310.なのにまだまだ出てきそうって
本日2話更新です。
まずは1話目です。
「では、続けてルーディちゃんのお話をする? それとも、休憩を入れましょうか?」
私がいろいろショックを受けちゃってるもんで、公爵さまがやっぱり気を遣って言ってくれてるんだと思うけど、なんかもうこのさい一気に話しちゃったほうがいいと思う。
だから私は言った。
「いえ、続けてお話しさせてください」
「いいわよ。それで、今度はいったいどんなことが起きたの?」
「前当主がウォードの森に出没する魔物の討伐をいっさいしていませんでした」
「えっ?」
一気に言っちゃった私の言葉に、公爵さまはじめ、みなさんぽかんとしちゃってます。
「前当主は、隣接領地と魔物討伐の相談すらすべて無視し、ウォードの森の魔物討伐についてはその負担をすべて、隣接のヴェルツェ領とデルヴァローゼ領に押し付けていたことが判明しました」
はい、みなさんそろって盛大に頭を抱えてくれちゃいました。
「あー……ウォードの森……」
「そうか、あの森には魔物が出るから……」
公爵さまもアーティバルトさんも頭を抱えたままうめいちゃってます。ええもう、トラヴィスさんもマルレーネさんも頭を抱え、そっと目をそらしてくれちゃってるからね。
「本日、ヴェルツェ子爵家のお2人がその件に関して話してくださいまして……わたくし、本当に何も知らなくて」
もう正直に申告したわよ、あの惨敗お茶会での話、デー〇ン閣下みたいなお名前のデルヴァローゼ侯爵家ご令嬢デズデモーナさまのお茶会でいったいナニがあったのか。
そして今日、本当にようやく今日、その意味を私が理解できたってことも。
はーい、みなさんさらに深ーく、がっくりと頭を抱えちゃいましたー。
ええ、わかりますよ、その気持ち。
私自身がもう、ホンットにがっくりなんだもん。
あのゲス野郎がやらかしてたってことについても、それに自分がお茶会での会話の意味をまるで理解できていなかったっていうことについても。ダブルでがっくりなんだもん。
「その可能性について、考えておくべきだったわね……」
公爵さまがうめいてくれちゃってるけど、いやいや、ヨソさまのご領主にそこまで考慮していただくほうが無理ってもんでしょう。
それでなくても公爵さまには、あのゲス野郎の腰巾着どもが領主館の財産を持ち逃げするのを阻止していただいたんだし。その上、ベアトリスお祖母さまに仕えていた家令ら、もともとの使用人たちもちゃんと領主館に戻してくださったんだよね?
この上に何かを求めるなんて、申し訳なさすぎるわよ。
とにかくこれ以上傷口を広げないよう、春先の魔物討伐についてヴェルツェ子爵家のご当主、それにデルヴァローゼ侯爵家のご当主との相談の場を、できるだけ早めに設けていただく以外、公爵さまにお願いできることはないと思うの。
もちろん、ヴェルツェ子爵家のご当主に……ガン君テアちゃんのお父さまに討伐をお願いするのであれば金銭的な補償は必要だろうし、あるいは国軍に増援部隊を依頼することで子爵家ご当主のご負担を減らすとか、そういう対応について事前に相談することは必要だと思うけど。
だからもう、そういうご相談はできるだけストレスなく済ませてしていまいたい。
ということで、私はさくっと提案しました。
「ここでひと息つかせていただけますでしょうか。本日もわたくし、おやつを持参しております」
はい、みなさんがっくりとうつむけておられたお顔を、そろって勢いよくお上げになりました。
まず立ち上がったのはトラヴィスさん。そこにナリッサとアーティバルトさんも続く。
私はお借りしてる収納魔道具を取り出し、中からクッキーの包みを出してテーブルに並べた。
「今日のおやつはふつうのクッキーで申し訳ないのですけれど」
って言いながら蜜蝋布の包みを開けたんだけど……公爵さまもマルレーネさんもちょっと眉を上げて、それから笑顔で言い出してくれた。
「ルーディちゃん、ふつうのクッキーって……とってもすてきな形をしているじゃないの」
「本当ですわ、こんな不思議できれいな形のクッキーなど、わたくし初めて目にしました」
うふふふ、マルゴが絞り袋を使って円を描くようにクッキー生地を絞り出してくれたのよね。リング状にはなってないけど、エッジの立った六角ツノの生地がくるんとまるく焼き上がっていて、真ん中にちょこんとジャムがのっけてあるの。
「これはもしかして、メレンゲクッキーと同じお道具を使ったの?」
さすが公爵さま、ピンときたようです。
「そうです。我が家の料理人がいろいろと試してくれていまして」
「こんな不思議な形に焼けるお道具があるのですね……」
そうだった、マルレーネさんにはまだメレンゲクッキーを食べてもらってないんだった。そのうちまたマルゴがメレンゲクッキーも焼いてくれるだろうから、ぜひお持ちしなくちゃだわ。
それに、次にこういう絞り出しクッキーを焼いてもらうときは、ドーナツみたいなリング状にして半分だけアイシングを塗るとか……粉砂糖はおろか上白糖もないから茶色っぽいなんちゃってアイシングになっちゃうだろうけど、でも見た目もさらにかわいくなるし、レモン果汁たっぷり入れて甘酸っぱい感じにすれば間違いなく美味しいと思うのよね。
ああ、でもキャラメル!
次に作る新しいおやつは、絶対キャラメルって思ってるんだけど。
明日登校したら明後日から2連休だから、その間にキャラメル作れるかなあ?
とか、私が思っている間に、さくさくとお茶が配られ、みなさんクッキーに手を伸ばしました。この居間の席だと、身内しかいないってことでお味見っていうかお毒見も必要ないからね。
「まあまあ、見た目だけではなくお味もとってもよろしいですわ。甘酸っぱいジャムがよく合うほどよい甘さのクッキーで、しかもさくさくとした口当たりがなんとも美味しくて」
マルレーネさんの顔がほころんじゃってます。
ええ、我が家のマルゴは天才ですからね、ふつうのクッキーだってとっても美味しく作ってくれるんです。
もちろんマルレーネさんだけじゃなく、みなさんそろって美味しい美味しいって食べてくれて、今日もしっかりおやつでなごめちゃったよ、ありがとうマルゴ!
「とにかく、隣接領地のお茶会を開く必要があるわね」
おやつを食べ終えた公爵さまが言い出してくれた。
「ウォードの森の魔物討伐に関しては、リドのヴェントリー領は直接関係ないけれど……リドにも同席してもらったほうが、デルヴァローゼ侯へのけん制になりそうだわね」
「けん制、ですか?」
問いかけちゃった私に、公爵さまがうなずく。
「ええ、とりあえずデルヴァローゼ侯は、これまでクルゼライヒ領が負担してこなかった討伐の、補償を求めてくるはずだから」
あー……でも、それはある意味当然の権利かも、じゃないですか。
だけど公爵さまは続けて言った。
「昨日もアーティが少しデルヴァローゼ侯爵家の内情について話してくれたけれど……まあ、ある意味典型的な上位貴族家の当主という感じなのよね、デルヴァローゼ侯って。だから、こちらから下手に出てしまうと、とことん要求を上乗せしてくる可能性が高いのよ」
それはちょっと……だいぶ、困ります。
我が家だってあのゲス野郎のやらかしたことの後始末で、領地の立て直しをこれからしていかなきゃならないんだし。
クルゼライヒ領はさんざん国内有数の豊かな領地だとか言ってもらってるけど、それでもベアトリスお祖母さまが亡くなられてからわずか5年の間に、あのゲス野郎にどれだけ荒らされちゃってるか本当にわかったもんじゃないんだから。
そういう状況で、アレもコレもなんでもかんでも要求されちゃうのは困ります。
むーん、とばかりに私はちょっと眉を寄せちゃったんだけど、やっぱり公爵さまがフォローしてくれちゃうんだ。
「そうね、当面デルヴァローゼ侯の出方を探って……それから対策を立てましょう。とりあえず、この秋の討伐は終わっているのよね?」
「はい、ヴェルツェ子爵家のご当主が討伐してくださったそうです」
「それならば、次の春先の討伐までまだ時間があるわ」
そう言ってから、公爵さまが私に問いかけてきた。
「ルーディちゃんは学内で、デルヴァローゼ侯爵家のご令嬢と接触する機会はありそう?」
あー、うー、どうでしょう?
私は正直に答えた。
「あるかもしれませんが……現時点ではなんとも言えません」
「もしかしたら、再びあちらから接触してくる可能性もあるわね……」
そこで公爵さまから、もしあのデー〇ン閣下みたいなお名前のデズデモーナ嬢から接触があったとしても、下手に謝ってしまわないようにくぎを刺された。
「侯爵家からは格下である伯爵家の相続人で継承者であるルーディちゃんが謝ってしまうと、それでもうすべての責任を押し付けられてしまうわよ。だからあちらから何か言われても、後見人であるわたくしが春先の討伐についていま検討している、とだけ言えばいいから」
「わかりました。ありがとうございます、公爵さま」
いやー、ガン君テアちゃんにはめっちゃ頭下げまくっちゃったけど。
それはいいのかな? 子爵より我が家の伯爵のほうが、爵位が上だから? 一応、あまりにも直接的なお詫びの言葉は口にしないようには、気を付けたんだけど。
その辺ってやっぱり、階級社会では難しいことがある場合が多いだろうなってくらいは、私も考えたりはするのよ。はー、なんかイロイロと面倒くさいなあ……。
だけど、貴族同士のお作法についてちゃんと教えてもらえるのはありがたい。私はもう素直に、公爵さまの言われることを聞いておきますです。
それから、我が家の領地の家令に宛てて追加のお手紙を書いた。
ええ、ベアトリスお祖母さまがいらしたときは、魔物討伐をどのようにされていたのか、それについてわかる資料も持参してくるように、って。
「わたくしの記憶にある限り、ウォードの森の魔物討伐依頼は一度も出されていないのよね」
公爵さまが言ってくれる。「おそらくずっと三領地で分担して、自前で討伐されてきたのでしょう。その辺り、どのような話し合いがなされていたのか、家令が覚えているといいのだけれど」
うん、頼むよ、家令。ホント、いろいろ教えてもらわなきゃいけないことテンコ盛りだわ。
そんでもって公爵さまは、この場の誰もが感じていることを、ためらいがちではあるけど言ってくれちゃいました。
「でも本当に……なんというか、まだいろいろと出てきそうよね。その、前伯の不始末が」
ホントに、ホンットーに、そのイヤな予感しかしませんわ。
もう正直に私は、頭を抱えて大息を吐きだしちゃったわよ。
その私に、今度はアーティバルトさんがためらいがちに言ってきた。
「ルーディちゃん、このさいだから話しておくけれど……その、ご尊家の収納魔道具について」
「えっ?」
我が家の収納魔道具!
そう言えばヒューバルトさん、探してくれてるんだよね?
「いまヒューバルトが、収納魔道具を持ち去ったらしいゴディアス・アップシャーの消息を追って地方へ行ってるんだけど……首尾よくヒューが収納魔道具を取り返して帰ってきたとしても、その……ルーディちゃんにとってはあまり嬉しくない話が付いてくると思ってたほうがいいです」
あまり嬉しくない話、って……?
アーティバルトさんがちょっと視線を泳がせる。
「ヒューが出発する前にいろいろ話し合って状況の確認をしたとき……そのとき俺たちが立てた予想がおそらく当たっていると思うので……その場合、またルーディちゃんには嫌な思いをしてもらうことになると思います」
「あの、どのような予想を?」
「それは……実際にヒューが帰ってきてお話しさせてもらったほうがいいと思います。ヒューは、もうそろそろ帰ってくるはずですから」
アーティバルトさんとヒューバルトさんが立てた予想って……それがまた、私にイヤな思いをさせることになるだろうって……ああもう、考えたくないわー。
そりゃあ、もし本当に収納魔道具を取り返せるのであれば、それはとっても嬉しいんだけど。





