5.我が家のためだけでなく
「このたびは、世に聞こえる素晴らしい品を我が手にさせていただくという光栄に浴し、このルーベック・ハウゼン、身が震えるほどに感激しております」
いくぶん芝居がかったようすで、イケオジ商人のハウゼンさんがお母さまの前に跪いた。
オークションが終了し、落札した商人以外はすでに場を辞している。
「こちらこそ、当家の品を本当に望んでくださったかたにお求めいただけて、よかったですわ」
おっとりとほほ笑むお母さまが差し出した手を、イケオジ商人がそっと受け取ってその指先に口づけをした。もちろん、手袋越しね。
「さらには、クルゼライヒ伯爵家の令夫人である貴女さまにこうしてお目にかかれたことも、この上ない喜びにございます」
思わず、私は目をすがめちゃった。
いやいや、イケオジ商人さんには感謝してるけど、お母さまに色目なんか使ってくれちゃったりしたら許さないからね?
イケオジ商人は名残惜しそうにお母さまの前から下がり、代わってロウナ国の商人がやってきた。南方の国らしく褐色の肌をしたその商人は、同じようにお母さまの前に跪き、その手を取って挨拶している。
「このタビは、たいへんよい品をいただきマシタ。マコトにありがとうございマス」
「喜んでいただけて、わたくしとしても嬉しいですわ」
「ハイ、またこのような機会があれバ、ゼヒおよびくだサイ」
「ええ、ぜひ来てくださいませ」
どうやら、我が家の真珠コレクションがこれで終わりじゃないことは、他国の商人にも知られているらしい。
前世の日本と違い、養殖技術が確立されていないこの世界において、真珠は本当に高価な宝飾品なんだ。それはもう、ダイヤモンドよりも貴重だといわれているほどに。
だから、有数のダイヤモンド鉱山を持つホーンゼット共和国のイケオジ商人も、強烈に我が家の真珠コレクションを欲しがったのかなと思う。
って、つまりこれは、もし今後急な物入りがあったときなんか、またオークションを開催すれば資金をゲットできるってことよね? 覚えておかなくちゃ。
最後に、真珠のピンブローチを落札してくれた商人がお母さまの前にやってきた。
「今回、このような場を設けてくださったこと、本当に感謝に堪えません。私どものような新参者が、まさか名門クルゼライヒ伯爵家の蒐集品を手にすることができようとは、夢にも思っておりませんでした」
その若い商人は興奮した面持ちで跪き、なんだかもうキラキラした目でお母さまを見上げている。
「まことに僭越ではございますが、またこのような機会があれば、ぜひ私どもツェルニック商会にお声をかけてくださいますよう、どうかよろしくお願い申し上げます」
「ええ、それはもう」
お母さまはにこやかに答えてる。「こちらこそ、今後もよろしくお願いしますね」
うーん、この商人はお母さまに色目とかじゃなく、純粋に我が家と取引できたことに感動してるみたいね。商人として箔がついたってことかしら。
ツェルニック商会ね、宝飾品以外にもどんなものを扱っているのか、あとでクラウスくんに確認しとこっと。全財産を失った没落伯爵家であっても喜んでくれるなら、こちらとしても積極的に取引させていただきたいもの。
「それでは、お支払いとお品のお引き渡しは、クルゼライヒ伯爵家未亡人コーデリアさまと副頭取である私、グラスラッドの立ち合いのもと、当ケールニヒ銀行にて行わせていただきます」
副頭取さんの言葉に、その場の全員がうなずく。
「伯爵家未亡人には、これより当行にご足労願えますでしょうか」
「もちろんですわ。よろしくお願いしますね、グラスラッド副頭取」
お母さまが鷹揚に答えた。
なにしろ超高額商品の受け渡しである。
一応現金ではなく手形による取引になるそうなのだけれど、もう銀行で代金を受け取ってそのまんま銀行の口座に振り込んでもらうことにした。
幸い、ケールニヒ銀行にはお母さまが結婚の際、持参金用に作った口座が残っていたし。
いやもう、妻の財産は夫のもの、ってことで中身はとっくにあのゲス野郎に使い尽くされて空っぽになったままらしいんだけど、よくぞ口座は残しておいてくれたって感じよ。だってお母さま名義の口座である以上、今回の売上金を預けておいても債権者であるエクシュタイン公爵は手が出せないからね。
我が家の玄関前、車寄せには、商人たちが乗ってきた馬車に続き、見るからに厳つい護衛に囲まれた厳つい大きな馬車が入ってきた。
その馬車の窓にはめられた鉄格子を横目に、コレってつまりこの世界の現金輸送車みたいなもんよね、と私は思ってしまう。
そう、この馬車で我が家の宝飾品は銀行から運ばれてきて、また銀行へと運ばれていくんだ。さすがに超高額商品の運搬だけあって十分にものものしい。
その厳つい馬車に我が家の、いや元我が家の宝飾品が積み込まれ、お母さまが執事のヨーゼフを伴って乗り込む。そして副頭取が乗り込み、最後にギルド職員のクラウスが乗り込む際、私はそっと彼に耳打ちした。
「例のタウンハウス、できるだけ早く手付金を納めておいてもらえるかしら?」
「かしこまりました、ゲルトルードお嬢さま」
にっこり笑ってクラウスが答えてくれた。
超有能イケメン眼鏡男子クラウスくんにお願いしておけば、間違いあるまい。
お母さまたちが乗り込んだ馬車が門を出ていくのを見送り、私はナリッサとともに邸内に戻った。そのとたん、なんかもうドッと脱力しちゃって、思わずナリッサにもたれかかってしまう。
「上々の首尾です、ゲルトルードお嬢さま」
澄ました笑みを浮かべたナリッサが、私の肩を支えくれた。
「ええもうホント、クラウスには感謝しきりよ」
脱力したまま私が答えると、ナリッサは私の肩を軽く撫でてくれる。
「何をおっしゃいます。貴族さまの邸宅で競売を行うだなんて、そんなこと考えつかれたゲルトルードお嬢さまは本当にすごいと、クラウスは本気で感心しておりましたよ」
いや、まあ、私に前世の記憶があるからこそ、だったんだけどね。
「それに、商業ギルドにも競売仲介の手数料を支払っていただけるのですから、クラウスとしても新しい形態の仕事が開拓できたと、本当に喜んでおりました」
そうなんだよね、私は最初からクラウスには説明しておいた。売上金額のうち一定の割合を商業ギルドに仲介手数料として支払うってことを。
クラウスはその話に本当に驚いていた。貴族が自らギルドに金銭を支払うと言い出してくれるなどと、まったく思っていなかったらしい。しかもクラウスは、我が家が身ぐるみ剥がされて切羽詰まった状態にあることも知ってたしね。
だから、当初彼は私の申し出を固辞してた。我が家の取り分を少しでも減らすべきではないって。ホント、有能な上にいいヤツ過ぎるよクラウスくん。
でも、私は彼を説得した。
だってこれから先、我が家のような立場に追い込まれる貴族女性って絶対出てくると思うから。
そのとき、我が家が先例となってこういう方法もあるってことを示せれば、商業ギルドのほうから困窮している貴族女性に話を持っていける。仲介手数料を求めるのだから、あくまで商業ギルドの仕事の一環として、ね。
そうすれば、市場のことなどよくわからない貴族女性が、出入りの商人にいいように買いたたかれてしまうことは避けられる。
そして、その仲介手数料は定額ではなく、売上金額によって変動するよう歩合を決めさせてもらった。そうすれば、少額の取引であっても手数料によって貴族女性の取り分が変に目減りすることもないし。
それに、宝飾ギルドではなく全体を統括する商業ギルドが仲介をするように決めておけば、宝飾品以外の美術品や調度品、銀食器なんかもオークションにかけられる。可能性はできるだけ広げておきたいと思ったんだよね。
今回はクラウスが商業ギルドの宝飾品部門に在籍していたことも幸いして、この話はとんとん拍子に進んだ。
本当に、今後私たちのような立場に追い込まれてしまった貴族女性が1人でも多く救済されますようにと願わずにいられない。