39.とにかくできることからやっていこう
私はお母さまと手を取り合い、これからも何があってもみんなで力を合わせて頑張っていきましょうね、と誓い合った。
誓い合ったところで、私はハッと気がついた。
「クラウス!」
突然声を上げた私に、お母さまがびっくりしている。
でも私は慌てて続けた。
「お母さま、クラウスに、商業ギルドに手紙を送らなければ! もしクラウスに責任があるなどという話になってしまったら……!」
「えっ? あっ!」
お母さまもすぐ理解してくれた。すぐヨーゼフに頼んでクルゼライヒ伯爵家紋章入り便せんを持ってきてもらう。
そうなのよ、今回のオークションではクラウスにいろいろお膳立てをしてもらった。異国の商人を加えることもクラウスの発案だった。だから、エクシュタイン公爵さまがハウゼン商会について問い合わせた時点で、まず間違いなく話はクラウスに伝わる。
そこでもし、クラウスになんらかの責任があるなんて話になっちゃったら……!
私とお母さまは頭を突き合わせて文面を考えた。
たとえエクシュタイン公爵家からなんらかの問い合わせがあってもクラウスには一切関係がなく、なんらか問題が発生したとしても何も知らなかったクラウスにはまったく責任がないことを、商業ギルド宛とクラウス宛の2通にしたためていく。
そしてカールを呼び、手紙を入れて封蝋を捺した紋章入り封筒を、大至急商業ギルドに届けてくれるよう頼んだ。
「奥さま、ゲルトルードお嬢さま、お心遣いに心より感謝申し上げます」
深々とナリッサが頭を下げた。
「何を言ってるの、ナリッサ。当たり前のことよ、わたくしたちがすでにどれだけ、クラウスに助けてもらっていると思っているの」
「そうですよ、ナリッサ。こんなにも尽くしてくれているクラウスに、害が及ぶようなことがあってはなりません」
私だけでなくお母さまも言ってくれちゃう。
そりゃクラウスは我が家に勤めてるわけじゃないけど、もうほぼ間違いなく我が家のスタッフよ。ナリッサの弟だっていう部分を差し引いても、よ。本当に我が家のために奔走してくれてるんだもの。いっぱい無理も聞いてもらっちゃってるし!
ホント、すぐ気がついてよかった。
商業ギルドも、伯爵家が『責任はない』って手紙を送ったんだから、クラウスを責めるようなことはないと思う。もしさらに何か、責任の所在について正式な文書が必要だとか言ってきたら、それはゲンダッツさんに相談しよう。私たちのことで、クラウスの立場が悪くなったり、万が一首を切られたりなんてことがあってはいけないもの。
あとは公爵さまだけど……公爵さまがわざわざ商業ギルドのイチ職員をやり玉に挙げるなんてことはないよね? クラウスも『知らなかった』ことはちゃんとギルド宛の手紙に書いたし……もし、まかり間違って公爵さまがクラウスに何かしちゃうようなら、そこはもう直接公爵さまに抗議するしかない。
「ほかに考慮しておかなければならないことはないかしら……」
「そうですね、もう少し考えてみましょう」
お母さまと2人、ソファに座り込んでちょっとぐったりしてると、ヨーゼフが新しいお茶を淹れてくれた。それに、林檎のパイの追加も持ってきてくれた。
さすがヨーゼフ、だからこういう心配りなんだって、私たちが執事に求めてるのは。
私もお母さまも、喜んでお茶と林檎パイのおかわりを口にしたわ。
それから私とお母さまは話し合って、今回のことはきちんと顧問弁護士であるゲンダッツさんに知らせておこうと決めた。
今後もしさらに問題が発生した場合、相談すべき弁護士さんが事情を把握しているかいないかの差は大きいと思う。それに、信託金の使い道についても相談する必要性が出てくるかもしれないので、若いほうのゲンダッツさんだけじゃなく、おじいちゃんのほうのゲンダッツさんにも手紙を書いて詳細を知らせておくことにした。
それらの手紙を、またお母さまと相談しながら書いていく。
その間に、カールが帰ってきた。商業ギルドでは特に問題が発生しているような雰囲気ではなかったけれど、クラウスはエクシュタイン公爵家からイケオジ商人のハウゼン商会について問い合わせがあったことを知っていたとのこと。
それでも、具体的な問い合わせの内容までは、クラウスは知らないようすだったとカールは言った。
よかった、とりあえず公爵さまはことを荒立てたりするつもりはないらしい。
一息ついて、私とお母さまはさらに今後のことについて話し合った。
その結果、とにかく引越しはできるだけ早くしてしまおうということで一致した。
公爵さまがこのタウンハウスをどうするのかはわからないけど、引越しをしたいということはすでに伝えてある。
そもそも私たちにはこのタウンハウスにあまりいい思い出がないし、何より母娘3人で暮らしていくにはあまりにもデカすぎるんだよね。本当に、維持するだけでめちゃくちゃ経費がかかっちゃうんだもの。
公爵さまの口ぶりでは、私たちはこのタウンハウスを出ていく必要はない、つまり私たちが望めばずっとここで暮らせるっていうことのようだったけど、でもだからって、今後の生活の面倒まで公爵さまがみてくれるわけがないものね。
だったら、私たちは私たち自身でなんとかやっていける生活っていうものを、探っていかなきゃ。本当に幸いなことに、マールロウのお祖父さまが15年間も生活費を保証してくださったんだもの。
それに、コード刺繍のように何か、アイディアを売るということをもっと考えて行こう。上手くすれば『クルゼライヒの真珠』の代金を稼ぎ出せるかもしれないもの。
『クルゼライヒの真珠』については、本当にもう公爵さまにお任せするしかない。首尾よく公爵さまがイケオジ商人から取り戻してくれたら、その代金を全額いますぐ支払うのは無理なので、なんとか公爵さまにお願いして立て替えてもらい、少しずつでも返していこうという方向で、お母さまと話し合った。
そしてもし、公爵さまの交渉によっても『クルゼライヒの真珠』を取り戻すことができなかったら……これも本当に申し訳ないけど、公爵さまに相談して善後策を考えるしかない。何らかの罰を受けなきゃならないなら、それはもうしょうがないわ。
まあ、『何らかの罰』っていうの、私は自分で受けるつもりだけど、お母さまはお母さまで自分が受けようと思ってるの、わかるんだけどね。一応、現時点で伯爵位の継承権を持っているのは私なんだし、クルゼライヒ伯爵家として罰を受けるなら私でしょ。
それはまあ、実際に罰が下るならそのときに考えればいいわ。
結局、なんだかんだで結構公爵さまに甘えちゃう形になっちゃうなあ。
そう思ったところで、私はもうこのさい、もうひとつ公爵さまに甘えちゃえ、と思いついてしまった。
「お母さま、公爵さまは私たちが望めば、今後もこのタウンハウスに住み続けていいというおつもりだったようなのですけれど……」
「ええ、そのような口ぶりでいらしたわね」
うなずくお母さまに、私は言ってみた。
「それでしたら、このタウンハウスから魔石やリネン類を持ち出してもいいのではないでしょうか? その、つまりわたくしたちは追い出されるのではなく、通常のお引越しをするのだということで……」
ええもう、伯爵令嬢にあるまじきみみっちさだって、わかってるわよ。
でもね、魔石ってホンットーにお高いの。しかもこのタウンハウスに常備されているような魔物石って本当に高価なのよ。その高価な品が山のようにここにはあるの。そんでもって、1個でも持ち出せば20年や30年は使えるのよ!
私の言葉に思案顔を浮かべたお母さまに、私はさらに言った。
「もし公爵さまがそれは駄目だとおっしゃったら、そのときは魔石もリネン類もお返しすればいいのではありませんか。お返ししなければならない場合も想定して、どの魔石がどこに設置してあったか、一覧表にしておけばいいと思います」
「そうね……そうしましょう」
お母さまもうなずいてくれた。「これから、節約できるところはどんどん節約していかなければなりませんものね」