354.だから友情ってね
本日1話更新です。
わぁわぁと泣き続けるデズデモーナさまのようすに、私はテアちゃんと顔を見合わせちゃった。
さっぱりワケわかんないし、ホンットにどうすればいいの、コレ?
と、途方に暮れちゃってた私たちの耳に、いきなり『パンッ!』という乾いた音が響いた。
ええ、オードウェル先生が……はい、平手打ちなんてしてないですよ、デズデモーナさまの目の前で両手を打ち鳴らした、要するに『猫だまし』をされてました。きっちり手袋を脱いで。
びっくりしたデズデモーナさまが、その目を見張って固まっちゃってる。
「デズデモーナ嬢、そのように泣いて顔を腫らしていれば、貴女の侍女は何があったのかといぶかしみますよ」
先生の言葉にハッとしたデズデモーナさまが、慌てて自分の顔を手で拭う。
で、そこにさっと、スヴェイがハンカチを差し出すあたりが、なんというのか。
「とにかく、厩舎横の控え室に戻りましょう。貴女の侍女は席を外しているようですから、いまのうちに身なりを整えなさいませ」
オードウェル先生に促され、デズデモーナさまも立ち上がった。
私たちはそのまま、歩いて厩舎横の控え室に向かった。いや、ブライトくんがかなり逆走してくれちゃってたので、厩舎まで本当にすぐだったの。
厩舎からは、馬を受け取るために馬丁が何人か出てきた。
その中に、心配そうな顔のハンスがいたので、私は声をかける。
「ハンス、わたくしは大丈夫よ。アレクサの面倒をみてあげてね」
「はい、ゲルトルードお嬢さま」
ハンスはホッとした表情を浮かべて返事をしてくれた。
私は念のためゲオルグさんに、ハンスをよろしくお願いしますと声をかけ、それからテアちゃんと一緒に先生とデズデモーナさまの後を追った。
厩舎横の女子控え室には、スヴェイは入れない。
そしてスヴェイが言っていた通り、デズデモーナさまの侍女さんは控え室にはいなかった。
デズデモーナさまは、オードウェル先生に手伝ってもらいながら、手洗い場でゆすいで絞ったハンカチで顔を拭ってた。
それにすっかり乱れちゃってた縦巻きロールヘアも、いやすごいな、ちょっと水に濡らして手で形を整えるだけでちゃんときれいな縦巻きにもどっちゃうんだな?
「デズデモーナ嬢、貴女にも何か『家庭の事情』があるようですが、かといってほかの人を巻き込むことには感心しませんね」
オードウェル先生は、絞ったハンカチをデズデモーナさまの目元に当てながら彼女をいさめてくださってる。
「貴女が思い違いをしていたことについては、ゲルトルード嬢に謝罪なさい。その上で、わだかまりが残らぬようしっかり話し合うべきだと、わたくしは思いますよ」
うん、いやもう、わだかまりがどうこうっていうか、私はなんでデズデモーナさまが私を王太子妃にしたがってるのか、その理由を知りたいです。ホント、ワケわかんない。
ちらっと視線を横に動かすと、テアちゃんも私のほうに視線を動かして軽く肩をすくめてみせてくれた。
「ゲルトルードさま、その……失礼をいたしました」
見るからに不服そうな顔で、それでもデズデモーナさまはちょこっとだけ頭を下げてくれた。
「いえ、誤解が解けたのであれば、よかったです」
と、私も当たり前に応じたんだけど。
それでもやっぱり、どうにも不服そうなデズデモーナさまが、ぼそりとつぶやいた。
「そもそも、貴女がわたくしのお茶会の席であれほど強情な態度をとらなければ、このようなことにはならなかったのよ」
つぶやくというには、ずいぶん長い台詞ではある。
でもって、私はさらにワケがわかんないんですけど。なんであの惨敗お茶会での私のふるまいから、私が王太子妃になるなんて話になったの?
えーと、もしかして侯爵家のご令嬢にあくまで断り続ける強気な伯爵家のご令嬢には、ナニか裏があるに違いない、とかなんとか思われちゃったの? で、その裏っていうのが、王太子妃候補だからと思われちゃったとか……いや、マジで?
頭の上にクエスチョンマークを飛び散らかしてる私の横で、業を煮やしたようにテアちゃんが言い出した。
「デズデモーナさま、いまの貴女のごようすではルーディに……ゲルトルードさまに謝罪されているとは到底思えないのですけれど? 何か思うところがお有りなのであれば、はっきりとおっしゃればよろしいのではなくて?」
さすがテアちゃん、きっぱりとしたモンです。
けれど、それがまたデズデモーナさまの癇に障ったらしい。
「ドロテアさま、貴女のその態度も原因のひとつでしてよ」
デズデモーナさまがテアちゃんをにらみつける。「子爵家の……それも非嫡出子ごときが、侯爵家の令嬢であるわたくしに断りもなく意見するなど、周りの方々がどのように思われるかお考えにならないのかしら?」
はあ?
思わず私は目を剥いた。
子爵家の、非嫡出子ごとき?
それ、テアに向かって言うの? そういうことを?
少々爵位が上だからって……侯爵家のご令嬢だからって、同級生に向かって言うことがソレ?
なんかもう衝撃的すぎて、私はとっさに何も言えず口をぱくぱくさせちゃったわ。
テアちゃんは思いっきり顔をしかめてる。
「それは悪うございました、ですわね」
フンッと鼻を鳴らし、テアちゃんは大して気にもしていないようすではあるけれど……私はなんというか、胸の内がむかむかして我慢できなくなってきた。
でも、その私より先に、オードウェル先生が口を開かれた。
「デズデモーナ嬢、貴女のその物言いはあまりにも失礼です」
ぴしゃりと先生は言う。「爵位の違いがないとは言いませんが、同じ学び舎で机を並べて学ぶ学友に対し、言っていいことではありません」
先生にたしなめられて、デズデモーナさまは視線をそらせてる。
でもって、まったく納得していないようで、デズデモーナさまはさらに口をとがらせた。
「それは……『断絶』されてお家がないオードウェル先生ですから、そのようにおっしゃられるのであって……」
ダンゼツ?
ナニソレ、『断絶』って……お家がない?
私には意味がわからない単語が出てきたところで、ナゼかテアちゃんが怒りをあらわにした。
「いい加減になさって! オードウェル先生のご身分に、どんな関係があると言われるの? デズデモーナさま、いま貴女がしなければならないのは、ルーディに謝罪することでしょ!」
「謝罪しましたわ!」
デズデモーナさまも言い返す。「謝罪して、けれどそもそも貴女やゲルトルードさまが身分をわきまえず、わたくしに逆らったことが原因なのです! だいたいドロテアさま、貴女など領地が隣接していなければ、わたくしのお茶会にお招きなどしなかったわ! 家名を与えられているとはいえ子爵家風情の、それも正妻の娘ですらないかたをお茶会に招くなどと……」
「ちょっと待って」
私はついに我慢しきれずに口を開いた。
ええ、地を這うような低くずっしりとした声で。
「わたくしの大切な友人を、これ以上侮辱するのは許しません。デズデモーナさま、わたくしはもう貴女の謝罪はいっさいお受けしません」
その私に対して何か反論しようとしたデズデモーナさまより早く、私はさらに言った。
「先ほど申し上げました通り、わたくしには王家と四公家のすべてが後ろ盾になってくださっておりますの。もちろんそれは、わたくしの経済活動に対する後ろ盾なのですけれど……デズデモーナさま、貴女があくまでご自分の地位や身分を振りかざしてこられるというのであれば、わたくしにも考えがございますので」
ええ、この程度の脅しはさせていただきましょう。
よくも私の大事なテアちゃんを侮辱してくれたわね?
子爵家風情だの、正妻の娘ですらないだの……非嫡出子ごとき、ですって?
ちょっと本気で怒りのあまり体が震えちゃうんですけど?
確かにテアちゃんとガンくんは誕生日が3日しか違わない異母姉弟で、テアちゃんのお母さまは正夫人じゃないって聞いたわ。それが事実なんだろうけど、だからってそれを他人があげつらっていいとでも思ってるの?
そもそもテアちゃんは、異母弟のガンくんともあんなに仲良しで、それに性格だって本当に正直で誠実で、ご家族から思いっきり愛されて育ったことに疑いの余地なんかない。テアちゃんのすてきなお母さまが正妻になっておられないのだって、何か特別な理由があるに決まってる。
テアちゃんだって、どれほど自分の家族を大事に思ってるか……テアちゃんを侮辱することは、彼女の家族も踏みにじってるってことよ。絶対に、許せない。
「……ありがとう、ルーディ」
「当然よ、テア!」
テアちゃんのなんだかホッとしたような声に、私はふんすとばかりに鼻息も荒く答えちゃった。
いっぽうで、デズデモーナさまは愕然としてる。
愕然としたまま、デズデモーナさまは口を開いた。
「そんな……伯爵家の貴女が、そこまでして彼女をかばうことに、いったいどんな利がお有りだというの……?」
今度は私が愕然としちゃったわよ。
利がある?
何か利益があるから、私がテアちゃんをかばうとでも……?
いや、このお嬢さまは本気でそう思ってるんだわ。利害関係というか、損得勘定でしか人間関係を判断できないんだわ。
なんというかこう、デズデモーナさまの考え方というか行動原理みたいなものが、私もようやくちょっと見えてきた。
身分や階級の上下と、損得でしか、人との関係は成立しないと、彼女は思ってるんだわ。
デズデモーナさまは実際に上位貴族家のご令嬢だから……本当に地位も身分も最初から与えられている人だから、マウンティングしてもたいてい上に立てちゃうんだよね。だから、そういう人間関係が当たり前だと思ってる……思ったまま、生きてこられちゃったんじゃないだろうか。
どう返答すればいいのかと私が戸惑っていると、オードウェル先生が落ち着いた声で言ってこられた。
「ゲルトルード嬢、ドロテア嬢、貴女たちは本当に仲がいいのですね」
先生はなんだかしみじみと、私とテアちゃんの顔を見比べ、そしてふっと笑みを浮かべる。
「ゲルトルード嬢、貴女は先ほどレオポルディーネ夫人に乗馬のお手本を見せていただいたと話していましたが……貴女の母君はいまもレオポルディーネ夫人と仲良くされているのでしょうか?」
「もちろんです! レオポルディーネさまにも、それにホーフェンベルツ侯爵家のメルグレーテさまにも本当に仲良くしていただいております!」
勢いよく答えて、それから私はまたさらに勢いよく言っちゃった。
「レオポルディーネさまは我が家の前当主が急逝したあと、すぐに母にお手紙を送ってくださいました。当時レオポルディーネさまもメルグレーテさまもご領地におられたのですが、王都にお戻りになられたときは、その足で我が家に駆けつけてくださいまして」
「まあ、本当に相変わらず仲のよろしいこと」
うなずいて、オードウェル先生は思い出すようにふふふっと笑みを深くされる。
「あの頃は、みな不思議がっていましたね。公爵家のご令嬢と侯爵家のご令嬢、そして地方男爵家のご令嬢が……なぜあれほどまでに仲良くしているのかと」
やっぱ有名だったのね、お母さまたちってば。
「ええ、我が家の『家庭の事情』で、母の学院卒業以来ずっと交流が絶えていたそうなのですけれど、いまではまた3人で学生時代のように愛称で呼び合っていて、娘のわたくしから見ても本当に仲が良くて」
うん、腐女子同盟なんだけどね!
お母さまたちの趣味を知ってか知らずか、オードウェル先生は温かい笑みを浮かべてさらに言ってくださる。
「では、娘の貴女がドロテア嬢とそのように仲良くなられたことに、コーデリア夫人もさぞ喜んでおられるでしょうね」
「はい、それはもう! 母はわたくしに、地位も身分も利害も関係なく、好きな趣味などを通じてずっと仲良くお付き合いできるお友だちは学生時代にしかできないと、よく話してくれていましたから。わたくしがテアと、それにテアの弟君のガン君とこのように仲良くなれたことを、母は本当に喜んでくれています!」
もう思いっきり胸を張って、私は言っちゃったわよ。
ちょっと聞いてた、デズデモーナさま?
オードウェル先生も、デズデモーナさまに聞かせるためにわざわざいま、この話題を出してくださったのよね?
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活動報告に、書き下ろしSSの内容もまとめていますので、ぜひご確認ください。
今回もがっつり書きましたよー( *˙ω˙*)و グッ!





