4.大成功!
あのゲス野郎は、私はもちろんお母さまにもお金のことは一切タッチさせなかった。おかげで私たちは、我が家にどんな商人が出入りしているのかも知らなかった。だから、未亡人であるお母さまが宝飾品の売却について商業ギルドに相談すること自体は、それほど不審な行動じゃない。
たいていは、そこで商業ギルドから出入りの商人を紹介され、出入りの商人がほぼ独占的に買取を行う。
だけどね、そもそも我が家に出入りしている商人が、まっとうな商人であるはずがないのよ。そりゃあもうあの吝嗇な、要するにドケチのゲス野郎と長年取引してたってだけで、簡単に想像できちゃう。誰がどう考えたって悪徳商人でしょうが。
そんなヤツが、まっとうな値段で我が家のお宝を買い取ってくれるとは到底思えない。
だから私は、なんとかほかの商人も巻き込んでオークション、つまり競売制にして一番高い値段を付けた商人に売りたいと考えたのよね。
そのことを侍女のナリッサに相談したところ、弟のクラウスを紹介してくれたってわけ。弟が商業ギルドに居るっていう話は以前から聞いていたし、私としてはオークションに参加してくれそうな商人のリストを横流ししてもらえればってくらいだったんだけど。
でも話を聞いたクラウスは、大乗り気でやってきてくれた。
クラウスによると、貴族の邸宅で競売によって宝飾品を売却するなど、いままで聞いたこともないとのことだった。
それでも競売という制度自体は存在するので、単に多数の商人を集めて競売を行うだけなら商人同士で事前に、場合によってはその場で根回しをして、競り合うようなふりをしながらも最初から誰がどの程度の金額で落札するのか決めてしまう、つまり談合を行う可能性が高いとのことだった。
商人は、同業者は競争相手であると同時に、協力相手として横のつながりが強いらしい。特にふだんから貴族を相手にしている商人にはその傾向が顕著だという。
その解決策として、クラウスは他国の商人を競売に参加させることを私に提案してくれた。他国の商人であれば、この王都の商業ギルドに登録していても横のつながりは強くない。根回しをすることは難しく、しかも『クルゼライヒの真珠』が購入できるというのであれば積極的に競り合ってくれるはずだと、クラウスは教えてくれた。
そしてさらに、競売による買取といういわば掟破りの方法をとることについても、いままで商取引などまったくしたこともない深窓の令夫人が、ただもう無邪気によかれと思って行っただけということにしておけば、出入りの商人であろうが表立って異議を唱えることはできないだろうということも、クラウスは悪い笑顔で教えてくれた。
そんでもって競売に参加できる他国の商人まで紹介してくれたんだから、イケメン眼鏡男子クラウスくんってば、有能が過ぎるってもんだわ。
で、先ほどの、隣国であるホーンゼット共和国のイケオジ商人の発言である。
かの商人にクラウスが話を持ちかけたところ、願ってもないとのことで大喜びして私の企みに乗ってくれたらしい。
その上このイケオジ商人は、他国の商人が自分だけではあからさま過ぎるだろうと、知り合いであるロウナ王国の商人も連れてきてくれたんだ。実際、ロウナ王国の商人も『クルゼライヒの真珠』にはとても興味を示していたとのことだった。
結果、我が家のオークションは大成功だったといっていいんじゃないだろうか。
注目の『クルゼライヒの真珠』こと大粒真珠のチョーカーと、そのチョーカーとセットで使える真珠のイヤリングは、クラウスが教えてくれていた予想価格よりはるかに高い価格で、隣国のイケオジ商人が落札してくれた。
イケオジ商人は本当に積極的で、ロウナ王国の商人と、それにやはり意地があったのか我が家の出入りだというでっぷり商人との三つ巴状態で競り合ってくれた。
正直、このレクスガルゼ王国ではホーンゼット共和国のことをよく思っていない人が多いので、そんなに派手に競り合って今後の取引に影響しないんだろうかと、こっちが気を揉んでしまったくらいだ。
なお、今回出品したほかの宝飾品のうち、珍しいイエローダイヤモンドのペンダントと、そのペンダントとセットで使える同じイエローダイヤモンドのイヤリングはロウナ王国の商人が競り落としてくれた。
そして、ちょっと小ぶりながらも粒のそろった真珠をあしらったピンブローチは我が国の商人が、それも結構若手の新商会らしい商人が競り落としてくれた。
いずれも事前に聞いていた予想価格よりも高額になり、私はもう落札のたびに心の中でガッツポーズをしまくっちゃったわよ。
だって現金ゲットよ、現金!
とりあえず、いままでツケにしてもらってる諸々の支払いをして回らなくちゃ。
いやもう、ツケの支払いなんて伯爵令嬢にあるまじきみみっちさかもしれないけど!
でもね、伯爵令嬢的なお金の使い方もすでにスタンバイしてるのよ。
家を買うの!
新居として、すでに目をつけてる小さなタウンハウスがあるの。そのタウンハウスを買えるだけのお金が手に入ったどころか、お釣りがきちゃうのよ、真珠のチョーカーとイヤリングの代金だけで!
ああもう、タウンハウスを買えるだけの資金が確保できて本当によかった。
最初はタウンハウスじゃなくてテラスハウスを、要するに一戸建てのお家じゃなくて長屋式のもうちょっとお安い家を考えてたのよね。庭もなくて維持費だって安く済むし、馬車も同じ並びの貴族家同士で共有できたりするし。
でも、商業ギルドを通して問い合わせをしたテラスハウスは軒並み断られちゃったのよ。
理由は、爵位持ちの、しかも伯爵なんて上位爵位のご一家にお住みいただけるような物件ではございませんから、ってことらしいんだけど。要するに、上位貴族が下位貴族の住居を買いあさってんぢゃねーよって意味だったらしくて。
そんなこと言ったって、こっちはもう領地も失って身ぐるみ剥がされて没落確定なのよ、爵位だけで食べていける状況じゃないってのにー!
ホンット、貴族って面倒くさい。
その後、商業ギルドっていうかクラウスから、小ぶりなタウンハウスが売りに出たって教えてもらって、なんとかそこを購入できるだけの資金を捻出しなきゃって思ってたの。
結果、タウンハウス購入のお釣りとほかの品の代金を合わせれば、3~4年は暮らしていけるだけの資金になったと思う。もちろんぜいたくはできないけど十分よ。
ちょっともう、涙目になりそう。