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没落伯爵令嬢は家族を養いたい  作者: ミコタにう


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332.事後処理は必要

本日1話更新です。

 ホントにちょっと目に涙が浮かんじゃって、顔を手でこすっちゃった私に、公爵さまが慌てたように言ってくる。

「ルーディちゃん、だから、その、わたくしは……」

 もう、ホンットになんでこんなに残念なんでしょうね、このヒトは。

 私はボンボニエールの中からメレンゲクッキーを1粒取り出し、自分の口に入れた。

 うん、サクッシュワーだよ、美味しいよ。


 それから、私はふたをとったボンボニエールを公爵さまに差し出した。

「どうぞ召し上がってくださいませ、公爵さま」

「あっ、え、ええ……では、いただくわ」

 とりつくろって澄ました顔で、公爵さまがメレンゲクッキーをひとつつまむ。


 私はくるりと向きを変え、手にしているボンボニエールをマルレーネさんに差し出した。

「マルレーネさんは、まだこのメレンゲクッキーをお召し上がりではなかったですよね。どうぞ召し上がってください」

「まあ、ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま」

 さらにトラヴィスさんにも。

「トラヴィスさんもどうぞ召し上がってくださいませ」

「ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま」


 そんでもってお2人とも、メレンゲクッキーを口に入れたとたん、目が丸くなるの。

「えっ、噛んだとたん消えてしまいましたわ!」

「これはなんとも不思議な食感ですな」

「このメレンゲクッキーは、初めて口にする人はみな驚くのよね」

 公爵さまがちょっとどや顔で言ってます。


 私はアーティバルトさんとヒューバルトさんにもメレンゲクッキーを差し出し、それからスヴェイにも差し出した。

「スヴェイ、マルゴのお料理はすべて貴方が運んでくれたと聞いています。本当にありがとう」

「とんでもないことです、ゲルトルードお嬢さま」

「貴方もこのメレンゲクッキーをどうぞ。さっきのキャラメルも美味しかったでしょう?」

 私が笑顔でそう言うと、スヴェイの顔もほころんだ。

「はい、とても美味しかったです。こちらもいただきます」

 で、メレンゲクッキーを口に入れたスヴェイの目もやっぱり丸くなる。


 そして公爵さまが、少し硬い声で私に言ってきた。

「ルーディちゃん、スヴェイにはわたくしの一存で今回の詳細を話しました。貴女の承諾をとらずにごめんなさい」

「とんでもないです、公爵さま。スヴェイには事情を知っていてもらう必要がありました」

 私は深々と頭を下げた。「それに何より、スヴェイをこの公爵家の居間に入れていただいて本当にありがとうございます」

「そう言ってもらえてよかったわ」


 ホッとしたように、自分の頬に片手を当てて答えてくれた公爵さま、口調もだけど、その頬に当てた手の小指が立ってるからね。やっぱりスヴェイはだーいぶ戸惑ってるようで、なんか視線が泳いじゃってます。

 でもこれで、なんで自分がこの公爵家の居間になかなか入れてもらえなかったのか、スヴェイもその理由を十分理解してくれたと思うわ。


 そこに、アーティバルトさんが書類の束を持ってきた。

 アーティバルトさんから手渡された書類の束を、公爵さまが改めて私に差し出す。

「ルーディちゃん、これはいまここにいる者たちの魔術式契約書です。今回、貴女の身に起きたこと……具体的にはクルゼライヒ伯爵家の収納魔道具に入っていた隷属契約書について、いっさいの口外を禁ずる契約になっています」


 びっくりして……私は本当にびっくりして、ぽかんと間の抜けた顔でその書類の束を受け取ってしまった。

 だって……そこまでしてもらっちゃったの?

 公爵さまがさらに言う。

「それから悪いのだけれど、スヴェイとナリッサ嬢には、この公爵家の居間で見聞きしたことはすべて口外しないという契約も含めさせてもらいました」


 それは、ええ、もちろんそのようにしてもらったほうが、私も安心です。

 常に私と行動を共にしているナリッサはともかく、スヴェイは対外的に動き回ってもらうぶん、どうしても外部の人たちとの接触が増えるもんね。スヴェイに口外の意思がなくても、不当な手口で付け入ろうとする輩がいないとは限らないもの。

 そう思いながら私はナリッサとスヴェイを順番に見たんだけど、2人とも納得した顔でうなずいてくれた。


「それについては、スヴェイもナリッサも納得の上で契約書に署名したのであれば、わたくしから言うことは何もありません」

 そう答えて私はまた深々と頭を下げた。「それどころか、ここまでしてくださって本当にありがとうございます。公爵さまには、どれだけ感謝しても感謝しきれません」

 てか、これって私も魔術式契約したほうがいいんじゃない? 公爵さまのコレについて口外しません、って。


「でもね、ルーディちゃん」

 呼ばれて顔を上げた私の前で、公爵さまが困ったような顔をしてる。

「その契約書の中に、わたくしが署名した契約書は入っていないの」

 一瞬、私はきょとんとしちゃったんだけど、すぐにその意味がわかった。

 そしてその通り、公爵さまは低い声で言った。

「今回の詳細について、わたくしは国王陛下にご報告する義務がありますから」


 その言葉に、私の身体からすっと血が引く。

 ヒューバルトさんの説明では、隷属契約書というのは我が国だけでなく、ほかの国々でも禁止されている魔術式契約だって話だった。つまり、明確な犯罪行為をしたんだよ、あのゲス野郎は。

 それについて、公爵さまは立場的にも国へ報告しないわけにはいかないよね。


 だけど、唇を噛んでしまった私に、公爵さまはさらに言ってくれた。

「陛下、それに王妃殿下にはご報告します。けれど、今回のことは絶対に表沙汰にはしないと、約束するわ」

「それは……」

 許されることなんですか、と問いかけようとした私に、公爵さまは強くうなずいてくれる。

「貴女をはじめ現在のクルゼライヒ伯爵家の人たちは、この件にいっさい関わっていなかったことは明白であり、それどころか貴女たちはいわば被害者ですからね。罪を問うべき相手はすでに死亡しているのだし、その罪をわざわざ公表する必要はないと、陛下も王妃殿下も間違いなくご判断くださいます」


 よかった……。

 私は思わずその場に座り込みそうになっちゃった。

 だって、それについて……私はどう公爵さまにお願いしようか、ずっと考えてたから。

 このことが、犯罪として公になってしまえば、何をどうやってもお母さまの耳に入ってしまう。いったいどうすれば内密に処理してもらえるのか……私がなんらかの罰を負って済むのなら、そうしてもらえないだろうかって……。


「ルーディちゃん、貴女のお母さまの耳には、絶対に入らないようにしていただくわ」

 公爵さまの言葉に、私の喉が詰まっちゃう。

「あ、ありがとうございます、公爵さま」

 応える私の声がふるえちゃうよ。

 なのに、公爵さまはすぐにまたその声を硬くした。

「けれどルーディちゃん、安堵するだけでは駄目よ。貴女は、今回のことで、王家に借りを作ってしまうことになるのだから」


 ああ……うん、そういうこと、ですよね。

 私はそう言われて、むしろはっきりと納得できた。

 いくら私やお母さまはまったく関与していなかったとはいえ、我が家の前当主による犯罪なんだもの。それを不問に付してもらうというのは……そんなに甘い話じゃないよね。


「陛下も王妃殿下も、貴女には存分に我が国の経済を回してもらうおつもりですから、決して無体な要求はされないと思うわ。それでも、何かのさいに陛下がこの借りについて口にされる機会があるかもしれないと、覚えていてちょうだい」

「わかりました」

 うなずきながら私は、その借り……ハンバーガー百個でチャラにしてもらえないかな、なんてことをちらっと考えちゃった。

 まあ、そういうことを考えられるくらいには、私はちゃんと落ち着いてる。


 公爵さまに促されて、私はまたソファーに腰を下ろす。

 そして再び、公爵さまが硬い声で言ってきた。

「それから、これについては内密にとはいえ、犯罪としての捜査は行います。このような禁止魔法が我が国内で使用されていたなどと、国際問題にもかかわってきますからね」

 私も思わず表情を硬くしてうなずいた。

 当然のことよね。こんな恐ろしい禁止魔法が、もしほかにも使用されてたりしたら、たまったもんじゃないもの。


「そのために」

 公爵さまが私をまっすぐに見つめる。「当事者であるゴディアス・アップシャーを王都に呼び、事情聴取を行います」

 それも当然のことだと思う。

 うなずいた私に、公爵さまはさらに続ける。

「彼が自分の隷属契約について、前伯爵が亡くなった時点で国に訴え出なかったことについては、ヒューバルトが確認してきてくれたのだけれど」


 その言葉に、私は公爵さまと一緒にヒューバルトさんに顔を向けた。

 ヒューバルトさんは少し苦笑しながらも、落ち着いた声で言ってくれる。

「契約がなされたとき、ゴディアスもその……少々後ろ暗いことがあったようなのです。そこに、前伯爵に付け入られ嵌められてしまったのだ、というようなことを言っていました」


 ああ、なるほど……ゴディアスには、ほかにも何か事情があったらしい。

 公爵さまがうなずいてる。

「それでもさすがに、陛下直々の事情聴取となると、彼も口をつぐむことは許されないわ」

 本当に、こんな恐ろしい契約がほかでもなされていないかしっかり調べてもらうために、ゴディアスには正直に事情聴取に応じてもらいたい。


「それで、確認なのだけれど」

 公爵さまが私に問いかける。「クルゼライヒ伯爵家としては、彼になんらかの補償を行うことは考えているのかしら?」

「もちろんです、公爵さま」

 ええ、それについては私もちゃんと考えました。それに、こうなってくると彼に正直に事情聴取に応じてもらうためにも、ご褒美になるくらいの補償は必要ですよね。

「ゴディアスには、彼が我が家で働いていた期間の給金を支払い、さらにいくらかの慰謝料も支払うつもりです」

 うなずく公爵さまに、私は続けて言う。

「そして、可能であればゴディアスを、ゲルトルード商会で雇おうと考えています」


 公爵さまがわずかに眉を上げた。

「それは、何故?」

「ゴディアスをわたくしの手元に置いていたほうが、安心だからです」

 思いっきり、正直にお答えします。

「今後、ゴディアスが隷属契約について口外しないとは限らないからです。もちろん、給金と慰謝料の受け取りのさいには、口外しないよう魔術式契約を求めるつもりですが、それでも可能な限り彼にはわたくしの手元にいてもらおうと思っています」


 要するに、ゴディアスが余計なことをしてくれちゃわないよう、できれば近くで見張っておきたいのよ。まあ、さっきの話からして、ゴディアスに後ろ暗いところがあるのなら、そうそう自分から何かするようなことはないとは思うけど。

「さすがに彼にとって屈辱の記憶が残る我が家で、再び使用人となることは無理だと思います。けれどゲルトルード商会の商会員になるのであれば……もちろん、ほかの商会員と同じ扱い、同じ給金で働いてもらいます。それについては、特別扱いはいたしません」


 ゴディアスには本当に申し訳ないことをしたと思う。

 でも、あのゲス野郎がやらかしたことに、私としてはこれ以上の尻拭いなんてしたくないの。

 だから彼の事情は抜きにして、いち商会員としてまっとうに働いてくれれば、ずっと安心して暮らせるだけのお給料を支払う。それが私にできる最大限の補償。

 しっかり働いてくれるのであれば昇給もするし、逆の場合は減給や……どうしてもなら解雇も考える。そこはもうふつうに、ヒューバルトさんやクラウス、エーリッヒと同じ扱いをする。

 それをどう受け取るかは、ゴディアス次第ってこと。


 私はヒューバルトさんに顔を向けた。

「ヒューバルトさん、ゴディアスは兄の領地に帰っていたということでしたが、何か仕事はしていましたか?」

「いえ、いまは休養中で、この件が片付けばすぐに仕事を探すつもりだと言っていました」

 ヒューバルトさんが答えてくれる。「それに、彼の兄の領地であるディーダン領では仕事がないので、また王都に行くことになると思う、と」


「では、ゴディアスはゲルトルード商会で働いてくれると思いますか?」

「条件次第でしょうね」

 私のさらなる問いかけにも、ヒューバルトさんはすぐに答えてくれる。

「ディーダン領は……正直に申し上げて、破産寸前なのです。ゴディアスとしては、半ばあきらめのようすではありましたが、それでもなんとか領地を立て直す方法がないかと苦心しているようでしたから」

 それは……確かに、条件次第でゴディアスを呼び戻せそうだわ。


次の更新はまた週末になるかな、という状況です(;'∀')

活動報告に11/15(金)発売の5巻&コミックス2巻の情報を書いていますので、ぜひチェックしてください<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白くて一気に読んでしまいました! [一言] 更新楽しみにしていますが、無理せず楽しんでください!
[良い点] 楽しい、とにかく読み飽きません◎ 素晴らしいことだと思います(=^▽^=) [気になる点] 台詞ですが『ゲイトルードお嬢様』という記述が多すぎると思います。 ナリッサの場合は特にですが『…
[一言] たしかに手元に置いておかないと気が気じゃないし、贖罪の一つになればいいけどねぇ ゴディアス本人はトラウマ、因縁ものの家に関わろうとするかしら? SSでもルーディちゃんにあんまりいい感情もって…
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