28.公爵さまへの問い合わせ
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ツェルニック商会に連絡するため、カールに持たせる手紙を書いているお母さまに、私は言ってみた。
「お母さま、公爵さまの弁護士さんに問い合わせてみたいことがあるのですけれど……」
「あら、何かしら?」
「わたくしたちが私室で使用していた魔石は、わたくしたちが『日常的に使用しているもの』に含まれないのでしょうか、ということです」
「まあ。そうね、確かにそれは考えられなくはないわね」
お母さまがうなずく。「もし、わたくしたちがいま使用している魔石が持ち出せるのであれば、ずいぶん助かるわ」
エクシュタイン公爵の代理人だという弁護士が我が家を訪れ、エクシュタイン公爵がクルゼライヒ伯爵家当主の所有するすべての領地及び財産の債権者となったので、このタウンハウスを引き渡してもらう必要があるって告げたとき、私ははっきりと訊いたんだよね。
当主の全財産をこのタウンハウスごと引き渡すということはつまり、私たちは何ひとつ所有を許されず着の身着のままでいますぐここから出て行けということなのですか、って。
そしたら、弁護士さんが説明してくれた。
私たちが日常的に使用しているもの、つまりドレスなどの服飾品や身の回りの品々、それに慣例的に宝飾品は女性が所有していると考えられているので、それらは伯爵家当主の財産には含まれない。それらは公爵に引き渡す必要はない。
また、タウンハウスの引き渡し期日は特に設けないので、今後の身の振り方についてよく考えた上で連絡するように、というのが公爵からの伝言である、と。
だから私は、当主の財産に含まれないと言われたもののうち、宝飾品と服飾品を売ることで当面の生活費を稼ぎだしたわけだけど。
ただ魔石に関しては、確かに私たちが私室で日常的に使用しているものなのだけれど、家具や調度品と同じくタウンハウスの備品に当たるだろうということで、私たちは持ち出しから除外してたの。
でももし、私たちの私室で使っている魔石も持ち出せるのであれば、それをそのまま新居でも使えるので、かなりの節約になる。
魔石、特に魔物石は、含まれる魔力が多くて機能的にも優れているぶん値段が張るんだよね。それでも1個買っておけば何十年も使えるから、お金があるいまのうちに買っておきましょうと、お母さまとは相談して決めたんだけど。
ちなみに、私の私室にもちゃんと魔物石がある。暖炉もお風呂も照明器具も、ちゃんと立派な魔物石がセットされてる。
それはすべて、お母さまのおかげだ。
あのゲス野郎は、特に妹のアデルリーナが生まれてからは本当に私のことなどどうでもいい、はっきり言って死んでも構わないと思ってたので、私の部屋を整えるなんてことはこれっぽっちも考えていなかった。
だからお母さまは、自分の部屋に備え付けられた魔石を、全部私の部屋へ持ってきてくれた。侍女頭が何度お母さまの手から魔石を取り上げようと、お母さまは絶対に譲らなかった。
それに毛布やリネン類も、お母さまは自分で抱えて私の部屋へ運び込んでくれた。何度取り上げられようとも、絶対に譲らず何度でも運び込んでくれた。
そしてついに、ゲス野郎が根負けした形になったんだ。
自分の最大のアクセサリーであるお母さまに、魔石もリネン類もまったく与えないわけにはいかなかったからだろうね。
それにたぶん、お母さまは何も言わないけど、ほかにも何か抗議活動をしてたんじゃないかと思う。あのゲス野郎が折れたくらいなんだから。
王都の冬は寒い。
幼い子どもが、貴族邸宅の室内とはいえ暖房も毛布もなく夜を過ごそうものなら、間違いなく凍死するレベルだ。
私が死なずにいまこうして生きているのは、間違いなくお母さまのおかげなんだ。
お母さまだって、最初はお姑であるベアトリスお祖母さまや侍女のヨアンナ、それに執事のヨーゼフっていう味方もいたけど、でもその味方もどんどん遠ざけられ、お友だちと手紙のやり取りさえもできず、本当に孤独だっただろうに、何があっても私を守るということを貫き通してくれたんだ。
本当に本当にお母さまには感謝してる。
お母さまに愛されている、ただもうそれだけで私はこの世界に転生してきて本当に本当によかったと思ってる。
だから私は、お母さまのためならいくらでもがんばれちゃうよ!
もちろん、かわいいかわいいかわいいアデルリーナのためにもね!
私たちは相談の上、公爵さまの弁護士さんにも手紙を書いてみた。
たぶん無理だとは思うけど、私室の魔石を持ち出すことはできませんか、って。まあ、尋ねるくらいはタダだもんね。私たちの家屋敷をまるごと取り上げてくれちゃう相手に、見栄を張ってもしょうがないし。
書き上げた手紙は、カールに届けてくれるよう指示を出した。ツェルニック商会宛の手紙も一緒だ。カールはすぐに出かけていってくれた。
ま、そのうち弁護士さんから連絡があるだろう。期待せずに待っていよう。
もし万が一OKが出たら……そのときはクラウスごめん、になっちゃうわね。うーん、魔石屋さんとリネン屋さん、返事をもらってから新居に来てもらったほうがいいかな? でも魔石は、買っちゃってもすぐ買い戻しに応じてくれるはず。リネン類は当面必要な最低限の分だけ購入するようにしておくか……。
正直なところ、私はできるだけエクシュタイン公爵とは関わりたくないのよね。間に弁護士を立ててるっていっても、最低限のやり取りだけで終わらせてしまいたいと思ってる。
だから、今回出した問い合わせの次はもう最後の連絡、つまり引越しが済みましたので後はご自由に、っていうヤツになると思うわ。
だいたい、博打で他人の身ぐるみを剥いじゃうような人ってどうなのよ、って思っちゃうのよね。それがまた、王妃さまの実の弟君なんて雲の上のおかただし。
それに……学院図書館の貴族名鑑で調べたところによると、学院在学中の17歳のときに爵位を継いで公爵になっちゃってるっていうのがねえ。
あのゲス野郎も同じく在学中、それも15歳のときに爵位を継いじゃってるんだよね。
ベアトリスお祖母さまが嘆いていらっしゃったように、赤ん坊のころからさんざん甘やかされるだけ甘やかされてわがまま放題に育って、たぶん唯一頭があがらなかったであろう自分の父親がそんなに早く亡くなっちゃってさ。
要はいきなり目の上のたんこぶが取れちゃって、まだコドモもいいとこな年齢で地位と権力と財産を手にしちゃったもんだから、どれだけ暴虐の限りを尽くそうが誰にも止められずにきちゃったってコトなわけでしょ。
だから、エクシュタイン公爵家当主ヴォルフガング・フォン・デ・クランヴァルド閣下にも、そういう、なんていうか同じようなニオイを感じずにはいられないんだよね。
その上にギャンブルだよ。
放蕩貴族よろしく毎晩カードテーブルで、平民が何十年も暮らせるような金額を平気で賭けたりしてんのかって思うと、ねえ?
おまけに28歳のいまも独身って。
ふつう、公爵なんて最上位貴族は成人したらすぐ結婚するもんだと思ってたんだけど。やっぱ跡継ぎ問題があるからね。
公爵閣下ってば、ギャンブルだけじゃなく、文字通り飲む・打つ・買うを実行しまくってるんだろうか。正妻はいないけど愛妾が何人もいるとかさあ。
あー申し訳ないけど、エクシュタイン公爵にいいイメージなんてこれっぽっちも湧いてこないわ。
できるだけ関わりたくないって思っちゃうの、仕方ないと思うのよねえ。





