259.やっちまったー!
本日1話更新です。
ルーディちゃん、フラグは立っていたのでしょうか?v( ̄∇ ̄)ニヤリ
「クルゼライヒ伯爵家のゲルトルード・オルデベルグです。よろしくお願いいたします」
算術の教室でも、教卓の前に先生が待っていた。
わりと若い、30代前半かなって感じの男性の先生なんだけどね、なんかこう、いかにも白衣を着て研究所とかに居そうな、見るからに理系男子って感じの先生なんだ。ひょろっとした長身で、言い方悪いけどもっさりした髪型に黒縁眼鏡なんかかけちゃってるし。
学生証ですみやかに本人確認が行われる。
「計算器具の貸し出しは必要ですか?」
先生に問われて、私は首を振った。
「いえ、大丈夫です。必要ありません」
「わかりました。それでは着席してください」
解答用紙を渡され、私はやっぱりもう教卓の目の前の席に着いた。
教室内にいる生徒は私1人。着席した私が筆記具を出したことを確認すると、先生は教卓の後ろの黒板に向かった。
ホントに不思議なんだけどね、黒板なのよ。
その黒板の何か所かに先生が手をぺたぺたと当てていくと、黒い板の上に白い文字が浮かんでくるの。
いまは当然、試験問題がぱっぱっと浮かんできている。
「それでは始めてください」
先生はそう言って、教卓の上の砂時計をひっくり返した。
えっと、制限時間は特になかったと思うんだけど……と、私は内心ちょっと焦りながら、黒板に表示された問題にざっと目を走らせる。
二桁の加減乗除の計算問題に、分数式が2つ。それに文章問題も2つあるわ。それから……私は最後の設問を見て、えっ、とばかりに目を見張っちゃった。
だってあれ……方程式だよね?
数字以外の文字が、式に入ってるもの。
ちょ、ちょっと待って、方程式問題なんて授業でやった?
もしかして、自由登校期間に入る前、私が葬儀の手続きやなんやらで休んだときにやったとか?
でも方程式問題が出るかもなんて、リケ先生もファビー先生も……ああっ、コレがもしかして例の『えっ?』っていう問題なのー?
私はその方程式問題をよく見てみた。
あ、問題自体は全然難しくないわ。本当に基本中の基本の内容。同じ文字を含んだ方程式が4つ記載されていて、その文字の値が3になる式をひとつ選びなさいって問題だもの。つまりX=3になる式を選べばいいってことよね。中学1年生レベルかな?
それがわかって、私は一気に落ち着いた。
大丈夫、ちゃんと私に解ける問題ばっかりだわ。一問一問、確実に答えを書いていけばいい。
私は最初の問題に取りかかった。
二桁の加減乗除なんて、ほぼ暗算でいけちゃうもんね。筆算する必要もない。私、前世はまったく文系な人だったけど、このくらいは余裕よ。日本の算数教育ってホントにすごいな。
分数の計算も、最初はすっかり忘れてたんだけど、掛け算も割り算もやり方を思い出してからはすぐ解けるようになったわ。
いやーもう、前世の記憶からしたら、まさかまた学校へ通うことになるとは、だもんねえ。
うん、いけるいける。これなら全然大丈夫!
順調に最後の問題まで答えを書き終えた私は、見直しを2回した。
よし、ケアレスミスもなさそうだし、これで提出しちゃおう。
「採点をお願いします」
席を立ち、教卓の先生に解答用紙を提出した。
解答用紙を受け取った理系男子な先生は、渡したその解答用紙に目を落とすと、指先でトントンと教卓を何回か叩いた。
「全問正解です」
おおっ!
と、いうことは?
「あの、合格、ですよね?」
顔を上げた算術の先生は、まったく表情を動かさずに淡々と言った。
「おめでとう」
「合格ですね!」
ぃよっしゃー!
と、ばかりに思わず表情を崩し、その自分の顔の前で両手を合わせちゃった私に、算術の先生はさらに淡々と言ってきた。
「ゲルトルード・オルデベルグ嬢、今年度秋試験1年生算術科目の首席は貴女です。おめでとう」
「は、い?」
先生、いま、なんと言われました? 首席?
あ、もしかして、全問正解の人は全員首席って扱いなのかな?
「あの、全問正解の首席は何人くらいいらっしゃるのでしょうか?」
「首席は1人ですよ」
「はい?」
やっぱりものすごーく淡々と、算術の先生は言った。
「全問正解者は貴女を含め7人います。その中で、首席をとったのは貴女です、ゲルトルード嬢」
ぽかんとしちゃった私に、先生はやっぱり淡々と言うんだ。
「全問正解者の中でも、解答にかけた時間は貴女がいちばん短かった。しかも貴女は、計算器具も使用していない。そして今年度秋試験の1年生算術科目受験者は、貴女で最後です。だから貴女が首席であることが、いま確定しました」
あっ、あの砂時計って……そういうことだったのか。
えっと、でも、いいのか私? 本当に首席をとっちゃって?
あのゲス野郎がもういないんだから、そっちの問題はもうないんだけど……いままでそこそこな点数しかとってこなかった私が、いきなり首席って……なんかいろいろ、まずくない?
と、これってもしかしてやらかしちゃったのかもと、内心焦り出した私に、算術の先生は衝撃的なことを言ってきた。
「さらにこの最後の設問」
先生が指さしているのは、あの方程式問題だ。
「この計算式の問題は、高等学院の文官クラスで習う内容です。けれど、貴女は正解した」
あああああーーー!
やられた!
いや、やっちまった?
そうよ、別に全問正解しなくても、合格さえすればよかったんだから、最後の設問は解答せずに提出しても何の問題もなかったのよ!
それを私は、つい当たり前のこととして全問解答しちゃって……。
「あっ、あの、先生」
私は慌てて言った。「その問題は、その、あてずっぽうです、四択問題ですから、たまたま書いた答えが正解だったというだけで……幸運でした!」
そうよ、正解を書く確率は4分の1、たまたま正解を当てちゃいました、でいいよね?
「ですから、その、それで首席というのは、たいへん申し訳なく……」
引きつった笑顔で言いつくろう私を、算術の先生はじっと見つめてる。
「ゲルトルード・オルデベルグ嬢」
「は、はい!」
「貴女はいままで、試験ではわざと誤答を書いていましたよね」
うぇっ?
固まっちゃった私に、先生は言う。
「貴女のこれまでの算術試験の成績は、入学直後の春試験もその次の夏試験も、それだけではなく授業の振り返りで行う小試験も、すべて半分程度の正答率でした。それは問題の難易度にいっさい関係がなく、しかも誤答については、例えば除算が苦手であるとか分数式が苦手であるとかといった傾向がまったく読み取れませんでした。つまり、常に点数が半分程度になるよう、貴女は意図的に半分誤答を混ぜていると私は判断していましたが、違いますか?」
バ、バレてる……!
完全にバレてるんですけど!
ええええ、ど、どうしよう、えっと、あの、ごめんなさい、すみません、申し訳ありません、私は先生のこと、完全に舐めてました!
だってまさか、こんなモブな私の試験の内容を、そんなにきっちり分析していらしたなんて。
もしかしてこの先生、生徒全員のそういう解答傾向をちゃんと把握してるの?
なんてお返事すればいいのかまったくわからなくて、引きつった笑顔で固まったままの私から、先生はようやく視線を外してくれた。
「まあ、女子生徒の場合は『家庭の事情』によって、わざと成績を落とすこともそれほどめずらしくはありませんからね」
って、あの、我が家みたいに、娘がいい成績とっちゃったらまずいってお家が、その、めずらしくないの? それはそれで結構な衝撃なんですけど?
「ふむ……ゲルトルード嬢のクルゼライヒ伯爵家では、最近ご当主がお亡くなりになったばかりでしたね」
そう言ってその顔をまた私に向けた先生の……算術のカルヴァン・ファーレンドルフ先生の口の両端が、にんまりと上がってる。
「そうですか、これが貴女の『実力』ですか。今後が非常に楽しみです」
わ、私、なんかまた、とんでもないやらかしをやっちまった気がするんですけどー!





