238.『知っていた』だけ
本日3話目の更新です。
私の焦りをヨソに、レオさまも嬉しそうに言っちゃうんだ。
「そのお茶会の席で、ルーディちゃんがあの布を折って箱やコップを作ってみせれば完璧ね」
「ええ、本当にあの布で作る箱は、初めてご覧になる方がたには結構な驚きがあるでしょう」
アーティバルトさんもにこにこだし。
そんでもって、公爵さまは安定の食い気です。
「茶会でゲルトルード嬢に披露してもらうサンドイッチには、マヨネーズを使用しないほうがいいだろうか? マヨネーズのレシピは個別に、後日発売するとなると……」
「そうねえ、マヨネーズを口にしてしまうと、まず間違いなく誰かさんが、いますぐレシピを購入したいって言い出されるわよね」
レオさまがため息まじりで苦笑してる。
公爵さまは眉間のシワが深くなってるし。
「そうですね、マヨネーズのレシピはすでにホーフェンベルツ侯爵家に販売していますし、バールフェクト公爵家もエグセスタール公爵家もマヨネーズのレシピ購入を希望するでしょう」
「あら、その前にギュストお義兄さまが真っ先に購入をご希望されるのではなくて?」
って、みなさん、レオさまの言葉に、いっせいに笑ってらっしゃいますけど!
だから、あの、ギュストお義兄さまって、あの、ヴェルギュスト国王陛下ですよね?
それにバールフェクト公爵家とかエグセスタール公爵家とか!
なんかもう、ええ、なんかもう、このパターンはすでに何回目? ではあるんだけど!
「公爵さま、それにレオさま」
やっと口を開くことができた私の声のトーンが、床にめり込みそうなほど下がってる。
おかげで、みんな笑いを納めて私を見てくれた。
「みなさまが、いったい何についてお話しされているのか、わたくしにも、ご説明いただけますでしょうか?」
公爵さまとレオさまが顔を見合わせ、それから公爵さまが小声でレオさまに訊いた。
「レオ姉上、昨日の手紙でゲルトルード嬢には説明されたのでは?」
「そう言えば、詳しいことは今日ここで説明すればいいと思って……」
聞こえてますよ、レオさま。
私はまた床にめり込みそうな声で、しかも口元だけしか笑ってない顔で、レオさまに言っちゃった。
「昨日いただいたお手紙には、わたくしの今後の安全対策についてご相談くださるとだけ」
はーい、そこ! 視線を泳がせなーい!
げふんげふん、じゃないけど、ちょっとわざとらしく咳ばらいなんかしちゃったレオさまが、それでも私に向き直ってくれた。
「あのね、ルーディちゃん。貴女が婚約を急がない、つまり、いますぐどなたか殿方の庇護下に入ることはしない、というのであれば、貴女自身の名を高める以外に、貴女を守る方法がないの」
私自身の名を高める、って……?
なんだかよく意味が分からなくて、ちょっとぽかんとしちゃった私に、レオさまはさらに言う。
「つまり、貴女には特別な価値がある、その価値を国家が認め支援していると、周囲に知らしめる必要がある、ということよ。それによって、貴女を支配し領地も財産も奪おうとする不遜な輩も、うかつに手が出せなくなるということなの」
「私の名を出しても退かぬ愚か者が現れたのだろう?」
公爵さまも言い出した。「ならばさらに上、つまり王家と四公家すべてが、きみを支援していると明確に示してしまおうということになったのだ」
あ、あの、えっと、つまり、私のバックには王家と四公家がついているって……私にはもう国家規模の後ろ盾がずらりと並んじゃってるって、世間に周知しようと……そういうこと?
どう反応していいかわらからなくて完全に固まっちゃってる私に、公爵さまはさらに言う。
「きみは以前言っていたな。きみが目立つことで、きみが世間知らずであることを周囲に知られてしまう、それによって、きみの母君が非難されることが耐えられないのだ、と」
「ルーディちゃん、貴女がそうやってリアのことを……お母さまのことを案じている、その気持ちはよく理解できるわ」
レオさまはそう言ってくれて、でもすぐに声を落として続けた。
「でもね、もうそんなことを言っていられる状況ではないの」
真剣な顔で、レオさまは私を見つめてくれる。
「本当に残念なことだけれど、この国の貴族男性の中には、女性とは自分が所有し支配するだけの存在だと思っている輩が大勢いるの。もしそんな輩にルーディちゃんが捕まって、領地も財産も何もかも奪われて『籠の鳥』にされてしまったら……それは貴女だけでなく、貴女のお母さまであるリアも、そして妹のリーナちゃんも、そういう扱いをされてしまうということなのよ?」
『籠の鳥』……レオさまの言うその言葉が、私の胸に突き刺さる。
それはもう、本当に身近なところで私は見てきた。人としての尊厳も何もかも奪われて、ただの『飾り』としてしか扱われてこなかったお母さまのことを。
もし私がそういうクズに捕まって、結婚させられてしまったら……私だけでなくお母さまもまた『籠の鳥』にされる……その可能性は限りなく高い。リーナの行く末だって、本当に怪しくなる。
「ルーディちゃん」
私の手をレオさまがしっかりと握る。
「殿方の庇護を受けるつもりがないのであれば、貴女自身が矢面に立ちなさい。それ以外に、貴女自身と、貴女の家族を守る方法はないの」
公爵さまも、身を乗り出すようにして言ってくれた。
「ゲルトルード嬢、きみが矢面に立つ覚悟をするのならば、我らは最大限きみの背後を支えよう。幸いなことに、国王陛下もご同意くださっている。それに私とレオ姉上の二公家だけでなく、残る二公家も了承してくれている」
レオさまと公爵さまの言うことは……理解できる。
私だって、あんなクズやゲスと結婚させられて我が家を乗っ取られてしまうとか、そんなことには絶対にしたくない。
いや、それ以上に、お母さまをあんなみじめな暮らしに戻したくない。リーナだって、これから本人が望む道を望む通りに歩かせてあげたい。
そのために、私に矢面に立てと言われるのであれば……。
でも、でも……でも、なのよ。
言ってみれば、私がステージのセンターに立つってことだよね? それもバックに王家と四公家をずらっと並べて。
そんな誰もが注目するような状況になって、私はボロを出さずにやれる?
本当に、私自身はなんにもしてないのよ。
サンドイッチだってコード刺繍だって蜜蝋布だって、私が自分で『発明』したわけでもなんでもない。私はただ『知っていた』だけで、その知っていたことをしてみせただけで……。
それなのに優秀だとか聡明だとか、そんなことを周りから言われて期待されて、これから先ずっと、私は誰よりも賢くて先見の明があって新しいものを次々と生み出していく、そんな最先端の存在としてステージのセンターに立ち続けろって……そういうことだよね?
私に、そんなことができると思う?
目新しい何かは、前世の記憶の中から探せばいろいろ見つかるとは思う。だけど、どうしてその目新しいものを私がいくつも出してこれるのか……誰かに突っ込まれたらどう答えるの?
私自身が考えて創りだしたモノじゃないのよ、ただもう『知っていた』ってだけなの。本当にただもう、ズルをしてるだけなんだってば。
ああ……そういうことなんだ。
私、自分がそうやってズルをしてることが、自分がそうやって周りをだましていることが、どうしようもなくうしろめたいんだ……。
私はそもそも、前世の記憶を使ってどうこうしようなんてつもりはなかったのよ。
だけど、どうしても自分でお金を稼がなきゃならなくなって……とにかくお金を稼がないと家族全員路頭に迷うしかないっていう、もう手段を選んでいられない状況になっちゃって。
それでも、前世の知識の中でもお料理に関して、そのレシピが売れるなら、それでなんとかやっていけるんじゃないかって思ってた。
ただもう、お母さまとアデルリーナと3人で慎ましく暮らしていけさえすれば、と。
なのに、爵位どころか領地も家屋敷も何もかも、私が引き継がなければならなくなった。
そしたら、気がついたときにはもう、いろんなことがものすっごい大ごとになっちゃってて。
それでもやっぱりお金は必要だし、とにかく売れるアイディアは売っていくしかないって、割り切ったつもりだったんだけど……そのせいで周りの人たちが、私のことを優秀だの聡明だのって褒めそやしてくれることが、どうしようもなくしんどくなっちゃってたんだわ……。
だって本当に、私はなんにも創ってないの。
何もかもぜんぶ、ただ『知っていた』だけなんだってば。
私は優秀でも聡明でもなく、本当にただズルをしてるだけ。
そうやって周りの人たちをだましていることが、どうにもこうにもうしろめたくて、居心地が悪くてしょうがなかったのね……。





