232.プリン談義
8月10日の書籍2巻発売に向けてまたちまちまと更新いたします。
本日は2話更新、まずは1話目です。
「では、プリンをいただこうか」
なんて言っちゃって、おもむろにプリンの瓶に手を伸ばす公爵さま。
いやもう、3種類のおやつを持ってきたんだけど、3種類とも一気に食べまくる気満々だわね。
それも公爵さまだけでなく、みなさんそのおつもりのようです。結構ご年配な感じのマルレーネさんもトラヴィスさんも、すっごく嬉しそうにプリンに手を伸ばしてます。
「まあ、これは……! 本当に違いますね」
プリンをスプーンで掬って口に運んだマルレーネさんが、目を丸くしてる。
おっと、トラヴィスさんもです。
「いや、これは本当に……アーティバルトがずっと、テッドのプリンに及第点を出さない理由が非常によくわかりました」
「そうでしょう? 本当にこのなめらかさ、そしてとろけるような口当たりが、クルゼライヒ伯爵家のプリンなのですよ」
なんかアーティバルトさんがちょっとどや顔です。
てか、公爵さまの料理人さん……テッドさんかな、やっぱりプリンの製作に苦戦してるみたい。
そりゃあね、誰もが我が家のマルゴと同じだけの最高プリンを作れるとは思わないけど……最初にこのとろけるなめらかプリンを食べちゃうと、どうしても同じレベルを求めちゃうよね。
レオさまが問いかけてらっしゃいます。
「テッドの作るプリンは、なめらかさが足りない、ということなの?」
「さようにございます、レオポルディーネお嬢さま」
マルレーネさんが答えたんだけど、わーお、やっぱりレオさまは『お嬢さま』なんだ。
「テッドも頑張っているようなのですが、こちらのプリンに比べますと、口当たりにざらつきがあると申しますか……ここまで均一ななめらかさではないのです」
そこでトラヴィスさんが何かを取り出した。
「ゲルトルードお嬢さまよりいただきましたこちらのレシピ、特に項目ごとに書き添えてあります注意事項をしっかり守って調理するよう、テッドには指導しているのですが」
って、もしかして執事のトラヴィスさんがお料理指導してるの?
えええええ? なんで?
「よろしいですかな、ゲルトルードお嬢さま?」
「え、あ、はい!」
びっくりしちゃってた私に、トラヴィスさんが身を乗り出して問いかけてきた。
「なめらかさが足りないと申しますか、口当たりにざらつきがある仕上がりになります場合、もっとも注意すべき調理過程はどこになりますでしょうか?」
差し出されたのは、私が公爵さまに渡したレシピ……を、まるごとそのまんま別の紙に書き写したものだった。
ちゃんと私が書いた通り、箇条書きにして横の注意書きもそのまま書き込んであったので、私はその用紙を指して答えた。
「ここですね。全卵と卵黄を混ぜ合わせるときに、できる限り泡を作らないように混ぜ合わせること、その上で卵黄と卵白が均一に混ざるよう注意すること。それから、卵液を目の細かいざるで濾すという作業、ここのていねいさによってなめらかさが決まります」
「ううむ、やはりここですか」
トラヴィスさんがうなってる。
そりゃもう、そのレシピにもちゃんと書いといたもんね。ここの作業をしっかりやっておかないと、仕上がりのなめらかさに違いが出るって。
でもねー、ホンットにこのなめらかさが出せるのはマルゴだから、だと思うのよ。
だから私は、ちょっと別の提案をしてみることにした。
「それでは一度、卵の配分を変えたレシピで試作されてはいかがでしょうか」
「は? 卵の配分を変える?」
眉を上げちゃったトラヴィスさんに、私はうなずく。
「はい。我が家の料理人も、この全卵と卵黄を混ぜ合わせる過程がいちばん気を遣うと言っております。ですから、卵白を入れずに卵黄のみにして、その分クリームの使用量を増やしましょう」
「そんなことが可能なのですか?」
いやいや、トラヴィスさん、そこまでびっくりしていただかなくても。
「大丈夫です。少し違う味わいになりますが、なめらかに仕上げやすくなると思います。ちゃんと美味しいプリンになりますから」
「少し違う味わいとは、どのように違うのだ?」
って、公爵さままでめっちゃ身を乗り出してレシピをのぞき込んじゃってるんですけど。
いやもう、公爵さまだけじゃないわ、レオさまもマルレーネさんもアーティバルトさんも、みんなそろってめっちゃ真剣にレシピをのぞき込み、私の説明を聞いてくれちゃってます。
みなさん、そんなにもプリンに興味津々ですか、そうですか。
「はい、卵白を使わずに作りますと、少し崩れやすくなります」
私は頑張って笑顔で答える。「そうすると、容器から出してお皿に盛ることが少し難しくなりますね。もちろん容器に入れたまま、スプーンで掬って召し上がるぶんにはまったく問題はありませんので。むしろ、卵黄が多いぶん濃厚な味わいになります」
「そうなのか?」
公爵さま、お料理の説明で眉間にシワ寄せまくらないでください。
いや、プリンのお話は、公爵さまにとって重大案件なのかもしれないけど。
「けれど、その、卵白を使わないと少し崩れやすくなるですとか……ゲルトルードお嬢さまはそのようなことまでご存じですのね?」
マルレーネさんが、別方向から質問を投げてこられました。
大丈夫です、ちゃんとお答えできますとも。
「はい、プリンに関しては、我が家の料理人と相談していろいろな配分で試作したものですから」
ウソは言ってないよ、ウソは。
「卵白の分量が多くなると、プリンは硬めに仕上がるようです。配分が違いますとまったく違う口当たりになりますので、もっとも口当たりのいい配分として決めたのが、この全卵1個に卵黄4個という組み合わせなのです」
ウソは言ってないよ、ウソは。
私はもう、レシピを指してさくさくと説明を続けた。
「それではこちらを、卵黄のみ5個にしましょう。そしてクリームをそのぶん少し増やして……」
素早くトラヴィスさんが私の言った内容をレシピに書き加えてる。
「卵黄のみであれば、混ぜるときもそれほど難しくないと思います。それでも、目の細かいざるで濾すという作業は必ず行ってください。あと、蒸し加減に十分気を付けていただいて、弱火でじっくり蒸しあげるようにしてください。卵白を使用していないため、少々固まりにくくなるのです」
「かしこまりました」
トラヴィスさんがきっちりとうなずいてくれた。
「本当に、お料理のことをよくおわかりですのね、ゲルトルードお嬢さまは」
マルレーネさんが感心したように言ってくださる……んだけど、ここであの『設定』の話はやめといたほうがいいかな?
いやー、伯爵家の令嬢が夜中に厨房で残りものを漁って自分で料理してたっていうの、マルゴにもナリッサにも不評だったみたいだし。
だから私は言った。
「いえ、わたくしは本当に思いつきを口にするだけなのですが、我が家の料理人が驚くほど上手に美味しい料理にしあげてくれるのです」
ええもう、ウソは言ってないよ、ウソは。
「いや、しかし、このレシピには感心いたしました」
なんかトラヴィスさんまで言い出しちゃうし。
「非常にわかりやすい書き方をされておられますな。手順をひとつひとつ書き出され、しかもその手順を行うさいの注意事項まで書き添えてあるのですから」
「ええ、わたくしも本当に感心いたしました」
マルレーネさんまで言い出されちゃって、なんかその笑顔を公爵さまに向けちゃってます。
「ヴォルフガング坊ちゃまがゲルトルードお嬢さまのことを、たいへん聡明なご令嬢だとおっしゃっていたのですけれど……ええ、このレシピを見せていただいて、本当にその通りだと実感いたしましたのよ」
うわーお、ヴォルフガング『坊ちゃま』ですか。
呼ばれちゃった坊ちゃま、そっぽ向いてらっしゃいますけど。
そんでもまあ、私の箇条書きレシピを評価していただけたようで、よかったです。
だから、ついでに訊いてみた。
「わたくし、自分ではこの書き方がわかりやすいと思ってこのように書いていたのですけれど、このレシピを公爵さまやほかの方がたにお見せしたとき、みなさまたいへん驚かれまして」
「そうですな、このような書き方のレシピは、私も初めて拝見いたしました」
トラヴィスさんがすぐにうなずいてくれる。
そしてアーティバルトさんが、さくっと言い添えてくれた。
「トラヴィスさんが初めて見たと言われるのならば、我が国にはこのような書き方のレシピは存在していなかったと考えて間違いありません」
えっと、それはナゼ? そこまでトラヴィスさん基準で考えちゃっていいの?
という私の疑問に答えるように、アーティバルトさんはさらにさくっと続けてくれた。
「なにしろこのトラヴィスさんは以前、当時の王太子殿下、つまり現在の国王陛下の侍従長をされていたかたなのですよ。宮中晩餐会の総指揮もされていましたので、我が国内の料理事情にはたいへん明るいかたなのです」
ひえぇーーーまたもや国家トップレベル人材キターーーー! でしたかー!





