257.午前中の結果
本日2話更新します。
まずは1話目です。
「ふうむ……」
白いお髭のおじいちゃん先生は、眉間にシワを寄せながら私の答案用紙を読んでくれてます。
ああもう、この宣告というか合否判定を待ってる時間のいたたまれなさってどうよ? 顔が引きつってきちゃうし、背中に冷汗まで垂れてきちゃったわよ。
やがておじいちゃん先生は、うつむいて私の答案用紙に目を落としたまま、すっと何かを私の前に差し出した。
えっと、なんだ、コレ? 魔道具?
きょとんとしてる私に、おじいちゃん先生がしかめた顔を上げた。
「魔力を通しなさい」
「は、はい!」
私は慌ててその差し出された魔道具に手を置き、魔力を通した。
その瞬間、フォンっていう感じで何かが、私とおじいちゃん先生の周りに広がった。
あっ、これ……これって、もしかして防音の魔道具? そうか、ほかの生徒に聞こえないようにしたってわけね。
「ゲルトルード・オルデベルグ嬢」
「はい!」
おじいちゃん先生が呼びかけてきて、私はビシッと背筋を伸ばしちゃう。
「この、布に状態保存の魔術を使って魔力付与をするという案だが、きみはどのようにして着想したのだね?」
「はい、あの、最近わたくしは、我が家の古い書類を整理する機会がありまして……」
おじいちゃん先生の問いかけに、私は想定しておいた内容を説明する。
『魔術学基礎』に関しては、単純に模範解答を丸暗記して書き写すだけじゃダメ、採点のときに必ず先生から質問されるからって、リケ先生とファビー先生から忠告されててね。
だから私が自分で説明できるよう、お2人がすごく頑張っていろいろ教えてくれたのよ。
そしてもちろん、布に状態保存の魔術で魔力付与をするという内容を答案に書くことは、公爵さまからも了承を得てる。
一昨日の夜、公爵さまとアーティバルトさんが試験対策に付き合ってくれてたとき、例年の傾向からしておそらく魔力付与に関する課題があるはずだから、布に状態保存を施すことについてまとめるのがいいだろうって話になったの。
そんでもって、さすがに蜜蝋布の製品化についてはまだ口外できないので、とりあえずソレを抜きにしてどう答えるかまで、相談させてもらったのよね。
「……古い書類は羊皮紙を使用し、状態保存の魔術が施してありました。そこでわたくしは、状態保存の魔術を、何かほかのものにも活用できないだろうかと考えたのです。そして状態保存の魔術は立体物に施すにはかなり手間がかかることなどを知り、それであれば布に施してみるのはどうかという案にたどり着きました」
うん、基本的にウソは言ってないよ、ウソは。
だって、私が羊皮紙の書類で初めて状態保存の魔術っていうものを知ったのは事実だからね。
おじいちゃん先生は、眼鏡をずらして上目遣いにじっと私を見てます。
ひー、だからウソは言ってないです、ウソは。
先生からの質問が続きます。
「それでは、その布に状態保存の魔術で魔力付与をする具体例として、食品の保存に使用するという方向へはどのようにして着想したのかね?」
「それはもう、単純にわたくしが日々思っていたことからです」
私は頑張って笑顔で答える。「美味しいおやつなどを、もう少し日持ちさせられないものかと。食べものであればいずれ食べてなくなるのですから、収納魔道具のように完全に時を止めてしまう必要もありません。そこで、状態保存の魔術と結びつけることができたのです」
「ふうむ……」
はい、これもウソは言ってないですよ、ウソは。
だってコレについては、私が自分でアイディア出したことだもん。食べものの賞味期限、消費期限を数日延ばすだけでもすっごく役に立つよね、って。
おじいちゃん先生はさらに、状態保存の術式や付与する魔力の量や質なんかについても質問してこられた。
でも、1年生ではそこまで詳細に答える必要はないってリケ先生ファビー先生から教えてもらってたから、その通り、詳細はこれから勉強する必要がありますが可能性として考えられるのではと提案いたしました、と私は笑顔でお返事しましたわよ。
あとは、実現化に向けたとき現時点で見えている問題点についての確認。
その魔力付与をした布を繰り返し使えるようにするには、現在の状態保存の魔術式を少々書き換える必要があるのではないかということ。また、繰り返し使うことで、結果的に付与する魔力が少量ではすまない可能性があること。
そういう、まあアーティバルトさんがあの席で言ってたことよね。
その辺りも、リケ先生ファビー先生から教えてもらった付け焼刃知識でなんとか乗り切った。
うん、乗り切れたと、思う。
なのに、白いお髭のおじいちゃん先生は、じっと何かを考えこむように私の答案用紙とにらめっこしたままなんですけど。
ひー、ホンットに勘弁してほしい、この宣告を待ってる感!
「む?」
ようやく、おじいちゃん先生が顔を上げた。
「ああ、合格だ。ゲルトルード嬢。退出してよいぞ」
えええっと、あの、なんかついでのように言われてますが、合格、ですよね?
「ありがとうございます! それでは失礼いたします!」
私は慌てて頭を下げた。
よっしゃー!
最大の関門を突破だ! 内心で思いっきりガッツポーズよ!
いやもう、その最大の関門突破の勢いで、私は次の科目も、さらにその次の科目も合格しちゃったんですけど。
ナニこの順調っぷりは?
午前中の3科目、すべて一発合格!
なんかもう逆に怖くなってきちゃったわ。いやホント、ここで浮かれてしまわず気持ちを引き締めなければ。午後もまだ3科目あるんだから。
私はつい緩んじゃいそうになる自分の顔を、両手でぺしぺしと叩きながらお昼休憩に向かった。
女子個室棟にある私の部屋へ到着すると、ナリッサが心配顔で待っていてくれた。
私はもう開口一番、報告しちゃう。
「午前中3科目、すべて合格よ」
「それはようございました」
さすがにナリッサもホッとした表情を浮かべてる。
「でも午後にも3科目あるからね。まだまだ気は抜けないわ」
「はい、さようにございますね」
私の言葉に、すぐさまナリッサも表情を引き締めてくれたけど。
なにしろ一昨日の夜からずっと、お母さまは真っ青な顔をしたままだしね。
それに公爵さまとアーティバルトさんが私につきっきりでお勉強の相手をしてくれて、さらに昨日1日はもうリケ先生もファビー先生も完全に鬼気迫る状態だったわけだから。
おかげで我が家の全員が、私がどれほどヤバい状況に追い込まれているのかを認識しまくってくれちゃっています。
いやもう、家じゅうピリピリさせちゃって本当に申し訳ない。
帰宅したらみんなにいい報告ができるよう、午後も頑張らなきゃ!
そのためには、お昼をしっかり食べて……と、その前に、しなきゃいけないことがある。
「ナリッサ、お茶の準備はできているわね?」
「もちろんでございます」
ナリッサが、キルト布で包まれた陶製の水筒2本をさっと出してくれる。
私はうなずいて、制服のスカートのポケットから収納魔道具を取り出した。公爵さまからお借りしてる、時を止められないほうの収納魔道具ね。
その収納魔道具から、私はハンバーガーとバタークリームサンドが詰まったかごを出す。そのかごに、ナリッサが用意してくれた水筒も押しこんじゃう。
「それじゃ、ちょっと行きましょうか」
私はナリッサと連れ立って、いったん自分の部屋を出た。





