254.おススメであることは間違いない
本日2話目の更新です。
明日もまた更新する予定、です╭( ・ㅂ・)و グッ !
「いや、驚きました」
エグムンドさんがしみじみと言い出した。「まさか、ゲルトルードお嬢さまにこれほどまで算術の才がお有りだったとは。答えを一通り暗記してしまえばいい。まったくもっておっしゃる通りです。そうすれば、よほど複雑な計算でないかぎり、その場で暗算できてしまうわけですから」
「そのためにこの表を使う、ということですか」
アーティバルトさんまでうなっちゃってるし。
そしてアーティバルトさんは、クラウスに顔を向けた。
「クラウス、きみはこの表の存在を知っていたのか?」
「はい。しかし表そのものを見せていただいたのは、いまが初めてです」
突然アーティバルトさんから名前を呼ばれて、緊張した面持ちのクラウスが答える。
「ただカールから……クルゼライヒ伯爵家で下働きをさせていただいている弟のカールから、ゲルトルードお嬢さまから計算の表をいただいたと、その表を使うと本当に計算が速くなるのだと、聞いておりましたので」
「で、そのとき、きみの弟は実際にはこの表を、きみには見せなかったのか?」
再び問いかけるアーティバルトさんに、クラウスもすぐに答えた。
「はい。弟はその表をゲルトルードお嬢さまの許可なく伯爵家の外に出すべきではないと思うと、私に言いました。それで今回、この場で私からゲルトルードお嬢さまにお願いしたのです」
「なるほど。あの赤毛の少年は、そうとうに賢いとみえる」
そう言ったのは公爵さま。
ええもう、我が家のカールは本当に優秀ですからね。
ふふふ、私の斜め後ろに立ってるナリッサも、顔は見えないけどたぶんちょっとどや顔になってると思うわ。
「しかし、計算結果を一覧表にして暗記してしまおうという、その発想がまたすさまじいな」
公爵さま、そんな、すさまじいとか言わなくても。
と、思いながら、私は自分のやらかしがようやく理解できてきた。
そうだよ、そうだったよ、学院の授業でも算術は……まるっきり『算数』のレベルでした。せいぜい二桁の加減乗除程度なの。あとは分数がちょっと出てくるくらい。
高等学院の文官クラスまでいけば、平面の面積や立体の体積を求めるなんて問題も出てくるらしいんだけど……それでも前世日本人の私からしてみれば、ねえ?
でね、貴族子女のみなさんは、計算器具を使ってちまちま計算して答えを出していくんだわ。
私は計算器具なんて持ってないから当然その場で暗算か、用紙の端で筆算するんだけど、その程度で十分なレベル。
貴族の子女のための中央学院の授業ですらそういうレベルなんだから、平民の間では言わずもがな、だよね。それはたぶん、商人であってもそうなんだわ。
そういう状況で、私がいきなり掛け算の答えをすらすらと書き出していったもんだから……。
あーもう、またやっちゃったよ、どうしてこう、わざわざ墓穴を掘っちゃうんだろう。
うーん、言い訳にするならやっぱアレかなあ?
「わたくし、算術の授業で使える計算器具を持っておりませんので」
にこやかーに私は言ってみた。「それだったらもう、基本的な計算はまるごと暗記してしまおうと考えたのです。それで暗記しやすいように、一覧表にして書き出してみたのです」
「ああ、そういうことか……」
眉間のシワを深くしちゃった公爵さま、すぐに察してくださってありがとうございます。ちょっと罪悪感覚えちゃうけど。
でも、私が計算器具を持ってないのは事実だからね。
だいたいあのゲス野郎が、私のためにそんな道具を用意してくれるって絶対にあり得ないもん。
そもそも計算器具の存在自体、算術の授業でほかの生徒たちがいっせいに取り出したのを見て、初めて知ったってレベルだよ。
おかげで、私はいまだに計算器具の正確な使い方がわかってないっていう。器具自体は、申請すれば算術の授業用に貸し出してもらえるんだけどね。
「いや、でも……計算器具がないのなら計算結果を暗記してしまおう、そのために一覧表を作ってしまおうという、その発想がすばらしいです」
スヴェイさんまで感心したように言ってくれちゃってます。
とりあえず私は、このまま押し切らねばならぬ。
「我ながらよい案だったと思います」
ええもう、にーっこりと笑顔でアピールしちゃうからね。
「実際、それほど苦労もせずに覚えられるものですよ。そして一度覚えてしまえば、いくらでも応用が効きます。本当に便利なので、この表で掛け算を暗記してしまうのはお勧めです」
「これは、意匠登録はしない方向でいきましょう」
はい、エグムンドさんの眼鏡キラーンがきました。
「表自体は、誰でも簡単に書き写せてしまいますから。むしろ、広く普及させる方向で使用すべきです。場合によっては、中央学院へ提供してもいいかもしれません」
「うむ、算術の授業で使用してもいいのではと、私も思う」
公爵さまもうなずいて、それから私に言ってきた。
「ゲルトルード嬢、もしこの表を中央学院へ提供することとなっても、構わないだろうか?」
「もちろん構いません」
私ゃ即答ですわ。「わたくしはこの表を、妹アデルリーナの家庭教師をしていただいているフレデリーケ先生にお渡しするつもりでした。それに、ガルシュタット公爵家で家庭教師をされているファビエンヌ先生にも、ご希望であればお渡ししようと思っておりましたし」
九九なんて小学校2年生で習うよね?
リーナだっていまから覚えれば、すぐ計算が得意になると思うの。ジオちゃんやハルトくんにももちろんお勧めだしね。
と、私はもうどうぞどうぞという状態だったんだけど、エグムンドさんがとんでもないことを言い出した。
「閣下、中央学院への提供もですが、まずは陛下にご確認をお願いいたします。すでに伯爵家の下働きがこの表を使っているということですし、残念ながら貴族の中には平民が知識や知恵を得ることをよしとしない方がたが、少なからずいらっしゃいますから」
平民が知識や知恵を得ることをよしとしない、って……私はちょっとギョッとしちゃったんだけど、公爵さまはうなずいてる。
「そうだな。平民にも等しくこの表を利用させるのであれば、まずは陛下からのお言葉が必要であろう」
「はい、陛下は身分に拘らず教育は必要であるというお考えでいらっしゃいますから、まず間違いなくご賛同いただけると存じます」
つまり、その、平民が賢くなるのは許せん、みたいなことを考えてる貴族が、少なからずいるっていうこと?
要するに、平民なんて使用人としてただ使いつぶすだけの消耗品なんだから、知識や知恵なんてこれっぽっちも必要ない、むしろそんなものを身に着けさせたら『付け上がる』だけだから許せんって……そういう人たちは主張してるってことだよね?
まあ、貴族の中でも女性に対する扱いがこれだけひどいんだから、平民のことなんかもう当然のごとく『人』だとは思ってないんだろうな……。
「そういうことで、クラウスやエーリッヒには悪いが、陛下のご確認がとれるまではこの表は使わないようにしてくれ」
「わかりました」
エグムンドさんの言葉に、クラウスもエーリッヒもうなずいている。
そしてエグムンドさんはさらに念を押す。
「申し訳ございませんがスヴェイどのも、それにツェルニック商会さんも、この表については当面他言無用にお願いいたします」
「もちろんです」
「我らの命に賭けましても決して口外いたしません」
なんだか九九の表ぐらいで、場に緊張が走っちゃったよ。
でもすぐに、エグムンドさんはにっこりと言ってくれた。
「それでも、この表が我々にも使えるようになれば、ゲルトルードお嬢さまがおっしゃる通り計算にかける時間が格段に短くなりますよ。本当にありがたいことです」
スヴェイさんもすぐにうなずく。
「そうですね、基本の計算結果は丸暗記するというのは……考えてみれば、非常に理にかなっていますね。本当にゲルトルードお嬢さまの発想はすばらしい」
いやもう、覚悟は決めたはずだけど、やっぱり居心地悪いわ……自分が創ったわけではないもので、そんなにいろいろ誉めそやしてもらっちゃえるっていうのは。
本当にすみません、それもこれも、まったく私の功績ではないんです。
だけど、九九に関しては本当におススメだから、ね?
なんかやっぱりちょっと引きつり気味の笑顔になっちゃう私に、今度は公爵さまが困ったことを言い出した。
「ゲルトルード嬢はそれほどに算術が得意なのであれば、学院の授業でも算術は首席なのではないだろうか? どのような成績を収めているのだ?」
え、えーっと……公爵さま、そこんとこ、突っ込まないでほしいです、ホンットにそれについてはお答えできないんです。
だって私、いままで算術の試験ではわざと間違った答えを書いて満点にならないように、適当な成績になるように調整してきましたから。





