334.気持ちを汲んで
本日1話更新です。
明日も更新……できるかな?(;^ω^)
ホントにもう、公爵さまにはお世話になりっぱなしだわ。
それは、これからも……私がこの4日間に考えて決めたことを実行するためには、どうしても公爵さまの協力が必要になる。
この公爵さまなら……それについてもきっと私の味方になって、協力してくださるはず。
だって、公爵さまみたいにつらい思いをする子どもが、これから生まれてしまわないようにするためにも絶対に必要なことだから。
私はまず、目の前にある収納魔道具を手にとって、公爵さまに差し出した。
「長らくお貸しくださいまして、本当にありがとうございました。いま、わたくしが収納させていただいていたものをすべて取り出しました。どうぞお納めくださいませ」
公爵さまは私が差し出したご自分の収納魔道具を受け取り、そして問いかけてくれた。
「ルーディちゃん、貴女はそのご当家の収納魔道具を、ちゃんと使っていけそう?」
「使います」
私はきっぱりとうなずいた。「これは、ただの道具です。前当主が何を収納していたのか、そんなことは関係ありません」
いや、正直に言えば……この収納魔道具を目にするだけでもいまはしんどい。
でもね、記憶は上書きできるのよ。
ふーっと大きく息を吐いて、私はさらに言った。
「これからわたくしは、この我が家の収納魔道具に、美味しいものをたくさん収納して、大好きな人たちと一緒にその美味しいものを食べて、楽しい思い出をいっぱい作ります。そうすることで、わたくしはこの収納魔道具を本当に自分のものにできると思っていますから」
「ああ、それは、とてもすてきなことね」
公爵さまの口元がほころんだ。
ええ、大丈夫です。公爵さまとも一緒に美味しいものを食べるって、私の計画にはちゃんと入ってますからね。できたての美味しいお料理をいっぱい、この我が家の時を止める収納魔道具に入れて、この公爵邸に運んできますので。
そう、公爵さまが我が家の厨房へ突撃してきちゃうのを阻止するためにも!
と、私が笑顔を向けたところで、公爵さまは言い出した。
「それで、あの、この貴女に貸していた収納魔道具に入れてあったものなのだけれど……」
はい?
きょとんとしちゃった私の前に、アーティバルトさんがすすーっとやってきた。
そんでもって、私と公爵さまの前のあるテーブルの上に、公爵さまの時を止めるほうの収納魔道具から……おーい!
ああもう、すっかり忘れてたわよ、揚げ物お道具セット! それにひまわり油!
この公爵邸に来る前に商会店舗でエグムンドさんから受け取った品々が、どさどさと並べられていくんですけど!
公爵さま、これってつまり、私が寝てる間に揚げ物についてちょっくら調べてみました、と……そういうことですね?
私が横目で見ちゃうと、公爵さまは視線を泳がせちゃってる。
「ええ、ほら、油もこんなに大量にあるわけだし、時を止めないほうの収納魔道具に入れたままだと、傷んでしまうかと思って……」
なんかごにょごにょ言ってるけど公爵さま、ホントにホンットに、もうこのヒトってば!
さっきまでちょっとうるっとさせてくれちゃってたのに、なんでこうも自分で自分を落としてくれちゃうかな?
「公爵さま」
私は思いっきり笑顔で言う。「これらの油や道具を使って作ります揚げ物料理につきましては、先日商会店舗でお話ししました通り、まずは我が家の料理人とだけで試作をする予定ですので」
「え、ええ、そうだったわね」
笑顔で! 思いっきり笑顔で、私は言っちゃうからね!
「そのさいに、もし、公爵さまが我が家をご訪問くださっても、絶対に、厨房にはお入りにならないようお願いいたします」
「え、ええ、では、試作ができて、問題なく揚げ物ができるようになれば……」
「できるようになっても、駄目です」
やっぱり未練たらしくごにょごにょ言ってくれちゃう公爵さまに、私はもうズバッと笑顔で言っちゃうわよ。
「それに、揚げ物料理だけではありません。今後は、我が家の厨房にお入りになることは、どうかお控えくださいますよう、重ねて、お願い申し上げます」
私だけの問題じゃないからね、公爵さまなんて最上位貴族男性が厨房にまで入ってこられちゃったら、我が家の使用人全員の神経がゴリゴリ削られちゃうの!
だからー、公爵さまってば、そんなにもうしおしおのしょぼーんになってくれちゃわなくても。
私は、そのしおしおのしょぼーんな公爵さまの膝を、軽くたたいちゃった。
「それについては、わたくしも考えていますので」
ナニを? とばかりに、しょんぼり顔を向けてきた公爵さまに、私は言ってあげた。
「今後、商会店舗の厨房が使用できるようになりましたら、公爵さまにも実際にお料理をしていただける機会をご用意できるかと思います」
公爵さまの藍色の目が瞬いちゃう。
私はさらに言ってあげる。
「商会店舗であれば人払いもしやすいですし、顧問である公爵さまが店舗で販売される新作のお料理を、内密に試食をされるといった体裁であれば、何も不都合はございませんでしょう? 最初はサンドイッチなど簡単に作れるものから、わたくしがお手伝いしますので」
「……本当に?」
「ええ、公爵さまは、ご自分でもお料理をされたいのでしょう? 商会店舗を使うのであれば、わたくしたちだけでこっそりお料理できますよ」
なんかもう、私を見つめる公爵さまのあごが、震えてる。
そんなに、そんっなに、お料理がしたかったの?
「心より感謝申し上げます、ゲルトルードお嬢さま」
そう言ってくれたのは、マルレーネさんだった。
マルレーネさんは深々と頭を下げ、さらに言ってくれる。
「フィー坊ちゃまは、ご自分でもお料理がしてみたいと、ずっと望んでおられました。けれど、公爵家の当主である以上、そのようなことは決して叶わぬだろうと……」
「俺からもお礼を言わせてください」
次に口を開いたのはアーティバルトさん。
でもアーティバルトさんは、ちょっと笑ってる。
「討伐遠征で野営をしているときは、フィーも言い訳が立つのでちょっと料理の手伝いというか、まねごとみたいなことをしててね。それでよけいに、本格的に料理をしてみたいっていう気になったらしくて……いや、ルーディちゃんにはご迷惑かけてるなあとは思ってたんだけど」
ええもう、迷惑かけてるってわかってるのなら主を止めてくださいよ、近侍さん。
私はちらっとアーティバルトさんをにらんじゃったんだけど、でも彼は続けてしみじみと言ってきた。
「でもそれだけに、ルーディちゃんがコイツの気持ちを汲んでくれるとは思ってなかったです。本当にありがとうございます」
マルレーネさんと同じように深々と、アーティバルトさんは頭を下げてくれた。
そうか、公爵さまは……そういうずっと抱えてきた、でも一生叶うことがないと思ってた望みを私がさくっと汲んであげちゃったから……それでここまでの反応をしてくれてるってことか……。
でも、言葉は悪いけど、お料理ごときでこんなに喜んでもらえちゃうって……公爵家の当主ってそれほどまでに重いんだ……。
「ありがとう、ルーディちゃん」
ささやくような声で、公爵さまが言った。
「本当に、わたくしにもお料理をさせてもらえるのね……」
「はい、商会店舗の厨房が使えるようになりましたら、詳しくご相談しましょう」
私はなんかもう、公爵さまを励ますようにまた膝を軽くたたいちゃった。
「わたくしは我が家の料理人ほども腕はよくないですけれど、一通りのことができます。一緒に何か美味しいものを作って、美味しくいただきましょう。自分で作った作りたてのお料理をその場で食べるのって、楽しいですよ」
「ええ……ええ、本当に……ありがとう」
「よろしゅうございましたな、フィー若さま」
トラヴィスさんもしみじみとそう言って、私に頭を下げてくれた。
「私からも心よりお礼申し上げます、ゲルトルードお嬢さま。本当にありがとうございます。若さまもご自分でお作りになられたお料理であれば、安心してお好きなだけ召し上がれることですし」
ああ、ソレもあるわけか……なんかそういうことを思っちゃうと、本当にたかがお料理のはずなのに切ないよね……。
ってもう、みなさんから愛され過ぎでしょ、公爵さまってば。
でもこれで、公爵さまが我が家の厨房に突撃しないようになってくれるとホントに助かるわー。
ええ、揚げ物の試作も、安心して行える、はず。
「それでは、こちらの品々はわたくしが持って帰りますね」
うーん、もしかしたら公爵さまは、もう単純に、こういうお鍋とか網じゃくしとか、調理道具を実際に手に取ってみたかったっていうのもあったのかも。公爵なんて地位にいると、そういうことすら自由にできそうにないもんねえ……。
と、私はそんなことを思いながら、テーブルの上に並べられていた揚げ物お道具セットと、ひまわり油がたっぷり入った壺を自分の時を止める収納魔道具に収納しちゃう。
あとは……我が家のもうひとつの、時を止めないほうの収納魔道具と、それに魔剣。
時を止めないほうの収納魔道具を収納して、それから私はそのペーパーナイフかっていうくらい細くて小さな魔剣を手に取った。
「ああ、そのご尊家の魔剣は、持ち主の魔力に応じて形を変えるということでしたね」
なんだかアーティバルトさんがちょっと嬉しそうに言ってきた。
えーと、それってつまり、いまここで私に試してみろ、と? そういうことですかい?
室内を見回すと、なんだか男子のみなさんがちょっと嬉しそうな、わくわくしたような顔をしてます。ええ、アーティバルトさんだけでなく、ヒューバルトさんもスヴェイも、トラヴィスさんまでも。
それに公爵さまも、ちょっとわくわくしてませんかい? なんだろうなあ、公爵さまってば、そこんとこは男子枠だったの?
「では、あの……いま試してみましょうか」
周囲の期待に逆らえず、私は手にしていたその小さな剣に魔力を通してみることにした。
次回、魔剣!v( ̄∇ ̄)ニヤリ
あ、5巻&コミックス2巻の書き下ろし5万字というのは、ぜんぶ合わせて5万字です。
紙・電子共通本編書き下ろしは2本合計で28000字くらいかな。
電子書籍だとそこに電子特典SS6000字、紙書籍オンラインストア購入だと特典SS6000字、などなどオマケがプラスされます。5万字すべて読んでいただくのは結構ハードルが高い仕様となっております(;^ω^)
詳しくは活動報告でご確認ください。





