307.惨敗お茶会の真実1
本日の更新、後半戦です。
長くなっちゃったので2話に分けました。まずは1話目です。
「そう言えば、ファーレンドルフ先生は? 今日はこちらに来られないのですか?」
ドラガンくんの問いかけに、ペテルヴァンス先輩が答える。
「ああ、先生は今日、昼過ぎに呼び出しがあって……」
そう言いながら、ペテルヴァンス先輩は私に視線を送ってきた。
「どうやら、ゲルトルード嬢が昨日言っていた、速く計算する秘訣に関することらしいよ」
そのとたん、ドラガンくんの目がらんらんと、いやキラキラとしちゃいました。
「では、ゲルトルード嬢の考案された計算方法を、近々我らにも教えてもらえるかも、ということでしょうか?」
なんかドロテアちゃんまですごく嬉しそうな顔をしてるんですけど。
私はやっぱりとりあえず笑顔で答えておく。
「そうかもしれませんね。ファーレンドルフ先生がお戻りになられれば、詳しいことがわかるのではと思います」
うん、たぶん九九の表について先生は呼び出されたんだと思うよ。
公爵さま、それに陛下も仕事が早いです。
で、その後は、私の『速く計算できる秘訣』についてぜひみんなで研究しようって話から、計算器具を使う場合も速く計算結果を出すためのコツがあるんだ、なんていう話し合いになった。
私、初めて計算器具の使い方を教えてもらっちゃったよ。
でも、授業時間が終わっても先生は戻ってこられませんでした。
ドラガンくん、そんなに残念そうな顔しなくても大丈夫だよ、たぶん明日にはわかるよ。私ら、これからほぼ毎日この算術選抜クラスがあるんだし。
私たちはまた3人、そろって教室を出た。
そんでもって、またお2人が私を個室棟まで送るように一緒に歩いていってくれてたんだけど、なんかドロテアちゃんもドラガンくんもちょっと考えごとをしてるようで、口数が少ない。ドラガンくんなんか、九九の表についてもっといろいろ食いついてくるかと思ってたのに。
個室棟に到着すると、今日も1階のロビーにスヴェイとナリッサが待ってくれていた。
そこで今日も私はお引き渡しになって……と、思ってたら、ドロテアちゃんがいきなり言い出したんだ。
「ゲルトルードさまは、わたくしたちが初めてお会いしたお茶会、デルヴァローゼ侯爵家のデズデモーナさまが主催されたお茶会のことを、覚えてらっしゃいますよね?」
え、ええっと、忘れようったって忘れられるわけがない、あの惨敗お茶会ですか?
ドロテアちゃんってば、いきなりナニを言い出したのと思いつつ、私は答えた。
「ええ、もちろんですわ」
うなずきながら私は、つい言い訳も付け加えちゃった。「その、わたくし、デズデモーナさまにはご不興を買ってしまったことが、本当に悔やまれるのですけれど」
って、あの、ドロテアちゃんの眉間に思いっきりシワが寄ってるんですけど……。
思わず、助けを求めるように見ちゃったドラガンくんも、なんか難しい顔してるし。
なんだろう、あの惨敗お茶会が、なんでいまになって蒸し返されちゃうんだろう?
私、今日、なんかやらかしたっけ?
冷汗が流れてきそうな私の前で、ドロテアちゃんとドラガンくんが顔を見合わせてる。
「やっぱり、ゲルトルード嬢はまったくわかってないんじゃないかな。他意も何もなく、ご令嬢同士の会話にまったくついていけないって言われてたのは、そういうことだと思う」
ドラガンくんがそう言って、ドロテアちゃんもうなずいた。
「それはそうだと思うの。でもさすがに、ご自分のご領地のことをまったくご存じないなんてことは、あり得る?」
ご、ごめんなさい、思いっきりあり得ます。
ナニが問題なのかさっぱりわからないけど、とにかく自己申告しちゃおう。
「あ、あの、わたくし……その、お恥ずかしいお話なのですが、生まれてこのかた一度も、クルゼライヒ領に足を踏み入れたことがないのです」
「えっ?」
「本当に?」
なんかお2人とも、目が真ん丸になってます。
「わたくしは長女ですが、前当主はわたくしを跡継ぎにするつもりはまったくありませんでした。妹に魔力が発現すれば、わたくしはその時点で廃嫡される予定でしたので、領主教育もまったく受けておりません。母も領地を訪れたのは一度だけ、ほかに親族など領地について教えてくれるような人も身近にいませんでしたから、わたくしは本当に自領のことを何も知らないのです」
いやー私の説明に、ドロテアちゃんもドラガンくんも顎が外れそうな顔になっちゃってます。
我が家の『家庭の事情』については、ある程度理解してくれてるようなんだけど、まさかそこまでとは思ってなかったんだろうねえ。
「では、本当に……」
呆然とドロテアちゃんが言った。「本当にゲルトルードさまは、あのお茶会の席で、デズデモーナさまがどういう意図であのようなお話をされていたのか、まったく、おわかりではなかったのですね……」
デズデモーナさまがどういう意図であのようなお話をって、ねえ?
とりあえずお茶の話だったのよ。
そうそう、烏龍茶!
あのデー〇ン閣下みたいなお名前のデズデモーナさまのお茶会で出されたお茶が、紅茶じゃなくて烏龍茶だったの。それについては、私はものすごく嬉しかったんだけど。
デズデモーナさまはその烏龍茶を、トゥーラン皇国から仕入れてるって言ってて……それから私に話を振ってきたんだよね。クルゼライヒ領でも交易は活発でしょうね、とか……そのときドロテアちゃんも話を振られて、物流の大動脈であるフェルン街道の話になって……。
まあ、ドロテアちゃんのヴェルツェ領もデズデモーナさまのデルヴァローゼ領も、クルゼライヒ領の隣接領地だから、そこで話が振られるのはわかるよ。いや、正直そのときの私はわかってなかったんだけど。
でもって確かドロテアちゃんは、ヴェルツェ領にはフェルン街道は通ってないって……そうだ、なんか森が……ウォードの森だよね、その森がじゃまになってて街道が折れちゃってるとかどうとか……ウォードの森ってクルゼライヒ領にも、デズデモーナさまのデルヴァローゼ領にもまたがってる、すごく大きな森だよね。それくらいは私も図書館で調べたから知ってる。
その森のことを、デズデモーナさまは『厄介だ』って言ってたんだっけ。
森が『厄介だ』って、どういう意味なのか、私にはさっぱりわからなかったんだけど。
で、その後だ。
同席してたほかの侯爵家のご令嬢が、烏龍茶を売ってほしいって言い出して……デズデモーナさまはそれを断ったんだけど、ナゼか、本当にナゼかめちゃくちゃ唐突に、我が家にだけは売ってあげるって言ってきたの。
なんでそういう話になるのか、私は本当にさっぱりわからなくて。
しかも、デルヴァローゼ侯爵家のご当主が我が家の当主に、つまりあのゲス野郎に、めずらしいお茶を特別に売ってあげるって言ってるって伝えてよ、って言われちゃって……絶対無理、になっちゃったんだよねえ。
だってあのゲス野郎が、徹底的に嫌ってた私の話なんて聞くわけがないじゃない。
そもそも、お茶なんかにカネかける気なんてゼロだろって感じだったし、あのゲス野郎は。
しかも、お母さまが私を学院に進学させるために、何か無茶な取引をゲス野郎とされていたことはもう間違いなくて……そんな状況で、あのゲス野郎を下手に刺激するようなことは、絶対にしたくなかったのよ。
だからデズデモーナさまが、というかデルヴァローゼ侯爵家がどれだけプレッシャーかけてこられようが、私は『ごめんなさい』とお断りする以外、なんにも言えなくて。
そりゃもう、美人で迫力満点のデズデモーナさまから強烈に迫られちゃったけど、伯爵家が上位の侯爵家からの申し出を断るとかそんなのあり得ないでしょとばかりに迫られちゃったけど、それでも本当にお断りする以外の選択肢なんて私にはなかったんだってば。
結果、デズデモーナさまはカンカンに怒っちゃって、お茶会後半には私はもう完無視されて終わったというね。
ああ、でもあのとき、間に入ってくれたのがドロテアちゃんだった。
ドロテアちゃんがデズデモーナさまに、本日はもうお退きになったほうがよろしいのでは、って言ってくれたおかげで、デズデモーナさまが私に圧をかけるのを止めて、無視することへと態度を変えてくれたんだよね。
だけどホンットに、あのときなんであそこまでデズデモーナさまが我が家に烏龍茶を売りつけようとしたのか、私にはまったくわからない。ナゾのまんまです。
もしかしていま、ドロテアちゃんに訊いてみれば、そのナゾが解ける?
私は思い切って訊いてみることにした。
「あの、ドロテアさま……その、デズデモーナさまはどうしてあれほど、我が家にあのめずらしいお茶を売ってくださろうとしていたのでしょうか……?」
ドロテアちゃん、頭を抱えてます。
でも、教えてくれました。
「あれは、呼び出しです」
「は?」
「クルゼライヒ伯爵家のご当主に対し、隣接領地の話し合いの場に出てくるよう、デルヴァローゼ侯爵家が呼び出しをかけておられたのです」
マ、マジっすかー!
我が家に烏龍茶を売りつけたかったんじゃなくて? 隣接領地の話し合いの場って……だからあの場に、子爵家令嬢のドロテアちゃんも呼ばれてたって、そういうことだったのー?





