360.事態はさらに斜め上へ?
本日1話更新です。
テアちゃんってばまったく笑ってない笑顔であるだけでなく、堂々と腕組みして仁王立ちだよ。
ええもう、どっからどう見てもご令嬢にはあるまじき……げふんげふん、完璧な勇者っぷりですわ。ついでに言うと、場の凍りつきっぷりも完璧です。まさに氷の勇者。
私としても、ちょっとその、この場に勇者を召喚したい気持ちではあったけどね、本当に勇者が降臨しちゃうとは。
でも、さすがにコレはちょっとマズいかもしれぬ。
私はもちろん、全力でテアちゃんをフォローする気満々で、ちらっと王太子殿下に目を遣ったんだけど。
王太子殿下は、なんかもうぽかーんとした顔をして……そりゃそうだよね、いきなりこんなことを、それも初対面の下位貴族家のご令嬢から超ストレートの剛速球で言われちゃうなんて、夢にも思っておられなかっただろうからね。
本当にぽかーんと……ちょっと口を開けちゃってた王太子殿下の、その顔……えっ?
あの、なんか、あの、王太子殿下、お顔が赤くなってきて、おられません?
それも、怒りのあまり顔が赤くなるっていうのとは、明らかに違う……ちょ、あの、なんなんですかその反応?
今度は私がぽかーんと口を開けそうになっちゃったとき、王太子殿下の斜め後ろに立ってたあの『困ったくん』が、ハッとしたように声を上げたんだ。
「其方、無礼であるぞ!」
やっぱりあまりのことに凍りついちゃって、すぐに反応できなかったっぽい側近フリードヘルムさまが、こっちはもう間違いなく怒りで顔を赤くして足を踏み出した。
私は思わず身構え、でも勇者テアちゃんは堂々と、本当に鼻で笑ってるような顔でフリードヘルムさまを見返している。
テアちゃんが徹底抗戦するっていうなら、もちろん私も参戦するからね!
と、そのとき。
「フリード、下がれ」
王太子殿下がご自分の側近を止めた。
「しかし、殿下……!」
「下がれと言っている!」
本気で側近をにらみつけた王太子殿下が、でもすぐにその視線を揺らした。
「いや、うん、その、ド、ドロテアの言うことは正しい。私がいますぐ婚約すれば、多くのことが解決する」
揺らした視線を、ちらっとテアちゃんのほうへ送られた王太子殿下……あ、あの、お耳まで赤くなってらっしゃるのは、その、あの、えっと……?
勇者テアちゃんも、口元は笑みの形にしたまま眉間にシワ寄せちゃうっていう、なんかすっごい不思議な顔になってます。
でもって王太子殿下が思いっきりわざとらしく、咳ばらいなんかされちゃう。
「うむ、今日は本当に皆に迷惑をかけた。いや、見送りは不要だ。この場の机や椅子を片付けておいてくれ。ではまた」
と、ほとんど言い逃げのように、王太子殿下は階段を下りていっちゃった。もちろん側近お2人も、慌てたように殿下の後を追っていっちゃった。
私とテアちゃんは思わず顔を見合わせちゃったんだけど……テアちゃん、眉間にシワ寄せまくってます。
で、どさっという音がして振り向くと、ガン君が机の上に突っ伏してました。
ああ、うん、そのバッタリ倒れたくなる気持ちは、とってもよくわかるよ、ガン君。
そんでもって、バルナバス先輩やエルンスト先輩も、次々と机の上に突っ伏しちゃう。フランダルク先輩は……って、あれ、もしかしてフランダルク先輩、笑ってる? なんか肩をひくひくと揺らしちゃってて……いや、意外と度胸あるな、フランダルク先輩。
頼りになるペッテ先輩とアル先輩は顔を見合わせて、このお2人は完全に苦笑だね。
さらに、デズデモーナさまは……私の後ろで身を縮めてたんだけど、なんかもう茫然自失って感じの顔になっちゃってる。
うん、みなさま、お疲れさまでした。
「とにかく、今日のこのことは、私から姉に……王妃殿下の筆頭個人秘書官である姉のトルデリーゼに報告する」
ペッテ先輩が、苦笑の後に大きく息を吐き出しながら言ってくれた。
それにアル先輩も、大息を吐き出して言ってくれる。
「俺はファーレンドルフ先生に報告しておくよ」
やっぱり頼りになります、3年生の先輩お2人は。
そしてペッテ先輩は、ナゼか私に頭を下げてくれちゃうんだ。
「ゲルトルード嬢、申し訳なかったね。貴女を矢面に立たせてしまって」
「え、あの、それは別に、ペテルヴァンスさまに謝罪していただくようなことでは……」
慌てて私はそう答えたんだけど、ペッテ先輩は頭を掻きながらさらに言った。
「いや、宮廷伯家の者には、王家の方がたを諫めるという役割があるんだ」
思わず目を丸くしちゃった私に、アル先輩が補足してくれる。
「王家に関する典範に明記してあるよ。宮廷伯爵家は王家に諫言する責務を負う、って」
マジっすか?
ホントになんかこう、一般的な伯爵家とはいろんな違いがあるんだね、宮廷伯爵家って。
あ、でも……。
私は思い浮かんだことを、そのまま口にしちゃった。
「だから……ペテルヴァンスさまは王太子殿下の側近には、なられなかったのですね」
「そういうことだね」
ペッテ先輩がすぐにうなずいてくれる。「子どもの頃からずっと側にいて、ほとんど一緒に育つ側近の場合、どうしても王太子殿下との距離が近づきすぎてしまうから……宮廷伯家の者は、王太子殿下はもちろん、王子殿下、王女殿下に対しても、側近にはならないっていうのが不文律としてあるんだよ」
「まあ、要するに、王太子殿下がご自分の側近の暴走を止められないというのなら、それについてはペッテが諫める必要があったわけだ」
アル先輩がそう言って顔をしかめる。「ただ、言い訳をさせてもらえば……あの塩令息があそこまで露骨に、ゲルトルード嬢に敵意を向けてくるとは俺たちも思ってなかったから。そこのところは申し訳なかったね」
「いえ、とんでもないことです」
と、また慌ててそう答えながら私は、やっぱり『塩令息』なんだ、ソルデリーア侯爵家のフリードヘルムさまは、と変なトコに納得しちゃった。
まあ、でもその『塩令息』のフリードヘルムさまが、あれだけ露骨に私に……というか、私とデズデモーナさまに敵意を向けてこられたのって、やっぱりどう考えても王太子妃候補争い絡みだよね。
自分が王太子殿下の側近という地位にいて、しかも歳の近い妹さんがいて、っていったらもう、自分の妹が王太子妃に選ばれて当然、ってくらいに思ってるんじゃないだろうか。
その、王太子殿下ご本人はどう思っておられるのか……態度をはっきりさせておられないごようすだったので、ついに勇者テアちゃんが降臨しちゃったんだけどねえ。
アル先輩とペッテ先輩は顔を見合わせて肩をすくめてる。
「敵意を向けてくるなら、俺たちにしておけばよかったのに」
「女子生徒だと思ってゲルトルード嬢のことを完全に嘗めてたよね、アレは」
「俺たちに最後まで勝てなかったことを根に持ってるんなら、俺たちに当たれよって思うよなあ」
アル先輩が鼻を鳴らしてる。「あいつは本当にいつも、相手を一方的に値踏みしてから自分の出方を決める。そういうことをしているから、いつまでたっても俺たちに勝てないんだよ」
俺たちに勝てない、って……?
私の疑問に気づいたように、ペッテ先輩が教えてくれる。
「ああ、私とアルは入学以来ずっと、学年首席を争ってきたんだけど……その、フリードヘルムどのは最後まで私たちの成績を抜けなかったんだよ。最後の卒業試験はまだだけど、最終成績はもう決まってるからね」
「あいつはだいたい三席。いつも三席じゃなくて、ときどきアルベルティーナ嬢に抜かれて四席に落ちたりしてたからな。だから、アルベルティーナ嬢に対しても思うところがあるんだろうさ」
と、いうアル先輩の補足を受けて、私はさらに納得しちゃったわよ。
そういう積年の恨み……完全に逆恨みだけど、そういう感情もあったのね、あの『困ったくん』には。
でもすごいな、このお2人は入学以来ずっと首席争いをしてきたんだ?
それに、魔道具開発に情熱を傾けてるっていうアルベルティーナさまもすごい。
これだけ、女子は成績がいいとかわいげがないだのなんだの言われている状況で、そんな優秀な成績を3年間ずっと残しておられるだなんて、私は素直に尊敬しちゃうわ。
そういう女子の先輩とお話しできる機会があるなら、こちらからぜひお願いしたいくらい。
そう思って私はテアちゃんを見たんだけど、テアちゃんも私のほうを見てて、やっぱりなんか嬉しそうにうんうんってうなずいてる。
そのテアちゃんに対し、ペッテ先輩がまたちょっと頭を掻きながら言ってきた。
「ドロテア嬢については……その、もしかしたらなんらかのお咎めがあるかもしれない。さすがにちょっと出すぎたことではあったので」
「そうですわね」
って、テアちゃんは涼しい顔をしてる。
うーん、まあ、さすがにアレはちょっと王太子殿下のプライバシーに踏み込んじゃった発言ではあったので、私もそういう懸念がないわけではない。
「テア、わたくしも今日のことは後見人であるエクシュタイン公爵さまにご報告するわ。それでもし、テアになんらかのお咎めがあるのだとしたら……」
「ありがとう、ルーディ。でもたぶん大丈夫よ」
テアちゃんはにっこりと笑った。「わたくし、切り札を持っているの。だから、お咎めがあるとしても、少々お叱りを受ける程度だと思うわ」
「切り札って?」
思わず目を見張っちゃった私に、テアちゃんはいたずらっぽく笑う。
「いまここで詳しいことはお話しできないの。でも、たぶん大丈夫だと思うから」
テアちゃんってば、切り札なんて持ってるの? 王太子殿下に、っていうか、王家に対して?
そこでガン君が、うめきながら言ってきた。
「テア、アレが切り札になるだろうことは俺にもわかるけど……でも、頼むからもうああいうことはやめてくれ。俺の寿命が縮む」
ってことは……本当にテアちゃんはナニか切り札を持ってるんだ?
ガン君の発言に、その場の誰もがそう思ったと思う。
「我慢の限界だったのよ」
テアちゃんはガン君に対して頬をふくらませた。「この場のことだけではないの。わたくしたちはこの図書館に来るまでにも、いろいろあって本当にたいへんだったんだから」
うん、それについては完全に同意だわ。
私もうなずいちゃったんだけど、テアちゃんはどうにも治まらないようでぷんすかしてる。
「本当にどなたでもいいから、王太子殿下はさっさとご婚約してくださらないかしら。先ほど王太子殿下ご本人も認めてくださったけれど、わたくしたちにとってはいい迷惑よ」
いや、うん、その……そうお認めになったときの、王太子殿下のご反応が、ね?
私だけじゃない、その場のみんなが……ぷんすかしてる勇者テアちゃん以外のみんなが、ものすっごくビミョーな顔になっちゃってます。
だって、あの、アレって、その……まさか、そういうこと、じゃないよ、ね?
私は思わずガン君を見ちゃったんだけど、ガン君ってばまたもや机に突っ伏しちゃってるし。
ペッテ先輩もアル先輩も目を泳がせちゃってて……やっぱり王太子殿下のあのごようすはその、そういう疑惑を生んでしまっている、と?
いやもう、大穴どころの話じゃないよね?
だってテアちゃん本人は、出走すらしてないもん。
かといって、私みたいに周りが勝手にエントリーをしてくれちゃったわけでもないレースだよ?
さすがにあまりにもアレなんで、私も考えないようにしてたんだけど……本当に勇者テアちゃんのナニかが王太子殿下に刺さってしまった、の、だとしたら……いったいどうすればいいの?
っていうか、いったいナニがどうなっちゃうのー?
さあ、勇者テアちゃんの明日はどっちだ!(爆





