237.話が見えなくなってきた
本日2話目の更新です。
魔法省にいる弟さんへ手紙を書き、国家トップレベル人材に使い走りを頼んだらしいアーティバルトさんが、公爵さまによるデザイン画を手にぽかんとしてる。
「え? あの……ゲルトルード嬢が考案されたのですか? このお衣裳を? いま、ここで?」
「そうなの、本当にすてきでしょう。ベルお姉さまにお似合いでしょうからって、ルーディちゃんがいまこの場で考えてくれて」
「これは確かに、王妃殿下にはすばらしくお似合いになるでしょう」
レオさまの説明に、アーティバルトさんがうなずいてるんだけど。
ええと、そうか、いまこの場にいる人たちは公爵さまの『身内』だから……公爵さまがこういう絵心があるおしゃれ番長であることは、みんな知ってるってことか。
だから、公爵さまがこんなデザイン画をさらさらっと描いちゃったことには驚かない、と。
でも本当に意外。
その意外で、びっくりしちゃう才能を隠してた公爵さまが言い出した。
「では、コード刺繍自体は解禁しても大丈夫だろうか? たとえコード刺繍がほかの貴族の間に広まったとしても、この斬新な衣装を思いつく者はおそらくいないであろうから」
「そうですね、万が一この斬新な衣装の案がどこかから漏れたとしても」
アーティバルトさんがうなずいている。「そこから衣装の製作を始めても、『新年の夜会』の前までに完成させ披露することは、まず不可能でしょう」
「わたくしも賛成だわ。コード刺繍も先に解禁して、その上で『新年の夜会』にはそのコード刺繍と飾り紐を使ったこのお衣装をいっせいに披露する形でいいと思うの。いままでにない形のお衣裳ですもの、間違いなく話題になるわ」
レオさまもうなずいてます。
そしてレオさまは、私に訊いてきました。
「コード刺繍そのものは、やはり最初はルーディちゃんが使ったほうがいいかしら? このレティキュールを学院に持っていくとか?」
「あ、はい、そうですね」
うなずいて私は答える。「ほかにも、制服の襟にコード刺繍をしてもらう話がありまして」
そうなんだよね、最初に私がイメージしたのが、前世の日本のセーラー服だもんね。大きな襟にコード刺繍って、いちばん使いやすいデザインじゃない? ツェルニック商会に最初にコード刺繍の説明をしたときも、襟にこの刺繍を入れればって話をしたと思うし。
レオさまもすぐにイメージできたっぽい。
「それはすてきね! 確かに、学院の制服の襟にこのコード刺繍を入れれば、とても華やかな感じになると思うわ。ほかのご令嬢がたも、すぐに真似しやすいでしょうし」
うん、まあ、私としては、なんだかよくわからないけど、それでも『新年の夜会』で公爵さまと2人きりのおソロ衣装で踊ることを思えば、王妃殿下やレオさまもコード刺繍でおソロなドレスを着ていただけるなら助かります、って感じだわ。
私はまた、お借りしている収納魔道具から、さらにレティキュールを取り出した。お母さま用とアデルリーナ用にツェルニック商会が作ってくれた色違いのヤツだ。
「レティキュールのコード刺繍は、色を変えるだけでも雰囲気がずいぶん違って楽しいですよ」
そう言って色違いレティキュールをテーブルに並べると、レオさまもマルレーネさんも大喜びしてくれた。
「まあ! 同じ模様なのよね? でも、色が違うだけでずいぶん雰囲気が変わるわ」
「さようにございますね、どれも上品な仕上がりでございます。色の組み合わせを考えるだけで楽しゅうございますね」
レオさまもマルレーネさんも、かわるがわるレティキュールを手に取って確かめている。
そしてまたレオさまは言い出した。
「それではまず、このコード刺繍のレティキュールを新たに作ってベルお姉さまに……王妃殿下に正式に献上してもらえばいいのではないかしら? このレティキュールであれば、十分献上品として使えるわ」
うおっ、献上って!
ちょ、大丈夫かな、ツェルニック商会。王妃殿下への献上品を作るだなんて、ベルタお母さんの目のくまがますます濃くなっちゃいそうな……。
でもレオさまは本気らしい。
「それから、コード刺繍を施したトゥーランヒールのブーツをわたくしからベルお姉さまにお届けすれば、順序としては間違いないと思うのよ」
「はい、非常によろしいかと存じます」
答えたのはトラヴィスさん。「新しい刺繍の発案者がゲルトルードお嬢さまであることを明確に示すためにも、先にゲルトルードお嬢さま、あるいはゲルトルード商会からの献上品としてお届けになることが必要だと存じます」
公爵さまもうなずいてる。
「では、大至急ツェルニック商会に献上用のレティキュールを作ってもらおう」
い、いや、大丈夫なのかな、ツェルニック商会にはすでにだーいぶ、無理してもらってるように思うんだけど。
なのに、話はどんどん進んでいく。
「では、王妃殿下への献上品を納めてから、ルーディちゃんには襟の刺繍とこのレティキュールを披露してもらえばいいかしら?」
「ううむ、学院が再開すると同時に、ゲルトルード嬢にはコード刺繍のお披露目をしてもらいたいところだが……」
レオさまと公爵さまがそう言ったところで、トラヴィスさんが言い出した。
「まずは献上を優先させるべきでしょう。ゲルトルードお嬢さまが実際にコード刺繍をお使いになるのは、ゲルトルード商会が国家特級商会指定を受けてからでもいいのではございませんか?」
「そうね、そのほうが順序としては確実よね」
「うむ、国軍によるホットドッグの正式なレシピ購入契約と、それにヴィーが加工したあの布のお披露目ができれば、すぐに指定は受けられるであろうから」
って、な、なんかすっごいさらっと、とんでもないことを言っておられませんか……?
え、えっと、あの、国家特級商会指定って……ゲルトルード商会が?
なななな、なんなんでしょう、ソレって?
ナニか……ナニかがまた、私を置いてきぼりにしたまま、決まっちゃってる?
国家特級商会指定って、いったいなんなの?
いきなりのことに、私は問いかけるタイミングを逃しちゃった。
そしたらもう、ずんずんと話が進んでいっちゃう。
「順序としてはまず、王妃殿下への献上品の製作が最初となりますな」
トラヴィスさんの言葉に、公爵さまもレオさまもうなずいてる。
そして公爵さまが言う。
「あの布の試作品も、ヴィーに頑張ってもらう必要があるな」
「魔蜂の蜂蝋が使えるかどうか、その確認を急がせる必要がありますね」
アーティバルトさんもナチュラルに会話に参加してるし。
あごに指を当てて思案しているレオさまも言い出した。
「それだったらもう、ぜんぶまとめて一気に披露してしまったほうがいいかしら?」
「おっしゃる通りでございましょう」
トラヴィスさんがうなずいてる。「王家と四公家がそろわれたお茶会で、コード刺繍を施したお衣裳を召したゲルトルードお嬢さまがホットドッグとサンドイッチをお出しになり、さらにあの布の試作品を披露する、でよろしいのではありませんかな?」
「ベル姉上へのコード刺繍の献上は、その茶会の前に済ませておけばよい、ということだな」
という公爵さまの言葉に、トラヴィスさんがうなずいているんですが……待って、お願い。
私はいったいどこから突っ込めばいいの?
王妃殿下へコード刺繍のレティキュールを献上する、という辺りからもう、まったく話が見えなくなってるんですけど!
国家特級商会指定って、いったいなんなのよ、またもやめちゃくちゃマズいパターンにはまってそうな気がするんですけど!





