294.隣接領地の事情
本日は1話しか更新できないかと思ってたけど2話いけそうです。
まずは1話目です。
「貴族男性の場合は、俺みたいな近侍がだいたい情報収集をするんですけどね」
アーティバルトさんが教えてくれる。「近侍は、もともとは貴族女性に対する侍女と同じように主の身の回りの世話をするという役割しかなかったのに、いまはもうなんというか、主の個人秘書的な役割も兼ねていることが多くて」
苦笑して、それからアーティバルトさんはさらに言った。
「ルーディちゃんに関わることは、まあこのフィーがルーディちゃんの後見人なんだから、俺もいろいろ情報は集めてますけど……やっぱり専属の従者はいたほうがいいと思いますよ」
あーはい、このモードのときは、公爵さまは閣下でもヴォルフでもなくてフィーですね。
って、それはもうこの場では置いといて。
アーティバルトさんはいたって真面目に言ってくれてます。
「例えば先ほどのヴェルツェ子爵家に関しても、クルゼライヒ領の隣接領地で、しかもご令嬢ご令息が学院に在籍してるということで、俺も一通りは調べたんですよ。いずれ、隣接領地の関係者を招いてお茶会をするっていう話にもなっていることだし」
そ、それはどうもありがとうございます。
私が頭を下げる前に、アーティバルトさんは続けた。
「ヴェルツェ子爵家の現在のご当主はジーゲルト・シュリーゲルどので、先ほどルーディちゃんが言ってたご令嬢とご令息の父君なんですけど、その、ちょっと複雑なご家庭のようで」
「えっ?」
複雑なご家庭って……?
ドロテアちゃんとドラガンくんはすっごく仲良しだし、それにお2人ともお母さまのことが大好きって感じだったよ? 何かお家に問題でもあるの?
思わず身を乗り出しちゃった私に、アーティバルトさんが衝撃的なことを言ってきた。
「ご令嬢とご令息、同学年に在籍されてますが……双子じゃないんですよね」
「は?」
えっ、待って、双子じゃないって……あっ、ギリギリ学年が同じになった年子?
「誕生日がわずかに3日しか違わない、異母姉弟なんだそうです」
は、いー?
目が点になるって……ホンットに目が点になるんだね?
いや、だって……誕生日が3日しか違わない? 異母姉弟? えっ、あの、お母さんが違うってこと、だよね? 違うお母さんから、3日しかあけずにドロテアちゃんとドラガンくんが生まれて……って、だから待って、じゃああの、お芋の品種改良をしてるお母さまって……えええええ?
「それはまた、めずらしいわね。異母姉弟自体はそれほどめずらしくはないけれど、生まれが3日しか違わないというのは」
公爵さまがそう言っているのが聞こえて……そう言えば、この公爵さまも異母姉弟だった。
でもこの公爵さまの場合は、跡継ぎの男子を得るためにわざわざ、本当にわざわざ、いわばお妾さんを先代公爵が囲って産ませたとか、そういう話だったよね?
でも誕生日が3日しか違わないって……その、お2人のお母さまがたはどういう……?
「3日先に生まれたご令嬢をお産みになったのが側妾さんで、ご令息つまりご嫡男をお産みになったのが正妻さんらしいです」
アーティバルトさんが説明を続ける。「けれどご令息をお産みになった正妻さんは、産後の肥立ちがよくなかったとかで、出産後にお亡くなりになってしまったそうで」
だから待って、ドラガンくんのお母さまはお亡くなりになってるの?
じゃあ、ドラガンくんが言ってた『母さま』って誰?
「ご当主のジーゲルトどのは乳母を雇うことなく、ご令嬢をお産みになった側妾さんが、ご令息も一緒に育てられたのだとか。けれどその側妾さんは正妻にはならず、ご当主もほかに正妻や側妾を迎えられたりせず、そのまま暮らしておられるらしいですよ」
いや、ちょっと待って、ホントに待って、なんなのこの情報量の多さは!
えええええ、あの、えっと、ホンットにちょっと複雑すぎる!
私はいまのアーティバルトさんの話を、脳内で必死に整理した。
えっと、まずドロテアちゃんとドラガンくんは双子じゃない。お母さんが違う異母姉弟。でもって、お2人の誕生日はわずか3日しか違わない。
さらに、ドラガンくんのお母さまである正妻さんは、ドラガンくんを産んですぐ亡くなってしまわれて、ドロテアちゃんを産んだ側妾さんがドラガンくんも一緒に育てた。
なんかもう、この辺ですでに私はキャパオーバーなんですけど?
だって……あのお2人、本当に仲がよくて……それに、お芋の品種改良をしてお料理もされちゃうっていうお母さまのこと、ドロテアちゃんだけじゃなく、ドラガンくんもすごく好きだって感じはめちゃくちゃ伝わってきてたよね?
その、ドラガンくんもすごく好きだと思って間違いないお母さまって、ドラガンくんにとっては育ての母で、ドロテアちゃんを産んだという側妾さんのこと? だよね? だから、ドラガンくんは『母上』じゃなくて『母さま』って呼んでるの?
「別の隣接領地であるデルヴァローゼ領のデルヴァローゼ侯爵家についても、同じくご令嬢が在学中だということで調べたんですけどね、そちらもいろいろと複雑なようでして」
待ってアーティバルトさん、さらに別の情報まで上乗せしないで!
えええもう、デルヴァローゼ侯爵家ってアレだよね、デー〇ン閣下みたいなお名前のあのインパクト絶大なご令嬢のお家で、そのご令嬢は私が生まれて初めて参加したお茶会の主催者で……。
「ご当主のディミトール・ヴィットマンどのと正妻さんは、ずっとご令嬢お1人しか恵まれていなかったのに、5年前に男子に恵まれたそうです」
「それは、ご当主が側妾さんを迎えられたから?」
「いや、なんと正妻さんがお産みになったそうで」
公爵さまの問いかけにアーティバルトさんが答え、公爵さまだけでなくトラヴィスさんやマルレーネさんも驚いてる。
「それはまた、めずらしいですな」
「先にお生まれのご令嬢は、すでに学院に通われているお年なのでしょう? それほどお年が離れていらっしゃって、同母の弟君がお生まれになるというのは……」
えっ、えっと、あのデー〇ン閣下みたいなお名前のご令嬢、デズデモーナさまだっけ、私と同学年だから16歳だよね? それで5年前に弟が生まれたってことは、11歳差? 確かにずいぶん離れてはいるけれど……。
マルレーネさんが、ちょっと眉をひそめてさらに言い出した。
「先にお生まれのご令嬢は、お立場が微妙になられてしまわれましたわね。弟君がお生まれになるまでは、爵位持ち娘としてお育ちでしたでしょうに」
あー……そうか、そうだよね。
11歳なら魔力も発現していそうだし、長女である彼女が爵位持ち娘になることが決まっていただろうから……それが急転直下、嫡男である弟が生まれちゃったっていうのは……。
「そうですな、それも侯爵家のご令嬢ですから、その時点から嫁ぎ先を確保するというのは、いろいろと難しくていらっしゃるのでは」
トラヴィスさんもそう言ったんだけど、公爵さまが大きく息を吐きだした。
「そのデルヴァローゼ侯爵家のご令嬢……王太子殿下の婚約者候補に、って、デルヴァローゼ侯爵家の当主がやたら強引にねじ込んできたのって、そういう理由だったのね」
うぇっ、やっぱ侯爵家のご令嬢ともなると、本当に王太子殿下の婚約者候補として名前が挙がっちゃうんだ?
私は思わず身をすくめちゃったんだけど、公爵さまはおネェさんモードなのに眉間にシワを寄せちゃってる。
「でもそのご令嬢、どうやら魔力量があまり多くないらしいの。それで陛下も王妃殿下も、そのご令嬢は王太子殿下の婚約者候補から外すお考えなのだけれど、デルヴァローゼ侯爵家の当主がどうにもしつこく強引にきていて、困っておられるのよ」
え、えっと、それは……その、魔力量の多い少ないっていうのは、やっぱ王太子殿下のお相手なだけに重要だってことなんだろうけど……なんか、そういうところだけで判断されちゃうってどうなの、それに何より王太子殿下ご本人の意思はどうなの、とかって思っちゃう私は、やっぱこの世界の常識がよくわかってないんだと思うけど。
いや、私だって、さすがに王太子殿下ともなると、ご結婚も完全に政治の世界の話なんだろうなって……頭では理解してるんだけどねえ。
「そもそも、そのように強引にねじ込んでくるような親族がいるご令嬢を、王家に迎えるのは得策ではございませんからな」
同じように顔をしかめたトラヴィスさんがそう言って、それについては私もまあ納得だわ。
奥さんのご実家が何かにつけ口出ししてくるって、そうとううっとうしいよね。しかもその嫁ぎ先は国のトップの王家なんだし。国政にまで口出し手出しされたら、たまったもんじゃないわ。
「ただ、ご嫡男がまだ5歳ですからね」
アーティバルトさんが言い出した。「長女であるご令嬢がそういう、侯爵家の子女としては魔力量が少ないのであれば、同母の弟君に対しても確信は持てないでしょうし……」
確信?
ナニに対する確信が持てないっていうの?
私は意味がさっぱりわからなかったんだけど、公爵さまがやっぱり眉間にシワ状態で答えた。
「そうね、あのデルヴァローゼ侯爵家の当主であれば、その辺りは当然考えているでしょうね。ようやく生まれた嫡男であっても……もし固有魔力が顕現しなければ、廃嫡するでしょう。だからこそ、嫡男が生まれたことを周囲にほとんど知らせていないのだと思うわ」
それかー!
ああもう、固有魔力がなければ嫡男であっても廃嫡しちゃうって……エグムンドさんがそうだったって聞いたもんね。
でもそれだったら、やっぱりあのデー〇ン閣下みたいなお名前の、デズデモーナさまが爵位持ち娘になるの?
「それでは……ご令嬢はさらに大変ではございませんか?」
やっぱりマルレーネさんが眉をひそめてる。「弟君の魔力が発現し、固有魔力の有無が判明するまでまた5~6年はかかりますでしょう? その間にご令嬢はご成人されてしまいますのに、弟君の状況が判明するまで嫁ぐこともお出来にならなくなるのでは?」
ホントにそうだわ、弟さんの状況によって、爵位持ち娘になるのか、それとも爵位も領地も持たずに他家へおヨメに行くことになるのか……。
侯爵家なんていう上位の貴族家だと、爵位持ち娘はまずお婿さんを迎えるよね?
だって爵位持ち娘としておヨメにいくには、つまり侯爵位を予備爵として嫁ぎ先に持っていくには、自分より上位の貴族家に嫁ぐしかないんだもんね? 侯爵家であれば、自分より上位の貴族家は王家か公爵家しかないもんね? 同格の侯爵家だと、予備爵が子爵になっちゃうんだよね?
領地については、同格であっても併合して増やすことはできるんだろうけど、そもそもの選択肢がかなり少なそうだわ。
だから、王太子殿下を狙ってるってことか。
そんでもって現在の四公家で、お年頃の独身男性っていうと……私は思わず、自分のとなりに座ってる公爵さまを見ちゃったんだけど。
ええ、おネェさんモードなのに、がっつり眉間にシワ寄せていらっしゃいました。
う、うーん……あのデー〇ン閣下みたいなお名前の、いやデズデモーナさまなんだけどさ、見た目は間違いなく美人さんなんだけど……見た目にインパクトあり過ぎだったんだけど、お人柄的にどうなのかがわかるほども、私はちゃんとお話しできなかったからねえ。
ええもう、とりあえずデズデモーナさまをカンカンに怒らせちゃって、お茶会後半はもうガン無視されちゃってましたから、私。





