幕間@クルゼライヒ伯爵邸スヴェイ
本日1話更新です。
ちょっと長いです。
グリークロウ医師は、伯爵家にて面会されたコーデリア奥さまに、公爵閣下に伝えられた通りの説明をしてくれた。
「流行り病……! そんな、ルーディは……」
「その可能性は限りなく低いとお考えください」
真っ青な顔をして医師の説明を聞いているコーデリア奥さまに、グリークロウ医師はやはり落ち着いた穏やかなようすで語りかけている。
「ただ、万が一、ということがございます。ご当家には、まだ幼いアデルリーナお嬢さまがおられますから、ご用心にこしたことはございません」
「あ、ええ……それは……」
不安に揺れながらも、コーデリア奥さまがうなずかれる。
グリークロウ医師はさらに穏やかに、言葉を続けた。
「ご心配ではございましょうが、コーデリア奥さまが公爵邸をご訪問されることも、当面はお控えいただいたほうがよろしいかと存じます。公爵邸では、ナリッサさんが片時も離れずゲルトルードお嬢さまについておられますし、公爵家の侍女頭どのもお側についてくださっていますので」
そして老医師はほんの少し口元を緩めて言った。「侍女頭どのは、未婚のご令嬢がお休みになられているお部屋に、医師以外の殿方が入られてはなりませんと、それはもうしっかりとゲルトルードお嬢さまのお世話をなさっておられまして」
「まあ、マルレーネさんがそのような……」
コーデリア奥さまの表情も、わずかに明るくなった。
そして奥さまは、ご自分の後ろに控えている侍女……最近ご当家に復帰したばかりだというヨアンナさんに視線を送ってうなずかれた。
ヨアンナさんもうなずき返し、小声で奥さまに声をかけた。
「コーデリア奥さま、ナリッサさんだけでなくマルレーネさまもついていてくださるのであれば、これほど心強いことはございません」
「そちらの侍女さんは、以前ご当家にいらしたヨアンナさんですかな?」
いきなりグリークロウ医師から呼びかけられ、ヨアンナさん本人だけでなくコーデリア奥さまも驚いた表情を浮かべられた。
「さようにございます、グリークロウ先生。私を覚えていてくださったのですか?」
「もちろんです。貴女の献身的な姿は忘れようがありませんよ」
ほほ笑んでうなずいた老医師が、コーデリア奥さまに言った。
「コーデリア奥さま、よい侍女どのがご当家にお戻りになり、ようございましたな」
「はい。わたくし、どうしてもヨアンナには我が家に戻ってもらいたくて……こうして戻ってきてくれて本当に喜んでいますの」
コーデリア奥さまの表情も、さらにやわらいだ。
ヨアンナさんが以前、このタウンハウスでコーデリア奥さまに仕えていたという話は俺も聞いていたが……グリークロウ医師がこのように言われるというのは、いったい何があったのだろう?
それに、ヨアンナさんはマルレーネさんのことをよく知っているような口ぶりだった。以前は別の伯爵家の領主館に仕えていて、ご当家に復帰したばかりだという侍女が何故、公爵家の侍女頭をよく知っているのか?
俺は……いや、他家の情勢や情報を探っている場合ではない。自分がお仕えしているご当家のことがまるでわかっていないじゃないか。
自分自身に対するいら立ちが顔に出てしまわないよう、俺は気を引き締めた。
グリークロウ医師は、さらにコーデリア奥さまへの話を続けている。
「ゲルトルードお嬢さまは、おそらく心身のお疲れがたまっておられたのだと思います。ご当家がいろいろとたいへんなご状況であることは、私も聞き及んでおりますので。新たにご当主になられたゲルトルードお嬢さまが、ずっと気を張っておられたであろうことは、間違いありませんでしょうから」
「ええ、それはもう……」
コーデリア奥さまの表情がまた沈む。「ゲルトルードは、本当にわたくしにはもったいないほどの娘なのです。まだ成人もしていない子どもだというのに……わたくしが不甲斐ないばかりに、娘にはあまりにも多くのことを背負わせてしまって……」
「それであれば、今回ゲルトルードお嬢さまが公爵邸でご体調を少々崩されたというのは、かえってよかったかもしれませんな」
グリークロウ医師の言葉に、コーデリア奥さまだけでなく俺も、その場の誰もが驚きの表情を浮かべてしまった。
けれどやはり穏やかに、老医師は言葉を続ける。
「ゲルトルードお嬢さまは、たいへんご聡明で意志のお強いお嬢さまです。母君さまやお妹さまの前では、弱音を吐くことが難しくていらっしゃるでしょう。そのゲルトルードお嬢さまにとって、エクシュタイン公爵さまは信頼を寄せられるおかたであるということです。実際に私も、かの公爵さまは本当に誠実なかたでいらっしゃるとお見受けいたしました」
「それは……」
困惑しながらも、コーデリア奥さまのお顔には理解の色が浮かんできた。
グリークロウ医師は穏やかに、そしていたわりのこもった声で告げられる。
「ゲルトルードお嬢さまは、まことにご立派なお嬢さまでいらっしゃいます。母君さまであるコーデリア奥さまは、頑張っていらっしゃるゲルトルードお嬢さまのことを、ただただ褒めてさしあげればよろしいのですよ。本当に、それだけでよろしいのです。本当の意味でそれができるのは、母君さまであるコーデリア奥さまだけなのですから」
すごいお医者さまだ。
俺は感嘆していた。
コーデリア奥さまはグリークロウ医師の言葉に涙ぐみ、けれどずいぶんと落ち着かれたようだ。
それに医師がこのように説明してくれていれば、ゲルトルードお嬢さまが帰宅されたときも安心ではないだろうか。コーデリア奥さまが不安に駆られて、お嬢さまが倒れられたときの状況をあれこれ問いかけられるようなことは、おそらくなされないだろう。
それはもう……ゲルトルードお嬢さまは、ご自分が何故倒れてしまったのかを、母君であるコーデリア奥さまに正しく説明することなどできるわけがない。それは、あのおぞましい事実を告げなければならないことを意味しているのだから。
もちろん、コーデリア奥さまにとって、ご自分の父君が人質であったことは間違いないだろう。
前伯がマールロウ前男爵を自分の奴隷にしたのは、一人娘であるコーデリア奥さまを自分に差し出させるためだけでなく、コーデリア奥さまを脅して自分に従わせるためであったことは確実だ。
なんらかの形で前伯はコーデリア奥さまに対し、奥さまの父君を自分の思い通りにできるということを実際に示してみせ、それによって奥さまは前伯に従うしかなくなったのではないか。
それでなければコーデリア奥さまが、公爵家夫人で王妃殿下の実妹というレオポルディーネさまを……あれほど仲の良い最上位貴族を頼ることもせず、逃げ出すこともなく籠の鳥でおられた理由がわからない。
だが……それが、隷属契約書によるものである、ということまでは、コーデリア奥さまはご存じなかったのではないだろうか?
隷属契約書は、もちろんそれ自体が害悪以外の何ものでもないが、もっとも質が悪いところは、その害が隷属者本人だけではなく、その血縁者にも及ぶところだ。
つまり……考えるだけでもおぞましいが、マールロウ前男爵の娘であるコーデリア奥さま自身にも……さらには、孫であるゲルトルードお嬢さまにも害が及ぶ可能性があったのだ。
実際にはそのような最低最悪の事態にはなっていなかったとはいえ、もしそのようなものの存在を具体的に知らされたとしたら……もうその時点で、コーデリア奥さまが正常な精神状態を保てたとは到底思えない。
確かに公爵閣下がコーデリア奥さまの心の病について、グリークロウ医師と話されていたが……いまのコーデリア奥さまのごようすからすると、それとは別の何かにお心を蝕まれておられたのではないかという気がする。
ゲルトルードお嬢さまが、母君であるコーデリア奥さまにお心の負担をできる限りかけたくないと言われていたということでもあるし、おそらく何か別の……ゲルトルードお嬢さまに直接かかわる問題があったのではないだろうか。
ああもう、俺は本当に何も知らない。わかっていない。
まだ通いの身で、ご当家の情報収集をしようにも、朝のお迎えの短い時間しかないというのは致命的だ。おまけにご当家の使用人は、本当に結束が固い。これほど使用人の結束が固い貴族家というのは本当にめずらしい。
加えて、一応貴族の端くれである俺に対し、平民しかいないご当家の使用人たちが対応を決めかねているようすもうかがえる。その辺り、さらに踏み込んだ話をするには一朝一夕ではいかないだろうとは覚悟はしていたが……それにしてももどかしい。
だが、それを思うと、公爵閣下がご一存で現在の状況を詳しく話してくださったことが、いまは本当にありがたい。
俺は、いま自分ができることをしなければ。
アーティバルトさんがグリークロウ医師を自宅へ送っていく間、俺はコーデリア奥さまと一緒に厨房へ向かった。
厨房では料理人のマルゴさんをはじめ、ほとんどの使用人がそろっていた。いつものように美味しそうな香りが……今夜はまた、甘酸っぱくてこうばしい香りが厨房にただよっている。
けれど、ゲルトルードお嬢さまが体調を崩されて公爵邸から動けないという話に、皆いっせいに顔を青くした。
「先ほど、お医者さまのグリークロウ先生が、コーデリア奥さまに直接ご説明されたのです」
俺は深刻になり過ぎないよう気を付けながら、皆に説明する。
「万が一、本当に万が一、ゲルトルードお嬢さまが流行り病だった場合を考えて、大事をとるようにとのお医者さまからのご指示です」
そう言って俺は奥さまにうなずくと、奥さまもうなずき返してくださった。
「そうなの、グリークロウ先生は、おそらくルーディには疲れがたまっていたのだろうとおっしゃっていて……」
「ああ、それはもう、ゲルトルードお嬢さまはずっと頑張っていらっしゃいましたから……」
マルゴさんの言葉に、その場の誰もが深くうなずいた。
俺はもうそのまま、できるだけ話を切らさずに続ける。
「それに、ゲルトルードお嬢さまは少々吐き気がしておられるそうです。そのせいもあって、馬車にお乗せするのも当面は控えたほうがいいだろうと」
その説明にも、皆うなずきあってくれる。
それはもう、体調が悪くて吐き気があるようなときに、馬車で揺られると症状を悪化させてしまうことになるというのは、誰でも想像がつくのだから。
俺は奥さまのごようすを確認しつつ、やはりできるだけ深刻になり過ぎないよう話し続けた。
「それで、お医者さまによると、吐き気のある状態でもとろみのあるスープなどであれば、お口にできるだろうとのことでしたので、マルゴさんに何かご用意いただけないかと思いまして」
「もちろんでございます! ただいまご用意いたします!」
即答したマルゴさんが頼もしい。すぐさま、モリスさんに指示を出して何か料理の準備を始めてくれた。
ヨーゼフさんが、コーデリア奥さまを厨房の丸椅子に座らせてくれている。
俺は、今度は表情が軽くなりすぎないよう気を付けながら、笑顔で奥さまの前に膝をついた。
「マルゴさんのお料理は本当に美味しいですし、なによりゲルトルードお嬢さまはマルゴさんのお料理を食べ慣れておられます。美味しいスープをお召し上がりになり、ゆっくりとお休みいただけば、ゲルトルードお嬢さまもすぐにお元気になられますよ」
「そうね……本当にそうであってほしいわ」
コーデリア奥さまは、やはりどうしても拭いきれぬ不安があるごようすではあったものの、口元を少しだけ緩めて答えてくださった。
アーティバルトさんがグリークロウ医師を送り届けて戻ってくるまでのわずかな時間で、マルゴさんは素早く何品もの料理を用意してくれた。
「こちらは蕪のスープにございます。それからこちらがかぼちゃのポタージュ。ポタージュは本日のお夕食用にご用意していたものに手を加えてございます。そしてこちらは木苺のジャムをお湯に溶いて、さらにとろみをつけたジュースです。吐き気が続くと喉をやられて水も飲み込みにくくなるものですが、とろみがついていれば喉を通りますので」
マルゴさんは、次々と用意してくれたものをテーブルに並べてくれる。
「それに、本日はたまたまでございますが、プリンもご用意しておりました。こちらも間違いなく喉を通りやすいです。ぜひお持ちになってくださいまし」
「ああ、伯爵家のこのプリンであれば、間違いなく喉を通りますね」
伯爵邸に戻ってきたアーティバルトさんが、並べられた料理を片端から収納魔道具に収納していく。
マルゴさんはさらに料理をテーブルに並べた。
「スヴェイさん、こちらは貴方のお夕食です。ゲオルグさんとナリッサさんのぶんもございます」
「えっ、私たちの夕食までいただけるのですか?」
さすがに驚いて問い返した俺に、マルゴさんはうなずく。
「もちろんでございます。今夜は公爵邸に泊まり込みをされるのでございましょう? みなさんも何か口にされたほうがよろしいでしょうから」
差し出されたのは、こんがりと焼いた大きな薄いパンの間に、あの甘酸っぱくてこうばしい香りがする何か……茶色いたれが絡んだ肉と、緑の葉野菜が彩よくはさまれている。つまり、『さんどいっち』だ。
マルゴさんが説明してくれる。
「以前ゲルトルードお嬢さまがご提案くださったお料理を、本日たまたま試作しておりましたのです。これは『てりやき』という調理法で味付けをした鶏肉です。あたしもお味見させていただきましたが、本当に美味しいです。お酢を使っておりますので、しっかりとたれが絡んでいてもさっぱりとしていて食べやすいですし」
「これはまた美味しそうだ。新作のお料理ですか……」
アーティバルトさんが本気でうらやましそうに言ったのだが、マルゴさんは最初からそのつもりだったようだ。
「アーティバルトさまもお持ちになりますか? 試作のお料理でございますし、さすがにお毒見もなく公爵さまにお召し上がりいただくわけにはいかないと思いますが……」
「いただけるのでしたら、ぜひ!」
うん、アーティバルトさんも即答だ。
伯爵家の使用人の夕食は、これからあり合わせでもなんでも用意できるからとマルゴさんは言ってくれて、アーティバルトさんはもう遠慮なく出された料理を次々と収納魔道具に入れていく。
その間にマルゴさんは、コーデリア奥さまと相談された。
「アーティバルトさま、スヴェイさん、今夜はあたしもご当家に泊まり込みをさせていただきますです。もしゲルトルードお嬢さまが、何かお召し上がりになりたいものをおっしゃいましたら、お手数ですがご連絡くださいますでしょうか。どのようなお料理でもすぐにお作りしてお渡しいたしますので」
本当にマルゴさんは頼もしい。
また、これだけ優れた料理人であるマルゴさんにそこまで献身させてしまうだけの待遇を、ゲルトルードお嬢さまはふだんからされている、ということだ。
それに、この厨房にいる誰もがゲルトルードお嬢さまのことを本当に案じていることが、俺にもひしひしと伝わってくる。
それでも、ゲルトルードお嬢さまは、ご自分がお倒れになった本当の理由を、母君さまはもちろんご当家のほかの誰にもお話しにはならないだろう。おそらく、執事のヨーゼフさんにさえも。
それは、あれほどまでに恐ろしい秘密を、ずっとお嬢さまだけが抱えていかれることを意味している。
これから先も、この伯爵家であの恐ろしい秘密を知るのは、ゲルトルードお嬢さまご本人と、ナリッサ嬢と、俺だけになるということだ。
ご家庭内においてゲルトルードお嬢さまをお支えするのは、侍女であるナリッサ嬢の役目になるだろう。俺は、対外的な部分においてゲルトルードお嬢さまをお支えすることになる。
俺はこれまで、国王陛下のお側近くでお仕えしてきたが……陛下には俺のほかにも何人も、お側に仕えている者がいた。だが、今回は違う。
今後、どれだけ使用人が増えようとも……ご当家に何代にもわたってお仕えしてきている使用人たちが領主館からこのタウンハウスに呼ばれようとも、俺はすでに俺にしか担えないお役目をいただいたということだ。
そうだな、これはちょっと危険な感情ながら……優越感を覚えてしまうな。
まったくもって、望むところだ、というのが、いまの俺の正直な気持ちだから。
俺は、かなり長い間、国王陛下のお側に仕えさせていただいていた。
陛下のことは心から尊敬している。本当に立派な国王でいらっしゃる。
けれどその一方で、俺がつくづくと感じたのは……陛下が国政の立て直しにどれほど尽力していらっしゃっても、陛下や王家の方がたのご尽力だけではもう、この国を変えることは難しいだろうということだった。
それほどまでに、この国の貴族階級の大半は腐っている。
血筋だ家柄だといった、本人の能力や努力とはなんの関係もない、たまたま最初から与えられていたにすぎないものを持っているというだけで、どんな悪逆非道を行おうが許される。それが、いまこの国の中枢にいる大半の連中の認識だ。
そういう、くだらない価値しか持たない連中が、この国の中枢で権力を握っているのだ。
連中は、陛下のお側に仕えていた俺のこともさんざん見下していた。
その見下す最大の理由というのが、俺がチビで童顔だから、だ。
つまり、国王のお側に仕えているのであれば、もっと見栄えのする容姿……背が高くて威圧感がある容姿の者でなければ国の威信が保てないとまで言うのだから。
しかも、容姿が『劣って』いるのであっても、せめて血筋や家柄が『劣って』いなければまだ増しだろうに、戦後子爵家の次男坊などなんの価値もないと、俺に面と向かって言い放つ。
ふん、悪かったな、国の威信も保てないようなチビの童顔で、おまけに血筋も家柄も掃いて捨てられるような程度でしかなくて。
しかし、おかげで俺が陛下のお側に仕えていても、たいていの連中はこんなチビの若造に何ができる、と本当に笑えるほど油断してくれたからな。まあそれはそれで、簡単にねじ伏せてしまえたのでよかったのだが。
そういう経験をさんざんしてきた俺にしてみれば、ゲルトルードお嬢さまがあのとき……あの侯爵家の屑が公爵閣下を侮辱したとき、きっぱりと反論されたその内容にしびれないわけがない。
ゲルトルードお嬢さまは、血筋だの家柄だのそんなものに惑わされたりしない。公爵閣下のお人柄そのものをご自分で判断し、その上でしっかりとした信頼関係を築いておられる。
それに、俺の容姿に対してなんの含みもお持ちでないことも明白だ。
さらにゲルトルードお嬢さまのすごいところは、相手が貴族だろうが平民だろうが、そういう身分すらもまったく関係ないというところだ。
この伯爵家の使用人たちが、これほどまでにそろいもそろってゲルトルードお嬢さまを慕っているのは、ゲルトルードお嬢さまが彼らに対してもその人柄や能力をご自身で見極め、公平に評価されているからにほかならない。
加えて、あのとんでもない発想力。
ゲルトルードお嬢さまが考案されるものは、何もかもが飛びぬけている。料理の数々にせよ、あの不思議な布にせよ、コード刺繍にせよ、そしてあの計算表にせよ。
いや、飛びぬけているというのか……何かこう、我々この国の貴族たちとは、ものの発想の根本的な部分がまったく違うのではないか、という気さえしてくる。
それはもう、ゲルトルードお嬢さまのものの考え方、発想であれば、いまのこの国の在り方すら変えてしまえるのではないかと、期待してしまうほどに、だ。
そこには、俺の兄が継いだ貧しい領地にも、なんらかの恩恵があるのではないかという下心も、正直にあるのだが。
ただ、女性であるゲルトルードお嬢さまの名が上がるたびに、すさまじい反発があるだろうことは俺も予想している。
そして予想したからこそ、俺はこのお嬢さまにお仕えし、お側でお支えしようと決めたのだ。
だからこんなことで……腐りきった貴族の象徴みたいな前伯の腐りきった行いなんかで、絶対にゲルトルードお嬢さまのお心を折れさせてはいけない。
俺はその考えを新たにし、気を引き締め直した。
そうして、マルゴさんの気持ちのこもった美味しいお料理をたくさん抱えて、俺はアーティバルトさんとともに公爵邸へと戻っていった。
マルゴが作った照り焼きは、お醤油を使わないお酢ベースの照り焼きです。
煮詰めることでちゃんと照りもつきますし、甘酸っぱい味に仕上がって美味しいですよ(^▽^)/





