269.王家のお食事事情
本日2話更新いたします。
まずは1話目です。
「つまり、デマールは貴女におねだりをしてしまったのね? ハンバーガーが食べたい、と」
額に手を当てた公爵さまが言ってくださって、私はちょっとあいまいにうなずいちゃう。
「あの、明確なご要望をいただいたわけではないのですけれど、ハンバーガーが非常にお気に召したそうで、ハンバーガーなら3つ4つでもまとめて食べられそうだとおっしゃって……またぜひ近いうちに味わいたいものだと、そういうお話を」
「それ、完全におねだりだわね」
ありがとうございます、公爵さま。ズバッと言い切ってくださって。私の判断は間違ってなかったのですね。
「やっぱり、王太子殿下にハンバーガーをお届けするしかないですよ、ね?」
「……本当にデマールってばなんということを」
公爵さまは完全に頭を抱えちゃってる。「陛下やベルお姉さまから何も聞いていなかったのかしら? それとも、知っていたからこそルーディちゃんにおねだりしちゃったのかしら?」
「微妙なところですな」
トラヴィスさんが渋い顔で言い出した。「王太子殿下は未成年でいらっしゃいますし、考え方にまだ幼いところがお有りですから」
えーと、あの、トラヴィスさん、王太子殿下に対してそんな率直なご意見を言っちゃっていいんですか?
と、私はちょっとドキドキしちゃったんだけど、公爵さまはうなずいちゃった。
「そうなのよねえ。デマールは、決して自分の身分や立場が理解できていないわけではないのだけれど……それでもときおり、こういうことをしてしまうわね」
スヴェイさんは、王太子殿下はあまり無体な要求を周囲にしない人だって言ってたけど……なんなんだろ、ときどきやらかす高校生男子なんですかね、王太子殿下って。
むーん……と眉間にシワを寄せちゃった私に、公爵さまが言ってくる。
「それだけ、ルーディちゃんのハンバーガーがどうにも美味しかったのでしょうけれど」
えー、それって褒めてんですかあ? ものすっごくビミョーな気分なんですけど。
「いずれにせよ、若さまには陛下にご注進いただきまして、王太子殿下をいさめていただく必要がおありでしょうとは存じますが」
そう言って、なんかトラヴィスさんはさらに渋い顔になっちゃってる。
公爵さまもやっぱり頭を抱えたままで、アーティバルトさんは苦笑し、マルレーネさんはなんだか遠い目になっちゃってるんですけど。
ええと、なんか新たに問題が生じちゃったりするんですか?
思わず視線を泳がせそうになっちゃった私に、公爵さまが言ってくれた。
「あのね、ルーディちゃん。その……陛下も、とってもハンバーガーがお気に召していらっしゃるのよ」
とりあえずうなずいた私に、公爵さまはさらに説明してくれる。
「だからね、貴女のお料理レシピの先行解禁にハンバーガーも加えるべきだと、陛下は主張されていたの。けれどベルお姉さま……王妃殿下のご判断で、ハンバーガーは先送りになったの」
おお、陛下ではなく王妃さまのご意見のほうが通ったのか。それってちょっとすごいかも。
などと私は思っちゃったんだけど、話の要点はまったく違うところにあったらしい。
公爵さまってば、衝撃的なことを言ってきた。
「そういうところに、デマールが……王太子殿下がハンバーガーを、ルーディちゃんに直接おねだりしたなんて話を持っていってしまうと、どう考えても陛下はご自身もハンバーガーをご所望されてしまうと思うのよねえ……」
へっ?
あの、ちょ、ちょま、ちょっと待って、あの、国王陛下もハンバーガーをご所望って……もしかして国王陛下って、食いしん坊派閥の総元締めであらせられたりするんですかっ?
いや、私としては、今回はもう公爵さまにお願いして王太子殿下にハンバーガーを届けてもらうしかないだろうとは思ってたのよ。
ただね、そうやって公爵さま経由でさっくりハンバーガーを渡しちゃうと、これから先またそうやって何回も要求されちゃうことが続いたら困る、と……だからその辺、どんなもんなんだろうって公爵さまに相談したかったんだけど。
だけど!
まさか、国王陛下まで、その、王太子殿下をいさめてくださるどころか、ご自分もおねだりされてきちゃう可能性があるって……いったいどういうことなんでしょうかああああ?
私の心の叫びを聞き届けてくれたのか、公爵さまが話してくれた。
「王家ってね、食べるものの制限がとても多いの。安全の確保など仕方がない部分も当然あるのだけれど……それでも、決まったお料理しか食べられないし、食べられる食材や量もかなり細かく管理されているのよね」
それは……そんな陛下や王太子殿下のお命を狙うような不逞の輩が、実際に存在するからということなのでしょうか?
思わずまた眉を寄せちゃう私の心の声が、公爵さまにはやっぱり聞こえるらしい。続けて教えてくれちゃった。
「ああ、いまの王家には、わたくしのように具体的な危険があるわけではないの。もちろん、念のためにお毒見は必要だけれど、いまある制限はもうほとんど形式的なものでしかなくて。それなのに、その形式を変えることがなかなかに難しくてね」
そう言って、公爵さまはため息を吐いた。
「なによりもまず、基本的に王家の方がたは評議会の審議を経たお料理しか召し上がれないのよ」
「は?」
公爵さまの言われたことに、私は耳を疑っちゃった。
だって、食べるお料理ひとつひとつ、ぜんぶ審議にかけるの?
評議会ってアレだよね、領地持ち貴族家の当主が勢ぞろいして国の政策なんかの審議を行うための会議だよね? そんなご大層な評議会からOKが出ない限り、王家のみなさんはどんなお料理も食べることができないとでも?
「でも、ハンバーガーもホットドッグもすでに召し上がっていただいて……」
思わず口を開いちゃった私に、公爵さまがうなずいてくれる。
「ええ、ベルお姉さまが非公式に、しかも親族であるわたくしからのお土産という形で、お持ちになったお料理でしたからね。その辺りは制限も多少ゆるくなってはいるの。ただ、公式の場では、ね」
公爵さまの視線を受けたトラヴィスさんがうなずく。
「さようにございます。公式の場ではやはり、王家の方がたが新しいお料理を召し上がるには、評議会での審議が必要になっております」
「もちろん、意味はあったのよ」
さらに公爵さまが説明してくれる。「もともとはより多くの地方の、より多くの産物を王都で紹介するための仕組みだったの。多くの領地の間で取引が生まれるように、それによって経済が活性化するように、っていうね。評議会を経ることですべての領地に情報が行き渡るし、王家が率先して食べることで他の貴族家にも広がりやすくなるでしょう?」
あ、ああ、確かにそう言われてみれば、そういう効果は期待できそう。
ちょっと納得した私に、公爵さまはさらに教えてくれた。
「けれど、自分のところの産物を独占的に販売したい一部の領主たちが結託して、ほかの領地のおなじような産物の排除に動くようになってしまって。王宮全体への供給を考えると、かなり大きな利権になるでしょう?」
公爵さまは深々とため息を吐く。「さらにその利権を確実なものにするために、それらの領主たちはあくまで王家の方がたが率先して食べるというだけの決まりだったものを、実質的にそれしか食べてはいけないという形に変えてしまったの。もちろん、目的は王家を牽制するためよ。おかげで本来の目的は失われてしまい、一部の領主たちの利権のためだけに存続しているような決まりごとになってしまっているの」
呆気にとられちゃった私に、トラヴィスさんがさらに教えてくれる。
「正直に申し上げまして、一部の領主のふるまいには明らかに度を超えたものがございます。自分たちの利権と王家への圧力のために、宮殿に販売する作物の価格や量を勝手に、また突然に変えるなどといったことまでするのですから。王家の方がたに折々の美味しいお料理を召し上がっていただこうにも、満足に食材を整えられぬことも多くございまして」
トラヴィスさん、静かにめっちゃ怒ってる。
そうか、トラヴィスさんって陛下がまだ王太子でいらした頃に侍従長をされていたんだもんね。いわば直接の被害者だったわけか。
しかし、中央集権制でもなければ専制君主制でもないシステムだと、各地の領主ってそんな恐ろしいことができちゃうんだ? 王家を牽制するとか、圧力をかけちゃうって?
王家が頂点だといっても、各領主もかなりの権限を持ってるって、こういうことなんだ……。
ただ……その状況ってかなりまずくない?
だって、王家の食生活が、完全にほかの領主たちに握られちゃってるってことだよね?
たとえばある食材を食べたいって王家の方がたが希望されても、その食材の審議が済んでいる公式の産地のものしか食べられないってことでしょ?
それがもし小麦とか卵とかお肉とか……日々食卓に必ず上るような食材だったら、場合によってはものすごく大変なことになっちゃわない?
「以前、陛下はとてもお忙しくて正式な晩餐を召し上がられることが少ない、というようなことをわたくしが話したと思うのだけれど」
公爵さまがため息を吐く。「お忙しいのは事実なのよ。でも、いっぽうでそういう……正式な晩餐では食べられるものがとても限られてしまうことを、陛下は快く思われていないのよね。だからわざと、手軽に食べられる『非公式』な食事で済ませてしまわれることが多いのよ」
あー……そのお気持ちは、理解できます。
そりゃもう、ほかの領主たちの胸ひとつで、陛下のその日のメニューが決まっちゃうようなものですもんね。
おまけにそのお料理を食べるたびに、その食材の供給を押さえてくれちゃっている領主たちの顔が浮かんじゃったりなんかしたら……とてもじゃないけど美味しく食べるなんて無理ですわ。
なんだかなあ、もしかして、いろんなところでものすごくたいへんじゃないんだろうか、この国の貴族のお食事事情って。





