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没落伯爵令嬢は家族を養いたい  作者: ミコタにう


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327.暗転

本日1話更新です。

※さらに非人道的な内容ですのでご注意の上お読みください※

「ゴディアス・アップシャーは、ゲルトルードお嬢さまによって自分の隷属契約を継続させられてしまうこと、また自分の親族にまで隷属契約が及んでしまうことを恐れて、その契約書が収納されている収納魔道具を持ち去ったのです」

 やはり淡々と告げるヒューバルトさんに、私は叫びそうになる。

 私はそんなこと絶対にしない! するわけがない! って。

 でも、口がこわばって、声が出ない。


 ヒューバルトさんは自分が持ち帰った我が家の収納魔道具に目を落とす。

「私は彼を説得しました。ゲルトルードお嬢さまは決してそのようなことはされない、と。収納魔道具を返却してくれればその隷属契約書を取り出し、間違いなくその場で破棄してくださるはずだから、と」

「もちろん、です」

 ようやく私の口から、かすれた声が出た。

「たったいま、この場で、その契約書を破棄します」


 そこでヒューバルトさんの口元も、ようやく少し緩んだ。

「はい、私はそのように確信していましたので、ゴディアスを説得できたのです。そしてこのように、ご尊家の収納魔道具を返却してもらいました」


 深く息を吐きだしたのは、私だけじゃなかった。

 ずっと黙って私とヒューバルトさんを見守ってくれていたその場の誰もが、詰めていた息をやっと吐きだした。

 たぶん……ゴディアスが我が家の収納魔道具を持ち去ったその理由を、この場の人たちは正しく予想してたんだと思う。だから公爵さまもあんなに難しい顔をして……ほかの人たちもみんなどこか緊張していたんだ。


 そうだよね、だってアーティバルトさんが言ってたもの。

 ヒューバルトさんが出発する前に状況の確認をして予想を立てた、って。それでたぶんその予想が当たってると思うから、私には嫌な思いをしてもらうことになると思う、って。

 どういう理由で、アーティバルトさんとヒューバルトさんが正確な予想を立てられたのかはわからないけど……でも、その通りだったってことだよね。


「契約書を破棄するには、契約書に記載されている破棄のための文章を、ゲルトルードお嬢さまが指でなぞりながら魔力を通していただければいいそうです」

「わかりました」

 ヒューバルトさんの説明に、私はうなずいた。

 ありがたいことに、破棄するのは簡単らしい。

「そして契約が破棄されれば、破棄されたことが瞬時に隷属契約者に伝わるのだそうです。具体的にどういうふうに伝わるのかまではわかりませんが……身体的な懲罰が課せられているような契約ですから、おそらくなんらかの変化が伝わるのでしょう」


 それも了解です。

 私は再度うなずく。

 とにかく私がいま破棄しちゃえば、晴れて自由の身になったことが即座にゴディアスに伝わるんだね。もう大至急、ゴディアスを解放してあげなければ。


「じゃあルーディちゃん、貴女の収納魔道具の中身を確認しましょう」

 なんか、公爵さまがおネェさん口調で言ってくれると、脱力できるっていうか妙にホッとしちゃう。

「おそらく中にはそれほど多くのものは入っていないと思うけれど……念のため、少し広い部屋に移動しましょう」

「はい、わかりました」

 どうやら、収納魔道具の中身をいっぺんにぜんぶ出してしまう方法があるらしい。


 私は公爵さまに連れられて少し広い部屋……我が家の小ホールのような部屋に移動した。

「収納魔道具の中身をぜんぶまとめて出してしまいたいときは、袋の中を空っぽにするよう想像するのよ」

 公爵さまの説明にあわせて、ヒューバルトさんが我が家の収納魔道具を私に渡してくれた。

 これが我が家の収納魔道具なのね?

 公爵さまの収納魔道具と同じように、手のひら大の大きさでスエードのような手触りだ。形も、まったく同じようなフラップのついたポーチって感じ。色が多少違うけど、本当にその色の違いがなければ区別がつかないくらいよく似ている。


 公爵さまがさらに教えてくれる。

「そうね、わたくしが自分で中身をすべて出すときは、袋を空っぽにするよう、ひっくり返してぱんぱんとはたくようすを想像しているわ。そうすると収納されているものがすべて出てくるの」

 袋をひっくり返してぱんぱんとはたくようす……うーん、こんな感じ?

 私は我が家の収納魔道具を手にしたまま目を閉じ、公爵さまが教えてくれた通り袋をひっくり返してはたいている自分を想像してみた。中身をぜーんぶ出しちゃうからねー、と思いながら。

 すると、にゅるん、と……あの収納魔道具から何かが出てくるあの感触がした。


 目を開けると、床の上に四つのモノが転がっている。

 もうひとつの収納魔道具らしい手のひら大のポーチと、小さな細いナイフ……それに、くるくると巻かれて紐がかけられた羊皮紙の書類がふたつ。

 これだけ?

 でも、書類がふたつ……ひとつはゴディアスの隷属契約書だよね? もうひとつは何の書類?


「この小さなナイフが、伯爵家に伝わる魔剣ですか?」

 アーティバルトさんの言葉に、私はその小さなナイフを拾い上げた。

 これが魔剣?

 ホントにペーパーナイフかっていうくらい、小さくて細いんですけど。しかもナイフの恰好をしてるけど、その刃は紙さえ切れそうにない。えーと、なんか魔力を通すと形が変わるとかって話だったよね?


「でも、書類が二通あるわ」

 公爵さまが言い出した。「一通はゴディアス・アップシャーの隷属契約書だとして……残りの一通はいったい……?」

 ホントに、ソレ。

 なんだかひどく嫌な感じしかしない。


 私は思わず顔をしかめた。

 でもってとりあえず、もうひとつの収納魔道具らしきポーチを拾い上げ、手にしていた小さなナイフと一緒にナリッサに渡した。

 それから、その巻いてあるふたつの羊皮紙を拾い上げる。

 ホンットに嫌な感じしかしないんですけど。

 そう思いながらも私は、思い切ってまずひとつ、その羊皮紙の書類を広げた。

 すぐにあのゲス野郎の名前と……ゴディアス・アップシャーという名前が目に飛び込んでくる。


 ああ……これは間違いなく、ゴディアスの隷属契約書だ。

 見るのも嫌だったけど、私はそれでもなんとか目を通した。隷属契約に関する文言が間違いなく記載されている。

 それによると……隷属契約者が主契約者の命令に背くと、全身に激痛が走るらしい。想像するだけで胸がぎゅーっと痛くなる。本当に、いったい何をどう考えたら、こんなひどい行為を人に押し付けるなんてことができるんだろう。


 それに……本当に契約更新のための文章も書いてある。契約破棄の場合と同じように、血族である私がここを指でなぞりながら魔力を通せば、契約者の名前を書き替えることができるらしい。

 ほかにも、一時的に契約を解除する方法が書かれた文章もあった。一時解除だと、契約者によって再度隷属契約を開始することもできるようだ。


 そして見つけた。

 ここだわ、契約の完全破棄のための文章。ここを指でなぞりながら魔力を通せばいいのね? とにかくいますぐ、この場で、こんなものは破棄しなくちゃいけない。

 私は慎重にその文字に指先を当てて、じんわりと自分の魔力を通しながらなぞった。

 その文章の最後の文字に指が届いたとたん、ぼうっと仄青ほのあおく契約書が発光した。

「うわっ!」

 びっくりして契約書を取り落しそうになったんだけど、私の手から離れた契約書は床に落ちることはなかった。発光した契約書がばらばらに千切れ、その千切れた破片もすべて床に着く前に消えてしまったから。


「これで契約は破棄されました」

 ヒューバルトさんがホッとしたように言ってくれて、私も思わず息を吐きだした。

「よかったです。これでゴディアスにも破棄されたことが伝わったのね」

「はい、彼に伝わっているはずです」

 うなずくヒューバルトさんのようすに、私だけでなくその場の誰もが安堵の表情を浮かべた。


 でも、もうひとつの書類は……?

 私は手にしているもうひとつの書類……くるくる巻かれた羊皮紙に目を落とした。

 本当にものすごく嫌な感じがする。だけど、内容を確認しないわけにはいかない。

 ええい、どのみち開いて確認しなきゃダメなんだから、ここはもう一気にやっちゃおう。


 私はその書類も広げた。

 そこにはまたあのゲス野郎の名前が、さっきの隷属契約書とまったく同じ内容、同じ様式の文書に書かれていて……コンラッド・ホロヴィック?


 一瞬にして、私の視界が激しく揺れ始めた。

 だって……だって、そんな、まさか……!

 これ、これも、隷属契約書で……ちゃんと、ちゃんとそこを確認しなきゃ、だって見間違いだよね、まさかそんなことが、絶対にあるはずがない、あってはいけないんだから……!

 そう思うのに、視界が揺れて文字がブレてしまってちゃんと読めない。


 私、震えてるんだ。

 書類を持ってる手だけじゃなく、全身がガクガクと震えてて……だって、コンラッド・ホロヴィック……コンラッド・ホロヴィックって……。

 マールロウのお祖父さまの名前じゃないの!


 まさか、まさかマールロウのお祖父さまが、あのゲス野郎の奴隷にされて……いや、そんなことあるはずがない、絶対にあってはいけない、そう思うのに……その確信が、私の中を突きあがってくる。

 お母さまは……自分のお父さまを、人質にとられてたんだ……! あのゲス野郎に!


 だってお母さまには、逃げるチャンスは確実にあったはずなの。

 いくら籠の鳥にされてたといっても、最初は夜会とか公の場にも出てたんだよね? しかもレオさまを通じて王妃さまなんていう絶対的権力者を頼ることだってできた。王妃さまに保護してもらえば、たとえ離婚できなくても別居はできたはず。


 実際に、王妃さまはお母さまに手を差し伸べようとしてくださっていたし、そもそもお母さまの味方であるベアトリスお祖母さまも最初は同居されてたんだよ? ベアトリスお祖母さまが手引きしてくだされば、お母さまは私も連れて逃げることができたはずなのに……なのにどうしてお母さまは、あのゲス野郎に従い続けてきたの?


 ぞわっと、私の全身が粟立つ。

 もちろん何をどう考えても、お祖父さまはあのゲス野郎に騙されたに違いない。

 騙されて嵌められてサインさせられて、気が付いたときにはもうあのゲス野郎の奴隷にされてしまっていて……だからゲス野郎の言いなりになるしかなくて、だから大事な1人娘のお母さまを差し出すしかなくなって……。

 お祖父さまは、いったいどんな気持ちで……。


 目の前が真っ暗になった。

 そこで、ぷつん、と……私の意識は途絶えてしまった。


2巻書き下ろしSS『弁護士の決意』と3巻書き下ろしSS『彼は何故それを持ち去ったのか?』の回収回です。

続きはできるだけ早く更新します。

間に閑話を1話入れてからの続きになる予定です。

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― 新着の感想 ―
嘘だろ…… この物語の中でも最低最悪の人物だとは思っていたけど、さらに先が有ったなんて…… 「吐き気を催す邪悪」そのものじゃないか! こんな奴、ありったけの絶望を味あわせてから断罪されて欲しかった!
あんな優しいエピソードのあるお爺ちゃんがあろうことか奴隷にされてたなんてもう本当トップクラスに胸糞鬼畜の所業で読んでるこちらも吐きながら倒れそう、なのにそうでもないコメントが結構あってびっくりです… …
二枚だけ? オレなら、妻にも奴隷契約させるけどな。契約には金か魔力が大量に必要なのかな?
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