308.惨敗お茶会の真実2
本日の更新、後半戦の2話目です。
ほとんど驚愕っていっていいような状態の私に、ドロテアちゃんはやっぱり頭を抱えてる。
「あのめずらしいお茶については、クルゼライヒ伯爵家ご当主がそれを出席の口実にできるようにという、デルヴァローゼ侯爵家のご配慮だったのだと思います。さすがに、上位貴族家だとはいえ他家のご領主に対して命令することはできませんから」
「い、いや、でも……」
ナニがどうなってアレが呼び出しだったのか、私にはさっぱりわからないんですがっ。
その隣接領地の話し合いの場って……それって、デズデモーナさまとドロテアちゃんと私っていう3人がそろっていれば、もうそういうことだっていう暗黙の了解なの?
「本当に、おわかりではなかったのですね……」
ドロテアちゃんが繰り返した。
そしてやっぱり、ドロテアちゃんは頭を抱えてる。
「デズデモーナさまが、あれほどはっきり、わたくしも交えてウォードの森が厄介だというお話をされていたのに……」
森、森が厄介って……?
やっぱりさっぱりわかっていない私に、今度はドラガンくんが言った。
「まさかゲルトルード嬢が、ご自分の領地のことをそこまでご存じないとは、デズデモーナ嬢もさすがに思ってなかったんだろう」
「そういうことよね……」
なんだか脱力したように、ドロテアちゃんが答えてる。
そしてドロテアちゃんはついに、核心について教えてくれた。
「ゲルトルードさま、ウォードの森の話題が出て、しかもデルヴァローゼ侯爵家のご当主がご尊家のご当主にお会いしたいというお話になった場合……それは、わたくしたちの領地が共有しているウォードの森に出没する、魔物討伐の相談をしたい、ということです」
は?
は、はいーーー?
「ま、魔物討伐……?」
私はなんかもうバカみたいに口を開けちゃった。
「あの、魔物討伐って……森に、出るんですか? その、ウォードの森に?」
「ほら、まずそこからご存じない」
ドラガンくんが非常に率直に事実を指摘してくれちゃいました。
「でも、あの、魔物は……我が国の場合、辺境にしか出ないと……」
「それはひと昔、いやふた昔前のお話ですね」
やっぱりスパッと言ってくれちゃったよ、ドラガンくん。
「近年は、我が国内でも魔物の生息域が急速に広がっているのです。ウォードの森もかつては数年に一度魔物がでるかどうかだったと聞いたことがありますが……いまはもう、春先と秋の収穫期には、毎年確実に大型の魔物が出没します」
マ、マジですか……マジで、我が家の領地にも魔物が出るんですか!
それも、毎年春と秋に、大型の魔物が?
だから……だから、領主クラスに進むと、王宮北の森で魔物を狩る実技授業があるってこと?
本気で呆然としちゃってたんだけど、でもそこからだんだんと、私の理解が追いついてきた。
そうだよ、栗拾いお茶会でユベールくんが言ってた、固有魔力がない領主は領民にあなどられるとか強い魔力を持つ領主が求められるとか……でもメルさまは魔物討伐なんて軍に依頼して対価を払えば済むって……つまり、辺境かどうかなんて関係なく、多くの領主が、ごく当たり前に、魔物を自分で狩るか、あるいは国に依頼して狩ってもらう必要がある、ってことだ……。
そして、理解が追い付いてきたことで、とんでもない事態になっていたことにも気が付いちゃったわよ。
あのゲス野郎は……複数の領地が共有する森に魔物が出没するっていうのに、その討伐の相談をいっさい受け付けてなかったに違いない。
だからデルヴァローゼ侯爵家のご当主は、ご令嬢のデズデモーナさまを通じて、私にコンタクトしてきたんだ。だからあんなにも、絶対に出席を断らせないわよ! っていう、私には断りようがないところまで追い詰めての、ギリギリの開催のお茶会にしてあったんだ。
つまり、もうずっとあのゲス野郎は、自分の領地に関わる魔物討伐を、ほかのご領地に勝手にまるごと押し付けてたって状態で……。
サーッと血の気が引いちゃった私に、ドロテアちゃんとドラガンくんは、それでもなんだか気遣うように言ってくれた。
「領地間のお取引についてだけではなく、魔物討伐についても近々ご相談させていただきたいと、わたくしたちも思っていたのです」
「幸いなことに、我が家の父が比較的強い攻撃系の固有魔力を持っているので、デルヴァローゼ侯爵家ともご相談の上、毎年ほぼすべて父が討伐をしているのですが……さすがに三つの領地にまたがる地域のすべてで討伐するのは、どうにも負担が大きすぎて」
ご、ごめんなさい! すみません! 申し訳ございませんでした!
もう穴があったら入りたいというか、スライディング土下座しちゃいたいというか、私は恥ずかしさと申し訳なさで赤くなったり青くなったりしちゃったわよ!
ホントに、ホンットーーーに、どこまでやらかしてくれれば気が済むんだよ、あのゲス野郎は!
ああああ、でも私も、ついさっきあんなことを……公爵さまの魔物討伐はともかく、あのDV確実クズ野郎の魔物討伐を非難する話をさんざんして……うわあああ、もう、そりゃドロテアちゃんもドラガンくんも、すっごくイヤな気分になっちゃったよね、自分チがさんざん迷惑をかけられてるのに、その迷惑をかけてる家の仮とはいえ当主の私があんなことを得々と語ってるなんて。
えええええ、もう、どうすればいいのー?
「ゲルトルードお嬢さま」
とんっ……と、軽く私の肩に、スヴェイの手が触れた。
それまでずっと黙って私たちの話を聞いていたスヴェイが、にこやかに言ってくれた。
「まずはエクシュタイン公爵閣下にご相談なさいませ。閣下は魔物討伐のご経験も豊富でいらっしゃいますし、ヴェルツェ領ならびにデルヴァローゼ領とのご相談についてもご配慮くださることと存じます」
うぇーん、それしかないよねー?
ホンットに私、自分ではなんにもできないよ、とにかくなんでもかんでも公爵さまに相談しないと始まらないよー。
そしてスヴェイは、お2人に問いかけてくれた。
「ドラガンさま、ドロテアさま、この秋の魔物討伐はすでにお済みでございますか?」
「はい、この秋の討伐は無事に終えています」
すぐにドラガンくんが答えてくれて、スヴェイがうなずく。
「それはようございました。では、次の春先の討伐についてのご相談の場が必要だということでございますね?」
「ご相談させていただけると助かります」
そう答えてくれたドラガンくんに、私はスヴェイに促されて頭を下げた。
「ドラガンさま、ドロテアさま、わたくしはこの件につきましても早急にエクシュタイン公爵さまとご相談させていただきます。その上で、春先の魔物討伐についてのご相談の場を設けさせていただきたく存じます」
「よろしくお願いいたします」
ドラガンくんもドロテアちゃんも、そろって頭を下げてくれた。
うううう、ホンットに私、ダメダメだわ。
もう領主になりたくないとか家令と面談したくないとか、そんなこと言ってられない。
この調子では、これからもどれだけあのゲス野郎の尻拭いに走り回らされちゃうか、わかったもんじゃない。
それになにより、こんなことばっかりしてたら、せっかくお友だちになってくれたドロテアちゃんとドラガンくんに見捨てられちゃうよぉー。
涙目状態の私に、スヴェイがそっと耳打ちしてきた。
「ゲルトルードお嬢さま、せっかくですからヴェルツェ子爵家のご姉弟に愛称で呼んでいただけるよう、お願いされてみてはいかがですか?」
はっ、そうか、そうだよ! 私のほうが爵位が上だから、私から言い出さなきゃ、なんだ。
でも……でも私、すでにお2人から見捨てられちゃってない?
なんかもう、おっかなびっくりっていう感じで、私はちらりとドロテアちゃんとドラガンくんを見た。
ドロテアちゃんはにっこりと笑ってくれて、ドラガンくんも苦笑気味ではあるけど、ちゃんと目を合わせてくれた。
私は、お願いだから見捨てないでね、という気持ちを込めて言ってみた。
「あ、あの、ドロテアさま、ドラガンさま。これからはわたくしのことを、その、ルーディと呼んでいただけませんか? あの、家族もそう呼んでくれておりますので……」
「あら、ではわたくしのことはテアとお呼びくださいませ、ルーディさま」
ドロテアちゃん、いやテアちゃんが秒で、しかも笑顔でお返事してくれたー。
それにドラガンくんもうなずいてくれる。
「じゃあ、俺のことはガンで。ええと、ガン君、かな?」
この場合の『君』は、くだけた尊称なのよね。貴族の中でも現役男子学生だけ、しかも生徒同士の場合は同級生または下級生に対してのみ使われるの。上級生に対しては、男子生徒同士でも使わない。先生がたは一律で、男子生徒のことは君呼びをする。
「ガン、それはいくらなんでもくだけすぎでしょう」
ってテアお姉さまはまた、弟くんに肘鉄打ち込んでるけど。
だけどやっぱり、ガン君は直球勝負です。
「だって、ルーディ嬢の場合は何ごとも率直に話さないと伝わらないみたいだし。なんかもう、いちいち持って回った言い方してるの、面倒だろ?」
「ええ、ぜひ、それでお願いします」
テアお姉さまが何か言い出す前に、私はサッとお返事してしまった。
ガン君のその合理性、嫌いじゃないよ! てか、大歓迎だよ!
そんでもう、このさいだから押し切っちゃおう。だって、お2人とも私のこと、見捨てずにいてくれるみたいなんだもん。
「では、ドラガンさまはガン君、と。それにあの、もしよろしければ、その、テアさまのことは、テアとお呼びしてもいいですか? もちろん、わたくしのこともルーディと……あの、わたくしの母が、学生時代からずっと仲良くしているお友だちと、爵位に関係なくいまも愛称だけで呼び合っていることを、わたくしはとてもうらやましく思っていまして……」
さすがに男子のガン君は呼び捨てにはできないと思うの。でも、テアちゃんなら……。
「まあ!」
テアちゃん、笑顔でうなずいてくれた!
「どうぞテアと呼んでくださいませ。いえ、テアと呼んでね。わたくしもルーディって呼ばせてもらいますから」
「ありがとうございます! いえ、ありがとう、テア!」
うわーん、よかったー!
テアもガン君も、私のこと見捨てないでねー!
ようやく、本当にようやく、書籍1巻の書き下ろしSS『初めてのお茶会』を回収できました(;^ω^)





