302.一緒におやつを食べたいだけなのに
今日はちょっと早めに更新です。
夜にもう1話更新できるかな……いま書いてますががあまり期待しないでくださいね(;^ω^)
お昼休みになって、女子個室棟へ戻る道すがら、私はその話をした。
いま我が家の領地では、5年前まで実質的に領地を治めていた祖母に仕えていた家令を、公爵さまのおかげで領主館に戻すことができたこと、その家令がしばらくしたら王都へ出てくるので、そのさいにヴェルツェ領とのお取引について詳しく相談する予定であること、についてだ。
「お恥ずかしいお話なのですが、代々仕えてくれていたその家令は祖母が亡くなって以降、領主館から遠ざけられていたようで……いま、領地の立て直しをしてくれています。それでもある程度目途が立ち次第、王都へ一度出てきますので、貴領との過去のお取引がわかる資料を持参するよう指示を送りました」
「早速お手配くださったとのこと、本当にありがとうございます」
ドラガンくんがていねいに頭を下げてくれる。もちろんドロテアちゃんもだ。
「いえ、まだまったく形にはなっておりませんので……できるだけ急ぐつもりではおりますが、いましばらくお時間をいただきますこと、本当に申し訳ございません」
私も頭を下げたんだけど、お2人はさらに深く頭を下げてくれた。
「とんでもないことです。これまで我が領としては完全に手をこまねいて、まったく何もできませんでしたから……本当にありがとうございます」
うわー、ホンットに恐縮しちゃうわ。
そもそも、あのゲス野郎が一方的にやらかしたことなんだよね?
こちらから一方的にご迷惑をおかけしちゃって、その穴埋めをさせてもらうだけなんだから。頼むよ、家令。しっかりヴェルツェ領とお取引再開させてよね。
女子個室棟に到着すると、やっぱり私は引き渡し状態ですわ。
1階ロビーでスヴェイが待っていて、ドロテアちゃんとドラガンくんは寮へと戻っていく。ホントに遠回りしてもらっちゃってありがたいやら申し訳ないやら、だわ。
私は自分の部屋まで上がって、ナリッサが準備してくれていたお昼をいただいて……なんとかして、あのお2人と一緒にお昼を食べることができないか……ちょっと真剣に考えちゃったわよ。
男子生徒も、女子個室棟の1階には入れるのよね。
もちろん、女子生徒がお招きした場合に限り、入れるのは1階のロビーと、同じく1階にある共用のお茶会室だけ。
男子生徒も入れる共用のお茶会室は、事前に予約しておく必要があるけど……この個室棟には3室あって、たいていいつも空いてる。3室とも埋まっちゃってるのって、私は見たことがない。だから予約も難しそうではないし、そのお茶会室を使えばドラガンくんも一緒に食べることができると思うのよ。
うーん、サンドイッチとホットドッグが解禁になれば、なんとかお2人を誘って一緒にお昼ごはん、食べられないかな? もちろん、我が家の美味しいお料理をご用意いたしますとも。いまの私にできるお礼って、それくらいなんだもの。
いや、その前に隣接領地のお茶会か?
この場合、あのデー〇ン閣下みたいなお名前の、いや、デルヴァローゼ侯爵家のデズデモーナさまなんだけどさ、彼女との関係改善が第一かなあ……それって、かなりハードル高そうな気がするんだけどなあ……。
などと考えながら、私はお昼を食べ終えて1階のロビーに下りた。
ロビーにはすでにドロテアちゃんとドラガンくんが来ていた。
お2人はスヴェイとにこやかに話をしてたんだけど、私はやっぱり慌てちゃう。
「お待たせしてしまって申し訳ありません」
ぱたぱたと駆け寄ると、ドロテアちゃんが気にしたようすもなく答えてくれる。
「いいえ、わたくしたちもいまこちらに来たばかりです」
「それでも、寮からこちらまで回ってきていただくのは……」
寮棟って結構奥にあるよね? 私をここまで送ってくれて、しかもまたすぐ迎えに来てくれてって、お昼を食べてるヒマもないんじゃ?
と、私はさすがに心配しちゃったんだけど、なんか一瞬きょとんとしたドロテアちゃんとドラガンくんが顔を見合わせ、それから笑い出した。
「いえ、わたくしたちは、お昼の休憩はすぐそこの食堂でいただいていますので」
「食堂?」
「はい、寮生や教員のための食堂です」
あるんだ、食堂が?
いや、そうだよね、寮で暮らしてる生徒って結構いるんだもん、普通にお食事するための施設ってあるよね?
「お昼は本当にお茶と、クッキーくらいしか置いてないのですけれど」
ドロテアちゃんがやや苦笑気味に言うと、ドラガンくんもちょっと口をとがらせて言ってくれちゃう。
「それもあんまり美味しくないクッキーで」
お、おおう、ドラガンくんも実は食いしん坊派閥なの?
ドロテアちゃんが、そんな不満顔のドラガンくんの腕をパシッと叩いてる。
「もう、寮の食堂に多くを望むほうが無理でしょ」
そうなのかー、じゃあやっぱいくつかレシピ解禁になったら、差し入れを持っていってあげたいなあ。そういうのって大丈夫なのかなあ?
「家から母の手作りのおやつが届いたときは、それを持っていって食べるんですけどね」
ドラガンくんが肩をすくめてる。
って、それってつまり?
「では食堂では、ご持参したおやつなどを持ち込んで召し上がってもいいのですか?」
「ええ、領地から届いたおやつを持ち込んで食べている生徒はめずらしくないですよ」
ドラガンくんがうなずく。「まあ、日持ちするものしか届きませんから、固めに焼いたクッキーとか干し果実とか……ジャムなんかが届いたら、食堂のクッキーに塗って食べたりしますね」
「ではその、寮の食堂ということは、寮生しか利用できないのですか?」
「いいえ、寮には入っていない名誉貴族の生徒さんも利用されていますよ」
私の問いかけにドロテアちゃんが答えてくれて、ドラガンくんもうなずいてる。
「個室のある上位貴族家の生徒であっても、別に利用してもいいと思います。ただまあ、個室のある生徒は利用する必要がない、ということじゃないですか」
「でも、あの、わたくしもその食堂を利用してもいい、ということですよね?」
思わず身を乗り出しちゃった私に、お2人はなんかもうきょとんとしてる。
「それはもちろん」
「問題ないと思いますけど」
「わたくしがおやつを持参して、お2人と一緒にお昼休憩に食堂でいただいてもいいということですよね?」
早く言ってよー!
今日はマルゴが焼いてくれたクッキーを持ってたのよ、パウンドケーキとかレシピ公開してないおやつは無理でも、ふつうのクッキーなら出せたんだよー!
だってマルゴのクッキーだよ、ふつうのクッキーっていってもとっても美味しいの! 絞り袋を使ったきれいな形で焼いてくれてて、真ん中にジャムがちょこんとのせてあるのー!
思わず前のめりになっちゃった私に、お2人は目を丸くしてたんだけど……ドロテアちゃんがちょっと困ったように言い出した。
「ゲルトルードさま、それはその、とっても魅力的なお話ではあるのですけれど、ゲルトルードさまがおやつをご持参くださるのであれば、お茶会扱いになってしまうのではと思うのですが……」
「確かゲルトルード嬢は、後見人であるエクシュタイン公爵閣下のご意向で、いまはすべてのお茶会はお断りされているのですよね?」
ドラガンくんもそう言って、お2人は顔を見合わせちゃった。
ええええ、食堂で一緒におやつを食べるのも、お茶会扱いになっちゃうの?
私は思わずスヴェイの顔を見ちゃったんだけど。
「そうですね、現時点では、おやつのご持参はお止めになったほうがよろしいかと存じます」
うぇーん、にこやかに言われちゃったよぉ。
スヴェイはさらに、にこやかーに言ってくれた。
「それでしたらむしろ、こちらの共用お茶会室をお借りになって、正式にお2人をお招きになったほうがよろしいかと存じます。もちろん、一度公爵閣下にご相談さしあげる必要がございますが」
「でも、ふつうのクッキーを一緒に食べるだけなのに……」
思わずぼそっと私は言っちゃったんだけど、スヴェイがめっちゃ笑顔で圧をかけてきた。
「ゲルトルードお嬢さまのおやつは、ふつうのクッキーであっても、尋常ではない美味しさでございますから。それに形も目新しくございますから、食堂のように人目の多いところで召し上がっておられるとたいへん注目を集めてしまうことになると存じます」
スヴェイめ、午前中のうちにマルゴのクッキーをつまみ食いしたんだなー?
そりゃ確かに絞り袋を使った珍しい形ではあるから、それだけでもちょっと目立っちゃうだろうけど……しかも、サクサクで口当たりもよくて甘さも絶妙で、とってもとっても美味しいクッキーでもあるんだけど!
「とにかく、ヴェルツェ領のお2人をお茶会にお招きされることについては、公爵閣下とご相談される必要がお有りだと存じます」
スヴェイはそう言ってから、私たちを急かした。
「それでもいまはまず、午後の授業にお向かいくださいませ」
ええもう、午後の授業に遅刻するわけにはいきませんって。
私たちはバタバタと個室棟のロビーを出て、講義棟へと向かった。





