282.精霊ちゃんだー!
本日1話だけですが更新です。
明日もちょこっと更新できればと思っています(;^ω^)
魔法省の建物は、省庁が集まっている一角の中でもひときわ立派で大きかった。
馬車を下りた私は、スヴェイさんに案内されてその建物の玄関へと向かう。
そして、衛兵に迎えられ玄関からロビーに足を踏み入れたとたん、公爵さまがソファーに腰を下ろしているのが見えた。
「お待たせしてしまって申し訳ありません、公爵さま」
慌てて私が公爵さまのところへ行くと、公爵さまはいつもの、そう、いつもの眉間に縦ジワ状態で、答えてくれた。
「いや、私もいま来たところだ」
そして私にもソファーへ腰を下ろすよう手で示してくれる。
「いまアーティバルトが入室の手続きをしている。すぐ戻ってくるだろう」
公爵さまの視線の先、受付カウンターみたいなところにアーティバルトさんがいる。
とりあえず私も、公爵さまのとなりに腰を下ろさせてもらった。
で、やっぱりイロイロとまた、相談事ができちゃったのよね。
「あの、公爵さま、わたくし、またご相談させていただきたいことができてしまいまして……もしよろしければこの後、少々お時間をいただくことはできますでしょうか?」
「ふむ。私のほうもいろいろと、きみに報告することがある」
うなずいて公爵さまが答えてくれた。「では、ヴィールバルトと面会した後、本日もきみには我が家に寄っていってもらおうか」
「そうさせていただければ、とても助かります。ありがとうございます」
もうね、ヴェルツェ領とのお取引再開については、できるだけ早くなんとかしたいからね。よろしくお願いしますよ、公爵さま。ばっちりおやつも持参してますので!
手続きを終えたアーティバルトさんがこちらに戻ってきて、私たちはロビーの奥の通路に案内された。ちなみに、スヴェイさんはロビー脇の待機室に移動。面会には同行しないとのこと。
通路の入り口は、どっしりとした扉で閉じられている。
その扉の奥へ進むには、それぞれ魔力登録をする必要があると、アーティバルトさんが説明してくれた。
「こちらの球体に手を当てて、魔力を通してください。灯の魔石に魔力を通す程度で結構です」
アーティバルトさんの説明通り、その扉の脇にある直径30センチほどの半透明な球体に、公爵さまに続いて私も手を当てた。
おお、あの手のひらからすぽんっと、自分の魔力が吸い取られる感じ。これで登録できたってわけね。ナリッサとアーティバルトさんも登録をすませ、そこでようやく扉が開いた。
さすがにアーティバルトさんはよくここに来ているようで、慣れた感じで私たちを案内してくれる。いや、ホントに慣れてないと迷子になること間違いナシだわ。
入ったところは広い通路だったんだけど、すぐに脇の扉を通って細い通路へと入って、そこから階段を上り、また少し細い通路を歩いて扉を通って何回か曲がって、もう一回階段を上り……本気で迷路っぽいんですけど。
しかも、扉を通るたびにあの半透明な球体にタッチして登録した魔力の確認が必要だという。
これ、ここへはよく来ているとしか思えないアーティバルトさんも、毎回最初に魔力登録が必要だってことだよね? なんか、めちゃめちゃセキュリティが厳しくない?
歩いているうちに、玄関があった建物とは違う別の棟に入ったようで、人の気配がほとんどなくなった。
それに、ずっと窓のない通路を歩いていたのに、いきなり大きな窓が並ぶ明るい通路へと出た。なんかもう私は、ここがどの建物のどの場所なのかもさっぱりわからない。
でも、その明るい通路の奥まで歩いて、ようやくアーティバルトさんが止まった。
「ここです」
奥の扉の前でアーティバルトさんがにっこりとそう言って、それからその扉をノックした。
「ヴィー、来たよ」
返事も待たずにアーティバルトさんは扉を開け、私たちを招き入れてくれた。
部屋の中は……もう、絵に描いたような『研究室』って感じだ。
壁一面の本棚とキャビネットには本や書類が乱雑に突っ込まれ、机の上にも床の上にも本や書類が積み上げられている。それも、当然のごとくあちこちで雪崩を起こしてるし。
さらには、何に使うのかもよくわからない実験器具のようなものもあちこちに置かれていて、文字通り足の踏み場もない状態。
そんな部屋の中を、アーティバルトさんはやっぱり慣れたようすで奥へと進んでいく。
「ヴィー! いるんだろ?」
どうやら部屋の奥に、また別の部屋があるみたい。
アーティバルトさんの呼びかけで、その奥のほうの部屋から、なにやら灰色のカタマリがもそもそと出てきた。
「ヴィー、おいで。大丈夫だから」
再びアーティバルトさんが呼びかけると、その灰色のカタマリが奥から転がり出るように突進してきた。
「アーティ兄上ー!」
まるで大型犬が駆けてきてじゃれつくかのように、その灰色のカタマリがアーティバルトさんに飛びつく。
その拍子に、灰色のカタマリに見えていたローブの、フードがはらりと後ろへ落ちた。
フードの中から出てきたその顔が、私にも見えた。
見えたとたん、私は完全に固まった。
せ、精霊ちゃん!
マジで精霊ちゃんやん!
ナニその美貌はーーーーー!
いや、マジで、冗談抜きで、驚愕するレベルの美貌なんですけど!
え、あの、本当に次元が違う。次元が違うとしか言えないレベル。
顔立ちの美しさだけでなく、まとっている空気というか雰囲気というか、そこだけあきらかに何かが違うこの感じ。
本当に語彙がすべてどっかへいっちゃって、ただもう『美しい』としか思い浮かばないの。
いや、これは本気でまずいレベルだわ。
こんな人がうっかりその辺を歩いてたら、確実に大騒ぎになる。
だってもう、そこいら中から人が駆け寄ってきて、この精霊ちゃんの足元にひれ伏して感涙にむせびながらお祈りを始めちゃうだろうと、簡単に想像できちゃうほどだから。
本当に、ちょっとこうそれらしい演出をして、精霊が降臨されました、って言っちゃったら、百人が百人信じ込んじゃうと思う。冗談抜きで、新しい宗教が発生しちゃうと思う。
これでも私は前世で、芸能界と呼ばれる世界の隅っこに棲息してたからね、はっきりいってイケメンも美形もいっぱい生で見て実際に接してきたの。
実際にお会いしてみると、カメラを通して見ていたのとは違う、ものすごく美しい空気をまとった人っていうのも、やっぱりいらっしゃるもんなんです。ええ、業界ではですね、そういう人たちのことを『透明感がある』って言ってたんだけどね。
だけど、この精霊ちゃんはその『透明感』すら、レベルが違う。完全に違う。もはや存在自体が反則じゃないのか、ってくらいにあきらかに違う。
最初にヒューバルトさんが自分の弟を精霊ちゃんって呼んだときは、本当に『ナニソレ?』って思ったけど……そのまんまやん!
でもって、そのすさまじいまでの美貌の精霊ちゃんは、いま私の目の前でアーティバルトお兄ちゃんにいいコいいコしてもらってます。もし精霊ちゃんにお尻尾があったら、もうちぎれんばかりに振りたくっていること間違いナシです。
しかも、最初の衝撃がちょっと落ち着いてきて、その精霊ちゃんをよく見ると、髪なんか完全に伸びっぱなしでお手入れなんかこれっぽっちもしてない。それに灰色のローブだって、なんかもうあっちこっち擦り切れてヨレヨレで変なシミとかいっぱいあるし。
そう。
そうなの、そこから推測されるのは、本人はまず間違いなく、自分の美貌に興味がない。
そしてそういうデレデレでズタボロな状態であってさえも、圧倒的にひたすらに美しいという、この恐るべき破壊力。小汚さもだらしなさも、いっさい関係ないものにしてしまうという、完全無欠な美しさによる暴力状態なんだよ。
これはもう、本当になんというか、とんでもない人が出てきちゃったわ。
と、精霊ちゃんが顔を上げた。
バチッとばかりに目が合い、彼はようやく私がいることに気がついたらしい。
そうですよ、今日は私がおじゃますることになってるって、アーティバルトお兄ちゃんから聞いてませんでしたかー?
てな感じで、私はにっこりしてみせたんだけど……精霊ちゃんってば一瞬で目を逸らし、なんか急にもじもじしだして、アーティバルトお兄ちゃんの後ろに隠れようとしてるんだけど?
ちょっと待ってキミ、そのルックスで人見知り?
いや、このルックスだからか?
あまりにも美しすぎて、アーティバルトお兄ちゃんたち家族はこの子を人目にさらさないよう、隠して育てたとか……うーん、大いに有り得るわ。
二十歳すぎた成年男性でこのとんでもない美貌なんだもん、幼い子どもの頃なんて……想像するだけで気が遠くなるような美しさ、かわいらしさだっただろうからねえ。
冗談抜きで、家族は本当に一瞬も目を離せなかったと思う。だって、目を離したその一瞬で誰かにさらわれちゃう危険性が高すぎるから。
その、どうやら人馴れしてないっぽい精霊ちゃんを、アーティバルトお兄ちゃんはにこやかに、かつ容赦なく私のほうへと向かせる。
「ヴィー、あの布を考案されたクルゼライヒ伯爵家のゲルトルード嬢だよ。今日ご案内してくるって話してあったよね? さあ、ご挨拶しなさい」
「あ、あの、あの」
わたわたとせわしなく手を動かし、そのすさまじいまでの美貌からは想像できないような落ち着きのなさで、精霊ちゃんはかろうじて思い出したかのように自分の手を胸に当てた。
「あの、ヴィールバルト・フォイズナーと申します。あの、ゲ、ゲルトルード嬢には、その、すばらしい布をいただきまして、あ、ありがとうございます!」
うーん、なんかめちゃくちゃすごすぎるぞ、この精霊ちゃんは。
美貌の次元が違いすぎて完全に箱入りで育って、そのせいなのかどうやら自分の美貌に対する興味なんぞこれっぽっちもなく、おまけにまったく人馴れしていないっていう、奇跡のような存在らしいわ。





