313.時間外手当
本日2話更新です。
まずは1話目です。
帰りの馬車では、私はスヴェイにも車内に乗り込んでもらって、今日の相談事の内容を説明しておいた。そりゃーもう、あのゲス野郎のやらかしについては、スヴェイにもちゃんと知っておいてもらわないとダメだから。
領地の魔物討伐に関しては、ガン君テアちゃんと話しているときにスヴェイもその場にいたから内容は理解してくれてる。その対応について公爵さまとどういう話をしたのかを、私は説明した。
そして、私の固有魔力が国に申告されていなかったことについては、さすがにスヴェイも驚いていた。
「それは確かに、固有魔力が顕現しない貴族もいますから……それでも、固有魔力が顕現すればその詳細を国へ届け出ることは、貴族の義務です。それをされていなかったというのは……」
スヴェイが首をかしげる。「もちろん、ゲルトルードお嬢さまには固有魔力がおありなのですよね?」
「ええ、あるわ」
あるんだけどね、その説明がちょっとややこしいことになってきてるのよ。
「ただ、そのわたくしの固有魔力に関しては、わたくしが思っていたものとはちょっと種類が違っていたようなの。それについて、お母さまと一度話をする必要があるのだけれど……実はお母さまは幼いころにご自分のお母さまを亡くされていて、ご自分の固有魔力についてよくおわかりではないようなのね。しかもお母さまは学院卒業後すぐにこのタウンハウスに入られて、以来ずっとご自分の固有魔力を使える状態にはなかったので……」
うなずくスヴェイに私はさらに言う。
「だからその話し合いも、少しようすをみてからにしようと思ってるの。わたくしの固有魔力について国に届け出がされていなかったという事実も、お母さまにとってはいろいろとつらい記憶を呼び起こしてしまうことになるから」
いずれスヴェイにも、お母さまの状況について詳しく話さないとダメだろうなあ……と、私が思案していると、スヴェイが言い出した。
「かしこまりました、ゲルトルードお嬢さま。けれどゲルトルードお嬢さまがよろしければ、でございますが、ゲルトルードお嬢さまがお持ちの固有魔力について、その詳細を私に教えていただけないでしょうか。ゲルトルードお嬢さまを警護させていただくために必要なことですし」
そう言ってスヴェイが付け加える。「もちろん、私の固有魔力の詳細も、ゲルトルードお嬢さまにお伝えしますので」
えっ、ナニソレ、教えてくれるの?
スヴェイがどうやって相手を一瞬で倒しちゃってるのか。国家保護対象固有魔力だよね、めちゃめちゃ知りたいんですけど!
と、私が身を乗り出しそうになったところで、馬車が我が家に到着してしまった。
もちろん我が家の玄関の扉はすでに開かれ、お母さまとヨーゼフ、それに今日はヨアンナも出迎えてくれているのが見える。
馬車が車寄せに停まると、スヴェイはさっと馬車のドアを開けて踏み台を用意してくれた。そして実に何気ないようすで私に言うんだ。
「ではゲルトルードお嬢さま、その件につきましてはいつでも、ゲルトルードお嬢さまのご都合がよいときで結構でございますので」
「ありがとう、スヴェイ。ではそのように」
私も何ごともないように笑顔で答え、すぐにお母さまに顔を向ける。
「ただいま帰りました。今日も遅くなってしまってごめんなさい、お母さま」
お母さまが私をハグしてくれる。
「お帰りなさい、ルーディ。大丈夫よ、貴女が公爵さまのところにお伺いしていたことは、ちゃんとスヴェイが伝えてくれていたから」
笑顔でうなずいてるスヴェイの前に、ヨーゼフが出てきた。
「スヴェイ、こちらは貴方の夕食です」
「えっ」
驚くスヴェイに、ヨーゼフがかごを渡す。
「マルゴが用意してくれました。まだ公開していないレシピのお料理ですから、ほかの人に見つからないように食べてください」
「ありがとうございます!」
スヴェイ、本気でめちゃくちゃ嬉しそうです。もうその場でかごにかけてある布をめくって、中を確かめてます。どうやら、ベーコンレタスサンドっぽい。ほかにも何か入ってそう。
そんでもって、ヨアンナが持ってたかごも、ヨーゼフが受け取って差し出した。
「こちらはゲオルグさんのぶんです」
そうヨーゼフが言ったとたん、ゲオルグさんがさっと御者台から降りてきた。
「ありがたく頂戴いたします」
あー……もう確定よね、ゲオルグさんも食いしん坊派閥の人だったのね。明日の朝も、ゲオルグさんは我が家の厨房に座って朝ごはん食べてること間違いナシね。
なんかまたコレで変なフラグが……いやもう、考えちゃいけないわ。
と、私が無になってる間に、ゲオルグさんは御者台に戻り、スヴェイはサワヤカな笑顔で立ち台に乗り、2人はさっそうと去って行きました。
そして私は今日もまた、お母さまと厨房へ直行です。
「そうそう、ルーディ。今朝お話しした通り、今日はリケ先生が来てくださったので、お礼ということでファビー先生のぶんも一緒にパウンドケーキをお渡ししたのだけれど、とっても喜んで受け取ってくださったわ」
「それはよかったです」
ああ、なんか目に浮かんじゃうわ。リケ先生もファビー先生も、大喜びで食べてくれちゃったはず。キャラメルも美味しくできたらお届けしますねー。
厨房に到着すると、今日もマルゴ以下厨房スタッフが全員残ってくれていた。
そして私はそのまま、流れるように厨房のテーブルに着いちゃう。
「お帰りなさいませ、ゲルトルードお嬢さま。すぐにお食事をお持ちします」
マルゴがそう言って、すぐにお鍋ののった焜炉へと向かってくれる。
はー毎日毎日、ホントにこんな遅い帰宅になっちゃってマルゴたちにも申し訳ない。
と、思ったところで私はやっと気が付いた。
マルゴ……朝も居たよね?
朝から出勤してきて夜もこんな時間まで残ってくれてるって……いや、ソレはまずいでしょ!
だってマルゴの契約は、お昼前に出勤してきておやつと夕食を作って、翌日の朝ごはんは作り置きにする、だったはず。
私は慌てて言っちゃった。
「マルゴ、貴女、朝も早くから出勤してくれてたわよね? それもここのところ毎日。それでこんなに夜遅くまで残ってくれているのは、いくらなんでも働き過ぎよ!」
言われたマルゴはきょとんとして……それから笑い出した。
「ゲルトルードお嬢さま、大丈夫でございますよ。あたしはいま、お昼に休憩をいただいておりますんで」
「へっ?」
「ああ、ルーディ、貴女にお話ししていなかったわね」
お母さまが言い出した。「わたくしもマルゴの負担が増えすぎているのではと思って、朝早く来てくれた日はお昼の間に長めに休憩を取ってくれるよう話したの。貴女に相談せずに決めてしまったのだけれど、問題ないわよね?」
私はもうぶんぶんと首を振っちゃった。
「まったく問題ありません、お母さま。むしろありがたいです、ありがとうございます、お母さまもマルゴの仕事に気を配ってくださって」
よかったー、お母さまが、いいように手配してくださってたのね。
「我が家の使用人は、みんな気持ちよく働いてもらいたいですものね」
お母さまは、うふふふって笑ってる。
私も笑顔で答えちゃうわ。
「はい、みんな気持ちよく働いてもらいたいです。それでなくても、いま我が家は人手が足りなくて、みんないろいろ頑張ってもらっているのですから」
話を聞くと、マルゴだけでなくモリスもロッタも通い組はみんな、お昼は長めに休憩を取るようにしてもらっているらしい。
マルゴはお昼の間にいったん帰宅して、息子たちの世話をしてまた夕方こちらに戻ってきているとのこと。モリスとロッタは帰宅せず、そのまま我が家の厨房にいるんだとか。
「家に帰るなんてもったいないです」
真顔でモリスは主張する。「学ぶことがいっぱいあります。マルゴさんにお願いして課題を出してもらっています。その課題が、使用人のみなさんが食べるおやつや、ご家人さまのお夕食の下ごしらえになっていたりします」
「でもそれじゃあ、休憩になっていないのではなくて?」
私は心配になって訊いたんだけど、モリスはやっぱり真顔で首を振る。
「私のほうからお願いしてやらせていただいてるのです、ゲルトルードお嬢さま。これでお給料までいただけるのは、申し訳ないほどです」
ロッタも、家に帰るより我が家の厨房にいるほうがいいらしい。
その理由を、ロッタはちょっと口ごもってたんだけど、どうやら交代で休憩するほかの使用人たちと一緒におやつが食べられるのが嬉しいみたい。ロッタがお茶を淹れてあげてるんだって。それに、モリスの課題のお手伝いもしてくれてるらしい。
うん、ロッタがそれでいいならいいよ。
そうして、出てきたお夕飯が美味しそうなソースを絡めたゴロゴロ肉団子だったので、私はまた思い出す。
「そうだわマルゴ、今日は特別にハンバーガーをたくさん作ってもらったでしょう? それは大丈夫だったの?」
「はい、さすがに今日はお昼も帰宅しておりませんです。それでも、休憩は長めにいただいておりますので」
「そうなのね」
うなずいて私は、そのままヨーゼフに言った。
「使用人の勤務状況は、きちんと記録しておいてね、ヨーゼフ。マルゴは特に、今日みたいに特別なお料理を作ってもらった日などは、時間外手当を出すので」
「はい、すべて記録しております」
さすがヨーゼフ、任せたわよ!
「マルゴ、そのハンバーガーだけれど、公爵さまによると国王陛下も王太子殿下もたいそう喜んでくださったそうよ。お2人とも、その場で1個ずつ召し上がってしまわれたほどだとか」
「それは、たいへん光栄なことでございますです」
私は笑顔で言ったんだけど、マルゴは恐縮しちゃってる。
そりゃそうだよねえ。私だって、最近だいぶ慣れてきちゃった感じはあるけど、国王陛下に王太子殿下だもん。雲の上のかたたちどころの話じゃないもんねえ。
だから、もうちょっと身近な話もしておく。
「それによぶんに5個作ってくれたハンバーガーも、公爵家の執事さんや侍女頭のマルレーネさんが本当に喜んでくださって」
言いながら、私はヨアンナを見ちゃったんだけど、ヨアンナもすっごく嬉しそう。マルレーネさんにはお世話になったんだもんね、ヨアンナも。
マルゴもちょっとホッとしたように言ってくれた。
「それはようございました。ハンバーガーを引き取りに来られたアーティバルトさまも、よぶんに5個ありますといってお渡ししたところ、それはもう喜んでくださって」
ええ、目に浮かぶようです。
そんでもってやっぱり、アーティバルトさんってば直接厨房に乗り込んできたのね。
それに、さすがに王家よりはちょっと身近だっていっても、相手は公爵家だからね、やっぱ私だけじゃなくみんな麻痺してきてるんだな。
「そうね、そのアーティバルトさんにも公爵さまにもお礼を言っていただいたわ。本当にいろいろとありがとう、マルゴ」
「とんでもないことでございます、ゲルトルードお嬢さま」





