262.まさかの真打登場
本日も2話更新です。
まずは1話目です。
「エクシュタイン公爵さまが、アンタみたいなクズと比べものになるとでも思ってるの? あのかたはアンタと違って、暴力をふるって誰かを踏みつけることなんか絶対しない! 相手のことをきちんと思いやれる人だわ! そりゃ確かにいろいろと残念なところはあるけどね、人としての根本の部分はものすごくまっとうで誠実なんだから! アンタみたいな幼稚で卑しいクズと比べるだなんて、おこがましいにもほどがあるわ!」
ダンっと足を踏み鳴らして一気に言い放ち、私はふんすとばかりに鼻息を荒くしちゃった。
だって生まれも育ちも、公爵さま本人にはこれっぽっちも責任なんかないし、本当に本人にはどうしようもないことじゃないの。
それなのに、生まれたときから家の中でずっと命を狙われて、いまだに使用人からすらその存在を否定されちゃってるのよ?
でもね、それだけずっとつらい思いをしてしんどい人生を歩いてるのに、あの公爵さまは自分が地位や権力を得ても周りを踏みつけになんかしてない。
自分がつらいからしんどいからって、周りも自分と同じようにつらくてしんどい思いをしていないと許せないって人、いっぱいいるのよね。そういう人は、自分が地位や権力を得たとたん、周りを踏みつけにする。
それこそ、職場で新人時代にさんざん理不尽な要求をされて苦しめられた人が、肩書がついて自分が新人を指導する立場を得たとたん、自分がされたのと同じ理不尽な要求を平然とするって、めずらしくもないことでしょ。自分がやらされたんだから、お前もやれ、って。お前だけ楽しようなんて思うなよ、って。
でもあの公爵さまは、自分がつらくてしんどい思いをしてきてるからこそ、私やお母さまのことを思いやってくれるのよ。
たとえば、伯爵家が代々所有してきた防御の魔法陣付きタウンハウスを売っちゃうとかね、それは後見人の立場としては止めるべきことだと思うの。でもあの公爵さまは、私とお母さまの気持ちや事情を尊重して、同意してくれてる。
公爵さまは私が置かれていた状況を理解してくれてるから、私がどれだけ常識知らずでも決して馬鹿にしたり見下したりなんかしない。
それがどれほど立派なことなのか、私はちゃんとわかってる。
もちろん、いろいろと残念なところはあるわよ。
そりゃもうあの食い意地とか食い意地とか食い意地とか、いきなり我が家の厨房に乗り込んできて居座っちゃうとことか。
でもそういうのは別にして、私は人としてあの公爵さまのことはちゃんと信頼してるんだから!
鼻息荒く仁王立ちしちゃってる私の前で、馬鹿丸出しのDV確実野郎は本気でぽかーんと間抜け面をさらしてる。
いままで誰からもこんなにストレートに非難された、ってかもうボロクソに言われたことなんてないんだろうな。自分が生まれたときにたまたま与えられた地位や性別の上にふんぞり返ってさえいれば、誰もかれもが媚びへつらってくれてただろうから。
それが真正面からボロクソに言われて、しかも言ってきた相手は自分が暴力をふるえばどうにでもできると思ってた小娘だからね。そりゃあ衝撃だったでしょうよ。
って、あー……スヴェイさんが真顔で固まっちゃってるんですけど。
うわー、どうしよう、いや言い訳する気はないけどさ、やっぱご令嬢としてあるまじき言動だったからねえ……国家トップレベル人材に対して、どうやってフォローすればいいんだろう?
と、私は視線を泳がせそうになっちゃったんだけど、DV確実野郎のほうはようやく私にナニを言われたのかが理解できたっぽい。
間抜け面がちょっとハッとして、それからわなわなと全身を震わせ始めた。
「き、貴様、なっ、何を、だっ、誰にむ、向かって……!」
なんかもう、怒り心頭過ぎてまともにしゃべれないらしい。
真顔だったスヴェイさんが、さっと私の前に出て身構えてくれちゃう。
そのスヴェイさんは、わざとらしく自分の視線を一瞬だけ、いまだに床に這いつくばって脂汗を流しまくってる従者へと送った。
つまり、かかってくるならアンタもおんなじように床に這いつくばらせてやるよ、ってことを示してくれたんだけどね。だけどDV確実野郎はそんなこともわからないくらい、完全に頭に血が上っちゃってるっぽい。
ごめんなさいスヴェイさん、もうなんでもいいからヤっちゃってください。
スヴェイさんが駄目だっていうのなら、私が自分でこの馬鹿丸出しDV確実クズ野郎を殴り飛ばします。私、人を殴ったことなんて前世でも一度もないけど、このクズなら殴れると思う。
そんで警備兵を呼んで、あとはもう丸投げして、一秒でも早くお家に帰りたいです。
すっかり冷めた気分で馬鹿丸出しDV確実クズ野郎をながめていた私の耳に、ふいにその音が響いてきた。
パンパンパンと、手をたたく音だ。
誰かいるの?
身構えたままのスヴェイさんと私が、その拍手が聞こえるほうへちらりと視線を送ったのは同時だった。
けれど次の瞬間、スヴェイさんはバッとその場に膝を突いて頭を垂れた。
え? ええ? あの、どういう……?
手をたたきながら通路の奥から現れたのは、制服姿で黒髪にはちみつ色の目の男子学生……と、その男子学生を取り囲む一団。
って、ま、ま、ままままままさか!
私は自分の目の前で膝を突いて頭を垂れているスヴェイさんに、バッと視線を落とした。
スヴェイさんが一瞬だけ視線を上げて、私に目くばせしてくれる。
間違いない!
私は慌ててその場で片足を引いて膝を折り、スカートの端をつまんでいちばん深いカーテシーをしながら頭を下げた。私の後ろにいたナリッサも、急いで私に倣う。
だけど頭に血が上り切ったDV確実クズ野郎とその近侍は、まだわかってない。
「なんだ、貴様らは!」
DV確実クズ野郎がわめいたとたん、その男子学生を囲む一団の中の1人が鋭い声を上げた。
「ヴォルデマール王太子殿下の御前である! 控えよ!」
ヒュッ、とDV確実クズ野郎たちが息を飲む音が聞こえた。
そりゃーもう、ひれ伏すしかないよね? ご身分だの地位だのお血筋だので、ご自分の格付けにしがみついていらっしゃるかたは、特に。
王太子殿下ご一行は、そのまま私たちがいる正面玄関まで出てきた。
「ああ、其方はクルゼライヒ伯爵家のゲルトルード嬢だな。楽にするといい」
ハリのある快活な声が言った。「其方は私と同じ学生であるからな。この中央学院において、ともに学ぶ学生はみな等しくあるのだから」
ひいぃぃーーーまさかの直接お声がけ! な、なんてお答えすればいいの?
私は思いっきり冷汗をかきながら、とりあえず姿勢を崩さずに答えた。
「ヴォルデマール王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しく存じます。わたくしめへのお声がけ、まことに光栄の至りでございます」
で、合ってる? 私、ちゃんとマトモなご挨拶できてる?
「うむ、楽にするとよいぞ」
重ねて、それもなんだか機嫌のよさそうな声で言われちゃって、私はこりゃもう逆らっちゃイカンと判断した。
それで、恐る恐る顔を上げ、ビミョーに引きつりながらもなんとか笑顔を浮かべてみせた。
「直々のお言葉、まことにありがたく存じます」
で、私の返答として合ってるのかどうかわからないんだけど、王太子殿下は構うようすもなく続けて話しかけてくださる。
「其方とこうして言葉を交わすのは初めてであったな」
「はい、クルゼライヒ伯爵家長女のゲルトルード・オルデベルグにございます。よろしくお見知りおきくださいませ」
ヴォルデマール王太子殿下は、ホントになんかちょっと機嫌よさそうだ。
しかしこうやってまともにお顔を拝見すると、確かに王妃殿下によく似ていらっしゃるわ。ってことはレオさまにも、それに公爵さまとも結構雰囲気が似てらっしゃるのよね。
王太子殿下は、そのはちみつ色の目をきらりと輝かせてさらに言ってきた。
「ゲルトルード嬢、其方のことは王妃殿下ならびに叔父であるエクシュタイン公爵からよく聞いている」
うぉーい、1回しかお会いしたことのない王妃殿下がナニを? そりゃ公爵さまは、なんか言ってそうな気はするけど、いったいナニを王太子殿下に話してるのよ!
「そうだな、叔母であるガルシュタット公爵家夫人にもよく聞いているが」
レオさままで!
ちょっともう、冷汗が半端ないんですけど!
なのに、王太子殿下はにんまりと笑ってらっしゃいます。
「みな、そろいもそろって其方のことを褒めちぎる。私は正直、そのことがずっと不思議だったのだが……本日たったいま、その理由がよくわかった」
え、ちょ、ちょま、ちょっと待って、王太子殿下がナニを言ってらっしゃるのかわかりません!
なのになのに、王太子殿下はやたら楽しそうです。
「いや、先ほどの其方の反論、実に見事であったぞ」
ぎぇぇぇーーーーー!
き、聞かれた、聞かれちゃった、聞いちゃったんですか、王太子殿下!
さっき私がぶちかましちゃった、あのご令嬢にあるまじき啖呵を!
「ヴォルフ叔父上が其方のことをことのほか気に入っているということは、私もよくわかっていたのだが……其方のほうもヴォルフ叔父上のことを正しく評して慕ってくれているのだな。うむ、実によいことだ」
いや、慕っているとか、あの、そういうのじゃなくてですね、あのDV確実クズ野郎の言い分がどうしても許せなくてですね、だって公爵さまにはいっぱいお世話になってるし、その……!
もうナニをどうお返事すればいいのか、焦りまくってしどろもどろになっちゃって、私は思わず視線を泳がせちゃったわよ。
だけど、王太子殿下はそんな私に向けていた生温かい笑顔をすぐに引っ込め、王太子殿下としての顔で重々しく言い放った。
「それではスヴェイ・フォルツハイムよ、この場で何が起きているのかを報告せよ」





