264.本日最後にして最大の衝撃
本日1話だけ更新です。
続きはできるだけ早いうちに更新します。
やっぱり、コレはちょっとひどいよね?
そりゃあね、確かに助けてはもらったけど。でも、いきなり王太子殿下が『近いうちにまたハンバーガー食わせろよな?』はないわー。
もちろん、前世の日本人感覚のまま、お世話になったお礼にハンバーガーをたくさん作ってお届けする、っていうのであればアリよ?
でも違うの、この世界の貴族社会ではそんな気軽なことはできないの。
いちいち手順を踏んで、食べものを提供した人が必ずその場で毒見をしないとダメなのよ。
しかも、相手は王太子殿下だよ?
ヘタしたらお届けものがすべて『献上』になっちゃう相手だよ?
その王太子殿下が直々に、手順もナニも無視して要求してこられちゃうなんて!
こっちとしては絶対断れないじゃん。こっちが断れないことを知らないわけがない王太子殿下がそういうこと言ってくるって、やっぱどう考えてもひどいよ。
ちょっともう、ふつふつと怒りが湧いてきちゃった私の前に座ってるスヴェイさんが、苦笑してます。
「うーん、王太子殿下は、あまり無体なことは周りに要求されないかたなんですがねえ」
スヴェイさん、後ろの立ち台ではなく、私とナリッサと一緒に馬車に乗り込んできてるの。そんでもって、私たちが乗った馬車は我が家ではなく公爵邸に向かってます。
「その『はんばーがー』ですか、そのお料理がよほどお気に召したのだと思いますが」
私はなんかもう上目遣いでスヴェイさんを見ちゃう。
「本日のお昼に、貴方がたにお渡ししたあの軽食が、ハンバーガーです」
「ああ!」
パッとスヴェイさんの顔が輝いた。「あれがそうですか! いや、実に美味しかったです。ゲオルグも無心で食べていましたよ。確かにあのお料理であれば、王太子殿下も多少の無理も通してしまいたくなられますね」
いや、多少じゃないでしょ、すんごい無理を通してこられましたわよ。
「クリームをはさんだおやつも美味しかったですけれど、あの『はんばーがー』は本当にびっくりするほど美味しかったです。手でつかんで文字通り手軽に食べられるところもいいですし、パンも肉も野菜もまとめて食べられるのもすばらしい。あの肉は何か別に調理してあるのですよね? 簡単に噛みきれるほどやわらかくてとても食べやすくて、それでいて肉の味がしっかりと味わえて」
スヴェイさん、めっちゃ饒舌なんですけど。
なんですか、やっぱりスヴェイさんも食いしん坊派閥の人でしたか。
「いやあ、確かにあの『はんばーがー』を一度味わってしまうと、また食べたいと思ってしまうのは、ある意味しかたのないことだと思いますよ」
なんかスヴェイさんまで『またハンバーガー食べさせてよね?』って言ってる気がする……。
などと、私が頭を抱えている間に、馬車はエクシュタイン公爵邸に到着した。
ゲオルグさんが馬車を正面玄関前の車回しに入れるのとほぼ同時に、玄関からトラヴィスさんが出てきてくれた。
「ようこそおいでくださいました、ゲルトルードお嬢さま」
「こんにちは、トラヴィスさん」
私は正直にげっそりと言っちゃった。「公爵さまに大至急ご相談したいことができたのです。こんな遅いお時間に申し訳ございませんが、お取次ぎをお願いできますでしょうか」
「おや、試験結果のご報告ではなく?」
「それもありますが、もっと重大な案件が発生しました」
トラヴィスさんが眉を上げちゃってるけど、ホンットに重大案件ですから。
私を馬車から降ろしてくれたスヴェイさんが言ってくれる。
「ゲルトルードお嬢さま、私はこのままクルゼライヒ伯爵家へお伺いして、お嬢さまが公爵家にお寄りになっていることをお伝えしてきます。ご帰宅が遅くなられていることを、みなさま案じていらっしゃるでしょうから」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ホントにスヴェイさんは気が利いてるわ。
だから私はもう正直にお願いした。
「母には、私の試験結果も伝えてもらえますか。本当に心配していると思いますので」
「かしこまりました。間違いなくお伝えいたします」
うう、全科目合格しました、って自分でお母さまに報告したかったけどしょうがない。少しでも早くお母さまを安心させてあげたいもの。
スヴェイさんが馬車に乗り込むと、ゲオルグさんはすぐに出発してくれた。
私はナリッサと一緒に、トラヴィスさんに導かれて公爵邸の玄関ホールに入る。
「まあ、ゲルトルードお嬢さま、試験のご報告は後日でもよろしゅうございましたのに」
奥からマルレーネさんが出てきてくれた。
そんでもってマルレーネさんはとってもにこやかに、かつ断定的に、言ってくださっちゃうんですけど。
「もちろん、全科目合格でいらっしゃるでしょうから」
「あれ、ゲルトルート嬢?」
私がマルレーネさんに答える前に、階段の上からアーティバルトさんの声が聞こえた。
「試験のご報告に寄ってくださったのですか? 別に後日でもよかったですのに。一昨日の夜からずっと慌ただしくて、お疲れでしょう?」
そう言いながらアーティバルトさんがホールへと下りてくる。
「ああ、ゲルトルード嬢のことですからもちろん全科目合格ですよね」
って、アーティバルトさんまでそんなイケメン圧全開で断定してくれなくても。
これってもし私が全科目合格してなかったら、どうなってたんだろう?
トラヴィスさんが、げふんげふん、じゃないけどちょっと咳ばらいして言ってくれた。
「まったくアーティバルトもマルレーネさんも。ゲルトルードお嬢さまは、大至急若さまにご相談されたい案件が生じたとおっしゃっておられるのですよ」
あ、トラヴィスさんのいう『若さま』って、もちろん公爵さまのことね。
とたんに、アーティバルトさんの顔が引き締まる。
「まさか、例の侯爵家が何か仕掛けてきましたか?」
「そちらは解決してしまったといいますか……」
私の言葉に、みなさん『えっ?』っていう顔をされてます。
まあそうだよね。
「ただ、それにともなって、新たに問題が発生しまして……あの、王家というか、王太子殿下案件です」
みなさん、さらに『えっ?』って顔です。
そりゃそうなるわな。
トラヴィスさん、マルレーネさん、アーティバルトさんの3人で、しばし顔を見合わせちゃってから、アーティバルトさんが言い出した。
「ええと、あの、王太子殿下に関わることでしたら、閣下に直接お話しいただいたほうがよさそうですね」
「はい、そうさせていただければと思います」
私がうなずくと、3人はまたちょっと顔を見合わせて……っていうか、なんかすごいアイコンタクトしてる感じがする。
そして、小声で3人が何か相談を始めちゃった。
「今日はもう報告に来られないだろうと、さっき」
「ではすっかり油断されていますのね?」
「まだ気がついておられませんな?」
「ええ、結界に入っておられませんから」
「これはよい機会ではございませんこと?」
「私もそう思います」
な、なんだろう? なんか3人してぼそぼそと、でもすっごく真剣に話し合って……それから3人そろってじっと私の顔を見つめてくださっちゃってるんですけど?
でもって、3人でしっかりうなずきあったとたん、アーティバルトさんがめちゃくちゃうさん臭い笑顔で言ってきた。
「ではゲルトルード嬢、閣下のところへまいりましょう」
アーティバルトさんに連れられて私は階段を上がり、それから前回通してもらった居間のほうへと廊下を歩いていく。もちろん、トラヴィスさんとマルレーネさんもついてこられていて、ナリッサも一緒だ。
そうして廊下の突き当りの、あの大きな扉の前までやってきた。
「いいですか、ゲルトルード嬢。この扉を通ったら、走ります」
「はい?」
唐突にアーティバルトさんが言ってきて、私はやっぱりワケがわからない。
だけどアーティバルトさんだけでなく、トラヴィスさんもマルレーネさんも真剣だ。
「とにかく気がつかれてしまう前に、一気に走りますので」
「お行儀は気にしていただかなくて結構でございますぞ、ゲルトルードお嬢さま」
「わたくしたちは置いていかれて構いませんわ。ゲルトルードお嬢さま、アーティバルトさんについていってくださいませ」
「は、あの、えっと?」
ワケがわかんないまんまの私に、アーティバルトさんが急かす。
「それでは開けます。はい、走りますよ!」
「え、はい!」
本当にその大きな扉を開けたとたんアーティバルトさんが走り出し、私は慌ててその後を追いかけた。
アーティバルトさんは廊下を走り抜け、一気にいちばん奥の扉の前まで行ってしまう。そして私が追いつく前に、ノックもせずにその扉を開けた。
そこで振り返ったアーティバルトさんは、追いついてきた私に向かって口を開かないようにと、自分の口に指を1本当ててみせる。
やっぱりワケがわかんないままうなずいた私を、アーティバルトさんがその部屋に招き入れた。
えっと、ここって執務室? 執務室だよね、公爵さまの。
正面には立派な机が置かれ、左右の壁にはびっしり本棚とキャビネットが並ぶという、我が家の執務室と同じ造りだ。
けれど公爵さまの姿はなく、アーティバルトさんはその部屋の中、左手側にある扉……たぶん続き部屋への扉の前へと進む。
そしていきなり、その扉を乱暴にゴンゴンと叩いたアーティバルトさんが、声を上げた。
「フィー、わかってんだろ、ルーディちゃんが来たぞ!」
は?
え、あの、ええ?
フィー? ルーディちゃん?
その唐突な、近侍にあるまじき言葉遣いに頭が追いつかない私にかまわず、アーティバルトさんは扉を開けた。
「緊急事態だ、ルーディちゃんが困ってるぞ、大至急お前に相談したいって」
「えっ、いったいどうしたの?」
公爵さまの声が聞こえた。
「ルーディちゃんがどうしたのですって? まさか試験に合格できなかったとか? そんなことはないわよね、別の問題? あのクズの侯爵家が何かしてきたっていうのかしら?」
声……声は、間違いなく公爵さまなんだけど……。
バタバタと足音がして、本当に公爵さま本人が、クラバットを締めながら部屋の奥から出てきて……アーティバルトさんのすぐ後ろにいる私に気がついた。
気がついたとたん、悲鳴が上がった。
ええ、公爵さまが悲鳴を上げたのよ、『キャーッ!』ってね。





