285.本物の天才だった
本日2話目の更新です。
明日もたぶん更新できます。たぶん(;^ω^)
で、試してみました。
結果は、大成功! 魔蜂の蜂蝋、使える!
いやーもう、火にかけて溶かすとあのニオイがいっそう強烈になるんだけど、削った蜂蝋を入れたお鍋をさっと火にかけ、あのネッケの葉っぱを入れてふたをして余熱で蒸らすように溶かしてみたら、そのニオイがほとんど気にならなくなったのよ。
このネッケって葉っぱ、効果抜群だわ。
そんでもってネッケの葉っぱも、年中どこでも手に入る、すごくありふれたハーブなんだって。
で、溶けた蜂蝋からネッケの葉っぱを取り出し、まずは油を加えずに使ってみたんだけど、なんと蜜蝋より弾力があって扱いやすいという仕上がりに。
でもってセイカロ油を少し加えて試してみると、さらになめらかになって上々の仕上がりになっちゃうという、すばらしい結果になりました。
唯一の難点は、布に蜂蝋の茶色い色がしっかり移っちゃうこと。
蜜蝋でもあの黄色っぽい色が多少布に移るんだけどね、蜂蝋はホントに茶色く仕上がっちゃう。
そんでもこの茶色っぽい仕上がりって、白布を使うとまるっきりクラフト紙みたいな色合いになるのよ。手触りはつるんとしてるから、コーティングされたクラフト紙みたいな感じ。
なんかソレはソレで味があるって気もするし、梱包材としては十分じゃないかな。
「これは上々の結果ではないですか?」
「うむ、魔蜂の蜂蝋が使えるのであれば、大量生産も可能であろう」
アーティバルトさんと公爵さまもすごく嬉しそうに話してる。
精霊ちゃんも小躍りしまくりだ。
「蜂蝋で加工できるなら、大きな製品も作れますよ! 耐水強化付与をすれば、天幕だって安価で作れると思います!」
「耐水強化の天幕! それは朗報だ」
「ああ、実にすばらしい。雨をはじき、しかも硬化できるのであれば、よほどの雨量でなければ天幕がたわんで崩れる心配もなくなるではないか?」
なんかもう公爵さまたちも大喜びしてる。
天幕って要するにテントだよね?
討伐遠征とか行って野営するときって、やっぱテントを張るんだろうけど……どうやって防水してるんだろう?
「あの、天幕と言われますと……いま現在はどのように防水されているのですか?」
ものすごく素朴に私は質問してみた。
すると男子チーム、そろいもそろってすっごく熱心にまくしたててくれちゃった。
「天幕ほどの大きな布にまんべんなく防水の魔力付与をすると、非常に高額になるのだ。けれど、この蜂蝋布を使って天幕を作れるのであれば、間違いなくずっと安価に製造できる」
「本当に高価なのですよ、貴族でも上位でなければ使えません。兵卒などは、油と松脂を混ぜたものを塗布した天幕を使うのですが、漏水を完全には防ぐことはできませんから」
「安価で防水効果の高い天幕を作れないかと、以前から魔法省でも研究していたのです。荷馬車の幌にも応用できますし」
そうか、防水布って蝋引きが定番だと思ってたけど……蝋燭がない世界だから、蝋引きっていう発想がなかったのかな? でも油と松脂って、蝋引きと同じような感じだよね?
それだとやっぱり完全防水とはいかないよね、油がベタついて、しかも水も吸っちゃうから重くて扱いも面倒だろうし。
蜂蝋のこの布っていうか、蜜蝋布自体が蝋引き布なんだもん、もともと防水効果がある状態の布でその効果をアップするよう魔力付与すればいいわけだから、やっぱりコスパがいいんだな。
精霊ちゃんはもちろん、公爵さまもアーティバルトさんも蜂蝋布でテントを作る気満々になってるっぽい。
「天幕として使用するなら、防水強化付与さえしてあれば十分使えると思います」
「加えるとすれば保温強化付与かな。この布自体が風を通しにくそうだし、寒冷地域では非常に助かると思う」
「そもそも硬化できるのだから、薄い布でも使用に耐えるだろう。重量もかなり減らせるのではないか」
「形状記憶なんて機能もあればいいですよね。布を広げて魔力を通すだけで、ぽんっと天幕の形になるとか、便利そうです」
と、私はホントに思いつきで、自動ポップアップテントみたいな感じにできたらさらに便利だよねーと……ぽろっと口にしたんだけど。
男子チームの顔色が変わっちゃった。
「ゲルトルード嬢、いまきみはなんと言った? 形状記憶? 布に天幕の形を記憶させておく、ということか?」
「えっ、あの、待ってください、魔力を通すだけで天幕の形にできるということは、支柱さえ必要ないということですか?」
「そうか、布を硬化できるのだから、天幕を立てる支柱すら必要なくなるのか」
「本当に畳んだ布1枚を持ち運ぶだけで、防水も保温も可能な天幕が一瞬で作れるとしたら……」
「天幕もだが、荷馬車の幌に使うことができれば、輸送が本当に楽になる」
「ヴィー、形状記憶機能の付与なんてできるのか?」
精霊ちゃんの顔つきというか、目つきが完全に変わっちゃってます。なんか口の中でブツブツとつぶやき始めたかと思うと、いきなり机の上のモノをドサドサと床の上に落とし、確保したスペースに紙を広げて一心不乱に何か書き始めちゃうし。
完全に研究者モードになった精霊ちゃんは、4~5枚の紙いっぱいに何やら書き散らかしたかと思うと、その書き散らかした紙と作ったばかりの蜂蝋布を手に、部屋の奥へと駆けだした。
どうやら、奥にまださらに別の部屋があるらしい。
ここ、いったいいくつ部屋があるの? めちゃくちゃ広いよね? それを精霊ちゃんが1人でぜんぶ使ってるみたいなんだけど。
などと思いつつ、当然のように精霊ちゃんの後を追う公爵さまとアーティバルトさんに続き、私もその奥の部屋へと移動した。
その奥の部屋は比較的片付いていた。
部屋の中央にある大きなテーブルというか台の上にも、何ものせられていない。
その台へと直行した精霊ちゃんは、手にしていた蜂蝋布をくしゃくしゃっと丸めると広い台の上にぽいっと置いた。
そして台の手前にある操作盤のようなところを手でぽんぽんと触ると、精霊ちゃんはさらにその脇の石板を取り外し、そのA4サイズくらいの石板に石筆で何かをずらずらと書き始めた。
何をしてるんだろう?
不思議な気分で私はそのようすを見ていたんだけど、石板に何かを書き終えた精霊ちゃんはその石板を台にセットし、また操作盤のようなところを手で何度か触れた。
一通り操作を終えた精霊ちゃんが最後にぽんっと台の端をたたくと、いきなりぴかーっと台の上面が光った。
ナニ、いったいナニをしてるの、精霊ちゃんは?
ぴかーっと光ったその光の筋が、台の上を手前から奥へとすーっと移動していく。
なんかこういうの、見たことある気がする……光が面をなぞっていくような……アレ? もしかしてコピー機? コピー機のフタをしてないときって、こういう光り方するよね?
「ヴィー、どうだ? できたのか?」
一緒に精霊ちゃんの作業を見守っていたアーティバルトさんが問いかける。
精霊ちゃんは台の上にのせてあった、くしゃくしゃに丸めた蜂蝋布を手に取った。そしてその布の端っこを指でつまんで……いま、魔力を通した?
と、思ったとたん、そのくしゃくしゃに丸めてあった蜂蝋布が、ぺたんと平らに広がった。
まままま、待って、もしかして、もうできちゃったの?
その、形状記憶の魔術式が?
精霊ちゃんはその平らに広がった蜂蝋布を持ち上げて、ぴらぴらと振っている。そんでもって、また端っこを指でつまんで魔力を通して……ホンットにさっきのくしゃくしゃの丸まった状態に、自動的に戻っちゃったんですけどー?
「これは実用化できそうだな」
公爵さまがめちゃくちゃ嬉しそうに言い出して、アーティバルトさんもやっぱりめちゃくちゃ嬉しそうにうなずいちゃってる。
「ええ、自由に形を決めて硬化できるのも非常に便利ですが、決まった形に自動的に硬化できるというのもすばらしく便利ですよ!」
な、なんか、私がほんの思いつきで言ったことを、本当にあっという間に実現しちゃうって……なんなのこの精霊ちゃんって? この美貌でこの才能? 冗談抜きで天才じゃないの?
本気でぽかーんと口を開けちゃいそうになってる私の目の前で、精霊ちゃんはいたって冷静に話し始めた。
「とりあえず、布に形を記憶させるという最低限の魔術式はできました。でも、持続性や付与範囲の大きさなどは、これから検証してみないとわかりません。ほかの付与魔力との兼ね合いもありますし」
「そうか、実用化にはやはりまだ課題があるか……」
ちょっと残念そうに公爵さまがそう言ったんだけど、精霊ちゃんはパッと顔を輝かせて言い出した。
「でもこの布は、本当に万能です! そもそも布自体にある程度の防水や保湿機能があって、しかもぴったり貼りついて形を固定できるなんていう機能も備わっていますから、それらの機能を高めるだけで本当にいろいろな製品が作れます! 一般の布にゼロから魔力付与をすることを思えば、術式も簡単ですし必要な魔力量が格段に少なくて済むんですよ! こんなすばらしい素材は、滅多にあるものじゃありません!」
お、おおう、まさか蜜蝋布がそんなすごい素材になろうとは……。
いや、でもホンットにコレは、蜜蝋布に魔力付与をすることで完全に硬化させてしまえるようにしてしまった精霊ちゃんのお手柄だよ。
精霊ちゃん、マジでとんでもない本物の天才だわ。





