231.新作の新作おやつ
本日2話目の更新です。
そんでもってあと数時間後、8月1日午前0時より『没落伯爵令嬢は家族を養いたい』2巻電子書籍先行配信開始です!
紙書籍発売の8月10日まで、できるだけこまめにWEB連載も更新していけるようがんばります╭( ・ㅂ・)و グッ !
「では、失礼いたしまして、本日はここでお土産をお渡しします」
私は一礼して、スカートのポケットに手をかけた。
ふっふっふっふっ、スカートのポケットの内側に、シエラがボタン留めループを付けてくれたのよね~。そこに収納魔道具の持ち手を通してあるのよ。こうしておけば、うっかり落としたりしないからね。
公爵さまからお借りしてる収納魔道具を取り出し、私はその袋の口をテーブルに向けた。
収納魔道具から、にゅるんにゅるんとおやつの盛られたかごが出てくる。
「本日お持ちしましたのはプリンと、新作おやつのクレープです」
蜜蝋布で包んだクレープに、蜜蝋布でふたをした瓶入りプリンもどっさり、だ。
はーい、そこ、身を乗り出してクレープをのぞき込もうとしなーい。
と、いつものごとく公爵さまが興味津々というか、早く食べさせろって勢いだったんだけど、意外なことに横からすっと手が伸びてきた。
「これが噂のプリンですのね?」
侍女頭マルレーネさんが、瓶入りプリンを1個、とっても嬉しそうに手に取った。
「テッドが……当家の料理人が作るとなめらかさが足りないと、アーティバルトさんからどうしても及第点が出ないのですよ。ですからわたくし、本当になめらかだというクルゼライヒ伯爵家のプリンを、ぜひいただきたいと思っておりましたの」
わ~マルレーネさん、楽しみにしていただいておりましたか。
私は笑顔でお応えしちゃう。
「それはよかったです。ぜひ召し上がってくださいませ」
そこに、お茶のワゴンを押したトラヴィスさんとアーティバルトさんが戻ってきた。
「おや、これは噂のゲルトルード嬢のおやつでございますな?」
なんか執事のトラヴィスさんも、うきうきした感じで言ってくれちゃいます。
で、アーティバルトさんもうさんくさくない笑顔です。
「ではさっそく、取り分けさせていただきましょう」
私たちの後ろの席に座っていたナリッサとザビーネさんもすぐに立ち上がり、お茶とおやつの準備に参加する。
おやつの取り分けについては、プリンは瓶のまま配り、クレープは蜜蝋布を外してお皿に盛りましょうと、ナリッサがほかの人たちに説明している。
って、私は横目で見てたんだけど……ワゴンの下段にお皿やカトラリーが入ってるのはまあ当然として……もしかしてそのワゴン、おやつがナニも積んでないんぢゃないですかい?
つまり、私が言い出す前から、私が手土産におやつを持ってきていると、その前提のもとにトラヴィスさんとアーティバルトさんはお茶の準備を、お茶だけの準備をしてきた、と?
うん、まあ、いいけどね。
昨日だって、私のほうからレオさまに相談させていただいたくらいだし。公爵さまに、というかヨアンナがお世話になったマルレーネさんに、おやつをお届けしたいって。
いいんだけどさ。
でも毎度おなじみ、このビミョーな納得のいかなさよ。
なんだかなあ、本日初対面のトラヴィスさんもマルレーネさんも、すっかり私のことをおやつ配達人だと認識してくださっちゃってるような気が……。
「あら、ルーディちゃん、昨日の『くれーぷ』のほかに、またさらに新作おやつがあるの?」
レオさまがお皿に取り分けられたおやつを見て、ちょっと驚いたように言ってくれちゃった。
「いえ、クレープ生地を使っていることは同じです」
私はにっこり答えちゃう。「けれど、クレープで包んだおやつだけでなく、クレープを重ねたおやつも作ってみたのです」
そうです、ミルクレープでーす!
ふはははは、昨夜マルゴにお願いして、クレープをたくさん焼いてミルクレープを作ってもらっちゃったんですよーん。だってね、クレープにホイップクリームを塗って重ねていくだけだもん、マルゴなら説明するだけですぐ作ってくれるもーん。
しかもそのまーるいホールケーキのようなクレープを、マルゴはきっちり等分に切り分けてくれてる。ミルクレープって、切り分けようとするとクリームがはみ出しやすいからきれいに切るのが難しいのよね。それを見越してカットしておいてくれたのよね。
ああもう、ホンットにマルゴ最高。
ホントに見て、あのきれいな重なり具合を。ほんのり黄色いクレープ生地と白いホイップクリームが見事に同じ厚さで何層も重なってるの。しかもクレープ生地は、厚みだけじゃなく大きさ形もぴたーっとそろってるんだから。ホンットに真ん丸。
コレって意外と難しいんだよね。シンプルに同じものを重ねていくだけ、っていう作業を乱れなくきれいにするのって実はかなり難しい。
でもマルゴは、それをきちんとやってくれている。クレープ生地の端っこ、パリパリに焼けてるとこって本当に美味しいんだけど、敢えてそれをカットして形を整えてあるの。
いやもう、見ただけでコレは間違いなく美味しいって思えるビジュアルなのよ。ええ、もちろん実際美味しかったわよ、しっかり試食してきたもんねー。
「これが新作のおやつなのか?」
公爵さま、めっちゃ身を乗り出しちゃってます。
「はい、こちらが焼き林檎とクリームを包んだ通常のクレープ、そしてこちらがクレープ生地とクリームを何層にも重ねたミルクレープになります」
「クレープの生地を、何枚も重ねているのね? しかもクリームをはさんで」
私の説明にレオさまも身を乗り出しちゃってます。
「はい、クレープの生地はそれだけでも美味しいですから、包むだけでなくこうやって重ねても間違いなく美味しいだろうと思いまして」
「ええもう、間違いなく美味しいわよね!」
今日は蜜蝋布で包んで持ってきたからデコれなかったけど、ミルクレープなら絞り袋から絞ったホイップクリームやカットフルーツで、ホントにホールケーキみたいにデコってもいいよね。
昨日マルゴに話したとき、マルゴもノリノリだったからね。
それにもちろん、春になって苺が手に入るようになったら、マルゴに苺クリームのミルクレープを作ってもらわねば!
苺のフルーツサンドももちろん食べたいけど、苺のクレープも絶対だからね!
などと私がイメージをふくらませている間に、お皿に取り分けられたおやつが配られていく。
「ふむ、これが新作の『くれーぷ』か」
公爵さま、ほぼ眉間のシワが開いちゃってます。
「はい、そちらが1枚のクレープ生地で焼き林檎とクリームを包んだもの、そしてそちらが何枚ものクレープ生地にクリームをはさみながら重ねたものになります」
「昨日はこの焼き林檎の『クレープ』をいただいたのよ」
レオさまもホントに嬉しそうに……あれ? 私がお毒見してないのに、いきなり食べ始めちゃったよ、レオさまってば。
「ああ、本日は身内の集まりだからな」
私の視線に気がついた公爵さまも、そう言ってクレープを口にした。
「うむ、この生地というのが……薄いのに弾力があって、噛むと甘みがしっかり感じられるな。焼き林檎の甘酸っぱさともよく合っている」
「そうでしょう? この生地がね、特に端のパリパリしたところが本当に香ばしくて美味しくて」
なんかもう、ご姉弟でもりもりと食べまくってくれちゃってます。
どうやら今日は身内だけの集まりだから、ってことでかなりくだけた感じでいいらしい。
そうか、客間ではなく居間、つまり住人のプライベートエリアに通してもらうって、こういうことなんだ。
まあ、私が食べものにナニか危険なモノを入れるなんてことはない、ってちゃんとわかってくださってる人たちだしね。
侍女頭のマルレーネさんも当然食べ始めちゃってて、執事のトラヴィスさんも近侍のアーティバルトさんもちゃっかり座って食べ始めてる。
「本当に美味しいですわ。生地のやさしい甘さと焼き林檎の甘酸っぱさが、絶妙ですわね」
「まったくです。薄いのにしっかり弾力のある生地に、林檎のしゃりっとした歯ごたえ、さらにクリームのなめらかさと、非常に味わい深いですな」
うんうん、マルレーネさんもトラヴィスさんも、とっても気に入ってくださったようです。
そんでもって、公爵さまとレオさまはすぐにミルクレープに突入です。
「む? これは……どのように食べればいいだろうか?」
はいはい、ミルクレープをそのまま切ろうとして、でも柔らかい上に弾力があるからクリームがはみ出しちゃって崩れちゃうというトラップですね。
私はにこやかに実演して見せた。
「そうですね、このようにまず横に倒していただいて、少しずつ切り取っていただくと召し上がっていただきやすくなると思います」
公爵さまもレオさまも、私がして見せた通りミルクレープを横倒しにして切り取り始めました。
「ふむ、こうやって……ああ、これはまた、食べごたえがあるな。生地とクリームが何重にもなっていて……しっとりとした生地の量感がすばらしい」
「本当だわ、これはすぐお腹いっぱいになりそう。でも美味しくて手が止まらないわ」
まあね、ふんわりスポンジケーキとは違って、ミルクレープはホントにみっちり生地とクリームが重ねてあるもんね。ふふふふ、食べごたえもボリュームもバッチリですよん。
ただね、この世界にはお餅がないから『もちもち』とか『もっちり』とかに該当する表現がないのよ。だから、このクレープのもっちり感を上手く伝えられないのがちょっと悔しい。





