357.第2ラウンドが始ま……らない?
本日1話更新です。
デズデモーナさまは、大人しく私たちの後についてきている。
ついてきた……私たちと一緒に図書館の談話室に向かっているってことは、つまり私たちと話をする気はある、ってことだよね?
彼女を迎えにきた侍女は、スヴェイがにこやかに追い返した。ええ、我が伯爵家の侍従だと名乗り、自分が責任を持って個室棟までお送りしますので、とかなんとか言って。
侍女さん、ビミョーに怪訝な顔をしてたけど、それでも別に抗議もせずにさっさと自分だけ戻っていった。
でもさっきの侍女さん……あの惨敗お茶会のときにデズデモーナさまと一緒に、私に席に着くようにと圧をかけてきた侍女さんとは違う人だった。
まあ、侯爵家のご令嬢なんで、何名もの侍女が付いているんだろうけど……あっさり引き下がったようすからしても、デズデモーナさまがお家の中でどういう扱いになっているのかがちょっと透けて見えちゃった感じだよね。我が家のナリッサなら絶対、何がなんでも、自分もご一緒しますってついてくるはずだもの。
テアちゃんは顔をまっすぐ前に向けて、きゅっと口を引き結んでる。
うん、これはもうデズデモーナさまにきっちり謝罪してもらう……それも、彼女のナニがいけなかったのかをちゃんと理解してもらっての謝罪を、テアちゃんは望んでるってことだよね。
第2ラウンド、どうやら結構な長丁場になりそうだな……お母さま、今日も私の帰宅は遅くなりそうです。
図書館の建物が見えてきたところで、スヴェイがさっと私の側へ寄った。
「ゲルトルードお嬢さま、こちらは遮音の魔道具になります。お席に着かれましたら、お1人ずつ魔力を通していただき、その後ゲルトルードお嬢さまの手に握っておいてください。ごく小さな魔道具ですが、こちらの談話室でしたら3人分のお席の広さくらいは囲めますので」
おお、さすが国家トップレベル人材の侍従だけあるわ、スヴェイってば。
やっぱりテアちゃんも、それにデズデモーナさまも、周りの人たちにはあまり話を聞かれたくないだろうからね。テアちゃんによるといまの時期の図書館談話室は空いてるってことだったけど、それでも、だよね。
それにまあ、話してるうちにお互い白熱しちゃうかもしれないし、ね。
私はありがたくその遮音の魔道具を受け取った。
そして気合を入れ直したところで……あれ?
ナゼかバルナバス先輩とエルンスト先輩が、図書館の前に……それもちょっとなんか、青い顔してたりしません?
「あっ、ゲルトルード嬢!」
「ドロテア嬢も!」
限りなく早足で私たちのところへやってきた先輩2人が、声をひそめて言ってきた。
「あ、あの、どうか落ち着いて」
「驚くなと言うほうが無理だと思うけれど」
私はテアちゃんと顔を見合わせちゃった。そして、私の後ろに立っていたデズデモーナさまにも困惑の顔を向けちゃった。
スヴェイが、笑顔のまま警戒態勢になってる。
「いかがなさいましたか、デイルノーさま、それにガウアーさまも?」
てか、さすがスヴェイは、先輩2人の名前も把握してるんだね?
なんて私が思っていると、図書館の入り口の大きな扉から見覚えのない男子生徒が1人、すっと出てきた。
そんでもって私の顔を見たその見覚えのない男子生徒は、扉の内側へ顔を向けて言ったんだ。
「殿下、ゲルトルード嬢がご到着です」
で?
で、ででででで? でんかー?
「おお、久しいな、ゲルトルードよ」
な、なんで王太子殿下が、図書館の扉の内側から、ひょっこり顔を出してこられちゃったりしてるんですかあああああ?
見覚えのないその男子生徒は、すたすたと私たちのところへ歩いてくる。
「ゲルトルード嬢と、そちらはヴェルツェ子爵家のドロテア嬢ですね? それに……?」
で、だから、誰やねん、キミ?
黒髪にタンザナイトみたいな青い目をしたその背の高い男子生徒が、私の後ろにいたデズデモーナさまに結構鋭い視線を投げかけてる。
バルナバス先輩とエルンスト先輩もデズデモーナさまのことは知らないようで、えっとコレって私が紹介するの? って、だからキミは誰やねん!
と、固まってた私たちの前に、やっぱり頼りになるスヴェイがさっと出てくれた。
「アロイジウスさま、こちらはデルヴァローゼ侯爵家ご令嬢デズデモーナ・ヴィットマンさまでいらっしゃいます。本日はゲルトルードお嬢さま、それにヴェルツェ子爵家ご令嬢のドロテアさまとともに、隣接領地のご令嬢同士で親睦を深められるため、ご一緒なさいました」
「ああ、そうか、デルヴァローゼ侯爵家の」
納得の表情を浮かべたその誰やねんな男子生徒が、さっと振り向いて扉から顔を出してる王太子殿下に声をかけた。
「殿下、デルヴァローゼ侯爵家のご令嬢もご一緒にご案内してもいいでしょうか?」
「うむ、構わぬぞ」
お答えになった王太子殿下が、扉の内側に顔を向ける。
「フリード、1名追加だ。席を増やしてくれ」
いや、席を増やしてくれ、って……あの、王太子殿下、いったいナニを、図書館の中でなさっておられちゃってるんですか?
「ではご令嬢がた、こちらへ」
そう言ってその誰やねんな男子は、固まってる私のようすにようやく気が付いたっぽい。
「ああ、これは失礼した。私はセイゼルフッド伯爵家嫡男アロイジウス・ドルエスタフ、王太子殿下の側近です」
あああああ、そう言えばなんかこの人、あのときの王太子殿下ご一行の中にいた気がするー!
あの、えっと、私いま、ここでご挨拶を返せばいいの?
私はスヴェイに助けを求めようとしたんだけど、なんかそのアロイジウスさまとかいう側近さんは、そのまんまグイグイきちゃうんだ。
「殿下がお待ちです。さ、図書館の中へどうぞ」
スヴェイがさっと目で促してくれたので、私はもう逆らわずにそのアロイジウスさまの後に続いた。
ええ、テアちゃんも『ナニコレワケわかんない』って顔をしたまま私に続いたんだけど、デズデモーナさまに至っては見た目はともかく内心は完全にパニック状態のごようすで、スヴェイにそっと促してもらってようやく足を動かしたレベル。
そりゃそーだわ、いきなり王太子殿下だよ、王太子殿下!
ホンットにあの王妃さまにそっくりで黒髪にはちみつ色の目をした王太子殿下が、にこにこしながら図書館の入り口で私たちを招いてくださってるんだよ?
いったいナニがどうなってこんなことになってるの?
「ゲルトルードよ、こちらに席を用意した」
って、王太子殿下は言われるんだけど。
だから席、席って、なんの席?
も、もしかして、やっぱりハンバーガー100個よこせとか、言われるんじゃないでしょーね?
「殿下、ゲルトルード嬢たちも入館の手続きが必要です」
なんかもう私は内心冷や汗ダラダラなんだけど、アロイジウスさまは淡々としたもんだ。
で、扉を入ったところにある受付にいる係の人も、やっぱり真っ青な顔をしてるんだけど。ええと、ここで学生証を出して確認してもらうんだよね?
そこで、スヴェイがすっと頭を下げて言ってきた。
「ゲルトルードお嬢さま、従者の私はこちらの図書館には入れません。申し訳ございませんが、後ほどお迎えにまいります」
えっ、えええええっ、スヴェイは一緒に来てくれないの?
って、そうだった、スヴェイはいまからオードウェル先生とゲオルグさんと一緒に、あの蜂の巣事件の後始末的なアレをしなきゃいけないんだった。
「ああ、そうであったな、スヴェイ、其方は図書館には入れぬのであったな」
すでに図書館の中に入って受付の前を通り過ぎていた王太子殿下が、振り向いて言われた。
「さようにございます、殿下。殿下の侍従がたも、こちらには同行していらっしゃらないようで」
「うむ、2人とも置いてきた」
王太子殿下、笑っていらっしゃいます。
てか、スヴェイってばやっぱりすごい。ホントにフツーに王太子殿下とお話ししてる。
そのようすに、テアちゃんが『マジなのね?』って顔をしてて、デズデモーナさまも『陛下の元側近側近側近……』みたいな感じで目が泳いじゃってる。
でも、スヴェイのすごさは、ソコで終わらなかった。
「しかし殿下、おそれいりますが一般生徒と共にこういった施設をご利用になる場合は、やはり先ぶれを出していただいたほうがよろしいのではと存じます。施設の担当者はもちろん、利用しているほかの生徒たちも驚きますので」
ス、スヴェイ!
それを、それを言ってくれちゃうのね? 言っちゃって大丈夫なのね?
言われた王太子殿下は苦笑しちゃっていらっしゃいます。
「すまぬ、突然思い立ってな。侍従たちにも先ぶれを出すよう言われたのだが」
「差し出たことで申し訳ございません。ただ、私の新しい主もすっかり驚かれております。どうぞご配慮くださいますよう、お願い申し上げます」
スヴェイー!
ありがとう、スヴェイ! ちゃんと言っちゃってくれちゃって!
でもスヴェイ、運んでくれていた私の鞄を手渡すときに、なんかもう『健闘を祈ります』みたいな顔をして、しかも預けてあった我が家の収納魔道具もそっと手渡してくれちゃうんだもんな。
そうなのよ、さすがにハンバーガー百個はないけど……マルゴもモリスも頑張ってくれちゃったので、すでにいろんなおやつが、それも結構たくさん、この収納魔道具には収納してあったりするのよね。
さらに言うと、そのスヴェイがそっと手渡してくれた収納魔道具を、案内役だかなんだかのアロイジウスさまがちらっと目ざとくご覧になりました。
アロイジウスさま、王太子殿下からハンバーガーを分けてもらったりしたんだろうか……。
とりあえず、私とテアちゃんとデズデモーナさまは、図書館の入館手続きをする。
学生証を取り出して、自分の魔力と照合するアレね。
そんでもって、先に廊下を進んでいらっしゃる王太子殿下に続き、先頭にアロイジウスさま、それに私たち女子3人、さらにその後ろにバルナバス先輩とエルンスト先輩が続くという大所帯で移動しちゃいます。
「談話室の2階を開けてもらったのだ」
王太子殿下はそう言いながら、トントンと階段を上がっていかれます。
ええ、1階の談話室も、手前の方は無人ですわ。そんで奥のほうに、何人かの生徒らしき姿が、それも身を寄せ合ってこちらをうかがっている姿がちらっと見える程度。
そりゃそうよ、いくら同じ学生だって言っても、相手は王太子殿下とその側近だもんね。
そして2階へ上がると……ナニコレ?
移動式黒板が奥にあって、その黒板に向かって放射状に1人用の机と椅子が並べられてる。
その机や椅子を移動させて並べていたのは……。
「ああ、ゲルトルード嬢、ドロテア嬢、乗馬の補習授業お疲れさまだったね」
にこやかなペテルヴァンス先輩!
ああもう、ホンットにペッテ先輩は和みの元だわ。
だって一緒にいるアルトゥース先輩もフランダルク先輩もさすがにちょっと引きつった顔をしてるし、あの表情があまり動かないガン君もかなり青い顔になってるのに。
ペッテ先輩だけは安定のほんわかペッテ先輩のままですー!
小説7巻とコミックス3巻、無事に発売しました!
みなさま本当にありがとうございます!
電子特典SSを読んでくださったみなさまには、デズデモーナさまの暴走がどこから始まったかがおわかりいただけたと思います。
でもデズデモーナさまの暴走とは別に、お話はまたさらに斜め上へと進むのでした(;^ω^)