271.長い長い1日の終わり
本日2話更新します。
まずは1話目です。
帰宅の馬車も、もちろんゲオルグさんが御者で、スヴェイさんが後ろの立ち台に立ってくれている。
すっかり遅くなってもう真っ暗だし、スヴェイさんも車内にどうぞって私は言ったんだけど、夜だからこそ警戒が必要なんですよ、ってサワヤカに言われてしまった。
それで、馬車の中でナリッサと2人きりになったところで、私はそっと訊いてみた。
「ナリッサ、さっき貴女が言っていた、公爵さまのクラウスへの温情って、どういうこと?」
さっき公爵さまのお部屋から出るときに、まあ当然と言えば当然のことなんだけど、ナリッサはマルレーネさんから迫られたの。本日、貴女がこの公爵邸で見聞きしたことは決して誰にも口外してはいけません、いまここでそのことを誓いなさい、ってね。
そのとき、ナリッサが言ったのよ。
いわく、私は公爵さまが弟クラウスにかけてくださった温情を生涯忘れません、大恩ある公爵さまにご迷惑がかかるようなことは命に代えてもいたしませんとお誓い申し上げます、って。
ナリッサは、問いかけた私を見て何度か瞬きをした。
そして、にっこりと笑ってナリッサは言った。
「ゲルトルードお嬢さまにはおわかりではないのでしたら、それで結構でございます」
えー、ナニソレ、そんなこと言われたらよけい気になるー。
と、私は思っちゃったんだけど、ナリッサはそれ以上何も言ってくれそうにないし、何よりもう私自身がぐったりだったので、それでいいことにした。
もちろん、公爵さまに大恩があろうがなかろうが、ナリッサが公爵さまの不利益になるようなことを口外なんかするはずがないって、私は信頼してるけど。
ああでも、何かあったとき疑われずに済むように、それになにより公爵さまの安心のために、私もナリッサも口外法度の魔術式契約をしておいたほうがいいかも。
完全に不意打ちのなし崩しだったけど、それくらい重い秘密を打ち明けられちゃったもんねえ。まさか、公爵閣下がおネェさんだったなんて。
私にとっては、それがどうした、って程度のことだけど、そうじゃない人のほうがこの世界、この社会には圧倒的に多いだろうってことぐらいは、簡単に想像がついちゃうからね。
それも、場合によっては公爵さまがその地位を追われてしまうかもしれない、それくらい激しく嫌悪し問題視する人が間違いなくいるだろうな、ってことまでね。
そんなことを考えているうちに、馬車は我が家に到着した。
そしていつものように、馬車が車回しに入る前に玄関の扉が開きヨーゼフが、ってお母さままで飛び出してきてくれちゃった。
「ルーディ、お帰りなさい! 無事だったのね!」
馬車から降りたとたんお母さまに抱きしめられて、私は泣きそうになっちゃう。
ホントにホンットに、ようやくお家に帰ってこれたー。
「お母さま、この通りわたくしは大丈夫です」
「ええ、スヴェイさんから大丈夫だとはお聞きしていたのだけれど……せっかく試験も全科目合格だったというのに、本当にこんなに遅くなるまで公爵さまとご相談しなければならないような、そんな問題がまた起きるなんて」
お母さま、それはちょっと誤解が……確かに大至急の案件でいろいろ頭が痛くなる問題発生ではありましたが、それ以外のことでいろいろ、本当にいろいろあり過ぎて、こんな時間になっちゃったんです。
「お母さま、でも公爵さまにご相談させていただいて、解決の方向が見えてきましたので……」
スヴェイさんとゲオルグさんにお礼を言って別れ、私は玄関へと入りながらお母さまに今日のできごとをざっくりと説明する。
「えっ、あのしつこい侯爵家のご令息が? ご自身で学院にまで乗り込んでこられたの?」
「でも大丈夫でした、すぐにスヴェイさんとゲオルグさんが駆けつけてくださって」
さすがにあのDV確実クズ野郎が学院にまで乗り込んできた話には、お母さまの顔色も変わっちゃう。私は慌ててその続きを説明した。
「それに、あの、どういういきさつだったのか、王太子殿下が直々に介入してくださいまして」
「王太子殿下って……王太子殿下? えっ、あの、どういうこと?」
うん、まあ、そういう反応になりますよねー。
私はお母さまと話しながら、何の疑問もなくそのまま厨房へと向かう。
そしてナリッサが厨房の扉を開けてくれたとたん、ふわーっと温かくて美味しそうな匂いがあふれてきた。
「お帰りなさいませ、ゲルトルードお嬢さま」
「えっ、マルゴ? それにモリスまで! いままで待っていてくれたの?」
なんと、厨房にはマルゴもモリスも残ってくれていた。
「お腹が空いてはおられませんか? すぐにお食事をご用意いたしますね」
うわーん、ありがとうマルゴ、ホンットにお家に帰ってこれてよかった感満載。
さすがにお母さまは先にリーナと夕食を済ませているとのことで、私はもう朝食室を開けなくていいよう厨房で食べることにした。
「それに、また申し訳ないけどマルゴにお願いがあるのよ」
そこでまた、今日のできごとをざっくりと説明したんだけど。
「は? え? あ、あの、国王陛下、で、いらっしゃいますか?」
マルゴが目を剥き、モリスが完全に固まってるけど、まあそういう反応になるよねー。
「そうなの、王太子殿下に助けていただいた、そのお礼はもちろん必要だと思うのだけれど……その、王太子殿下にハンバーガーをお届けするのであれば、国王陛下もハンバーガーをご所望になるだろうと公爵さまがおっしゃって」
私はマルゴの作ってくれた美味しいスープをいただきながら説明を続ける。
ええもちろん、バタークリームサンドは食べたけどね、ごはんは別です、ごはんは。
「それに、王太子殿下に助けていただいたとき、殿下の側近の方がたや近侍さんなどもご一緒におられたので、そちらの方がたにもお届けすべきだろうと」
マルゴが天を仰いでます。
ええ、はい、そういう反応になっちゃうのはとってもよくわかるよ。
「それでね、申し訳ないのだけれど、またちょっと大量にハンバーガーを作ってもらいたいの」
「大量、とおっしゃいますと、おいくつほどでございましょうか?」
なんかもう覚悟を決めたようなマルゴに、私は告げた。
「公爵さまにお願いして、20個ほどにしていただいたのだけれど」
「20個でございますか」
マルゴが拍子抜けしたように言った。「あたしはまた、百個くらいお求めになるのかと」
いや、いやいや、なんでみんな、単位が百個なの。
とりあえず、公爵さまも百個って言ったのは黙っておく。
「でも、20個でも大変でしょう? マルゴもモリスも、通常のお仕事もあるのに」
「大丈夫でございますよ、ゲルトルードお嬢さま。ご当家にお仕えしております以上は、多くの方がたからお料理を求められることはもう、常にあることだと思っておりますので」
マルゴが頼もしく請け負ってくれた。
請け負ってくれたんだけど、しかし我が家の厨房はすでにそういう認識なのね……モリスも、マルゴの後ろでうんうんってうなずいてるし。
「助かるわ、マルゴ。明日、明後日でなくても大丈夫よ。ひき肉やハンバーガー用のパンの都合もあるでしょうし。その点は公爵さまにもしっかり伝えてあるから」
そう言って、私は公爵さまからお借りしている収納魔道具から革袋を取り出した。
「それに、パン粉もそろそろ足りなくなるのではなくて? 公爵さまに作っていただいてきたわ」
ナリッサが革袋の口を開け、中にぎっしりと詰まっているカラカラに乾いたパンを見せると、マルゴが目を丸くし、そして笑い出した。
「さすがでございます、ゲルトルードお嬢さま。これでパン粉も十分足りますでございます」
食事とマルゴとの相談を終え、私はようやく寝室に向かった。
そのとき廊下を一緒に歩いていたお母さまが、私に言ってきた。
「今回の試験のこと、貴女には本当に申し訳ないことをしてしまったわ、ルーディ」
しょんぼりしちゃってるお母さまに、私は慌てて言う。
「いいえ、お母さま。わたくしたち、お母さまもわたくしも、本当に本当に大変な日々だったのです。そもそも、学院で試験のお知らせがちゃんとあったはずなのに、それをわたくしがまったく聞いておりませんでしたので」
「でも、わたくしだって学生だったことがあるのに、公爵さまにご指摘いただくまでまったく忘れてしまっていたというのは……」
やっぱりしょんぼりしちゃってるお母さまのようすに、私は思い切って言うことにした。
「お母さま、それでもこうしてわたくしは全科目合格いたしました。それに、算術の試験ではわたくし、首席をいただきましたから」
「えっ、首席? 算術の首席?」
お母さまの目が丸くなり、そしてその顔にみるみる笑みが広がっていく。
「まあ、まあまあ! さすがルーディね、算術の首席なんて! どうしましょう、わたくし、とっても鼻が高くなってしまうわ」
「今回は運が良かったのです。わたくしの得意な問題ばかり出題されて」
やっぱりこうだよね、私がいい成績を収めてきたら、お母さまは喜んでくれる。
「公爵さまもそうですけれど、今回は特にリケ先生とファビー先生にも何かお礼をしたいです」
「そうね、本当にそうだわ、先生お2人も本当に貴女のために頑張ってくださったものね」
「あっ、その前に、先生がたに全科目合格したとお伝えしなければ」
そうだよ、公爵さまにはついでに報告したけど、リケ先生とファビー先生に伝えてない。お2人とも気をもんでるんじゃないだろうか。
「取り急ぎ、明日の朝にでもお手紙でお伝えしましょう」
お母さまが言ってくれる。「先生がたもきっと喜んでくださるわね。明後日またリケ先生がリーナのご指導にきてくださるから、そのときに何かおやつを、ファビー先生の分もお土産にお渡しすればどうかしら?」
「そうですね、そうしましょう」
うーん、さすがに明後日までにキャラメルを作るのは無理だよねえ。でもってまた、マルゴにお願いが増えちゃうよ。
そんなこんなでようやく長い長い1日を終えて、私はベッドに入ったのでした。
明日も朝から学校だよー!
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