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没落伯爵令嬢は家族を養いたい  作者: ミコタにう


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52.公爵さまからの提案

 どうやらやっぱり私は、一般的な『貴族の常識』から程遠いらしい。

 でもね、その『貴族の常識』って、ちょっとひどくない?

 借金は踏み倒して当たり前、自分に都合が悪いことは知らん顔、従業員だって仕事に縛り付けてただ働きさせるんだよ?

 いや、ちょっとどころか、めちゃくちゃひどいよ。


 我が家のゲス野郎は最低最悪だって思ってきたけど……もしかして、あの最低最悪が実は珍しくないとか? だって、今日やって来たあのクズ野郎だって同じレベルだったよね?

 もしかして、それがふつうの貴族社会、貴族の常識だとでもいうの?

 なんか、それってもう……。


「ひとつ、覚えておいて欲しいのだが」

 公爵さまの声に、私はハッと顔を上げた。

 膝の上で手を組んだ公爵さまは、その不思議な藍色の目で私をまっすぐに見ている。

「私は、きみの後見人になる用意がある」


 後見人?

 後見人って、えっと、親がいない未成年の保護者的立場の人だっけ? でも、私にはお母さまが……そうか、この世界、このレクスガルゼ王国では女性の権利はほとんど認められていないから、男親の代わりにってこと?


 ちょっと眉を寄せちゃった私に、公爵さまは続けた。

「私はきみが言うところの、親族でもなければ親しく付き合ってきた者でもない。だが、これは『持てる者』である私の当然の義務だ。庇護が必要な未亡人と令嬢が目の前に居るのだから。公爵家当主の名誉にかけて、信用してもらうしかない」


 いや、いやいや、公爵家当主の名誉だとか、そんな御大層なものをかけていただいちゃうとか。

 いや、でも……なんか、なんて言うか、初めて私が思う『貴族らしい』言葉を聞かせてもらった気がする。いわゆる、ノブレス・オブリージュだよね? 高貴なる身分の者はその身分に応じた社会的義務を負う、っていう。


「私がきみの後見人になれば、経済的支援はもちろんだが、それ以外にも私の名を出すことによって要らぬ諍いを避けることもできる。爵位持ち娘になったきみには、今後もあのような」

 公爵さまはそこで思いっきり顔をしかめた。「勘違いした男が、きみを所有することで伯爵位を手に入れようと近づいてくるだろう。だが、きみがエクシュタイン公爵家の庇護下にあると知られれば、不用意に近づいてくる輩はほぼ居なくなるはずだ」


 それは……とっても、魅力的なお話です。

 本当に、今後ああいうクズ野郎が我が家に近づかなくなってくれるのだとしたら。


 目を見開いちゃった私に、公爵さまははっきりと言った。

「きみと、きみのご家族の平穏のために、利用できるものは何でも利用しなさい。我が公爵家は、きみに利用されたぐらいでどうにかなるようなものではないのだから」


 利用できるものは何でも利用しなさい、って……。

 これってつまり……公爵家の名前を笠に着ていいよ、それくらいの面倒はみてあげるよ、ってことなのかな?

 いや、確かに、学院に通うようになってから、なんとなーくだけど、やっぱ貴族の間にも派閥ってもんがあるみたいだなーとは感じてるんだよね。ほかの貴族子女とほとんど交流できてない私でも、その程度のことは感じてる。


 エクシュタイン公爵家って四家しかない公爵家の一角で、しかも王家と直の縁続き。別の一角であるガルシュタット公爵家とも縁続きだし、どう考えても我が国最大派閥でしょう。その派閥に入るっていうのなら……。


「母と、相談してみます」

 私はそう答えた。

 公爵さまはうなずいてくれた。

「そうだな。そうしなさい」


 そして公爵さまは、控えめに伸びをするように体を動かし、肩を回した。やっぱ、椅子に座ったまま眠ってたので体が固まってたんだろうね。

「ずいぶん遅くなってしまったな。まだ話し合わねばならないこともあるが、今日はここまでにしよう」

 立ち上がった公爵さまに合わせて、私も立ち上がる。

「はい、本日はまことにありがとうございました」


 頭を下げる私に、公爵さまは片手を上げた。

「いや、こちらこそ馳走になった」

 言いながら公爵さまはベッドに目を遣る。「ああ、執事の具合については、きみの侍女が心得ている」

「はい。グリークロウ先生から詳しく承っております」

 ナリッサが即答する。

 しかし公爵さま、そういう心遣いもできる人なんだね。ヨーゼフのこともちゃんと気にかけてくださって。ヨーゼフは薬を飲ませてもらったのか、よく眠っている。



 私とナリッサは、公爵さまと近侍さんをお見送りするため一緒に玄関へ向かった。

 階段を下りながら、公爵さまはぼそりと訊いてきた。

「……母君は、落ち着かれたのか?」

 えっ? と私は、斜め後ろを歩いている公爵さまを見上げる。

 公爵さまは前を向いたまま低い声で言った。

「以前、同じような状態になった者を見たことがある。戦場で、心に深い傷を負った者だった」


「あ、あの……」

 私は言葉に詰まってしまう。「あの、母は、すでに落ち着いております。お心遣い、ありがとうございます」

「そうか。落ち着かれたのなら何よりだ」

 そう言った公爵さまの声には、間違いなく安堵の響きがあった。


 そのまま玄関ホールへ降りて、公爵さまが私に顔を向ける。

「ハウゼン商会に渡す品の相談もあるので、明日以降またできるだけ早く連絡する」

「はい。お待ちしております。よろしくお願いいたします」

「しっかり戸締りしておきなさい。では、お休み」

 そう言って公爵さまは、イケメンなだけじゃない近侍さんを連れて玄関から出て行った。


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