3.隣国からの乱入
お母さまの言葉に、商人たちがまたざわついた。
けれどお母さまはやはり彼らのようすなんかまったく気にせず、にこやかに続ける。
「では、今回ご用意した宝飾品を実際に見ていただきましょう。ヨーゼフ」
呼ばれたヨーゼフが一礼して廊下に出る。そしてすぐに、身なりのよい男性を伴ってホールに戻ってきた。ヨーゼフが連れてきた男性は、その手でワゴンを押している。
見るからに神経質そうなその初老の男性は、ピンと背筋を伸ばすとワゴンから手を放さずに挨拶をした。
「私はケールニヒ銀行副頭取のグラスラッドと申します。クルゼライヒ伯爵家より長年お預かりしておりました宝飾品をお持ちいたしました」
レクスガルゼ王国の銀行は、お金だけじゃなく宝飾品も預かってくれる。ただし、宝飾品の場合は管理費をこちらから支払って、貸金庫を使用するような形で預かってもらうのだけれど。
運ばれてきたワゴンの上には繊細な細工が施された保管箱が5つ並んでいる。この箱だけでも結構な値打ちがあるんじゃないかしらとか、根が庶民な私は思っちゃう。
「それでは、今回お持ちした宝飾品をご覧いただきましょう」
副頭取が白い手袋をはめた手で、保管箱を端から順に開いていく。
商人たちが息を詰めている。
最後に一番大きな箱が開かれたときには、声にならない感嘆の息が商人たちから漏れた。そこには、『クルゼライヒの真珠』と呼ばれている、大粒の真珠をあしらったチョーカーが収めてあったのだから。
クルゼライヒ伯爵家は、真珠の蒐集で知られている。外交官だった四代前の伯爵が、海のある異国に赴任したとき、その地の真珠に魅せられて蒐集を始めたのだという。
蒐集された真珠の宝飾品はいくつもあるのだけれど、『クルゼライヒの真珠』と言えば通常、このチョーカーを指す。我が家の蒐集品の代名詞ともいえる逸品だからだ。
「それではここからは、わたくしではなくこちらのかたにお願いしますね」
そう言ってお母さまは、自分の後ろに控えていたクラウスに視線を送りほほ笑んだ。
お母さまに目礼したクラウスが、商人たちの前へ出る。
「すでにご面識を得ていただいているかたもおられますが、まずはご挨拶を。私はこのレクスガルゼ王国王都リンツデールの商業ギルドにおいて、宝飾品部門の一端を担わせていただいております、クラウス・ハーツェルと申します」
有数の豪商たちがずらりと並んでいるというのに、クラウスは実に落ち着いたようすで淡々と話し始めた。
「今回、こちらのクルゼライヒ伯爵家未亡人コーデリアさまよりご相談をいただき、このような形で私ども商業ギルドが仲立ちをさせていただくこととなりました」
「質問はいいかね、ハーツェル」
最前列にいた年配の、でっぷりとした商人が手を挙げた。
「どうぞ」
「これまでこちらのクルゼライヒ伯爵家には、我がゴドクリフ商会が出入りさせていただいていたことについて、きみも承知していると思っていたのだが」
そう言い始めたその商人の目に、明らかな不満が浮かんでいた。
私はそのようすに、ひっそりと目をすがめる。
コイツか、あのゲス野郎とつるんでた悪徳商人は。
「商業ギルドで伯爵未亡人が宝飾品を手放すご相談を受けたというのなら、まずは出入り商人である私に話をもってくるのが筋というものだろう。それなのになぜ、今回はこのように多数の商人がこの場に居るのだろうか?」
もはや、言葉の上でもはっきりと不満を表明したその商人に対し、クラウスは変わらず淡々と答えた。
「それは今回、ほかでもないクルゼライヒ伯爵家の蒐集品が市場に出ることになったからです」
「私がお願いしたのですよ」
商人たちが並ぶ、その最後列から声があがった。
「噂に聞く『クルゼライヒの真珠』が売却されるのではと思い、こちらの商業ギルドにお願いしたのです。どうにかして、私が手に入れる方法はないだろうか、と。なにしろ我がホーンゼット共和国にも聞こえた名品ですからね」
堂々とした体躯に快活な笑みを浮かべて言ったその壮年の商人に、ほかの商人たちの視線が集まる。その視線はまったく好意的なものではない。
けれど視線を向けられた商人は頓着したようすもなく、さらに明るい声で笑った。
「まさか競売にしていただけるとは。これなら、我々のような異邦の商人にも、平等に機会を与えていただけるというものです」
そう言ってその商人は、自分の隣にいる商人にその笑顔を向けた。
笑顔を向けられたほうの商人も、同じく笑顔を浮かべる。
「エエ、本当にありがたいコトデス。ワタシの国でも、コレホドの真珠はメッタにお目にかかれマセン」
「お聞きの通り、クルゼライヒ伯爵家の蒐集品、特に真珠の蒐集品に関しては、他国にまで知れ渡っているほどの逸品ぞろいです」
クラウスがまた口を開いた。
「今回、どのようなお品を手放されるかについては一切の情報を伏せておりましたが、それでも他国のかたがたも非常に興味をお持ちだと伯爵未亡人にお話ししたところ、ぜひ他国のかたがたにも当家の蒐集品をご覧いただきたいとおっしゃってくださいまして」
「そうなんですの」
クラウスの言葉を受けて、お母さまがにこやかに言った。「当家の真珠はもともと四代前の伯爵が他国より持ち帰ったものですもの。我が国内だけにとどめておくべきではないのかもしれないと思いましたの」
最前列にいた例のゴドクリフとかいう商人が顔を伏せる。
まあ、よくぞ舌打ちを堪えたと本人は思ってるんじゃないだろうか。私は、ソイツが顔を伏せる直前に、お母さまを忌々し気ににらんだのを見逃さなかった。たぶん、これだから常識というものを知らない女は、とか思ってんだろうね。
でも、これこそが私の狙いだった。