344.小さいことはいいことだ
本日1話更新です。
これからしばらくの間、2~3日おきに数話続けて更新していこうと思っています。
図面を見ながらお庭や玄関周りの相談ができたところで、ノランがまたとっても恐縮しながら言い出した。
「実は、トマスは魔力が発現して伯爵位の継承権が確定した時点で、先代レットローク伯爵の遺産から信託金を受け取ることができるようにしていただいています」
ノランとヨアンナが、さらに書類を出してきた。
「ただ、正直なところ……実際に受け取れるかどうかは、微妙だと思っています」
「それは、どうして? トマスは十分な魔力量も、固有魔力の顕現も確実なのでしょう?」
素朴な疑問で問いかけた私に、ノランとヨアンナは顔を見合わせて苦笑した。
「当代のレットローク伯爵が、トマスに信託金を渡さないよう、その、いろいろと画策されているようですので……」
あー……。
つまり、そのクズな伯爵さまは自分の取り分を減らしたくない、と。
いくら先代の正式な遺言だとしても、いまの伯爵にとってはトマスの存在自体が許せないような感じなんだろうね。
ノランたちが出してきた書類にさっと目を通したスヴェイが言う。
「こちらは間違いなく正式な書類です。トマスが信託金を受け取るのは正当な権利です。もし当代のレットローク伯爵がそれを阻もうとするのであれば、それは完全に違法行為ですので」
にっこりとスヴェイが笑った。「ノランさんたちご夫婦は、正々堂々とトマスの権利を主張されればいいですよ。もちろん、ご当家の顧問弁護士が交渉にあたってくれるでしょうし」
ね? と、ばかりにスヴェイに笑顔を向けられ、私も思いっきり笑顔でうなずいちゃった。
「もちろんよ。先代伯爵がこうして正式にトマスに信託金を遺してくださっているのだもの、それを渡さないようにするなんてあり得ないわ。我が家にも、それに商会にも優秀な弁護士がついてくれているので、先に相談しておくのがいいかもしれないわね」
「はい、これからノランさんが家名を立て、そして商会員になられるわけですから、そのときこの件についても弁護士を交えて話しておかれるのがよろしいかと思います」
そう言ってから、スヴェイはさらに満面の笑みで付け加えてくれちゃった。
「まあ、ノランさんがゲルトルード商会の商会員になられれば、商会顧問にはエクシュタイン公爵家だけでなくガルシュタット公爵家、ホーフェンベルツ侯爵家がその名を連ねておられますので、レットローク伯爵家としても下手な真似はされないとは存じますが」
うん、その辺の権威をお借りするのは大事よね。
私もにっこりうなずいちゃったわよ。
「本当に何から何まで、ありがとうございます」
ノランとヨアンナが深々と頭を下げてくれた。
「トマスのことにつきましては、まだ何年か先の話になりますが……それでも、本日ご相談させていただけて本当に安心いたしました」
「それにノランの仕事のことも、本当にありがとうございます」
「私ども夫婦は、これからも誠心誠意、ご当家ならびにゲルトルード商会にてお勤めさせていただきます」
なんかもうノランは心からすっきりと安心した顔で、庭仕事へと戻っていった。
やっぱいろいろ、悩んでたんだろうね。私たちにいつ相談すればいいだろうかとか、相談してみてどう言われちゃうだろうかとか。
そりゃもう、ノランもヨアンナもよく勤めてくれてるんだから、我が家が彼らをぞんざいに扱うなんてことはないってわかってくれてたとは思うけどね。でも言い出すほうとしては、やっぱいろいろ考えちゃうもんね。
なんかいい感じにまとまってくれて、私としてもとってもよかったわー。
その後は、お昼寝から起きてきたリーナも話し合いに参加した。
子ども部屋のデザインとか、まあ基本的にレオさまの意見でまとめてもらってるんだけど、リーナの意向も確認しておかなきゃだもんね。
それに、私が考えていることについても、お母さまと相談するいい機会になった。
いや、私が爵位を自分で名乗ると決めたことはまだ言えない。さすがに、簡単に口にできることじゃないもの。
でも、私の名を上げることについてはもう話してあるので、これから具体的に何をどうやって名前を上げていくのか……つまり、ゲルトルード商会の商売をどういう方向に広げていこうと考えているのか、ってことをね。
ええもう、ホントにいろいろ考えちゃってるのよ、私は。これから我が家の使用人だって増えるし、今後商会で大量に必要になる料理人の育成も必要だし。
「これについては、マルゴの意見も訊かないといけないと思うのです」
「そうね、ルーディの言う通りにしようと思うと、我が家の厨房のことだけではなくなってしまうでしょうし」
ということで、私たちはそろって厨房に移動した。
厨房の扉を開けると、いつも通りとっても美味しそうな甘い香りがただよっている。
なんかもう、それだけで幸せな気持ちになっちゃって、私もお母さまもリーナも、みんなそろってにこにこ顔になっちゃうよね。
だからつい、用件より先に訊いちゃうわけだけど。
「マルゴ、今日のおやつは何かしら?」
「よいところへいらっしゃいました」
マルゴがにんまりと笑う。「試作品ではございますが、ちょうど一通り出来上がったところでございます」
そう言って、マルゴが出してきてくれたのは……四角い小さなフルーツサンド!
「このパン、耳がありません」
「ええ、でもそのぶん、どの方向から見ても切り口がとってもきれいだわ」
リーナとお母さまも顔を見合わせ、それからとっても嬉しそうに言った。
「それにこの大きさであれば、いろいろな種類のサンドイッチをいっぺんに食べられそうね」
「はい、この小さいサンドイッチなら、わたくしもいっぺんに2つか3つは食べられそうです!」
「さようにございます。以前アデルリーナお嬢さまは、おやつをすべて食べきれないのが残念だとおっしゃっていましたでしょう? パンの耳を切り落とせば、そのぶん食べやすくなります。それで耳を切り落としやすいよう、パウンドケーキの四角い型でパンを焼いてみたのでございます。それに耳がないと、切り口がよく見えてとても見映えがいたしますし」
って、マルゴがにこにこしながら説明してくれるんだけど……私はもうなんていうか、感動に打ち震えちゃってたわよ。
だって、四角いパンでサンドイッチ!
私からマルゴに提案して、マルゴの息子たちに日本の食パンっぽい四角いパンを焼いてもらうつもりだったのに……マルゴが自分で考えて四角いサンドイッチを作ってくれたのよ? もうホンットにホンットーーーーに、マルゴは天才だわ!
「マルゴ、ありがとう!」
私はすっかり興奮気味に言っちゃった。「わたくしも、四角いパンでサンドイッチを作ることを考えていたのよ。四角い焼き型をエグムンドさんに頼んで作ってもらおうと思っていて……でもこうやってパウンドケーキの型で実際に作ってくれるなんて!」
「それはよろしゅうございました。もし型を作っていただけるのであれば」
マルゴはパウンドケーキの型を取り出して私に示した。「これよりも、一回り……二回りくらいでしょうか、大きめがよろしいかと存じます。さすがにこれだけ小さいですと、はさみにくい具もございますし」
そうなの、さすがにパウンドケーキの型だとちょっと小さすぎて、大きめの具だとはさみにくいし、三角形とかにもカットしにくい。
それもちゃんとわかってるんだ、マルゴは。
「ええ、わたくしももう少し大きく四角いパンが焼ける型を考えていたの。それに、その四角いパンを同じ厚さにそろえて切りやすい、そういう道具も考えていて」
「それはたいへんすばらしいです!」
私の言うことを、マルゴはすぐに理解してくれる。
「パンの厚みがそろっているかどうかで、見映えがまったく違ってきます。簡単に厚みをそろえて切ることができる道具があれば、見習の料理人でも上手く切ることができますですね!」
「そうなのよ、耳なしのパンでもっと薄くそろえて切ることができれば、こうやって3段重ねにすることだってできるでしょう?」
そう言いながら、私はマルゴが出してくれた耳なしの四角い小さなパンを3枚重ねてみせる。
「そうすると、1枚目と2枚目、それに2枚目と3枚目で、違う具をはさむこともできると思うのよ。こっちにマヨネーズで和えた卵をはさんで、こっちはハムとレタスとか。パンが四角いと食べやすい大きさに切り分けやすいし、リーナだけでなくわたくしたちにとっても食べやすいわ」
「ルーディ、貴女ってどうしてそんな楽しいことを思いつくのかしら」
お母さまが笑い出しちゃった。「ひとつのサンドイッチで2種類の味が楽しめるのね? それに以前メルも言っていたものね、もう少し小さめのおやつにしてもらえれば、わたくしたち女性もいろいろな味をいっぺんに楽しめるのに、って」
「そうなのです、お母さま。わたくし、女性のみなさまも一度にいろいろなおやつを楽しんでいただけるよう、小さめのお料理をいろいろ並べてお出しできないか考えているのですが」
私はそこで、スヴェイに問いかけてみた。
「スヴェイ、貴族の方がたにとっては、たとえば大きなパイをその場で切り分けてお出しするようなおやつが多いと思うのだけれど……わたくしがいま言ったような、小さなおやつを何種類もいっぺんにお出しするような形にしても大丈夫かしら?」
私もね、考えたのよ。大きなパンを大きなままテーブルに出してその場で切り分けるのだって、要はそのほうが『安全』だからだよね? つまり、みんなでひとつのお料理を分け合って食べるほうが、毒の危険性が減るから。
そう思って、私は言葉を続ける。
「いわゆる『安全』については、小さなおやつをたくさん並べておいて、お客さまがご自身でその中からお好きなものを選んで取っていただくようにすればいいのでは、と考えているの。ご自分で直接取っていただいてもいいし、選んだものをお給仕係が取ってお皿に盛ってくれるのでもいいかと思うのだけれど」
「なるほど、それは確かにいい方法です」
スヴェイがちょっと目を見張って答えてくれる。「小さなおやつをたくさん並べておいて、お客人がその中からご自分で選ぶのであれば、安全であると判断されるかたは多いと思います」
お母さまも言い出してくれた。
「わたくしも、その方法はいいと思うわ。お客さまご自身でお好きなものを選んでくださいというのであれば、誰がどれを選ぶのかは事前にはわからないものね」
そしてスヴェイは、さらにちょっと考えて言ってくれた。
「数種類のおやつを一度に提供されると、主催者が最初にすべてのおやつを一通り召し上がっておみせになることは難しいですが……それにつきましても、切り分けないおやつの通例に従って、お客人の近侍や侍女が選んだものを最初にどれかひとつ主催者が召し上がってみせれば、まず問題になることはないかと存じます」
うん、お客さまがランダムに選んだものを主催者が最初にお毒見で食べるのであれば、しっかり安全ですアピールができるもんね。
「ありがとう、スヴェイ。では、わたくしは商会店舗でお出しするおやつについても、その方向で進めていくよう公爵さまとも相談してみます」
そしてお母さまにも説明する。
「お母さま、わたくしとしては特に女性のお客さまには、何種類か小さめのサンドイッチをお出しして、さらに小さめに切ったパウンドケーキも何種類か……パウンドケーキはクリームのありなしや果実を添えるかどうかなども選べるようにして、さらに小さめのプリンもお出ししてという感じで、いろいろなおやつを少しずつ味わっていただこうと思うのです」
そう、アフタヌーンティーっぽくね! この際だから、3段スタンドもエグムンドさんに作ってもらっちゃうからね!
「すごいわ、ルーディ。一度にそんなにいろいろなおやつを楽しめるなんて……想像しただけで嬉しくなってしまうわ」
お母さまがもうにっこにこで言ってくれる。そしてお母さまは、その笑顔をリーナにも向けてくれちゃうんだ。
「ね、リーナ。いっぺんにいろいろなおやつを、ちょっとずつ食べられるなんて、とってもすてきではなくて?」
「はい、とってもすてきです! わたくし、おいものサンドイッチを食べてしまうとお腹いっぱいになってしまって、ほかのサンドイッチが食べられなくなってしまうので困っていたのです!」
おおう、リーナのお返事がとっても具体的です。本当に、出されたおやつをすべて食べきれないのが悩みだったのね……。
そんでもってリーナは、満面の笑みで言ったのよ。
「マルゴ、小さいサンドイッチを作ってくれてありがとう!」
ああもう、私の妹がホンットにホンットーにかわいくてかわいくてかわいすぎるー。
そして、それだったらもうすぐにエグムンドさんにお願いして、四角いパン型を作ってもらいましょうということになった。
「では、いまからエグムンドさんを呼んでまいります。ゲルトルードお嬢さまには、その間にほかの相談ごとをマルゴさんとしておいていただければ」
さすがスヴェイはわかっていて、さっとエグムンドさんを迎えに出かけて行ってくれた。
「それでは」
私はマルゴに向き合う。「いろいろと、マルゴには相談させてもらいたいことがあるのだけれど……その前に、今日のおやつは何かしら? さっきの四角いサンドイッチをもっと作るの?」
目をキラリンとさせちゃった私に、マルゴが笑顔で答えてくれる。
「先ほどのサンドイッチは試作にございます。本日は林檎のパイを焼こうと思っておりまして……みなさまに召し上がっていただくぶんと、グリークロウ先生にお届けするぶんでございます」
「あら、ではもう生地は……」
「しっかり寝かせてございますので、いまから焼こうと思っておりました」
マルゴが冷却箱からパイ生地を出してきてくれたので、私の目がさらにキラリンとしちゃった。
「では、わたくしもパイを焼きながら、お話してもいいかしら? ちょっと変わったパイを思いついたのよ」
ええ、お料理するのって、私にとっては確実にストレス発散なのよ。
やっぱりこう、いろいろありすぎたから……私としては久しぶりに楽しくお料理をして、みんなで美味しいねって言いあいながら食べたいの。
ということで、ナリッサにエプロンを着せてもらい、私は久々にマルゴと一緒に厨房に立つ。
嬉しい。だってホントにここんとこ、全然お料理してなかったんだもん。ふふふふふふ、今日はアレを焼こう。見た目もかわいくて、絶対ウケると思うんだー。
早くルーディちゃんの学院生活を再開したいので頑張ります(;^ω^)





