291.私が平気でいるのは
本日2話目の更新です。
続きはまた来週末更新できるよう頑張ります( *˙ω˙*)و グッ!
「幸いなことに、ヴィールバルトの固有魔力が判明した直後でしたので……国に、というか国王陛下に直訴することができました」
息を吐いたアーティバルトさんが、自分の横に座っている公爵さまに目をやる。
公爵さまがうなずいて、言葉を引き取った。
「魔術式や魔法陣の可視などという、とてつもない固有魔力であるからな。どう考えても国家保護対象固有魔力に相当する。そのような貴族令息を特定の貴族家が単なる私情で占有しようなどと、到底認められぬ話であろう」
「あのときは本当に、閣下にお世話になりました」
アーティバルトさんが苦笑する。「学院に在籍中だった私とヒューバルトは王都にいましたし、しかも私は閣下の近侍になることもすでに決まっていましたからね。すぐさま閣下を通じて陛下にお願いしたのです。いますぐ、ヴィールバルトを国で保護してほしい、と」
そう言ってからアーティバルトさんは深々と息を吐いた。
「本当にありがたいことに、陛下が迅速に対応してくださいました。おかげでヴィールバルトは無事に我が家に帰ってくることができたのです」
なるほど、だから精霊ちゃんは学院に入学と同時に魔法省の研究室に所属できた、っていうか、所属させてもらえたんだね。
もちろん精霊ちゃんの持ってる才能によるところが大きいだろうけど、とにかくすでに国の保護を受けてるんだってことを、周囲に対して明確にアピールできるわけだもんね。
でも……これは本当に、精霊ちゃんにあの固有魔力が顕現していなかったらと思うと……心の底からゾッとする。アーティバルトお兄ちゃんが怒り狂う気持ちが、私にもよくわかるよ。
私だって、もし我が家のかわいいかわいいかわいいアデルリーナが、そんな理不尽な目にあわされたりなんかしちゃったら、怒り狂うどころの話じゃないもん。
「ヴィールバルトさまがご無事で、本当によかったです」
思いっきり実感を込めて、私はそう言っちゃった。
「ありがとうございます」
ほほ笑んでそう答えてから、アーティバルトさんの声が沈む。
「でもヴィールバルトには、本当に怖い思いをさせてしまいました」
ああ……それはもう、本当に怖かっただろうね。
知らない相手にいきなり拐かされて……相手は精霊ちゃんの容姿が目的なんだから手荒なことはされなかっただろうけど、それでもまだほんの子どもの頃の話でしょ、もう間違いなくトラウマになってるよね……。
私はひどく痛ましい気持ちになっちゃったんだけど、実際そうだったらしく、アーティバルトさんはまた深く息を吐きだした。
「おかげで、ヴィールバルトはすっかり人を怖がるようになってしまいました。さすがに成人したいまはかなり人馴れもしてきましたが……それでもやはり、いまだに知らない人と会うのはかなり怖いようです」
ごめん、精霊ちゃん。会話が小学生レベルだとか思っちゃって。
そりゃもう、怖いに決まってる。
ただそこにいるだけで、精霊ちゃんは周囲の視線をぜんぶ集めちゃうよね。しかもその視線の大半は、本人の意思も感情も関係なくただその容姿をもてはやすだけ。
精霊ちゃんとしてはもう、自分が何をどうやっても言葉もまったく通じない、ヒトではないナニかに囲まれているような気持ちになっちゃうんだろうな。
それだけでも本人にとっては不気味で怖いだろうに、さらにそいつらに拐されちゃうとか、実害もこうむってるわけだし。
私、前世でもそうやって見た目があまりにも人目を引きすぎて、周りから容姿だけしか大事にしてもらえなくて、性格が歪んじゃったイケメンくんを何人も見てきたわ。さすがに、精霊ちゃんレベルの美貌は初めて目にしたけどね。
それでも『綺麗な子』って、存在自体がイベント化されちゃうんだよね。冗談抜きで珍獣扱いされちゃう。
それって結局、人を人として扱ってない、差別以外のなにものでもないんだよね。
そういうのは、前世も現世も変わらない……いや、現世は娯楽が少ないぶん、そういう『綺麗な子』のイベント化がより激しいのかもしれない。
しかも身分制、階級社会だからね……アーティバルトさんたちは下位貴族家だから、上位貴族家の横暴に抵抗するのは本当に厳しかっただろうな。
精霊ちゃんのあの素直な性格って本当に奇跡だと思うけど、それだけ必死にアーティバルトさんたちご家族が精霊ちゃんを守ってきたおかげだろうね。
そのアーティバルトお兄ちゃんが、口元をちょっと緩めて私に言ってきた。
「けれどゲルトルード嬢、貴女には会ってみたいと、ヴィールバルトのほうから言い出したのですよ」
「えっ?」
「まあ、私やヒューバルトが貴女の話を結構ヴィールバルトにしていたこともあるでしょうが、何よりあの布のようなすばらしい素材を作り出したというご令嬢に、できるなら会ってみたいと……本当に驚きました」
ちょっとぽかんとしちゃった私に、アーティバルトさんは再び頭を下げた。
「今日こうして貴女にヴィールバルトと面会していただき、私が予想していたよりはるかに、弟にとってはよい出会いになったと感じています。本当にありがとうございました」
えっと、そんな、それほどのことだったとは……いや、でも、精霊ちゃんのあのとんでもない美貌と、それに子どもの頃にそんな怖い思いをしてしまったことを思えば、そういうことなのかも。
返事に詰まっている私に、アーティバルトさんがとってもお兄ちゃんな顔で言ってきた。
「ゲルトルード嬢は本当に平気なのですね。兄の私が言うのもなんですが、ヴィールバルトの容姿は群を抜いていますので……目の当たりにして平静でいられるご令嬢やご夫人は非常にめずらしいのですが」
「あ、えっと、はい」
私はうなずいた。「それは確かに、最初は本当に驚きましたけれど……でも、わたくしは、どれほど見目麗しい外見をされたかたであっても、その外見だけがそのかたの価値であるとは、決して思いませんから」
アーティバルトさんだけじゃなく、公爵さまもちょっと目を見張っちゃってる。
もー、貴方たち、お忘れなのですかい?
私は、はっきりと言った。
「お恥ずかしながら、我が家の前当主は妻を……わたくしの母を、そのように扱いました。母の見た目にしか価値を置かず、まるで自分の飾りであるかのようにしか扱わず、母の人となりをすべて無視していたのです」
ええもう、アーティバルトさんも公爵さまもハッとしちゃってる。
だからそういうことですわ。
「ずっとただのお飾りとしてしか扱われなかった母が、どれほど傷つき苦しんできたか、わたくしは傍で見てきました。母はいまも苦しんでいます。伯爵家夫人としてのふるまいを学ぶ機会をすべて奪われたままだったのですから。わたくしは、どのようなかたであっても、そのかたの見た目だけにしか価値を置かないなどという失礼なことは、決していたしません」
もちろん、私の場合は、前世から引き継いでる強力なイケメン耐性あってのことではあるんだけどね。まあそんな私でさえ、ちょっとでも気を抜くとうっかり拝んじゃいそうなくらい精霊ちゃんは規格外なんだけど、しばらく見てたら結構慣れたわ。
それに加えて、私はもともと、人の見た目とか肩書とかそういうものにあんまり価値を置いてない、価値を置けない性格だからねえ。
だからいっそうお母さまを、あの愛情深くてやさしくてお茶目でかわいらしくて意外にアクティブでさらには小説家としての才能まであるお母さまを、ただのお飾りとしてしか扱わなかったあのゲス野郎に対する怒りも激しいんだけどさ。
人の見た目を評価するなとは言わない。
でも、人を見た目だけで断じてしまうことの愚かさや醜さを、私は本当によく知ってるの。
「そうか……そうでしたね」
つぶやいたアーティバルトさんが、そのアクアマリンの目を瞬く。
そしてアーティバルトさんはまた深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます、ゲルトルード嬢。心より感謝申し上げます」





