337.決意は固まった
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。
元日からちょっと長めの1話更新ですよー!
「もちろん、いいわよ」
公爵さまは笑顔で答えてくれた。「では、貴女の収納魔道具にわたくしを登録してもらいましょうか。その後わたくしを解除することで、登録と解除の両方ができるわ」
「ありがとうございます、公爵さま」
収納魔道具は所有者の意思を読んでくれるんだって。だから、この人に使用許可を与える、あるいは使用許可を取り消す、と所有者が考えながら、登録または解除したい人と自分の魔力を重ねて収納魔道具に通すだけでOKなんだそうな。
私も収納魔道具の上に、公爵さまの手と自分の手を重ねて置いて、まず、使用を許可するよ~と思いながら魔力を通した。
「ほら、こうやってわたくしにも使えるようになったわ」
公爵さまが実際に、私の収納魔道具にモノを入れたり出したりしてみせてくれちゃう。
念のためにということで、登録してないアーティバルトさんにも試してもらったけど、当然のことながらアーティバルトさんには我が家の収納魔道具は使えなかった。
そして次は解除。
同じように公爵さまと手を重ねて、登録を解除しまーすと思いながら収納魔道具に魔力を通す。これまたさくっと登録解除できちゃった。
「本当に簡単に、登録も解除もできてしまうのですね」
私が率直過ぎる感想をもらしちゃったところ、公爵さまはちょっと苦笑しながら言ってきた。
「それはルーディちゃん、貴女が正当なクルゼライヒ伯爵家の後継者だからよ。クルゼライヒ伯爵家の収納魔道具は、現時点で貴女以外は誰も、使用者登録も解除もできないのだから」
「現時点でということは、わたくしの妹のアデルリーナに魔力が発現すれば、アデルリーナも登録や解除ができるようになるのですよね」
「いいえ、魔力が発現してもリーナちゃんには登録解除はできないわ」
「えっ?」
単なる確認のつもりで訊いたのに、思わぬ返答でびっくりしちゃった私に、公爵さまは教えてくれた。
「収納魔道具の血族契約魔術は通常、跡継ぎの嫡男または爵位持ち娘にしか、登録解除の権限を設定していないのよ。ルーディちゃんが結婚すれば、その権限はルーディちゃんの配偶者へ移り、そしてその配偶者が亡くなれば、ルーディちゃんと配偶者の間に生まれた子どもへと移るの」
いや、待って。
私が子どもを産んだらその子に権限が移るのはわかる。でも、結婚したら配偶者に、って?
「あの、わたくしがクルゼライヒ伯爵家の直系なのに、わたくしの配偶者に権限が移ってしまうのですか?」
「ええ、収納魔道具はその貴族家の財産ですから、正式に爵位を名乗る当主にその所有権が移ってしまうのよ」
マジかー!
結婚すれば私が引き継いだ爵位も領地も財産も配偶者のモノにされちゃう、っていう話はさんざん聞かされてたけど、こんな細かいトコまで本当にぜんぶ持っていかれちゃうんだ。
「それは……あの、つまり、わたくしが正式に結婚すればその時点で……えっと、国に正式に婚姻の届け出をした時点で、ということでしょうか?」
ちょっと本気で呆然としながら私は質問したんだけど、公爵さまがなんだか困ったように視線を泳がせちゃう。
「え、ええ、それは、そうではなくて……」
違うの?
正式に婚姻を国に届け出たら権限が移る、んじゃないんだとしたら……。
「ゲルトルードお嬢さま」
突然マルレーネさんが私に言ってきた。
「わたくしからご説明差し上げます。どうぞ、こちらへ」
なんかワケわかんないけど、私は素直にマルレーネさんに従って、私がずっと休ませてもらってた寝室へと戻った。
マルレーネさんが扉を閉めた寝室の中には、そのマルレーネさんと私とナリッサという女性陣のみ。そこで、マルレーネさんがおもむろに口を開いた。
「ゲルトルードお嬢さま。爵位持ち娘でいらっしゃるご令嬢が相続された魔道具など、血族契約魔術が施された品々の権限移譲はほとんどの場合、そのご令嬢がご懐妊された時点で自動的に行われます」
「は、い?」
いや、私、思いっきり間抜けな声を出しちゃったけど、ご懐妊された時点って……。
えっと、あの、もしかして、正式に結婚してなくても、要はヤッちゃって妊娠しちゃったら、その妊娠させた相手を配偶者として……つまり正式な当主として勝手に認識しちゃう、そういうシステムになってるってこと?
なんじゃそりゃー!
あんぐりと口を開けちゃいそうになった私に、マルレーネさんは淡々と説明を続けてくれる。
「人は生まれたとき、いえ、生まれる前から体内に魔力を有しております。出生し成長するに伴ってその魔力が表面化していき、いわゆる魔力が発現したという状態になるわけです。女性が懐妊すると、その女性の胎内に本人とは別の魔力が宿ることになりますので、その別の魔力、つまり胎児が発生したことをもって、血族契約魔術が発動するという仕組みになっているのです」
そ、そういうこと、なの?
いや、でも……。
「けれど、あの、その胎児の父親が誰か、というところまで、血族契約魔術は判じることができるというのは……」
「それにつきましては、いわゆる『失われた魔術』の魔術式を応用しているのだそうで、どのようにして判別しているのかまでは、現在の我が国の技術ではわからないのだそうです」
ソウナノ、デスカ……。
あー……でも、私が手籠めにでもされたらとんでもないことになる、って……そういうことなんだ……。
正式に婚約も結婚もしてなくても、女性の意思なんか完全無視でも、要はヤッちゃって妊娠させたらその令嬢が持っているあらゆるものを男は奪ってしまえる、ものすごく下品で耐えがたい言い方だけど、そういうことなんだ。
いや、いろいろひどいとは思ってたけど……もう、ひどいどころの話じゃないわ、これ。
そりゃまあね、たとえば爵位持ち娘のご令嬢に将来を誓い合った相手がいるのに、別の男性と親の命令で結婚させられそうになったなんてときは、強行突破の逃げ道として使えるかもしれないけどさ。
でもそれ、リスク高すぎない? 箱入りのご令嬢が恋に恋してコロッと騙されて、自分の家を丸ごと乗っ取られちゃうとか、フツーにありそう。
確かにこんな身も蓋もない話、殿方が並んでらっしゃる前でうら若きご令嬢に教えてあげられるようなもんじゃないわ。マルレーネさん、お気遣いありがとうございます。
私は頭を抱えちゃったんだけど、それでもこのさいだからちゃんと聞いておくことにした。
「では、その……配偶者に移譲してしまった権限を、正当な後継者である爵位持ち娘が取り戻す方法というのは、あるのですか?」
「もともとのご令嬢に権限が戻るのは、配偶者がお亡くなりになり、なおかつその配偶者との間に生まれたお子さまもお亡くなりになっている場合のみ、でございます」
そりゃみなさん、毒を盛られることを警戒されるわけですわ。
要するに相手に死んでもらう以外、奪われた権限を取り戻す方法はない、ってことじゃん。
もちろん、子どもが生まれてたら話は別だけど。でも、妊娠したからって必ず無事に出産できるわけじゃないからね?
相手の男だって、家の乗っ取りそのものが目的なのだとしたら、故意に流産させることくらい当然考えるでしょ。あるいは、生まれた子を害しちゃうとか……女性が妊娠して自分に権限が移った時点で、女性も胎児ごと亡き者にしちゃうとか。ええ、非常に残念ながらここでも毒の需要がありそう。そんで別の、自分にとって都合のいい妻を迎えれば、丸ごと乗っ取り完成だ。
本当になんなんだろう、この殺伐としたひどすぎる世界。
いや、もうこのさいだから、とことん訊いておきますよ、私ゃ。
「それではたとえば、直系として権限を相続したわたくしが、意図的に誰かにその権限を譲る、ということは可能なのでしょうか?」
「残念ながらそれは、ゲルトルードお嬢さまにはおできにはなりません」
マルレーネさんが首を振った。「権限を委譲させること自体は、お相手が直系の二親等までのかたであれば可能です。ご当主が引退されてお子さまやお孫さまにその地位を引き継がれるときなどに、権限もお譲りになれるということです。ただし、女性の場合はそのお子さまをご懐妊された時点で、その権限は配偶者に移ってしまいますので……」
結局、女性は自分の意思で権限を誰かに譲るってことができない、と。
「それはつまり、例えばいまわたくしが妹のアデルリーナに権限を譲りたいと思っても、それもできない、ということですね?」
「さようにございます。同母といえども、ごきょうだいは直系ではなく傍系の二親等となりますので、権限移譲の対象外なのでございます」
あ、でも……直系の二親等まで、って言ったら。
「では、わたくしが自分の母に、権限を譲ることはできるのですか?」
「それもできません」
マルレーネさんが即答で首を振ってくれちゃったんだけど、いや、それ、おかしくない?
だってお母さまよ? 私の一親等の親族よ?
マルレーネさんはやっぱり淡々と説明してくれた。
「そもそも血族契約魔術では、他家から嫁いでこられたご夫人には基本的に、使用権も発生いたしません。それは、ご自分がお産みになられたお子さまがご当主になられた場合でも、です。ゲルトルードお嬢さまの母君も、ゲルトルードお嬢さまがご登録されなければ、こちらの収納魔道具をお使いになることもできないのです」
だから、ホンットになんなの、このひどすぎる世界は。
あまりのことに、私は本気で呆然としちゃう。
その私に、マルレーネさんがさらに説明を続けてくれる。
「他家から嫁いでこられたご夫人が、その貴族家の血族契約魔術の権限を得られるのは、ほぼ非常時のみになっております。つまり、ご当主がお亡くなりになったさいに、ご当主の直系であるお子さまもお孫さまもおられず、ご当主の同母のごきょうだいもおられない場合のみ、でございます」
ええ、だからもう、一族全員死に絶えちゃったら、そんときはもうしょうがないからヨソからきたヨメに権限渡してやるよ、と。そういうことですか。
男は、相手の女性の意思に関係なく孕ませてしまえばその権限を自動的に奪ってしまえる。
でも女性のほうは、正式に結婚して跡継ぎを産み育てたとしても、権限なんかいっさい与えられず、自分で働いて得た財産の所有すら認められない。そして、たとえ女性本人が権限や財産や爵位を相続したとしても、その相続したもののすべてを男に与えてしまう以外の選択肢が用意されていない。
そういうことだよね?
だって、爵位持ち娘は22歳までに結婚しなきゃ爵位を放棄したとみなされ、結果として領地も取り上げられちゃうんだよ? それでしょうがなくて結婚したら、爵位も領地も財産も、血族契約魔術による魔道具にいたるまで丸ごとぜんぶ、その結婚相手に所有権が移されちゃうんだから。
ダメだ、これ。
もう絶対にダメ。
こんなもん、やってられっか、っての。
驚きすぎて感情が追い付いてなかった私の中に、ふつふつと怒りが湧いてきちゃうのは、当然のことだと思うんですけど。
本当になんでここまで、女性を虐げているんだろう。
女性にはどんな権利も財産も絶対に与えない、女性は男性に従属し所有されるだけの存在でなくてはならない、はっきりそういう強固な意志を感じちゃうわ。
これ……本当になんとかしないと、お母さまやリーナにだって今後どんな悪影響が及ぶか知れたもんじゃないわよ。
ほかにも、血族契約魔術に関するあれやこれやについて、このさいだからとマルレーネさんに質問して教えてもらったんだけど、聞けば聞くほど私の眉間にシワが寄っちゃうんだわ。
おかげで、私はもうがっちりと自分の決心を固めることができた。
ええ、この4日間、たっぷりと休ませてもらっている間に、私がずっと考え続けて決めたことを必ず実行しなきゃ、ってね。
私はマルレーネさんにお礼を言って、公爵さまたちがいる居間へ戻った。
はい、男性陣はみなさんビミョーな顔をされてます。そりゃそうでしょ、まっとうな男性なら、こんな話は気まずいどころじゃないはずだもん。
ええ、みなさんはまっとうな男性(おネェさん含む)で、私はむしろ安心しました。
公爵さまのとなりに腰を下ろし、私は意を決して口を開いた。
「公爵さま、ご相談があります」
うなずいてくれた公爵さまに、私ははっきりと告げた。
「わたくしは、自分が持っている爵位も領地も財産も、誰にも渡したくありません。わたくしはこれから、自ら伯爵を名乗る道を求めます」
ルーディちゃん新年の決意( *˙ω˙*)و グッ!
続きはできるだけ早く更新できるよう頑張ります。
それでもこの通り更新がめちゃくちゃ不定期なので(;^ω^)
ブックマークしていただけるととっても嬉しいです。
もちろん評価もよろしくお願いいたします<(_ _)>
あ、あとでまた活動報告をUPします。
3月1日発売6巻の書き下ろしSSのご紹介です。
公爵さまがアレになったいきさつがわかるSSですよv( ̄∇ ̄)ニヤリ





