50.公爵さまとの話し合い
皆さま新年あけましておめでとうございます。
昨年末にこっそり?投稿を始めたこの『没落伯爵令嬢は家族を養いたい』ですが、望外のご支持をいただき大勢の皆さまに読んでいただけております。本当にありがとうございます。
新年度も引き続き更新してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
思わず背筋を伸ばした私に、公爵さまは眉間にシワを寄せた顔で言った。
「まず『クルゼライヒの真珠』だが、ハウゼン商会と交渉することができた」
早っ!
公爵さま、仕事がめっちゃ早い!
ちょっと目を見開いちゃった私のようすに気がついたのか、公爵さまは言い足してくれた。
「ハウゼン商会の頭取がまだ王都に残っていた。おかげですぐに交渉ができた」
イケオジ商人、まだ国に帰ってなかったんだ。
ちょっとホッとした私に、公爵さまは眉間のシワを深くして続ける。
「交渉の結果、先方は『クルゼライヒの真珠』の返却には応じてくれたのだが、条件を出してきた」
「条件、ですか?」
思わず問いかけてしまった私に、公爵さまはなんだか難しい顔をしてうなずく。
「そうだ。『クルゼライヒの真珠』に代わる、クルゼライヒ伯爵家の真珠蒐集品を何点か譲って欲しい、と」
なんだ、それくらいなら……と、安堵の息を吐きだしそうになった私は、その息を止めた。
「あ、あの、公爵さま?」
「なんだ?」
「その、お恥ずかしい話ですが、その、我が家が所有する宝飾品の中で、国の財産目録に記載されているのは『クルゼライヒの真珠』だけなのでしょうか? それとも、ほかにもあるのでしょうか? わたくし、存じておりませんので……」
またもやうっかり手放しちゃいけない宝飾品を手放しちゃったりしたら、もう目も当てられない。だからもう、私は我が家のことなのに恥を忍んで公爵さまに訊いちゃった。
「ふむ」
公爵さまはあごに手をやった。「確かご当家の場合はあの『クルゼライヒの真珠』だけだったと思うが……念のために確認しておいたほうがいいな」
顔を動かす公爵さまの視線の先で、イケメンなだけじゃない近侍さんが目を伏せる。
「御意」
なんかこれだけで、近侍さんが調べてくれることになったらしい。ちょっとカッコ良すぎるんですけど。
私は近侍さんに、お願いしますとばかりに一瞬だけ視線を送ってから、またちょっと背筋を伸ばした。
「それでは、当家の蒐集品の目録を早急にお渡しします。その中から選んでいただければと思います」
「ハウゼン商会に選ばせるのか?」
「公爵さまが選んでくださっても結構です」
てかもう、私はどの品にどれだけの価値があるのか、さっぱりわかんないんだってば。とりあえず使われてる真珠が大きければ、それだけ価値は高いんだろうなーって思うレベルなの。どの品がその条件に対して妥当なのか、イケオジ商人がどの品を欲しがるのかなんて、これっぽっちもわかんない。
だからもう丸投げする気満々でそう言ったんだけど、公爵さまは思案している。
「きみは……本当に、それでいいのか? いずれきみが相続する品々なのだろう?」
「構いません。『クルゼライヒの真珠』が取り戻せるのであれば、それを最優先に致します」
いや、だってホント、取り戻せないっていう最悪の事態もあったわけだし、その程度でOKなら御の字だよ。
でもって、それ以上に大事なことがあるんだからね。
ホンット、大事なことだから、ここはもう恥をかき捨てるしかない。
「それで公爵さま、先方は『クルゼライヒの真珠』の買い戻し代金について、どのように伝えてきたのでしょうか?」
私の問いかけに、公爵さまは目を瞬いた。
「どのように、とは?」
「ですから、あの、ハウゼン商会は、単純に品の交換というわけではなく、当家に支払った金額を払い戻した上に、さらに蒐集品を何点か希望したのだと思うのですが」
「……確かに、その通りだが」
そりゃそうだよね、商人として当然だよね。いったんこっちが売ったものを、こっちの都合で返してくれって言ってるんだから。全額返金さらに何か上乗せしろ、だよね。
そうだよ、だから私、頑張れ!
私は自分で自分を励まして、それを口にした。
「その、買い戻す代金なのですが……分割でお支払いすることは可能でしょうか?」
公爵さまの、あの不思議な藍色の目が瞬いている。
私はなんかもう早口で言い募ってしまう。
「あ、あの、かなり大きな金額でしたので……その、一括ですべてお支払いすることは、いまの我が家には難しいのです。その、どうしても全額一括で支払ってほしいと先方が申し伝えてきているのなら……その、大変お恥ずかしい話で申し訳ないのですが、公爵さまに一部お立て替えいただくことは可能でしょうか? お立て替えいただいた分は、できるだけ早くお返ししますので」
言い切った私は、思わず視線を落としてしまう。
ああもう、伯爵家としては相当恥ずかしい話だけど……でもしょうがないんだってば。ほかにこんなことお願いできる相手なんていないんだし。いくら棒引きにするって言ってもらってるたって、もうたんまり借金しちゃってる相手にさらに借金を申し込んじゃうなんて、本当に本当に申し訳ないんだけど。
「きみは……」
なんだか、茫然としたような公爵さまの声が降ってきた。
「きみは、自分で代金を支払うつもりなのか?」
へ?
思わず顔を上げた私の前で、公爵さまがぽかんとしてる。
え? え? えっと、その、そんなに信じられないようなことだったの? その、博打に負けた相手がさらに借金を申し込むのって。
どうしよう、私、またやらかしちゃった?
恥ずかしさに赤くなってた私の顔から、サーッと血の気が退いていく。
「あ、あの、公爵さま……!」
なんとか言い訳しようと焦る私を遮るように、公爵さまはさっと片手を上げた。
「待ってくれ、いまちょっと頭の中を整理する」





