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没落伯爵令嬢は家族を養いたい  作者: ミコタにう


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331.平常運転だから

本日1話更新です。

また週末にちょこっと更新できるかな?

という状況です(;^ω^)

 思わず言葉に詰まり、ぎゅっとまぶたを閉じて、私はうつむいてしまった。

 泣いちゃダメだ。

 お母さまのことを思い浮かべただけで泣いちゃうなんて、情けなさすぎる。

 わかってるのに……自分でも、感情を乱されてるだけだって。感情のコントロールが上手くできなくなってるだけだって、わかってるのに。


 私と並んで一人掛けソファーに腰を下ろしていた公爵さまが、私のほうへ身を乗り出した。

「ルーディちゃん……まだ無理なら、もうしばらく我が家に居なさい」

 その落ち着いたやさしい声に、私はよけいに泣きそうになる。

 だから、私は頑張って震えるあごをぎゅっと引き、声を絞り出した。

「いえ、もう……わたくしは、帰らなければ」

 だって、お母さまが……リーナも、きっと私のことを心配してくれてる。


 公爵さまは、また落ち着いた声で私に言ってきた。

「ルーディちゃん、貴女、ちゃんと笑顔で、貴女のお母さまとお話しできる?」

 私はまたぎゅっとあごを引いた。

 でも、私が声を絞り出す前に、公爵さまがさらに言った。

「ちゃんと笑顔で、お母さまに報告できる? 伯爵家の収納魔道具を、取り戻しました、って」


 できます、って……言わなきゃいけないのに、言えない。

 私はまたぎゅっと、痛いほどに自分のあごを引く。

 お母さまに会いたい。でも、会うのが怖い。

 会って……お母さまに会って、それで……我が家の収納魔道具を、取り戻しました、って……笑顔で、何ごともなかったように笑顔で、よかったです、ゴディアスが返してくれました、って……なぜゴディアスが収納魔道具を持ち逃げしたのか、その理由を……。


 言えない。

 お母さまに、説明なんてできない。

 たとえゴディアスの話だけであっても……もうひとつの契約書について、いっさい口にしないのであっても……私は、泣かずにお母さまに話せる自信がない。

 4日間も寝てて、じっくり考える時間をもらって、いろいろ考えて気持ちの整理もちゃんとできた、はずなのに。

 私は、うつむいたまま顔を上げることもできなかった。


「ルーディちゃん」

 うつむいたまま動けなくなっていた私の、両ひざの上で握りしめていた手を、公爵さまが軽くとんとたたいた。

「いま、ここで、これを越えられないのであれば、悪いことは言わないわ。もうしばらく我が家にいなさい」


 これを、越える?

 公爵さまに促され、顔を上げた瞬間、びくっと私の身体が跳ねた。

 目の前のテーブルの上に並べられていたのは……我が家の収納魔道具がふたつ、魔剣だという小さなナイフがひとつ、そして、あの隷属契約書だった。


「まず、契約解除を」

 落ち着いた低い声で公爵さまが言う。「いま、ここで、できる?」


 うっ、と……また、私の喉が詰まった。

 自分でも本当に情けない。

 頭ではもう十分わかってる。

 これは、私が解除してしまいさえすれば、それで終わる。

 この収納魔道具だって、ただの道具だ。道具には何の罪もない。

 そこにはもう私たちを傷つけるものは何もなく、恐れる必要なんかない。私はただ、感情を乱されてしまっているだけ。


 だけ、なんだけど……私はこれからずっと、この収納魔道具を目にするたびに、あのことを……あの絶望を、思い出さずにいられるだろうか?


 あんなに……あんなに、欲しいと思った道具なのに。

 これがあれば、どんなに便利なのか、とっくによくわかっているのに。

 私は今後、お借りしている公爵さまの収納魔道具をお返しし、この我が家の収納魔道具を、ほとんど毎日自分のポケットに入れて持ち歩くことになる……そう思うだけで、冷汗がにじんでくる。


 でも……でも、公爵さまが言う通り、これを越えなければ……私は先へ進めない。

 先へ、進まなければ。

 お母さまと、リーナのためにも。


 私は、手を伸ばした。

 自分の手が震えているのがわかる。

 負けるもんか。

 あのゲス野郎がしでかしたことなんかで、私がずっと傷ついたり苦しんだりし続けなきゃならないなんて、絶対に嫌だ。それこそ、ゲス野郎の思うつぼじゃないの。


 テーブルの上の隷属契約書を、私の手がつかんだ。

 大丈夫、解除の方法はわかってる。手元が多少震えていたって、どこにその解除文が書かれているかもわかってるから。


 手にした契約書をにらみつけ、私はその一文を目で探す。

 あった、ここだ、ここに魔力を通して……震える手の指先を、私はなんとかその文章に押し当てた。魔力を通して……そう、魔力を通してなぞるだけ!

 ぼうっと仄青ほのあおく契約書が発光した。

 それが千切れて燃え尽きたのを確認し、私は大きく息を吐き出した。


「ルーディちゃん……」

 気遣うように声をかけてくださる公爵さまに、私はぐっとうなずいてみせた。

「大丈夫です。できます」

 私はそのまま、続けて収納魔道具に手を伸ばした。

 こちらの少し大きいほうが、時を止める収納魔道具。そして、少し小さいほうが、時を止めないほうの収納魔道具。

 時を止めないほうの収納魔道具は、まだ中を確認していない。


 私は時を止めないほうの収納魔道具をつかみ、立ち上がった。

 公爵さまはじめ、みなさんちょっとぎょっとした感じだったんだけど、私はそのまま部屋の隅の家具が置いていない場所へと移動した。

 だって、何か大きいものが出てきたら困るでしょ?

 時を止めないほうの魔道具を……私は『空っぽにするイメージ』を持ってその口を開いた。


 じっと、身構えたまま、たぶん数十秒。

 何も、出てこなかった。

 私がハーッと大きな息を吐くと、その場の全員もまたそろってハーッと息を吐き出した。


 ナリッサが飛んできて、私をもとのソファーに案内してくれる。

 腰を下ろした私に、公爵さまもホッとした顔で言ってくれた。

「そちらの収納魔道具には、何も入っていなかったようね」

「はい、そのようです」

 しっかりと、私は返事をすることができた。


 そしてそのまま私は、ナリッサに問いかけた。

「ナリッサ、公爵さまからお借りしている収納魔道具は?」

「こちらにございます」

 さっとナリッサが渡してくれた公爵さまの収納魔道具を手に、私は再び立ち上がる。


「公爵さま、長らくお貸しくださいましてありがとうございました。いまから中身を移します」

 そう言って、私は公爵さまに頭を下げた。

 ええと、全部まとめて出しちゃっていいかな?

 ああでも、乗馬服とか着替えも入ってるし、まとめてぶちまけちゃったらマルレーネさんから教育的指導が入っちゃいそう。

 うん、そういうことを考えられるくらい、私は落ち着いてる。


 私は我が家の収納魔道具……時を止めるほうの収納魔道具も、手に取った。

 そしてその2つを持ったまま、私は部屋の隅に置いてあるテーブルの側へと移動した。

「ナリッサ、手伝ってちょうだい」

「はい、ゲルトルードお嬢さま」


 公爵さまからお借りしていた収納魔道具から、私は順番に中身を取り出す。

 教科書やノートが入った鞄に、着替えの乗馬服……横鞍用のスカートにブラウスにジャケット、専用のブーツや靴下なんかも入ってるからね。それに、茶器やおやつなんかをまとめて詰めておいたワゴン。

 出てきたものを、ナリッサが並べてくれる。


 引越し荷物なんかは、まだまったく入れてなくてよかったかも。でも、ワゴンには使用済みのお弁当箱とか入ってるんだよね……お借りしてた収納魔道具は時を止めないタイプだったから、さすがに4日も経ってると開けるのが怖いんですけど。

 それにおやつも……今回持ってきていたのはメレンゲクッキーだけど、うーん、やっぱり4日も経ってるのはいくらなんでもまずいだろうなあ。


 と、思いつつ、私は取り出したワゴンを確認してみたんだけど……お弁当箱というか、かごなんだけど、中に入れてあるサンドイッチを包んでいた蜜蝋布が、洗ってある?

 それに……メレンゲクッキーが入ってるボンボニエールがないんですけど?


「あの、ゲルトルードお嬢さま」

 ナリッサが小声で言ってきた。「その、こちらの収納魔道具に、お休みになっているお嬢さまに必要な身の回りの品が入っているのではないかと、その、公爵さまが私も使用者登録をしてくださいまして……」

 私が顔を上げて視線を動かすと、その視線の先で公爵さまが実にわざとらしくあらぬ方を向いていらっしゃいます。


 公爵さま、おやつを、取り出させたんですね?

 どんなおやつが入れてあるか、具体的にわからないと取り出せないから、わざわざナリッサも使用者登録して、取り出させたんですね?

 ええ、この場の全員が『共犯者』だったようで、みなさんそろって視線を泳がせていらっしゃいます。


 公爵さまがさらにわざとらしく咳ばらいなんぞして、言い出した。

「そちらの収納魔道具は、時を止められないほうですからね。せっかくルーディちゃんが持ってきてくれたおやつが傷んでしまうのは申し訳ないでしょう?」

 と、アーティバルトさんがささっと、公爵さまの時を止めるほうの収納魔道具から見覚えのあるボンボニエールを取り出した。

「こちらにございます、ゲルトルードお嬢さま」

 うん、なんか久々に見せてもらったわ、思いっきりうさんくさいアーティバルトさんの笑顔。


 私はお借りしていた収納魔道具からいま取り出した私物を、我が家の時を止める収納魔道具にまとめてぽいぽいっと放り込んだ。

 そんでもって、2つの収納魔道具を手に、我が家のボンボニエールが置かれたテーブルへと戻って、私は堂々とそのふたを開けて中を確認した。

 おっと、さすがに中身は減ってないわ。

 私に無断でつまみ食いはしなかったんですね、公爵さま?

 いや、もしかしたら1個か2個くらいは減ってるかもしれないけど。


 私は顔を上げ、にっこりと笑顔を公爵さまに向け……向けようとして、ぷはっと噴き出しちゃった。

 だって公爵さまってば、ホンットに公爵さまなんだもん。こんなときだって、めちゃくちゃ食い意地が張ってて、期待を裏切らない平常運転。

 ああもう、やだな、泣き笑いみたいになっちゃったじゃないの。


書籍5巻&コミックス2巻が11月15日(金)同時発売になります!

活動報告にて詳しくお知らせしていますので、そちらを読んでいただければと。

今回はアクスタも発売されまーすヽ( ´ ∇ ` )ノ

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― 新着の感想 ―
[一言] 笑えてよかったね
[一言] 先日から読み始めて、おもしろくて止まらず、あっという間に追い付いてしまいました…。シクシク 続きが気になります〜。
[良い点] こんばんは。 さすが公爵様、ルーディのために道化を演じて下さったんですなぁ。……え?食欲に負けただけ?結果的にルーディの心労が減ったからヨシ!(現場猫ポーズ
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