36.またもや衝撃の事実
公爵さまは自分の頭を抱えたまま、低くうめいている。
私は思わずお母さまの手を握った。
この公爵さまは、玄関先での様子からして一方的に暴力をふるったりするような人じゃないと思う。それでも、こんないかにも最高位貴族だといわんばかりの雰囲気を持った男性が、目の前でいきなり身を乗り出し感情的な言葉を投げつけてきたら……。
ぎゅっと私の手を握り返してきたお母さまの手が、かすかに震えている。私も力を込めて握り返した。
やがて公爵さまは、ふーっと大きく息を吐きだし、なんとか自分を落ち着かせたようだった。
そして奥歯を噛みしめ、公爵さまは私たちに言い聞かせるように話し出した。
「……高位の貴族家に代々伝わる宝飾品の中には、特に優れた品として我が国の財宝目録に記載されているものがある。そして記載されている宝飾品は、公式の場においてその所有者である貴族家夫人または令嬢が必ず装着しなければならないと、法律に定められている」
ぽかんとしちゃってる私とお母さまに視線を送った公爵さまは、再び頭を抱えた。
「おわかりだろうか? ご当家の『クルゼライヒの真珠』も、そのひとつだ。公式の場、つまり異国からの賓客を迎える夜会など国王が指定した場に、今後コーデリアどのなりゲルトルード嬢なりが招待されたとき、正当な理由なく『クルゼライヒの真珠』を装着していなければ、貴女がたは罰せられることになる」
ナ、ナニソレーーー?
き、聞いてないよ! 知らないよ、そんなこと!
お母さまも茫然としてる。
知らなかったんだ。聞いてなかったんだ、お母さまも。
あのゲス野郎は自分の所有物だとしか思ってない相手にそんなこといちいち教えたりしないだろうし、お姑であるベアトリスお祖母さまとは早いうちに引き離されちゃって、しかも自由に連絡を取り合うことさえできない状態だった。
地方男爵家であるお母さまのご実家では、そんな高位貴族にしか関係ないような法律なんて誰も知らなかっただろうし。
でも……でも、じゃあどうすればいい?
よりによって異国の商人に売っちゃったよ?
買い戻す?
お母さまの信託金があるから……全額一気に払うのは無理だけど、分割にすれば出せない金額じゃないと思うけど……正直厳しい。それにそもそも、あのイケオジ商人が素直に買い戻しに応じてくれるだろうか?
それとも国王陛下に事情をお伝えして……って、どうやって事情をお伝えするのよ、手紙を書く? でもそれで許してもらえる? どう考えても、お貴族さま的には私たちの落ち度としか思ってもらえないよね? 知っておかなきゃいけなかったことを知らなかったんだから……。
ぐるぐると頭の中で考えてしまう私の横で、お母さまが青ざめている。
「わたくしたち、どうすれば……」
「なんという商人に売ったのだ?」
お母さまのつぶやきにかぶせるように公爵さまが問いかけた。
私はお母さまの手をぎゅっと握って答える。
「ルーベック・ハウゼン……ホーンゼット共和国のハウゼン商会に売りました」
「最悪だ……!」
公爵さまがうめく。「よりによって異国の商人とは……!」
ええ、ええ、おっしゃりたいことはよくわかりますとも。
でも、それ以外に方法がなかったのよ、ないと思ってたのよ、あのときは。
唇をかみしめる私に、公爵さまはいくらで売ったのかまた問いかけ、私がその価格を告げると公爵さまはさらにうめいた。
「確かに、正当な価格ではあるが……ううむ、商業ギルドを通したと言われたな?」
「はい、間違いなく商業ギルドに仲介を頼みました」
私が答えると、公爵さまはイケメン近侍さんを呼んだ。そして小声で何か話している。
「私の近侍に馬を貸してもらえるだろうか?」
顔をこちらに向けた公爵さまの問いかけに、私は一も二もなくうなずいた。だって一応公爵さまにその気がないっていっても、このタウンハウスはもうまるごと公爵さまのものだからね。
「もちろんです。ヨーゼフ、そちらのかたをご案内差し上げて」
「かしこまりまして」
ヨーゼフと、それにイケメン近侍さんが一礼して客間を出ていく。
公爵さまは大きく息を吐きだし、そしてまた奥歯を噛みしめるように言った。
「とにかく打てる手はすべて打とう。まずはその商人と接触せねばなるまい」
その言葉に、私は思わず言い出した。
「公爵さま、わたくしも同道させてください。わたくしが直接、商人に事情を説明します」
「何を言うの、ルーディ!」
お母さまが慌てたように口を開いた。「それならば、わたくしが参ります。わたくしがあの商人を説得して……」
「駄目です、お母さま!」
だってあのイケオジ商人、下心満載の目つきでお母さまのことを見てたんだから! 交換条件だとか言ってお母さまに無理難題を押し付けてくる可能性高すぎでしょ!
「落ち着きなさい」
低い声が私たちに降ってくる。
公爵さまはもう何度目かわからない大きな息を吐きだした。
「商人との交渉は私が行う。とにかくこの件については、私にすべてを任せてもらいたい。貴女がたは私からの連絡を待っていなさい」
そして公爵さまは脱力したようにぼそりと付け加えた。「もうこれ以上、事態を複雑にしてほしくないのだ」
そう言われて、私は返す言葉もなくしゅーんとしちゃうしかない。
お母さまも同じだったようでしゅーんとうなだれちゃったんだけど、それでもすぐ立ち上がって礼をした。
「公爵さま、どうかよろしくお願い申し上げます」
私も慌てて立ち上がってお母さまに倣う。
「どうかよろしくお願い申しあげます、公爵さま」
「早めに連絡する」
公爵さまはひとつうなずき、そして客間から出て行った。





