290.精霊ちゃんの受難
本日も2話更新です。
まずは1話目です。
はーホンット、硬化布だけじゃなく、消費期限を延ばしてくれる状態保存の付与も実用化できるようだし、おまけにハンドブレンダー魔道具まで手に入りそうだなんて。
精霊ちゃんってば本当にすばらしい。マジで天才。
私はすっかりほくほくになっちゃったんだけど、ここで最後の一押しができないか、公爵さまにこそっと訊いてみた。
「公爵さま、あの、ヴィールバルトさまにおやつを、お茶やお味見もなしにおやつだけをお渡しするのは、失礼になりますでしょうか?」
「ゲルトルード嬢、きみはいまヴィーに渡せるようなおやつを持っているのか?」
公爵さまの目がキラーンとマジになりました。
「はい、パウンドケーキの新作を。パウンドケーキなら3日ほど日持ちしますから」
「新作だと?」
「葡萄柚の皮の砂糖漬けを混ぜたものと、紅茶の葉を砕いて混ぜたものです」
ええ、公爵さまの分もちゃんとありますってば。
私がはっきりとうなずいてみせると、公爵さまもうなずき返してくれた。
なんかもう公爵さまとは、食べものに関してはアイコンタクトだけで意思疎通ができるようになっちゃってるかも。
そのやりとりを横で見ていたアーティバルトさんが、いつもの通り笑い出した。
「ゲルトルード嬢、よろしければぜひ、ヴィールバルトにもパウンドケーキをわけてやってください。兄の私がこの場にいますので、親族を介したやりとりということで問題ありませんから」
おっ、その判断でOK?
もうこの際だからね、精霊ちゃんの胃袋はがっつりつかみにいかせてもらおうと思いますわ。
私はにこやかに公爵さまからお借りしている収納魔道具を出し、そこから蜜蝋布の小ぶりな包みを2つ取り出した。
そして、その包みを精霊ちゃんの目の前で広げてみせる。
「これはパウンドケーキというおやつです。今日を含めて3日以内に食べきってください。こちらが葡萄柚の皮の砂糖漬けを混ぜたもの、こちらが紅茶の葉を砕いて混ぜたものになります」
精霊ちゃんの薄青い目が丸くなってる。
「あの、これ……とっても美味しそうな甘い匂いがしています。僕がいただいていいのですか?」
「もちろんです。ぜひ召し上がってくださいませ」
私は笑顔でグイグイ押しちゃう。「この蜜蝋布はまったく魔力付与をしていませんが、この布で包んでおけば保湿されてパサパサになりにくいですから、明日、明後日でもしっとり美味しい状態で召し上がっていただけます」
わーお、精霊ちゃんがとっても嬉しそうな顔になりました。
ホンットにこの精霊ちゃん、素直な性格だよねえ。
「このパウンドケーキを作るのにも、先ほどの回転魔道具はとても役に立つのです。調理の過程で材料をいろいろ混ぜたり、泡立てたりする必要がありますので」
「そうなのですね」
にこにこ顔の精霊ちゃんに、アーティバルトお兄ちゃんもにこにこと言っちゃう。
「よかったね、ヴィー。ゲルトルード嬢のおやつは本当にどれも美味しいから。ただし、このパウンドケーキはまだ公開していないおやつなので、ほかの人に話してはいけないよ」
「えっ、あっ、はい、わかりました」
一瞬だけ精霊ちゃんの顔に緊張が走ったけど、でもやっぱり嬉しそう。
「僕はもうずっとこの研究室から出ることはないですし、訪ねてくる人も限られているから大丈夫です。ぜんぶ僕1人でいただいて、誰にも言いません」
って精霊ちゃん、ずっとこの研究室から出ることはないって?
いや、この本気で目がくらんじゃう超絶美貌がその辺を歩き回ってたら本当にいろいろ問題が勃発しそうだし……でも、訪ねてくる人も限られてるっていうのもねえ。
精霊ちゃん、なんかホントにいろいろ苦労してるっぽいな。
それにつまり、この研究室に住み込んでるってことだよね? ほかに宿舎があるとかじゃなく。だからこんなに部屋数が多くて広いってことか。
でもそうかー、じゃあ精霊ちゃんには今後もなにかと差し入れをしてあげる方向でいこう。
今度、ハンバーガーやホットドッグやサンドイッチも持ってきてあげるよ、精霊ちゃん。
ええもう、美味しいお料理を作るために必要な道具だと理解してもらえれば、厨房で使う魔道具の開発にも力を入れてくれる、はず!
そして、私たちは精霊ちゃんの研究室をお暇することになったんだけど……そしたら精霊ちゃんがね、ホンットに見るからにしょんぼりしちゃって。
そうだよね、大好きなアーティバルトお兄ちゃんが帰っちゃうし。そしたらまた、独りぼっちになっちゃうし。
だから私は思わず言っちゃった。
「ヴィールバルトさま、回転魔道具の取り換え器具については、わたくしの商会で作成するのに少し時間がかかると思います。でも完成すれば、すぐにご連絡差し上げますので」
「あっ、ええ、はい!」
精霊ちゃんがハッと顔を上げた。「僕も回転魔道具の調整をしておきますので。ぜひご連絡ください!」
「完成を楽しみにしています。よろしくお願いしますね」
ちょっとだけ元気になってくれた精霊ちゃんに見送られ、私たちはまた迷路のような通路を歩いて魔法省の受付ロビーまで戻ってきた。
ロビーではちゃんとスヴェイさんが待っていてくれたんだけど、スヴェイさんってばずっとこのロビーの待機室で、1人で待ってたのかな? うーん、なんか秘かに情報収集とか、いろいろと立ち回っていそうな気がしないでもない。
受付でまたアーティバルトさんが退出手続きをしてくれて、私は公爵さまと一緒にゲオルグさんが御者を務める馬車に乗り込んだ。もちろん、スヴェイさんも後ろの立ち台に乗ってくれる。
馬車が動き出したとたん、アーティバルトさんが言った。
「ゲルトルード嬢、今日は本当にありがとうございました」
目を見張っちゃった私の前で、アーティバルトさんは深々と頭を下げる。
「あんなに楽しそうで、あんなに張り切っているヴィールバルトを見たのは本当に久しぶりです。兄として、心からお礼を申し上げます」
「あの、わたくしも本当に楽しく、また有意義な時間を過ごさせていただきました」
なんかアーティバルトさんがマジでお礼を言ってくれちゃうなんて、ちょっと不意打ちかも。
でも、私はなんとか笑顔でそう答えた。
アーティバルトさんはそのままその顔を、ナリッサに向ける。
「ナリッサ嬢もありがとうございました。あの弟を前にして、侍女の務めを果たすのはなかなか大変だったでしょう」
ナリッサも完全に不意打ちだったようで、目を見開いたまま固まってる。
だけどナリッサも、すぐに答えた。
「とんでもないことです。私はいつでもどんなときでも、ゲルトルードお嬢さまに侍女としてお仕えすることに変わりはございませんので」
いやー、でもホントに大変だったと思うよ、ナリッサも。
ホントに冗談抜きで精霊ちゃんのあの美貌は、すさまじい破壊力だもんねえ。
でもって、アーティバルトさんもまた結構な破壊力のイケメン顔に、ちょっとばかり苦笑を浮かべてる。
「ヴィールバルトに直接面会していただいたことですから、もう率直にお話しますね。ヴィールバルトの場合、特にお若い女性などは目が合っただけで失神されてしまうこともありますし、それになにより容貌に見惚れてしまわれて、まったく会話にならないことが非常に多いのです」
わかる。
思わず私はうなずいちゃったわよ。
あの精霊ちゃんの超絶美貌なら、それもまた当然有り得ることだわ。
そしてアーティバルトさんは、低い声で続けた。
「それにヴィールバルトはあの見た目のせいで、子どもの頃に2回、拐かされているのです。1回目は人身売買を目的とした人拐い組織によって」
そ、それは……十分有り得ることだとは思ってたけど……それでもぎょっとせずにはいられない私の目の前で、アーティバルトお兄ちゃんは思いっきりうさんくさい笑顔で言ってくれちゃった。
「もちろん、そのときは家族一丸となって即刻ヴィールバルトを取り戻し、その組織も完膚なきまでに叩き潰してやりましたが」
完膚なきまでに……うん、まあ、アーティバルトさんの【魔力感知】を使えば、どんな組織だって一網打尽だろうし、一番上のお兄さんは【筋力強化】で腕力十分だろうし……そう言えばヒューバルトさんってどんな固有魔力を持ってるんだろう?
なんだかな、ヒューバルトさん、実はものすっごい攻撃系固有魔力だったりして……?
なんかちょっと私は視線を泳がせちゃったんだけど、アーティバルトさんはまた声を落としてさらに言った。
「2回目が本当に厄介でした。1回目のことがあったので、我が家は全員でヴィールバルトを守っていたのですが……とある上位貴族家のご夫人が、ご丁寧にわざわざヴィールバルトの存在を調べ上げ、その挙句拉致という暴挙にでるほど執着してくれやがりまして」
薄ら笑いを浮かべてるアーティバルトお兄ちゃん、全身から怒りがダダ漏れになってます。めちゃくちゃ怖いです。こんな怖いアーティバルトさんは初めてです。





