267.奥の手を出します
本日2話更新です。
まずは1話目です。
なんにせよ、今日は本当にいろいろあり過ぎだわ……。
うん、公爵さまがおネェさんであることはしっかり受け止めましたので、私としてはもうさくさくと王太子殿下案件についてご相談させていただきたい。
てかもう、この公爵さまのおネェさん発覚案件で、一夜漬けギリギリ全科目試験もDV確実クズ野郎の襲来も王太子殿下案件も、ぜんぶ吹っ飛んじゃってたわ。
でも、そこでやっとアーティバルトさんが、公爵さまを呼んでくれた。
「フィー、わかっただろ? ルーディちゃんは、大丈夫どころの話じゃなかったって。さっさと腹を括って出てこいよ」
「そうですよ、フィー坊ちゃま。もう何も、心配することなどないではありませんか」
ってマルレーネさんも呼んでくれちゃったんだけど、うん、公爵さま、こういうのは時間をかければかけるほど、出てきにくくなっちゃいますよ。
だから私も、さくっと公爵さまに呼びかけてみた。
「公爵さま、わたくし、至急ご相談させていただきたいことがあるのです。対策を立てる必要がございますので、お願いできますでしょうか?」
って言ったとたん、お三方がそろって『あっ!』って顔になった。
「そうでした、ゲルトルード嬢にはご相談されたいことがあると」
「本当に申し訳ございません、わたくしたち、すっかり自分たちのことばかり」
トラヴィスさんとマルレーネさんが青い顔で慌ててくれちゃって、アーティバルトさんもまた公爵さまを呼んでくれる。
「フィー、聞いただろ、ルーディちゃんは試験の報告だけじゃなくて、また何か問題が発生したんだって。とにかくこのままじゃ話もできないから出てこいって」
では、ここで奥の手を出します。
私はトラヴィスさんとマルレーネさんに言った。
「あの、それでは申し訳ございませんが、お茶をお願いできませんか。おやつは、わたくしが持参しておりますので」
そうなの、試験の結果報告に公爵邸に寄るかもってことで、マルゴがおやつのバタークリームサンドをよぶんにたっぷり持たせてくれたのよん。
「おや、それはもう喜んで」
トラヴィスさんがものすごく正直にうきうきとお返事してくれちゃう。
「大至急お茶の準備をしてまいります」
マルレーネさんもすぐに反応してくれちゃった。
「それではもう、こちらのお部屋でお茶にいたしましょう。坊ちゃま、うじうじしていないで出てきてくださいませ。テーブルの上を片づけますよ。ゲルトルードお嬢さまのおやつを召し上がりたいでしょう?」
公爵さまの私室でお茶って、いいんですかい?
と、私は思っちゃったんだけど、マルレーネさんがてきぱきと動いてくれて、アーティバルトさんも椅子を運び込んでくれる。
トラヴィスさんがお茶のワゴンを押して戻ってきたときには、そのオトメなお部屋の中にすっかりお茶の席が用意されていた。
「本日お持ちしたおやつは、バタークリームサンドになります」
私は公爵さまからお借りしている収納魔道具から、バタークリームサンドがたっぷり詰まったかごを取り出した。
でもってまた、まだ物陰でうじうじだかもじもじだかしてる公爵さまにさくっと声をかける。
「公爵さま、本日のバタークリームサンドは干し葡萄入りと、葡萄柚のマーマレード入りですよ」
なんかいま私、天の岩戸を開こうとしてる? いや、すみっこに逃げ込んじゃった猫を餌で釣りだしてる気分?
まあ、正直に言って私自身が、もうあんまりにもいろいろあり過ぎて切実に甘いモノがほしくてたまらなくなった、っていう状態ではあるんだけどね。
「ほら、フィー! お前が座らないと、お茶を始められないだろ?」
アーティバルトさんに雑に呼ばれちゃって、なんかもうしぶしぶという感じで公爵さまが奥から出てきた。シャツにウエストコートだけ着用して、クラバットもちゃんと締めてないって格好で。
やっぱ公爵さまにはわかるんだね。ホントにどういう仕組みなのかはわからないけど、私がこのお屋敷にやってきたこと……と言うか、たぶん私があの大きな扉を通ったことが。
だからすっかりくつろいでたのに、私が来たのに気がついて慌てて身なりを整えようとしてるところだったのね。
アーティバルトさんはそれを見越して、公爵さまに体裁を整える時間を与えないよう、あの扉を通ってから私を走らせたってわけだ。
公爵さまは、その見るからに『慌ててました』な格好のまま、やっぱりちょっと恨めしそうにお三方の顔を見て、無言で自分の席に腰を下ろした。
でもそんな公爵さまの恨めしげな視線なんか、みなさんそろってスルーですわ。まあ、もちろんあとでフォローはされるんだろうけど。
ええ、私としてはそのほうが断然助かります。
相談させてもらう立場で申し訳ないですが、ホントに早くお家に帰りたい。私ゃ明日も朝から学院なのよ。出てきてくださってありがとうございます、公爵さま。
席に着いた私とマルレーネさんに、ナリッサとトラヴィスさんがお茶を淹れてくれる。アーティバルトさんは、なんだかんだ言いながらもちゃんと公爵さまにお茶を淹れてあげてる。
「こちらは、クリームをクッキーではさんでありますのね」
マルレーネさんが嬉しそうにバタークリームサンドを手にとってます。
「はい、このクリームはバターを使って作ったものです。生クリームよりも濃厚な味わいですよ」
私も笑顔で説明しちゃう。「こちらが干し葡萄入り、そしてこちらは今回初めて作ったのですけれど、葡萄柚のマーマレードを足してみました」
マルゴがね、葡萄柚ことグレープフルーツの皮でいっぱいマーマレードを作ってくれたのよ。先日のクレープにも使ったんだけど、今日のバタークリームサンドにも使ってみたの。
四角いクッキーの上にバタークリームをまっすぐ縦に何本も絞り出して、そのバタークリームの筋の間にマーマレードも細く垂らしてあるのよね。クッキーの間で、バタークリームとマーマレードがストライプ模様になってるんだ~。
「では、さっそくいただきますね」
マルレーネさんはにっこにこで、マーマレード入りのバタークリームサンドを口に運ぶ。
ここは正式なお茶会の席じゃないから、私が毒見する必要もない。でもって私も即、マーマレード入りのバタークリームサンドにぱくついた。
うわー、やっぱりこのほろ苦いマーマレード、すごく合うわー。酸味も甘みも本当にバランスよくて、毎度のことながらマルゴ天才、って思っちゃう。
「本当にクリームが濃厚ですわね。それにこのマーマレードの甘酸っぱくてほろ苦い味わいが、濃厚なバターのクリームにぴったりで」
マルレーネさんも大満足のお顔です。
干し葡萄入りのほうを先に口にしたトラヴィスさんも、とっても嬉しそうだし。
「この干し葡萄は酒に漬けこんであったのですな。甘みだけでなく風味も非常によくて、こちらもバターの濃厚なクリームによく合っております」
ええもう、干し葡萄は定番ですから。美味しくないわけがないですよね。
でね、公爵さまも黙ったまんま、もそもそとマーマレード入りのバタークリームサンドを口にしたんだけど……パッと顔がほころんじゃってんの。
うんうん、美味しいですよねー。
やっぱ美味しいおやつに勝るものはないんだわ。
でもアーティバルトさん、公爵さまがまた逃げてしまわないよう、そのニヤニヤ笑いを引っ込めてあげてくださいな。





