240.家族のためならば
本日2話目の更新です。
たぶん明日も更新できるはず……はず!
そして、公爵さまとレオさまは視線を交わし、お互いにちょっと苦笑した。
「我々としてはこの通り、ぜひきみに我が国の経済を回してもらいたいと思っているのだ、ゲルトルード嬢」
公爵さまがそう言って、またレオさまが続けて言う。
「そのためにはやはり、貴女には特定の殿方の庇護下に入ってもらうより、貴女自身の名を上げてもらいたいと思っているのよ」
そう言ってからレオさまは、にこやかに言った。
「ルーディちゃん、貴女は自分が世間知らずであることで、母親であるリアが責められるのではと心配しているようだけれど、そんなことは気にしなくて大丈夫よ」
大丈夫って?
思わず目を見張っちゃった私にレオさまは、それはもう満面の笑みで言ってくれた。
「そんなくだらないことを言う輩は、わたくしがみんな蹴散らして差し上げますからね」
お、おおう。
レオさまがそう言ってくださると、本当に大船に乗った気分でいられますです。
「ルーディちゃん自身に対しても、貴族社会の常識を知らないだとか、そういうくだらないことで貴女の足を掬おうとする人は必ず現れるわ」
やっぱりレオさまはにっこりと笑う。「そんな人たちは、鼻であしらっておけばいいのよ。いちいち相手をする必要なんかないわ。そういう浅ましい連中はね、自分の利害が絡んだとたん、本当に一瞬にして手のひらを返すものなの。本当に笑えるわよ。さんざん見下して馬鹿にしていた相手に、いきなり恥ずかしげもなく媚び始めるのですからね」
あー……それは、私にも覚えがあります。って、前世で、なんだけど。
本当に、一瞬で手のひらを返す人っているのよね。なんらかの基準で、相手の方が自分より地位が低いと勝手に見下してたのに、その地位が低い相手に利用価値を見つけたとたん、上から目線が下から目線に、それはもうこっちの脳みそがバグを起こしそうなほどに、くるっと切り替わるのよねえ。
いや冗談抜きで、前世で初めてソレをやられたときは、正直に混乱したわ。
本当に、ついさっきまでこちらをさんざん見下して馬鹿にした態度をとっていたのに、自分にとって目の前の私が『利用できる』と判断したとたん、いきなりあからさまに媚び始めるんだもの。
でも、そうか……そういう人たちって、違う世界の違う身分の……貴族であっても変わらないってことか。
いやむしろ、貴族っていう身分があり、さらに爵位っていう階級が明確にある社会だからこそ、一瞬で手のひらを返しちゃうのかもしれないな。
だって前世でも、そういう手のひらの返し方をする人って、とにかく相手が誰であろうがマウンティングに執着する人たちだったもの。
私はこの世界では伯爵家の令嬢だけれど、私より地位が高い侯爵家の人たちや、女性を下に見ている同格以下の貴族男性の中には、私が王家と四公家の後ろ盾を得ていると知ったとたん、いきなり手のひらを返す人が出てくるってことか。
なんか、でも……そういうことか、と思うと……ちょっと気が楽になったわ。
私は身分社会のことを頭で理解できても、実際にそれがどういうものなのか、その実感がまるで伴わない。
だから、それがやっぱり怖くて……それこそ、切り捨て御免みたいな感じで、ただ身分が上だというだけで下の者の命まで自由に奪えるとか、そういう状況だったらどうしようっていう不安は常にあった。
実際に、我が家という最小単位の社会は、ずっと当主の暴力で支配されていたんだもの。
だいたい、女性の地位が低すぎるのよ。
実際問題として、貴族であっても女性は父親や夫の『所有物』扱いなんだもの。人権なんてものはこれっぽっちも存在してない。
この社会では、生まれたときにたまたま与えられた身分や地位や性別というものが、人の当たり前であるはずの権利よりはるかに優先される。それはもう、この家の中で本当に骨身に沁みるほど思い知らされてきちゃったからね。
そういう状況で、『所有権』を持つ貴族男性に庇護を頼らず、女性である自分が矢面に立つっていうのは、本当に怖い……と、私は感じちゃってたんだな、と。
でも、この社会にも、その身分や地位や性別を超えた『価値』というものもあるんだわ。
レオさまが言ってくれているのは、私にその『価値』を持ちなさい、ということ。それが、私の『名を上げる』ってことなんだ。
もちろん、それで身分や地位や性別そのものがひっくり返るわけじゃないと思う。だから、ひっくり返らない部分については、地位があり権力を持つ王家や四公家がフォローするって、そういうことを言ってくれてるんだ。
それも、実利があると見込んでのことだもの、利がある限りはちゃんとフォローしてくれるわ。ビジネスとして考えれば、むしろ信頼できる。
確かに、その私に求められてる、利を生み出す『価値』っていうのが、前世の記憶を使ったズルであるわけで、私としてはそれがやっぱりしんどくはあるんだけど。
それでも、お母さまやリーナを守るためだと思うと、私も開き直れると思う。
お母さまをあんなみじめな暮らしに戻すなんて絶対に、絶対にしたくない。
やっとお母さまは、自分の趣味を好きなだけ楽しめる環境になったのよ? リーナにだって、これからリーナのやりたいことを、やりたいように好きなだけさせてあげたい。
そのためだったら、私は手段を選ばずなんだってやるわよ。
そうよね?
「わかりました」
私は、自分の手をにぎってくれているレオさまの手を、ぎゅっとにぎり返した。
「わたくしは自らの名を上げるよう、これから努めてまいります」
「よく言ったわ、ルーディちゃん!」
がばっとレオさまが私に抱きついてきて、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる。
「それでこそルーディちゃんよ! わたくしは貴女の名を上げるために、いくらでも手を尽くしますからね!」
く、苦しいです、レオさま、ギブ! ギブ!
ソファーに押し倒されちゃいそうな勢いだったもんで、私は思わずレオさまの腕をぺしぺしとたたいちゃったんだけど。
いっぽう公爵さまは、むしろホッとしたように言ってくれた。
「そうか、覚悟を決めてくれたか。きみがそのつもりであれば、私も支援の手は惜しまない」
そんでもって公爵さまは、続けてもうウキウキしてるような感じで言い出したんだ。
「それでは、ゲルトルード嬢の名を上げるための策を練ろうではないか」
その公爵さまにすぐさま応えるように、トラヴィスさんもとってもにこやかに言ってくれちゃった。それもしっかり、その手にペンと紙を持って。
「はい、それでは先ほどまでのお話をまとめましょう」
執事のトラヴィスさんは、手にしたペンでさらさらと書き始めた。
「現時点で解禁を予定されておりますのは、まずお料理がホットドッグとサンドイッチ、そしてこちらの硬化できる布、さらにコード刺繍でございますな」
「うむ、その通りだ」
満足そうに公爵さまがうなずいてる。
トラヴィスさんはさらにペンを走らせる。
「順序としては、まずコード刺繍を施した品を王妃殿下へ献上。その後、ゲルトルードお嬢さまがコード刺繍をした品を通学時に使用される、と。その間に、この布の試作をさらに進め、魔蜂の蜂蝋が使えるかどうかの確認を行います」
「魔蜂の蜂蝋の準備ができましたら、ゲルトルード嬢にヴィールバルトの研究室までご足労いただき、実際に蜜蝋布を作っていただければと存じます」
アーティバルトさんが言い出して、公爵さまはそれにもうなずいてる。
「そうだな、もし魔蜂の蜂蝋が使用できなくとも、現在の試作品をそのまま紹介できるだろう」
「そうなると、コード刺繍の準備を急がせる必要があるわね」
レオさまも言い出す。「まずベルお姉さまへの献上品の作成、それにいまルーディちゃんが考案してくれたお衣裳の製作が必要ですもの。大至急、上位貴族家向けの衣装製作ができる工房を買い取らないと」
「そちらの手配は、ゲルトルード商会で行います。すぐにエグムンドに打診しましょう」
公爵さまはさらっと答えてるけど、大丈夫なのかツェルニック商会? 私の衣装のお直しもたくさんしてもらってるし、ゲルトルード商会の商会紋のデザインも頼んじゃったよね?
それにエグムンドさんだって、いまは商会店舗の改装を進めてるはずだし、ほかにも絞り袋の意匠登録だのいろいろしてもらってる気がするし。
私、従業員が過労で倒れちゃうようなブラックな企業にはしたくないんですけどー!
そして『没落伯爵令嬢は家族を養いたい』4巻の続刊発売が決まりました!
あとで活動報告を上げておきますね!





