239.支援の理由
本日2話更新です。
なんか2話ずつ数日に分けて更新することに味をしめた私(;^ω^)
まずは1話目です。
私はもう、泣きそうな顔をしちゃってたんだと思う。
レオさまは、私の手をにぎる自分の手に力を込めた。
「ルーディちゃん、貴女は自分の父親からずっとないがしろにされて、そのせいで自己評価が極端に低いのよね。そのことは、わたくしも理解しているわ。でもね、ほかに選択肢はないの。貴女が矢面に立つことができないというのであれば、誰でもいいからいますぐ婚約しなさい」
自己評価の低さもナニも、私は本当に優秀でも聡明でもないんです。ただちょっとこの世界とは違う知識があって、それを引っ張り出して使っているだけで。本当にただのズルなんです。
そう、言ってしまえばいいのかもしれない。
でも異世界から転生してきただなんて、到底信じてもらえないよね……。
口を開くことができない私に、レオさまはさらに言う。
「ルーディちゃん、できる、できない、の話じゃないの。できようができまいが、貴女はそれをしなければならないの。この国の貴族家の令嬢として生まれて、相応の地位を与えられてしまった以上は、絶対にしなければならない。わかっているでしょう? 貴女は、貴女の家族だけではない、もっと多くの人たちの暮らしを、すでに背負ってしまっているのだから」
うぅ……わかる、わかっています。私も、頭ではもう理解しているの。
でも、そのために、これから先ずっと、このウソをつき続け、周りの人たちをだまし続けていくんだっていう、その覚悟が決められない。
でも、じゃあ、誰かと婚約、って言っても、その誰かって誰なのよ?
家庭教師の先生がたが言うには、私にはその候補が何人もいるって話だけど……それこそ決められないってば!
いまのこの国で、貴族女性は結婚しちゃったらもう、自分が持っている爵位の継承権も領地も財産も何もかも、配偶者に丸投げするしかなくなるのよ?
文字通り自分の人生を丸投げ、いやもうお母さまやリーナまでセットで丸投げする相手を、いますぐ決めろ、なんて言われても絶対無理!
それだったらまだ、私が矢面に立って、自分でお母さまやリーナを守るほうがマシだと思う。自分の頑張りでなんとかできそうだって思えるもの。
そりゃ確かに、私は6年以内にどうしても結婚しないと爵位も領地も失っちゃうんだけど……それでもまだ6年間の猶予があれば、結婚相手を見極めることもできるかもしれないって思うし。
だから、そこまで……そこまで、頭では理解できてるの。
レオさまと公爵さまが、私がすぐに婚約なんて決められないって言ったのを受けて、こうしてすぐに次の案を持ってきてくれたんだっていうことも理解できる。
それに、公爵さまの威光が効かない相手にはもう、国家の威光をまるごとぶつけちゃおうっていう、その発想も理解できる。理解は、できるのよ。
でも、でもね、いきなりステージにずらっとスター級のすごい人たちを並べて、そのセンターでスポットライトを浴びるだとか、冗談抜きで苦行にしかならないのよ、私には。
しかも、これからずっと周りの人たちをだましてズルしていかなきゃいけない、そのうしろめたさをずっしり抱えた状態でよ?
これから先、たぶん何年も、そんな状態で私がまったくボロを出さずにやっていけるとは、自分で到底思えないんだってば。
なのに、レオさまは容赦がない。
「王家と四公家を含む国の支援を受けて貴女が矢面に立つのか、それとも特定の殿方の庇護下に入るためにいますぐ婚約するのか。いま、ここで、決めなさい、ルーディちゃん」
ふたつにひとつ。
どっちかを必ず選ばなきゃならないなら、選ぶほうはもう決まってる。
言え、私。
矢面に立ちますって、言うんだ、私。
そう思ってるのに、口が動かない。
「レオ姉上、そこまで性急に求めなくても」
見かねたのか、公爵さまが言ってくれた。
だけど、やっぱりレオさまは容赦がない。
「時間がないのよ、ヴォルフ。貴方だってそのことは、十分わかっているでしょう?」
たしなめるようにレオさまは弟公爵さまに言って、でもそこで少しだけ、表情を緩めた。
「そうね、せめて貴方みたいに、『公爵になんかなりたくない』って泣いて癇癪をおこせるだけの時間が、ルーディちゃんにもあればよかったのかもしれないけれど」
「レオ姉上、そういう話は」
ムッと口をとがらせ気味に公爵さまは言って、それからぷいっと顔をそむけてしまった。
いや、でも……公爵になんかなりたくない、って……公爵さまだって、なりたくて公爵になったわけじゃないんだ。
そりゃそうだよね、公爵家の嫡男として生まれちゃったおかげで、公爵さまはずっと自分の家の中ですら気軽にごはんもおやつも食べられなかったんだもの。
もし公爵さまが、このエクシュタイン公爵家を継がないって……廃嫡を申し立てて家を出ていれば、そこでもう命を狙われることも、家の中の使用人にまで差別されることもなかったはず。
公爵になんかなりたくない、って……そりゃあ、そう思わずにいられなかったよね。
「でも、ヴォルフはよくやってるよ。ちゃんと真面目に公爵閣下をやってる」
いきなり、アーティバルトさんがくだけた口調で言った。
公爵さまは眉を寄せてにらみつけたんだけど、アーティバルトさんはくすくす笑ってる。それどころか、そんなくだけた口調で自分の主を評した近侍を、誰もとがめない。
さらに、マルレーネさんも言い出しちゃった。
「ええ、ヴォルフガング坊ちゃまは、本当によくやっておられますよ。公爵家のご当主としても、エクシュタイン領のご領主としても」
「私もそれについては同意ですな」
トラヴィスさんもにやっと笑ってる。「17歳でご当家、エクシュタイン公爵家をお継ぎになってからというもの、実に真面目に職務をこなしておられます」
「ほらね、ルーディちゃん」
レオさまもくすっと笑った。「こんなヴォルフでも、ちゃんと公爵であり続けているの。それにこうやって、ヴォルフを支えてくれる人たちも周りにいてくれているし」
そしてレオさまは自分の後ろへ視線を送った。
「ルーディちゃんの使用人は、みんなとても忠誠心が高いわ。ルーディちゃんのためなら、なんでもするっていう人たちばかりじゃないかしら?」
「もちろんでございます、ガルシュタット公爵家夫人さま」
秒でナリッサが力強く答えてくれちゃった。
うん、いや、まあ、この公爵さまって、私が最初に抱いていたイメージとはまったく違ってたって、それはもうめちゃくちゃ実感してます。特に、食い気に関する残念っぷりはすごいです。
いや、その点は別にしても、私の最初の想像では、公爵家の嫡男としてちやほやと育てられ、いつでもどこでもふんぞり返って誰かに命令を下すだけですべてが解決するって、それが当たり前だと思ってるような人なんだろうな、って……全然違ったわ。
だけど、こんなヴォルフでも、って、レオお姉さまは本当に容赦がありませんです。
まあ、それにしても……この居間でのくだけたようすからは、公爵さまがいまここにいる人たちからとっても愛されてるんだなって、それはすごくよくわかるから。
なんかご本人は、ちょっと拗ねちゃってる感じだけど。
で、げふんげふん、じゃないけど、やっぱりちょっとわざとらしく咳ばらいなんかしちゃってから、公爵さまは言い出した。
「ゲルトルード嬢、きみが矢面に立つというのであれば、陛下も援助は惜しまないとおっしゃってくださっている。もちろん、私とレオ姉上の二公家もそのつもりだ。これについては、王家や我ら公爵家に利があるからだ。だからきみは、遠慮なく我々を利用しなさい」
「利が、あるのですか……?」
思わず、私は問いかけてしまった。
「もちろんだ」
「もちろんよ」
公爵さまとレオさまが同時に返事をしてくれた。2人は視線を交わし、まず公爵さまが言葉を続けた。
「きみが生み出す品々は、我が国の経済を回してくれる。かの『ホーンゼット争乱』以降、我が国の経済は立ち直れていない。特に、争乱後に北部ヒルデリンゲン地域に封ぜられた新しい子爵家の多くが、その経営を行き詰まらせている」
公爵さまの言葉を継ぐように、今度はレオさまが教えてくれた。
「その北部地域への援助で、王家とわたくしたち四公家はかなりの負担を強いられているの。でも経済が回り、多くの領地が潤うことができたら、わたくしたちはその負担を免れるわ」
いや、経済を回すとか……と、私は思い出した。
精霊ちゃんが加工してくれたこの布であれば、まず間違いなく産業が興せる。あの布、本当に便利すぎるもの。それで産業が興せられれば、当然経済は回る。
本当に、冗談抜きで、国の経済に関わる話なんだ……。
「それに、異国からの賓客を迎えたときにも、きみの新しい料理を出すことができる。それによって、外交をより円滑に進められる可能性も高い」
公爵さまは安定の食い気話なんだけど、レオさまもうなずいちゃってる。
「そうね、ルーディちゃんのお料理は目新しいだけでなく、どれも本当に美味しいですもの。異国からのお客さまも、きっと喜んで召し上がると思うわ」
「それにこちらのコード刺繍もございますしね」
マルレーネさんも言い出した。「この刺繍であれば、従来の一針一針刺していく刺繍に比べて、ずいぶん速く仕上げられるのではございませんか? このコード刺繍を施すための、お衣裳のお直しが大量に注文されますでしょうね」
「本当にそうだわ。手持ちのお衣裳にこのコード刺繍を施すだけで、新しい流行に乗れるのですものね。多くの貴族女性が、気軽に試すことができると思うわ。そうやって気分が華やげば、それだけでも経済効果が上がるというものよ」
レオさまもすごく嬉しそうに言ってくれちゃった。





