のときだった。
あたしは12歳でとある貴族家の侍女見習いになった。孤児院へ慰問にきた貴族家の当主が、あたしに自分の屋敷へ奉公に上がらないかと話をもってきたんだ。
まあ、いまならその時点で、そのゲスな当主の思惑が何だったのか、わかっただろうけどね。いや、わかっててもどうにもならなかったわ。だって孤児院の子が貴族家に、それも侍女見習いで召し抱えられるなんて破格の話、孤児院長には断るなんて選択肢があるわけないもの。
そしてその貴族家で1年ほど侍女見習いをして……当主はあたしを自分の寝室に引きずり込んだ。まだ13歳になったばかりのあたしを、だよ。
あたしは驚いて、ただただ恐ろしくて、必死に暴れた。
暴れに暴れて当主を蹴り飛ばして、それでなんとか逃げた。
孤児院に逃げ帰ったあたしは、孤児院長に罵倒された。
『その程度のこと』で逃げ出すとはどういうことだ、と。しかもお貴族さまに逆らって暴れたなどと、この孤児院に害が及んだらどうしてくれるんだ、と。
クラウスが必死になってあたしをかばってくれて、しかも自分が働き始めたばかりの商業ギルドの寮でこっそりかくまってくれた。
あたしは男の子の恰好をしてクラウスの兄弟として隠れていたけど、やっぱりバレてしまった。それでも商業ギルドの人が、貴族家の未亡人しかいない隠居宅での侍女の仕事を斡旋してくれた。
未亡人は恐ろしく陰険で意地悪で、しょっちゅう扇でたたかれたり物を投げつけられたりしたけど、ほかの侍女からもさんざん嫌がらせをされたけど、それでもあたしの身の安全だけは守られていた。
未亡人の甥だという、クズが同居を始めるまでは。
クズは早速あたしに目を付けた。
あたしはクズの寝室に引きずり込まれそうになり、とにかく大声をあげて騒いだ。騒いで騒いで騒ぎまくって、とうとう未亡人がやってきたので、あたしはこの甥をなんとかしてほしいと訴えた。
未亡人はあたしに向かって、小娘のくせに男に色目を使うとは末恐ろしいと罵り、クズの甥は、お前にはしつけが必要だと言ってあたしを鞭でたたいた。
それでもあたしが大騒ぎをしたおかげで、外聞を案じた未亡人はあたしを追い出した。ただクビを切って街中に放り出したのでは悪評を流されるとでも思ったんだろう、自分の親族の貴族家へあたしを送り付けたんだ。
その貴族家には、夫婦に娘3人と息子が1人いた。子どもは全員未成年だった。
当主は比較的温和な雰囲気で、夫人も特にあたしに嫌がらせをしてくることはなかった。
ほかの侍女からはそれなりに嫌がらせもあったし、従僕がいやらしい目で見てくるようなこともあったけど、それでもとりあえずこれなら長く勤められるかもとあたしが思い始めたとき、夫人があたしに言ったんだ。
「お前に、我が家の跡継ぎの閨の相手をさせてやることになりました」
あたしは耳を疑ったよ。
閨の相手? させてやる?
意味が分からないという顔をしていると、夫人は汚物でも見るような顔であたしを見ながら言った。
「お前、大奥さまのお屋敷でも甥御さまが同居されたとたん、色目を使って取り入ろうとしたんですってね。まったく、お前のような薄汚い下賤の女を、貴族家の跡継ぎの閨の相手と認めてやるなどと……心から光栄に思いなさい」
言っとくけどね、その息子、14歳だったんだよ?
学院にも進んでいない14歳のクズが、あたしが気に入ったからってお母さまにおねだりしたらしい。お母さまの横で、にやけた顔で笑っていやがった。
もちろんその場で辞めたよ。
着ていた侍女服のエプロンを脱いで丸めて夫人に投げつけ、クズ息子の目の前のサイドテーブルを蹴り倒して堂々と辞めてやった。
孤児院には戻れないし、もうクラウスの世話になるわけにもいかない。
あたしは商業ギルドで仕事を探し、街の食事処で働き始めた。
貴族家の侍女として正式な給仕も身に付けていたし、子どもの頃から親の商売を手伝っていたおかげでお金のやり取りにも慣れていた。仕事自体には、なんの問題もなかった。
けれどそのうち、またも厄介ごとに巻き込まれた。
商家のバカ息子が一方的にあたしにのぼせ上り、なんの関係もない常連客と乱闘騒ぎを起こしたんだ。
そのバカ息子はその前からいろいろ、あたし絡みで問題を起こしていて、これ以上問題を起こすのは勘弁してくれと、あたしはその店をクビになった。
さらにその上、そのバカ息子の親が、息子の体面をつぶされたとか逆恨みしてきて、あたしに制裁を加えるとか言い出して。
本当にやってらんないよ。
あたしは結局また、どこかの貴族家に潜り込んで身を隠すしか、方法がなくなっちまったんだから。
そうやって、下働きとして入ったのが、このクルゼライヒ伯爵家だった。
本当はもう、寝室に引きずり込まれそうになった時点で、ゲス当主を殴り飛ばして逃げるつもりだった。すべてに嫌気がさして、何もかもどうでもいいって気分だった。
そこへ、ゲルトルードお嬢さまが駆けつけてくださった。
そして下働きのあたしを、文字通り身を挺して助けてくださったんだ。
あたしはあのとき、一生このお嬢さまにお仕えしようと決めたんだ。
あれ以来、あたしはずっとゲルトルードお嬢さまの専属侍女として仕えさせていただいてるけど、自分の選択は本当に正しかったと日々実感してる。
ゲルトルードお嬢さまほど、お優しくてご聡明でお美しいご令嬢がほかに居るもんか。
それをあの、何を勘違いしてやがったのか、ご当家の、クルゼライヒ伯爵家の当主になるとか寝言をぬかしていたクズが……よくもあんな、よくもまあ、ゲルトルードお嬢さまに、あんな暴言を!
ダメだわ、また腹が煮えくり返ってきた。
あたしはまた、イライラと客室の中を歩き回り始めてしまった。
そんなあたしに、ヨーゼフさんが声をかけてきた。
「ナリッサ、あのクズがまたゲルトルードお嬢さまの前に現れたら、息の根を止めてやると公爵さまがおっしゃってくださっていましたが」
枕元に戻ったあたしに、ヨーゼフさんは口の端をゆがめて言った。
「公爵さまのお手をわずらわせるまでもありません。私たちでクズどもを徹底的に排除しましょう」
「いいですね、ヨーゼフさん!」
あたしは嬉しくなって笑ってしまった。「いますぐ排除の方法を相談しましょう。あのクズだけじゃない、ほかにも勘違いしたクズがやってくる可能性は高そうですから」
「ええ、本当に。ゲルトルードお嬢さまを貶めるような輩を、決して近づけてはなりません」
ヨーゼフさんもよっぽど腹に据えかねていたんだろう、熱があるっていうのに、ものすごく熱心に話し出した。
ええもう、その気持ちはあたしだってよーくわかりますとも。
あたしたちは、どうやってクズどもを排除するのかでさんざん盛り上がった。
さんざん盛り上がって、ようやく気持ちが落ち着いたのか、ヨーゼフさんは薬を飲んで眠った。
あたしも同じく、ようやく気持ちが少し落ち着いて、客室のソファで横になった。
けれど今度は、違う興奮で眠れなくなってきた。
そうよ、ヨーゼフさんもだけれど、協力者はたくさん居る。クラウスとカールはもちろん、シエラとハンスの姉弟も絶対に協力を断らないだろう。マルゴも大丈夫だ。
それに商業ギルドには、すでにゲルトルードお嬢さまの信奉者が何人もいるってクラウスが言ってた。
あとは、そうね、ツェルニック商会も完全に取り込まなくては。あの頭取兄弟もおそらく喜んで協力してくれるだろう。
今後、どんなクズ野郎がゲルトルードお嬢さまに近づいてこようと、もう二度とお嬢さまのお耳を汚すようなことはさせない。クズが何かしでかす前に、あたしたちで排除するんだ。
ゲルトルードお嬢さまを貶めることの対価がどんなものなのか、クズどもに思い知らせてやるわ。
ふふふふ、明日もまた、ゲルトルードお嬢さまにお仕えするために頑張らなければ。
ナリッサちゃんのゲルトルードお嬢さま愛、炸裂ですw





