292.まずはおやつで一服
本日2話更新します。
まずは1話目です。
馬車が公爵邸に到着した。
扉が開けられ踏み台が用意され、私は公爵さまにエスコートしてもらって馬車を降りる。
その、扉を開けてくれて踏み台を用意してくれたスヴェイさんが、にこやかな顔でさっと私にささやいた。
「魔法省の研究棟で、ヴェルツェ子爵家のご姉弟をお見かけしました」
えっ、と顔を向けちゃった私に、スヴェイさんはやっぱりにこやかに、でも目が笑ってませんよね、な顔で言う。
「国家保護対象固有魔力の研究棟でした」
「あ、ああ……はい」
私は納得して答えた。「ドラガンさまが、特殊な固有魔力をお持ちだとうかがいました」
その私の返答に、スヴェイさんが少しばかり眉を上げた。
「ご令息……だけですか? それであれば、ご姉弟そろって研究棟に呼ばれることはないと思うのですが……ご令嬢も何か特殊な固有魔力をお持ちだということは?」
えっ、ドロテアちゃんも?
なんだろう、ドラガンくんが特殊な固有魔力を持ってるから、ドロテアちゃんも領主クラスに進むんだって聞いたけど……それもちょっと考えると不思議な話だよね……。
ドラガンくんがどんな固有魔力を持ってるのか……それに、もし本当にドロテアちゃんも特殊な固有魔力を持ってるとして、なんでそのことをあのとき言わなかったのか……。
いや、でも、私とは今日初めてまともにいろいろお話ししたっていう関係なんだし、そんな踏み込んだことをいきなり言ってきたりは、まあふつうはしないよね?
これから本当に仲良くなって……本当に仲良くなりたいって私は思ってるから、それでいつか話してもらえるかもしれないけど。
私はそう思って、その通りスヴェイさんに言った。
「もしかしたらドロテアさまも、何か特殊な固有魔力をお持ちなのかもしれません。それは、いつかわたくしにも話してくださるかもしれませんし、この先もずっと話されることはないかもしれません。ごく個人的な事柄なのですから」
スヴェイさんが、にっこりと笑った。
「さようにございますね。差し出たことを申し上げてしまいました」
うん、スヴェイさんもなんだかんだ、うさんくさい気がしてきた。
しっかり情報収集してくれているのは、本当にありがたいんだけどねえ。
そういう私とスヴェイさんのやり取りを、公爵さまはちょっと首をかしげて見てたんだけど、公爵さまが私に何か言ってくる前に、玄関から出てきたトラヴィスさんとマルレーネさんに出迎えてもらっちゃった。
「ゲルトルードお嬢さま、ようこそいらっしゃいませ」
「ええ、本当にようこそおいでくださいました」
トラヴィスさんもマルレーネさんもにこにこ顔で私を出迎えてくれる。
マルレーネさんなんか、ちょっと片目をつぶってこっそり言ってくれちゃうんだから。
「ゲルトルードお嬢さまのご家族さまには申し訳ないのですけれど、毎日ゲルトルードお嬢さまを当家にお迎えできるのは本当に嬉しゅうございます」
うーん、私、めっちゃ歓迎されてるよ。
もちろん、今日も私はおやつ持参ですからね。
いや、たぶんそれだけじゃないとは、思うんだけどねー。
そしてもちろん、即お茶とおやつです。
すでにいつもの通り、になっちゃってるんだけど、私は公爵家の居間に通され着席し、トラヴィスさんとアーティバルトさんがいそいそとお茶の支度を始めちゃう。
ええ、時間は今日もだいぶ遅くなってはいるんだけど、おやつは外せません。
ホントは精霊ちゃんのところで、精霊ちゃんも一緒にお茶とおやつができればよかったんだけど……次におうかがいするときは、そのつもりで準備して行こうかな。公爵さまからお借りしてる収納魔道具があれば、ワゴンごと突っ込んで持っていけるからね。
ただ問題は、あのとっ散らかった研究室内で全員が着席できるスペースが確保できるかどうかだよねえ。
などと私が考えているうちに、お茶の準備が整いました。
私は笑顔でパウンドケーキの包みをお出しします。
「こちらが葡萄柚の皮の砂糖漬けを混ぜたもの、こちらが紅茶の葉を砕いて混ぜたものです」
「これが噂の『ぱうんどけーき』ですのね?」
「これは紅茶のよい香りがいたしますなあ」
マルレーネさんもトラヴィスさんもにっこにこです。
ワゴンの大皿の上でナリッサがパウンドケーキを切り分け始めたんだけど、公爵さまがソレに気がついた。
「ルーディちゃん、このパウンドケーキは四角いのね? もしかして、先日商会でエグムンドから受け取っていた四角い型って、このためだったの?」
はいはい公爵さま、この居間でこのメンバーでいるときは、さくっとそのモードですね?
私はもちろん笑顔で答えますとも。
「そうです。この四角い形のほうが切り分けやすいと思いましたので」
実はパウンドケーキの角型を、エグムンドさんが試作して渡してくれてたのよ。あの日、ええ、私が秋試験をまったく受けていないと判明した日の帰りぎわ、バタバタだったんだけど、エグムンドさんがパッと渡してくれて。
私ゃもう自分で、角形をお願いしてたことすら忘れてたんだけど。
エグムンドさんは素材を変えて4種類の型を作ってくれていて、どの型がいちばん使いやすいかマルゴが試用してくれてるの。だからいま我が家には、パウンドケーキがいっぱいあるという。
厨房にはずっとケーキが焼ける甘い香りがただよっていて、もちろん我が家の誰も嫌がってなんかおりません。みんな、大喜びでもりもり食べてます。
「確かにこれは、非常に切り分けやすいですな」
トラヴィスさんが感心したように、ナリッサと一緒にパウンドケーキを切り分けてくれてる。
そして2種類のパウンドケーキをそれぞれ、一切れずつお皿に盛って配ってくれた。その一切れが、結構な厚切りになってるんだけどねー。
そんでもってこの身内しかいない居間では、私が毒見をする必要もないので、みなさんもうさくさくとパウンドケーキを口に運んじゃいます。
「こちらの紅茶の葉のほうは、栗のクリームを使ったときと同じ焼き方ね?」
公爵さま、よいご指摘です。
「はい、紅茶の葉のほうを軽めの口当たりになるように焼いて、葡萄柚の皮の砂糖漬けのほうはしっとりした口当たりになるよう焼いてあります」
「本当だわ、口当たりが違いますのね。こちらは口当たりが軽いことで紅茶の香りが引き立っていますし、こちらは葡萄柚の皮の歯ごたえとほろ苦さがしっとりとした口当たりに合いますわ」
マルレーネさんがひと口ずつ食べてちょっと目をみはっちゃってるんだけど、公爵さまはおネェさんモードであってもやっぱりどや顔で言っちゃうの。
「まったく同じ材料を同じ分量で使用しているのに、手順を変えるとこのように口当たりが変わるのですって」
「それはまた」
トラヴィスさんも食べ比べして、ちょっとびっくりしてる。
「手順を変えるだけで、このように口当たりを変えられるのですか。いや、どちらもたいへん美味しいのですが」
「パウンドケーキは、このようにいろいろな具材を混ぜて美味しく焼けますので、混ぜる具材や合わせるクリームなどの種類で、より美味しくなるよう我が家の料理人が焼き方を変えてくふうしてくれているのです」
私もちょっとどや顔で言っちゃう。
確かに2種類の焼き方を言い出したのは私だけど、マルゴはすぐに理解してくれて、食材の美味しさを引き立てるために常に最善の調理をしてくれるんだもの。
うふふふ、今日もみんなそろって大満足のお茶とおやつでした。





