356.テアの気持ち
本日2話目の更新です( *˙ω˙*)و グッ!
私たちが女子控え室を出ると、そこで待っていたスヴェイがいきなり言ってきた。
「犯人が判明しました」
早っ!
マジで? マジでもう犯人がわかっちゃったの?
スヴェイは自分の足元に転がしている実行犯……私たちが騎乗して進んでいたコースに蜂の巣を投げ込んだ馬丁らしき風体の男に目を落とし、やや苦笑ぎみに続ける。
「よほど私の固有魔力が堪えたようで、あっさり白状してくれました」
実行犯、本気で気分が悪いらしく真っ青な顔をしてうめいてる。これはたぶん、白状する以外にも物理的に吐いたんだろうな。
そしてスヴェイは私と、テアちゃんに目を移した。
「先日、ドラガンさまよりご忠告をいただいておりましたので、私も尋問がしやすかったというのもあります」
ドラガンくんが忠告って……もしかして……?
私が思った通りのことを、スヴェイは言ってくれた。
「ゲルトルードお嬢さまとドロテアさま、ドラガンさまに、校舎内で身体をぶつけるなど嫌がらせをしてきたあの伯爵家のご令息3名が、この者に蜂の巣を投げ込むよう命じたとのことです」
あいつらかよー!
私はうげーっとばかりに、テアちゃんと顔を見合わせちゃった。テアちゃんも、げんなりした顔をしちゃってる。
「嫌がらせをしてきた、とは……すでに何か問題が生じていたのですか?」
オードウェル先生の問いかけに、私とテアちゃんは何があったのかを説明した。伯爵家のバカ息子3人組が、私たちにわざとぶつかってきていちゃもんをつけてきたこと、そんでもって私がきっちり言い返して嫌味まで言ってやったっていう、そのいきさつをね。
いや、テアちゃん、そこで嬉しそうに間抜け面とか言っちゃダメだと思うんだけど。
「なるほど……そのようなことがあったのですね」
オードウェル先生の眉間にがっつりシワが寄っちゃってます。
そこに、スヴェイがさらに言い出した。
「ただ、今回はさらに問題がありまして……どうやら、学院の教師もその伯爵家令息たちの愚行に一枚噛んでいたようなのです」
「それは……」
オードウェル先生の眉間のシワがさらに深くなっちゃった。
スヴェイがうなずく。
「この実行犯は、正式に学院に雇われている馬丁でした。雇われてからまだ日が浅いようで、オードウェル先生はご存じなかったようなのですが……」
「ええ、わたくしは知らない馬丁ですね」
オードウェル先生が実行犯を一瞥する。「けれど、学院で正式に雇われている馬丁がこのような犯罪行為に加担していたというのは……」
「学院の厩舎を管轄している教師の中にも、加担していた者がいたと思って間違いないかと」
スヴェイも苦い顔をしてそう答えた。
「まったく、なげかわしい……!」
オードウェル先生は完全に頭を抱えちゃってる。
まあ、買収されて試験が0点でも合格させちゃう教師がいるんだもんね……こういう生徒の犯罪行為にだって手を貸しちゃう教師もいるってことだ。
そして、そういう教師がいるからこそ、そういう連中はこんな犯罪行為だって平気でやっちゃうんだろうな。自分たちがやったってことがバレちゃっても、それでたとえ誰かが死傷するようなことがあっても、地位や財力を振りかざして揉み消せば済むって思えちゃうから。
ホンットに、オードウェル先生が言われた通り、なげかわしいにもほどがあるわ。
買収されたのかどうなのか知らないけど、生徒の命にかかわる犯罪行為に加担、あるいは容認するって、もう教師失格どころの話じゃないじゃん。
いやもう、上位貴族家がずいぶん堕落してるのは私も実感しちゃってるけど……その上位貴族家の子女が我が物顔でのさばってる学院も堕落しまくってるんだわ。
このオードウェル先生や、算術のファーレンドルフ先生みたいに、すごくちゃんとした先生も確かにいらっしゃるんだけどねえ。
そのオードウェル先生に、スヴェイが言った。
「オードウェル先生、私はこの機会に、学院を『大掃除』できないか、陛下にご相談してみようと思います」
うわ、スヴェイってば、陛下に直接ご相談できちゃうんだ?
我が家への転職が決まってるとはいえ、さすが現時点では国王陛下直属の騎士爵文官だけのことはある、ってことか。
そして、スヴェイのその言葉に、オードウェル先生もぎゅっとあごを引いた。
「わかりました」
オードウェル先生は重い息を吐きだし、一度閉じた目をゆっくりと開く。
「陛下へは、わたくしからも陳情いたします。わたくしにとって、教師として最後の大仕事になると思いますが、できる限りのことをいたしましょう」
「よろしくお願いいたします、オードウェル先生」
スヴェイが頭を下げ、オードウェル先生は苦笑をもって答えた。
「まったく、わたくしもおちおち引退などしておられませんね。久々に授業に出てみれば、このような事件に出くわしてしまうとは、です」
「私としては、よくぞオードウェル先生の授業でやってくれたな、と思いますよ」
スヴェイは満面の笑みだ。「オードウェル先生以上に、学院の大掃除に全力でご協力くださる先生はいらっしゃらないでしょうから」
それからオードウェル先生はスヴェイと、それにゲオルグさんも加えて、今後何をどう進めていくのかの相談をされた。
スヴェイは予定通り私とテアちゃんを図書館まで送り届け、私たちが図書館でガン君と合流して授業のおさらいをしている間に、必要な報告や手続きをすることになった。
「私の所用に時間がかかってしまった場合、ドラガンさまにゲルトルードお嬢さまを個室棟までお送りいただくことになるかもしれませんが……」
「それはまったく構いませんわ」
恐縮しながら言うスヴェイに、テアちゃんは笑顔で答えた。
「間違いなく弟とわたくしで、ルーディを個室棟にお送りしますから」
「ありがとうございます。私もできるだけ早く図書館に戻れるようにいたしますので」
オードウェル先生も、私たちに言ってくれた。
「せっかくの補習授業がこのような形になってしまって、貴女たちにも申し訳なかったですね」
「とんでもないことです、オードウェル先生」
「そうです、オードウェル先生に謝罪いただくようなことは何ひとつありません」
私もテアちゃんも、慌てて答えちゃう。
いやもう、先生はまったく悪くないですから。先生も、それに正直なところデズデモーナさまも完全にもらい事故状態だもんね。
「ドロテア嬢、それにゲルトルード嬢は、次の授業に進んで問題ありません。そのように成績をつけてほかの教師にも申し送りをしておきます」
私たちにそう言ってからオードウェル先生は、デズデモーナさまに向き直る。
「デズデモーナ嬢は、次の授業に進んでも大丈夫だと申し送りはしますが、騎乗する馬を変更するようお勧めします。学院が所有する馬の中には、貴女がもっと安全に騎乗できる馬がいますよ。ご家族の手前、ということもあるのでしょうが、いろいろな馬に乗って経験を積みたいからというようなことを言って、ほかの馬に乗ってしまわれればいいと思います」
うん、オードウェル先生、とっても正直で率直でいらっしゃいます。
そのとっても率直なアドバイスに、デズデモーナさまはやっぱりあいまいにうなずいてる。
そこで、テアちゃんが口を開いた。
「あの、オードウェル先生……わたくしの母は、ヴェロニカ・バーンズロッドといいます」
その唐突な言葉に先生は一瞬眉を寄せ、そしてすぐさまその目を見張った。
「ヴェロニカ・バーンズロッド嬢! ドロテア嬢、貴女はヴェロニカさんの娘さんだったのね!」
「そうです、母を覚えていてくださいましたか」
ホッとしたテアちゃんの顔に、パーッと笑みが広がった。
オードウェル先生も、本当に嬉しそうに笑みを浮かべている。
「もちろんですとも。ヴェロニカ嬢……ヴェロニカさんは本当に優秀で努力家で、すべての生徒のお手本になるような生徒でしたから」
「ありがとうございます! 母も、オードウェル先生には本当にお世話になったと……わたくしにも入学前に、何か困ったことがあればオードウェル先生にご相談なさいと、言ってくれました」
「そうだったのですね。ああ、それでは申し訳ないことをしましたね。わたくしは、ここ1、2年はほとんど授業に出ていませんでしたから……」
「はい、わたくしも残念に思っていたのですけれど、今日このように授業を受けさせていただいて本当に嬉しく思いました」
「それはよかったです。ヴェロニカさんはお元気ですか?」
「はい、元気に過ごしています」
答えて、テアちゃんは少し言葉に詰まった。けれど、すぐに続けた。
「我が家は、事情があってわたくしの両親は正式には結婚していないのですが、それでも家族全員とても仲良く暮らしています。弟も、育ての母であるわたくしの母のことを、本当に慕ってくれていますし」
「そうなのですね。それは本当によかったです。わたくしも、ヴェロニカさんの近況を知ることができて、たいへん嬉しいです」
「ありがとうございます。あの、本当にこれから何かあったときは、先生にご相談させていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんですとも。いつでも大歓迎ですよ」
オードウェル先生が、実行犯を引き連れたゲオルグさんと一緒に厩舎を後にされた。
では私たちも図書館へ行きましょうか、となったとき……テアちゃんがぽつりと言った。
「わたくしの母は正式に結婚していないから……学院に提出してあるわたくしの家系図には、母の名前が記載されていないの」
ああ、だから……だから、オードウェル先生はテアちゃんのお母さまの名前をご存じなかったのか。私のお母さまの名前はもちろん、その交友関係もしっかり覚えていらっしゃったのに。
そして実際に先生は、テアちゃんのお母さまの名前を聞いたとたん、パッと思い出してくださったのに。
私の中に、なんとももやもやとした納得できない気持ちが湧いてきちゃう。
テアちゃんは、さらに言った。
「わたくし、学院に入学するまで、そんなことで差別されたことなんて一度もなかったの。だから学院に入学してからすごく驚いて……でも、事実なんだから冷静に対処しなきゃって思って」
そこでテアちゃんは首を振った。「ううん、冷静に対処しなきゃいけないって、自分に思い込ませていたのよね」
私にまっすぐ向けたテアちゃんの顔に、笑みが浮かんだ。
「さっきルーディが、それについてあんなに怒ってくれて、わたくし本当に嬉しかったの」
そしてテアちゃんは、少しだけ顔をうつむける。
「それでわたくし、ようやく自覚できたのよ。自分が、このことでどれほど深く傷ついているのかを」
「テア……!」
私は思わずテアちゃんの手を握った。
そりゃそうよ、テア自身のことだけじゃなく、大好きなお母さまのことまであんなふうに言われて……つまりテアの大切な家族全員が貶められていて、傷つかないわけがないじゃない!
たとえ、デズデモーナさまになんの悪気もなかったとしても……悪気がないから許されるなんてことは、絶対にないからね!
でもそれは、この賢くて正直で率直なテアでさえ、自分の気持ちを偽らなければならないほど、貴族社会の圧力っていうものがあったってことだわ。
そう思うと、ものすごく胸が痛む。
私の手を握り返してくれたテアが、顔を上げる。
「ええ、だからね」
テアちゃんはきゅっと口を引き結び、そしてその顔をデズデモーナさまに向けた。
「わたくし、何がどうあってもデズデモーナさまに謝罪していただきたいの」
私たちの視線の先で、びくっと身体を揺らしちゃったデズデモーナさまに、テアはたたみかけるように言った。
「デズデモーナさま、いまから少々お時間をいただけるかしら? わたくしたち、これから図書館の談話室で授業のおさらいをするつもりなのですけれど、デズデモーナさまもご参加いただきたいの。いまの時間帯であれば、図書館の談話室でじっくりお話し合いができると思いますので」
どうやら、第2ラウンドの鐘が鳴ったようです。
活動報告で、もし短編集が実現するとしたらどのキャラのどういうお話が読みたいですか、というリクエストを募集しております( *˙ω˙*)و グッ!
ぜひぜひコメントを書いてくださいませ!
あと、テアちゃんのお母さまのヴェロニカさんについては、7巻の共通書き下ろしSS『ヴェロニカとウルリーケ』で詳しく語られております。誕生日が3日しか違わないテアちゃんガンくん異母姉弟の誕生秘話ですので、ぜひ!





