26.食べ盛りだもんね
私がそんなよこしまなことを考えている間に、お母さまはさらに話を進めていた。
「ではマルゴ、貴女は新鮮な食材があれば、美味しい料理を作ってくれるのね?」
「もちろんでございます、奥さま」
マルゴは満面の笑みで答えた。
お母さまも嬉しそうにうなずく。そして私とアデルリーナの顔を順番に覗き込んだ。
「ではマルゴを我が家の料理人に雇おうと思うのですけれど、貴女たちはどう思って?」
アデルリーナが私の顔を見る。
本当になんでこんなにかわいくてかわいくて賢いんでしょう、私の妹は。ちゃんと姉である私を立てようとしてくれてるんだもの。
「わたくしも賛成です、お母さま」
私が先に答えると、アデルリーナも笑顔で口を開いた。
「わたくしもです、お母さま」
ああもう本当に本当になんでこんなにアデルリーナはかわいいかわいいかわいいかわ(以下略)。
それから、マルゴを我が家で雇うにあたって具体的な条件についての話し合いになった。
マルゴとしては住み込みではなく通いを希望らしい。息子2人はすでに成人して商売を始めているものの結婚はまだだとかで、いましばらく息子たちの面倒もみてやる必要があるのだと言う。
「ではお昼前に来てもらって、それからおやつと晩餐を作ってもらい、それに翌日の朝食を作りおきしてもらうという形でいいかしら?」
「はい、結構でございます、奥さま」
「食材については、いまと同じようにカールに買い出しに行ってもらっていいかしら? もちろん、貴女が必要な食材を前日に言ってくれれば、それを優先してカールに買って来てもらうようにするわ」
私も問いかけると、マルゴは目を見張ってうなずいた。
「そうしていただければ、たいへん助かりますです」
「それから、ええと」
私はお母さまとアデルリーナの顔を見てから言う。「わたくしたちは、特に食べられないものはないのだけれど……」
アデルリーナの眉がへにょんと下がっている。
そのちょっと情けないような顔に私の胸がきゅーんとしちゃうんだけど、そっとそのかわいいかわいい妹を促す。
「リーナはちょっと苦手があるのよね?」
「はい……わたくし、その、少し、にんじんが、苦手で……」
小さな声で答えたアデルリーナは、それでも健気に両手を胸の前で握りしめた。
「あの、でも、がんばって食べます。好き嫌いせずになんでも食べないと大きくなれないと、ルーディお姉さまがおっしゃいますもの」
ぐっはあああーーーーー。
ああもう、ホントにホントになんでこんなに私の妹はかわいくてかわいすぎてかわいくてかわ(以下略)。
いけない、いまはマルゴの条件についての話し合いだったわ。
私は首を回し、自分の後ろに並んで立っているみんなを見た。
「ええと、シエラとハンスは何か食べられないものはあったかしら?」
「えっ、いえ、あの、ございません!」
「オレ、いや、えっと、私もありません!」
質問されると思っていなかったのか、シエラとハンスはびっくりしたように顔を赤くして慌ただしく答えてくれた。
よしよし、あとのみんなはもうわかってるもんね。ヨーゼフもナリッサもカールも、特に苦手なものや食べられないものはなかったはず。
私はマルゴに向き直った。
「ほかの皆も特に食べられないものはなかったと思うので、食材の種類について個別の配慮は必要ありません」
なんだかマルゴが目をぱちくりしてる。
「は、はい、お嬢さま」
「あとは、まだ確定ではないのだけれど、侍女と庭師という夫婦者が住み込みになると予定しています。この2人に食べられないものがあった場合は、またそのとき伝えますね。それからこの夫婦には4歳の男の子がいるので、その子の食べるものには少し配慮してもらえるとありがたいわ」
「あ、はあ、かしこまりまして」
なんだかやっぱりマルゴは目をぱちくりさせてる。
そこで私は思い出した。
このマルゴおばちゃん、実際に肝っ玉母さんなんだっけ。息子2人を女手ひとつで育てたって言ってたもんね。
「マルゴは息子がいるから、子どもの食べるものもわかっているのでしょう? それに、我が家にはすでに男の子が2人いるので」
きょとんとしているマルゴに、私は『あれ?』と思いつつ言葉を続ける。
「ほら、カールもハンスも食べ盛りでしょう? 毎日たくさん食べさせてあげてほしいの。いまの年ごろにしっかり食べておけば、体も丈夫に育つでしょうから」
マルゴの顔が、きょとんからぽかんになってる。
なんだかな、私またなんか変なこと言っちゃった?
いやでも、この世界でアレルギーとかっていままで聞いたことないけど、私が知らないだけで実際にはあるのかもしれないし、食べられないものチェックって必要よね?
それにカールもハンスも、一番食べなきゃいけない年ごろじゃない? たくさん食べてすくすく育ってもらわないと。ハンスはもうすでに結構大きいけど、カールはまだこれからどんどん背が伸びるわよね。ナリッサもクラウスもこんなに背が高いんだもの、弟のカールも長身イケメンになるはず。
ぷっ、と……噴き出したのはクラウスだった。
「あ、ああ、申し訳ございません」
クラウスは笑いをかみ殺し、マルゴに言った。「どうですマルゴさん? 私が言った通り腕のふるいがいがあるご一家でしょう?」
マルゴはくるっと首を回してクラウスを見た。
そしてにーっと大きく笑うとマルゴは私たちに向き直り、深々と頭を下げた。
「このマルゴ・ラッハ、クルゼライヒ伯爵家に誠心誠意お仕えさせていただきますです!」
でもって、イケメン眼鏡男子クラウスくんが実にさわやかな笑顔で言った。
「それで、侍女と庭師の夫婦と4歳の息子が住み込みのご予定だとおっしゃいましたが、少し詳しく伺いましても?」
ご、ごめん、ごめんよクラウス! ちゃんと説明するつもりだったの! ホントだから!
なんか笑顔が怖いよクラウスー!