49.イケメンなだけじゃない近侍さん
「ああ、これは……なんだか申し訳ない。こんなに立派なお食事をご用意いただいてしまいまして」
客室に届けたお盆を見たイケメン近侍さんが、恐縮したように言った。
「とんでもございません。すぐにご用意できたものだけです。こんな時間までお待たせしてしまって本当に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる私と、手早くナイトテーブルを動かして準備するナリッサとシエラ。
そんな私たちに、イケメン近侍さんはお盆を見ながらまたさわやかに言ってくれた。
「いやあ、実は、今日閣下がいただいた林檎のパイが本当に美味しそうだったので、少しでも残っていたら私もいただけないかなあと、そういう下心があったんですけどね。ふふふ、言ってみるものですね」
ああもう、この近侍さんてば、イケメンのくせになんでこう人当たりまで完璧なの。
だいたい、何か少し口に入れるものが欲しいって言い出されたのも、公爵さまが目覚める前に食事を用意するよう促してくれたってことだろうし、さらに公爵さまに客室を用意するかどうかっていう話をナシにしようとしてくれたってことだよね? イケメンのくせにイケメンなだけじゃないって、ちょっとずるくない?
そう思っているのに、イケメンなだけじゃない近侍さんは、さらにくすくす笑いながら言ってくれた。
「ウチの閣下、たいていああやって眉間にシワ寄せた小難しい顔してますけど、実は甘いおやつが大好きなんですよ」
そっと視線を動かしてみると、確かに椅子に座って腕組みしたまま寝てる公爵さまは、眉間にシワを寄せちゃってる。
この威圧感たっぷりのおかたが、実はスイーツ大好きって、ねえ?
なんだろう、ギャップ萌え狙ってんだろうか。
などと失礼なことを考えていると、その公爵さまの眉間のシワがぴくりと動いた。
「……誰が何だって、アーティバルト?」
「あ、起きましたか、閣下」
びっくぅ! と私は、はしたなくも思わず身をすくめちゃったけど、近侍さんはのんびりしたもんだ。
「ご令嬢がお食事をご用意くださいましたよ。林檎のパイもあります。召し上がりますよね?」
「……いただこう」
その不機嫌さが単に寝起きだからであってほしいと、私は思わず祈ってしまった。そして、このイケメンなだけじゃない近侍さんはアーティバルトさんというのね、と脳内に記録した。
「これ、おもしろいですね。薄く切ったパンに具材がはさんであるのか。えーっと、手づかみで食べちゃっていいですか?」
近侍さんの問いかけに、私はうなずく。
「はい。我が家では朝食など手軽に食べられるメニューとして作っていますので。そのまま手に取ってお召し上がりいただければ」
物珍しそうにサンドイッチを眺めていた近侍さんは、厚焼き卵と葉野菜がはさんであるサンドイッチを一切れ手に取り、口に運んだ。
「美味しいですねえ。卵に厚みがあるから食べ応えがあるし。しかも手軽に食べられるところがまたすばらしい」
そう言って、近侍さんは自分がサンドイッチをひとつ取ったお皿を、公爵さまに渡す。
ちゃんと2皿用意したのに、なんでそんなことをしているんだろうと私は訝ったんだけど、ハッと気がついた。
毒見だ。
「あ、あの、失礼致しました、わたくしが先に一口……」
慌てて言い出した私に、近侍さんは笑いながら手を振る。
「いやいや、まさかご当家のご令嬢に他意があるなどと思ってはいませんよ。これはもうクセみたいなものですから」
なんかもう、ここまで失礼と失態を重ねまくると、本気で意識が遠のきそうである。
それなのに公爵さままで、さらに意識が遠のきそうなことを言ってくれた。
「その通りだ。きみに他意があるなどと思っていない。それにそもそも、私は幼い頃からあらゆる毒の耐性を身に付けているのだから、少々毒を盛られたところでなんということもない」
いや、ナニソレ、怖すぎるでしょ。
あらゆる毒の耐性って、それも幼い頃からって……公爵さまってそんなにカジュアルに毒を盛られちゃうようなお立場なの?
お貴族さま怖い。怖すぎる。
私がおののいている間にも、近侍さんはさくっとシチューをスプーンですくって口に入れている。
「ああ、このシチューも美味しいですね。なんだろ、コクがあるっていうか……微妙に塩気があるのかな?」
「あ、はい。我が家の料理人が、チーズを少量入れるのだと言っておりました」
なんとか気を取り直して私が言うと、近侍さんはうなずきながら一口食べたスープボウルを、公爵さまの前へ流れるような動作で移している。
「へえ。隠し味っていうやつですか」
近侍さんがちょっと内緒話をするように訊いてきた。「それ、こっそり真似してもいいですか?」
「アーティバルト」
たしなめるように公爵さまが近侍さんを呼んだけど、私は軽くうなずいた。
「ええ、どうぞ。本当にチーズをおろして少し入れるだけですから」
「ありがとうございます」
イケメン値最大の笑顔で近侍さんが応えた。「今度、野営のときに試してみますね」
私も笑顔でうなずいた。
「ええ、ぜひお試しください」
けど野営? 野営のときに試してみる?
このイケメンなだけじゃない近侍さんがお料理もしちゃうの? なんかますますずるくない? いやでも、本気で毒を盛られる心配があるのなら、誰がいるかわかんないような遠征部隊じゃ近侍さんが作ったものを食べるのが一番安全なのか……。
それにしても公爵さまって公爵家当主なんだから、学院でも領主コースだよね? 武官コースでもないだろうに、本当に魔物討伐の遠征とか行っちゃうんだ。それもこの口ぶりだと、結構回数もこなしてるっぽいよね。よっぽど強い攻撃系固有魔力でもお持ちなのかな?
いろいろとナゾな公爵さまは、眉間にシワを寄せたまま黙々と食べている。
それでも、最後に林檎のパイを口にしたときは、その眉間のシワがちょっと開いた……ような気がした。
そして、お出ししたものをすべてきれいさっぱり食べてくれた公爵さまは、おもむろに姿勢をただして私に言った。
「今日はもう時間も遅い。とりあえず用件だけ伝えておこう」





