286.精霊ちゃんの固有魔力と判定
本日2話更新です。
まずは1話目です。
その後、精霊ちゃんが操作してぴかーっと光らせた台について、説明を受けた。
なんとこの台、魔術式の転写台なんだって!
「この石板に書き込んだ魔術式を、この台にのせた品物に転写します。平面、立体関係なく転写でき、またかなり小さな品であっても自動的に縮小して転写します。魔力付与をする対象にいちいち魔術式を書き込む必要がないので、本当に便利です」
で、私はその魔術式を転写したっていう、さっきの形状記憶蜂蝋布を見せてもらったんだけど。
「あの、転写された魔術式は、目で見て確認できるわけではないのですね?」
だって先日見せてもらったあの硬化布だって、別に何も書き込んでなかったもんね。ここに魔力を通してねっていうちっちゃな印がついてたくらいで。そんでもって、いま渡された形状記憶布にはそのちっちゃな印もついてない。
「そうです。目視できない特殊なインクを使っています。それに、書くというより素材に焼き付けるという感じですね」
なんかもう精霊ちゃんは嬉々として説明してくれる。「専用の読み取り魔道具を通してしか、転写された魔術式を見ることはできません。それにこの転写台を使うと、魔術式を見ることができてもその内容の詳細はわからないよう、無作為にごまかしの記述も混ぜて転写できるんですよ」
ごまかしの記述も混ぜてって……そうか、どういう魔術式を使って魔力付与をしているか知られてしまうと、その魔道具のコピー商品が製造されちゃう可能性があるもんね。
すごいわ、魔道具ってこうやって作るんだ。
どういう魔力を付与するのか、そのために必要な魔術式を作成し、作成した魔術式を対象物に書き込むことでそれが魔道具になるんだ。
つまり、必要な魔術式を作成し書き出すことができるかどうかが、その魔道具を実現できるかどうかの肝だってことだよね。
「この転写台の機能もすばらしいですけれど、必要な魔術式をすぐに作成して書き出してしまえるヴィールバルトさまも本当にすばらしいですね!」
私はもう素直に率直に賞賛しちゃったわよ。
ホンットに、私が思い付きでいった形状記憶機能の魔術式をあっという間に書き出しちゃって、それを実際に蜂蝋布に転写するとこまでいっちゃったんだから。
って、精霊ちゃんってば、なんですか、その鳩が豆鉄砲食らったような顔は。
そんなにびっくりすること?
誰だって思うでしょう、精霊ちゃんすごい、って。
実際、とんでもなくすごいことしてるよね? 誰にでも簡単にできることじゃないよね?
なのに精霊ちゃん、なんかキョドキョドし始めて、アーティバルトお兄ちゃんに助けを求めるような視線を送っちゃってる。
でもアーティバルトお兄ちゃんはそのヘルプな視線を跳ね返し、にこやか~な笑みを送ってるだけで助け舟は出してくれそうにない。
「あ、あの、僕……その、実は、魔術式が、視えるのです……」
視線を泳がせながら、精霊ちゃんがなんかとんでもないことを言い出した。
「あの、それが、僕の固有魔力なのです。魔術式や魔法陣が、目の前に浮かんで視えるのです」
えーっと、今度は私が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっちゃってる気がする。
精霊ちゃんは、一生懸命説明してくれてるんだけど。
「でも、あの、本当に視えるだけで、その魔術式や魔法陣をすべて読み取ることはできないです。特に『失われた魔術』による魔法陣は、僕には読み取れない欠損がある状態でしか書き出すことができなくて……固有魔力が顕現したころから考えると、読み取れる術式や陣形はずいぶん増えたのですけれど」
私は思わず、アーティバルトさんを見ちゃった。
アーティバルトさんもちょっと驚いた顔をしてたんだけど、私の視線に気がついて、すぐにうなずいてくれた。
ってことは、事実、なんだ?
精霊ちゃんは本当に、魔術式や魔法陣が目の前に浮かんで視える……そんな、とんでもなく特殊でチートな固有魔力を持っている、ってことなんだ……。
なんていうか……もう、なんでもアリ?
いったいなんなの、この超ハイスペック兄弟は?
「あっ、えっと、そのいつでもずっと、僕の目の前に術式や陣形が浮かんで視えているわけではないです。魔力が発動しているときだけですね、魔道具が使われているときですとか、人が固有魔力を使っているときに、その魔力の術式や陣形が視えるのです」
精霊ちゃんはわたわたと手を動かしながら、やっぱり一生懸命説明をしてくれて、そこでようやくアーティバルトお兄ちゃんも口を開いてくれた。
「最初は誰も、ヴィールバルトが何を視ているのかわからなかったのですよ」
アーティバルトさんが苦笑してる。「我が家は母が少し特殊な【視力強化】の固有魔力を持っているのですが……それでもその母でさえも、まさかそんな固有魔力が存在するということすら想像もしていませんでしたからね。ヴィールバルトが実際に視ているモノを紙に書き出せるようになって、ようやく家族も理解したのです。これは、とんでもない固有魔力だと」
はーそりゃそうでしょうよ。
使われている魔力の、その術式や陣形が目の前に浮かんで視えるだなんて。
いや、でも、アーティバルトさんの固有魔力も相当特殊だしね。ホンットに、それって反則じゃないのって思っちゃうレベルで特殊。
なんかある意味ミョーに私は納得しちゃったんだけど、そこでふと、公爵さまが言い出した。
「そうだ、ゲルトルード嬢。きみの固有魔力をヴィールバルトに視てもらってはどうだろうか?」
「あっ、それはいいですね」
アーティバルトさんも声を上げた。「一般的な【筋力強化】であれば、ヴィールバルトは長兄の固有魔力を視てきているのでよく知っています。違いがあれば、すぐわかると思いますよ」
きょとんとしちゃってる精霊ちゃんにも、アーティバルトさんが言ってくれた。
「ヴィー、ゲルトルード嬢の固有魔力は少し特殊なようなんだ。ご本人は【筋力強化】だと思っておられたようなのだけれど、ロッド兄上の【筋力強化】とはどうも種類が違うみたいでね」
「そうなのですか?」
パッと、精霊ちゃんの目が輝いた。
コレはアレだ、研究者的興味津々の顔だわ。
「ええと、では、視ていただきましょうか」
まあ、このさいだから専門家に判定してもらいましょうかね、と私が答えたとたん、精霊ちゃんがとっても嬉しそうにうんうんとうなずいてくれちゃう。
で、どうしようかな。この目の前の転写台でも持ち上げてしまえそうだけど、もし変に持ち上げて壊しちゃったらマズイし……とりあえず、あっちの机のほうが無難かも。片側に引き出し付きの袖もあるわりと立派な机だけど、あれくらいなら余裕で持ち上げられるわ。
「それでは、いきますね」
私は一声かけてから、部屋の隅に置いてある机の横でちょっと腰を落とし、袖がついていないほうの机の両脚を、それぞれ左右の手でつかんだ。そしてそのまんま、ひょいっと上に持ち上げた。
「こんな感じです」
って、私がそう言いながら振り向くと同時に、精霊ちゃんが声を上げていた。
「うわーーーー!」
なんかもう、精霊ちゃんの目がキラッキラに輝いてる。
いや、冗談抜きであのオパールみたいな遊色がキラッキラになっちゃってるんですけど。
「違います、これはロッド兄上の【筋力強化】とは違います!」
違うんですかい?
私の固有魔力って【筋力強化】じゃなかったの?
精霊ちゃんが、ものすごい早口でまくしたててくれちゃいます。
「見たことがない記述がいっぱいあります、それも陣形の中にびっしり書き込まれていて、これは本当に強い固有魔力ですね、ここまで強いものは僕も滅多に見ることがありません、ああでも、この真ん中の部分に解読できない記述が集まってる、これってどういう魔力なんだろう、上の部分は見たことがある記述が多いけど【筋力強化】というよりは【身体強化】系という感じなのかな」
「ああ、やっぱりロッド兄上の【筋力強化】とは違うのか」
アーティバルトお兄ちゃんの言葉に、精霊ちゃんは興奮状態で答えた。
「ロッド兄上の【筋力強化】と同じ記述もかなりありますけど、半分以上違ってます! 身体強化系であることは間違いないですが、僕も初めて見る記述がいっぱいあって、解読できないのが悔しいです!」
そして精霊ちゃんは、私に問いかけてきた。
「ゲルトルード嬢、そういう重いものを持ち上げる以外に、どのようなことができますか? 例えば速く走れるだとか、高く跳び上がれるだとか。それに、持続時間はどれほどでしょうか?」
あー、なんか本気でキラッキラの精霊ちゃんには申し訳ないけど、私の場合基本的にこの固有魔力は、身を守るためにばかり使ってきたからねえ。
「そうですね、例えば高いところから落ちても、衝撃は感じますが痛みを感じることはなく、怪我もしません。持続時間に関しては、特に気にしたことがありませんのでよくわかりません。走るだとか跳び上がるだとかは試したことがないのですが、おそらく特に変化はないと思います」
「そうなのですか?」
目を見張った精霊ちゃんがちょっと考え込む。「それは……一度いろいろと試してごらんになるといいと思います。一般的な【筋力強化】の魔法陣と共通する記述もかなりありますので、身体の強化のしかたなどについても、まだゲルトルード嬢自身は気がついておられない魔力の使い方があるのではと思います」
そうなのかー。
いやでも、ものすごく速く走れるとか、びよーんと高く跳び上がれるとかは、できそうにない気がするのよね、自分的には。もしできるのなら、さすがにすでに気がついてると思うし。
うーん、前に公爵さまたちにも言ったけど、走っている馬車から飛び降りても平気だろうとか、ロープとかで体を拘束されてもブチっとちぎってしまえるだろうとか、そういうめちゃくちゃ丈夫で馬鹿力だってのは想像がつくんだけどねえ。
でもま、とりあえず。
「ではこれを下ろしてもいいでしょうか?」
「あっ、どうぞ! もう結構ですので!」
ええ、とりあえず、持ち上げてた机を下ろさせてもらったわよ。





