284.『言い訳』と実験
更新再開です。
本日は2話更新します。
まずは1話目です。
そんな研究者な精霊ちゃんに密着され質問攻めにされながら、蜜蝋布が1枚完成した。
いやー、でもコレ、ホンットに一般女子には無理だわ。ちょっと視線を動かしたらもう、超至近距離に目もくらむような、ではなくて本当に目がくらんじゃう超絶美貌があるんだもん。
ナリッサはよく耐えてるよ。変な話だけど、よく頑張りましたってお手当あげないとダメかも。
だってアーティバルトお兄ちゃんもヒューバルトお兄ちゃんも十分すぎるイケメンだけど、精霊ちゃんはそこからさらにギアを20段くらい上げました、って感じなんだもんねえ。
それに、お兄ちゃんたちと同じ透き通った薄青いアクアマリンの目なんだけど、精霊ちゃんは至近距離で見ちゃうとその薄青の中にオパールの遊色みたいな虹色がキラキラと、ホンットに冗談抜きでキラッキラに散ってんの。
それがまた、銀青色のバッサバサのまつ毛に縁どられてんだよ?
マジで、ちょっとでも気を緩めるとうっかり拝んじゃいそうなレベルの美しさなんだから。
コレは本人もイロイロと大変だろうけど、周りもすんごい大変だわ……。
でもって、本人はそういう自分の美貌にまったく興味なさげでねえ。
精霊ちゃんは出来上がった蜜蝋布を手に、小汚い灰色のローブ姿で小躍りしてくれてます。
「すごい! 本当に魔力をまったく使わずに作れるなんて!」
そんでもってさらに、アーティバルトお兄ちゃんと公爵さまに見せてあげてます。
「ほらアーティ兄上、公爵さまも、あっという間にあの布ができましたよ!」
あー、もー、そのかわいげはなんなのよー。
もちろんアーティバルトお兄ちゃんはかわいい弟をいいコいいコしてて、公爵さまも眉間にシワ状態ながらもとっても嬉しそう。
てか、公爵さまもさっきは結構グイグイきてたんだよね。
ふだんならナリッサに阻まれて、私がお料理してるときとか公爵さまはあんまり私に近寄れないんだけど、いまはナリッサにも余裕がないからね。
しかもここは我が家の広い厨房じゃなくて、実験室みたいな部屋の隅の小さなスペース。それをいいことに、公爵さまも精霊ちゃんと並ぶようにして、結構な近距離で私の手元をのぞき込んでたんだわ。
これってさあ……やっぱ公爵さま、自分でもお料理とか、してみたい、んだよね?
あの公爵さまのオトメなお部屋には編みかけのレースがあったし、ソファーのくまちゃんにはハンドメイドっぽいお洋服着せてあったしねえ。やっぱそういう、手先で何か作業することが好きな人なんだろうねえ。
実際、パン粉作ってもらってるときもミョーに嬉しそうだったし……うーん、眉間にシワ状態の公爵さまのままで我が家の厨房に突撃されるのはホンットに困るんだけど……何かできることを考えてあげたほうがいいかなあ?
だってそうすれば、我が家の厨房にも突撃しなくなるんじゃないかって思うし。
それにまあ、これだけお世話になってるんだもんね。それくらいのことは……私を理由に、というか言い訳にでもしなければ、『公爵閣下』がお料理をするなんて機会はまず間違いなく手に入らないだろうし。
そう思って、私はハッと気がついた。
あー……そうか、そういうことか。
この人、私を『言い訳』にしたんだ。
自分が後見している女子高生の私を頭取にしておけば、誰にも何も言われず堂々と、自分の好きなものを扱えるから……自分が立ち上げた商会で、おいしいおやつやおしゃれなコード刺繍を、いくらでも、好きなだけね。
うん、まあ、もうそれくらいはいいよ。
私だって、公爵さまからはっきり『私を利用しなさい』って言ってもらってるもん。そんで実際に盾になってくれて、いっぱい助けてもらってるから。
ええもちろん、残念なところがないとは言わないけど。
とりあえず、おしゃれ関係の商品についてもっと公爵さまの要望を聞いてあげようかな。公爵家の居間で、オフレコ状態だったら本音を話してくれるでしょ。
公爵さまはとってもセンスがいいし、コード刺繍のほかにも何かいいものが作れるかも。
などという私の気づきをよそに、精霊ちゃんたち男子チームはできたばかりの蜜蝋布を手にキャッキャウフフしてる。
これ、なんか見覚えあるな?
そうだわ、我が家の厨房で初めて蜜蝋布を見せたときの公爵さまとアーティバルトさんって、こういう感じだった気がする。この人たち、意外とコレがデフォルトなのかも。
「あの、ゲルトルード嬢、僕もこれ、作ってみていいですか?」
精霊ちゃんが、文字通りのキラッキラの目で私を見ながら言ってきた。
ええもう、お好きなだけ作ってくれていいですよ。
「もちろんです。まだお鍋に蜜蝋が残っていますから、新しい布を……」
「あっ、あの、できれば、最初から……」
ということで、蜜蝋を削るところからスタートです。
精霊ちゃん、めちゃくちゃ楽しそう。
でもって公爵さまも、なんかこう、うずうずしちゃってるのよねえ。
「ヴィールバルト、もう少し細かく削ったほうがいいのではないか?」
公爵さま、お鍋をのぞき込んでチェックしてます。
「ええと、これくらいでしょうか、閣下?」
「うむ、ゲルトルード嬢、加熱時間はできるだけ短いほうがよいのだったな? それならば、細かく削ったほうが溶けやすいと思うのだが」
「とりあえずこの小さい布1枚分ですから、それだけ削れば十分ではないですか? まずは試しにやってみましょう」
なんかアーティバルトさんもすっかり参加しちゃってるし。
みなさん、楽しそうでよかったです。
そんなこんなで、また新しい蜜蝋布が1枚できました。
黄色い小花柄のかわいい蜜蝋布を手に、またもやキャッキャウフフしちゃう男子チーム。
無地の生地もいろいろあったのに、わざわざ黄色い小花柄を選んじゃう精霊ちゃんのセンスが、無駄にナイスな気がしないでもない。
しかしみなさん、楽しんでいらっしゃるのはいいことですが、今日はまだほかにしなきゃいけないことがいろいろありますよ。
だからもう私は、さくさくと言っちゃいます。
「ヴィールバルトさま、では次に、お願いしていました魔蜂の蜂蝋が使用できるかどうかを、試させていただきたいのですが」
「あっ!」
精霊ちゃんが慌てたようすで私に顔を向け、そんでもってバタバタと走っていく。
なんか精霊ちゃんてアレだね、手足が長すぎて自分でも持て余してるような感じだよね。動作があんまり優雅じゃない。
「ご用意しています、こちらに魔蜂の蜂蝋を……!」
大きな木箱を、それに木箱の上にも結構な大きさの布包みをのせて、精霊ちゃんが運んできた。
その木箱をドンッと床に置き、木箱の上の布包みをバサーッと床の上に落とす精霊ちゃん。
うん、やっぱり動作が雑。てか、もしこの美貌に優雅さまで加わっちゃったらさらに危険な領域に入っちゃうこと間違いナシだから、むしろコレでOKだと思う。
でもって、その雑な動作で置かれた布包みから、なんかこうスースーするようなハッカみたいな匂いが漏れてきたので、どうやらハーブが包んであるらしいのがわかった。
「こちらが、魔蜂の蜂蝋になります」
精霊ちゃんが木箱のふたを開け、中から出てきた油紙のような包みを開けて見せてくれた。
って、デカっ!
ナニコレ、確かにハニカム構造で六角形の蜂の巣っぽいんだけど、その六角形の直径が15センチくらいありそうなんだよ。魔蜂ってこんなにデカいの?
だって巣がこれだけデカいってことは、蜂自体のサイズも……ひぃー、そんな巨大な蜂なんて絶対遭遇したくないんですけどー!
そして、臭い。
いや、ニオイがよろしくないって話は聞いてたけど、蜜蝋のあの甘い匂いからは遠すぎる、なんていうか獣臭いような、そんな感じのムッとするニオイが立ち込めてるのよね。
色も、たいてい黄色っぽい感じの蜜蝋に比べて、はっきり茶色って感じの色だ。
「魔蜂の蜂蝋は、やっぱりこのニオイのせいで敬遠されますね。毒性はないですが、ニオイがきつくて食用に向きませんし、だから工業用の接着剤くらいしか使い道がなくて……あとは、北部地域の平民が暖炉で薪を燃やすときの着火剤として使用します。暖炉の魔石も安価な魔鉱石だと、それだけでは十分暖まらないので……」
精霊ちゃん、しゃべりが小学生レベルじゃなくなってるぞ。さすがこの辺りは研究者。
「着火剤として使用するにもやっぱりニオイがきついので、このネッケの葉を一緒にくべるのだそうです。そうすると、ニオイがかなり抑えられるそうです」
そう言って精霊ちゃんは布包みを開き、中から乾燥した葉っぱを出して見せてくれた。
このハッカみたいな香りがする植物がつまり、ニオイ消しになるってことか。なんか見た目は、ササの葉みたいな細長くて先がとがった葉っぱなんだけど。
でも、そういうニオイ消しになるものがちゃんとあるのなら、接着剤とか着火剤とかだけじゃなく、もっと使い道があるんじゃないの? ほら、蝋燭だって獣脂蝋燭とか……あっ!
私は思わず目を見張っちゃった。
そうだよ、この世界、この国では、蝋燭がいらないんだった。
灯の魔石があるから……蝋燭が必要ないんだよ。灯の魔石って、魔鉱石なら年単位で使えるものでもわりと安価だし、しかも魔道具にセットしてなくても魔力を通すだけで発光してくれるから。
なるほどねえ……確かに私、いままでこの世界で蝋燭って1本も見たことないわ。
でも、そんなに使い道がなくて余ってるっていう魔蜂の蜂蝋が、蜜蝋と同じように使えるのであれば、ものすごくいい話じゃない?
あの硬化布を作るための原材料が豊富に、それにおそらく安価で、手に入る状況になるわけだもの。産業として興すのであれば、原材料の安定供給は必須条件だからね。
とにかくやってみましょう!





