230.本日のやらかし
本日も2話更新です!
まずは1話目です。
公爵さまにエスコートされて、私は階段を上がり2階の廊下を歩く。
さすがだわー、廊下もめっちゃ広くてじゅうたんもふかふかで、もちろんチリひとつ落ちておりません。ところどころにでっかい花瓶でお花まで飾ってあるしねえ。
その廊下の角を何回か曲がったところで、突き当りに大きな扉があった。
えっと、あんなでっかい扉の向こうが居間なの? どんだけデカい居間なの?
とは思ったけど、私はとりあえずそういう戸惑った顔を隠し、にこやかにエスコートされたままその扉まで歩いた。
「ゲルトルード嬢、こちらに手を」
公爵さまに促され、私はワケがわからないまま、示されたその扉の文様の上に片手を置く。
すると置いた私の手の上に、公爵さまが自分の手を重ねてきた。
あっ、これってアレだ、公爵さまの収納魔道具に登録してもらったときのヤツ!
その通り、公爵さまの手が重ねられた私の手が、ふわーっとあたたかくなり、そして扉の文様の部分からあのときと同じ、すぽんっという感じで自分の手から魔力が吸い取られた。
公爵さまが手を放し、私も扉から手を放す。
なんだろうね、やっぱすごく不思議な感じ。
思わず自分の手をしげしげと見つめちゃう私の横で、公爵さまが言った。
「ナリッサ嬢、次はきみだ」
えっ、ナリッサも?
と、私が慌てて振り向くと、さすがのナリッサも固まってた。
そのナリッサの背後にすっとザビーネさんが、レオさまの侍女であるザビーネさんが近づいて、ナリッサに耳打ちしてくれた。
「ここから先は、公爵閣下に登録していただいた者しか入れません」
そういうことなんだ?
ザビーネさんはにこやかに付け加えてくれた。
「わたくしも、閣下に登録していただいております」
ナリッサの視線がちらりと私に向いたので、私は笑顔でうなずいておいた。だって、ナリッサがこの先の居間までついてきてくれないと困るもん。
そしてナリッサも、同じように公爵さまに登録してもらった。
そんでもってやっぱりナリッサも、すんごい不思議そうな顔してる。いや、表面上はいつものとり澄ました顔ではあるんだけど、なんとなく、なんだコレは? 的な状態であるのが私にはわかるんだよねえ。
執事のトラヴィスさんが、その大きな扉を開けた。
扉の奥には、さらに廊下が続いていた。
私は公爵さまにエスコートしてもらったまま、その扉の中へと進む。ナリッサも、無事に扉を通過できたようだ。
そうか、いまここにいるメンバーは全員、公爵さまに登録してもらってるってワケね。
公爵さま本人に近侍のアーティバルトさん、それに執事のトラヴィスさんと侍女頭のマルレーネさん。そして、お姉さまであるレオさまと、レオさまの侍女であるザビーネさん。
そのとき、私は唐突に理解した。
ああ、いまここにいる人たちが、公爵さまの『身内』なんだ……。
昨日レオさまが教えてくれたこと……この公爵邸の中においてすら、この公爵さまのことをいまだに当主だと認めていない使用人がいるんだ、って。
だからこのお屋敷の中には公爵さま専用の厨房があり、その厨房に入れるのは専属の料理人のほかは公爵さまの『身内』だけ。それは、厨房だけじゃなく……公爵さまのプライベートエリアにおいても、そうなんだ。
登録の扉を通ってすぐ、トラヴィスさんが廊下に並んでいる扉のひとつを開けた。
そこが間違いなく居間でした。
それほど大きな部屋じゃない。入り口正面に大きな窓があり、張り出したバルコニーへつながっている。室内にはソファーやテーブルが何か所かに置かれ、いまは火の入っていない暖炉もある。壁際にはそれほど大きくない本棚やキャビネットも備え付けられている。
私は公爵さまに導かれ、レオさまと並んでソファーに腰を下ろした。公爵さまも、私たちの正面の席にゆったりと腰を下ろす。
そして、私たちのソファーとほぼ直角に置かれている別のソファーに、マルレーネさんが腰を下ろした。
えっと、侍女頭さん……も、座っちゃうんだ?
あ、そうか、客間じゃなくて身内だけの居間だから、別にいいのか。だからナリッサも、戸惑いながらもザビーネさんに促されて、私とレオさまの後ろにある席に座った。
「それでは、すぐにお茶をお持ちいたします」
トラヴィスさんがそう言って、アーティバルトさんも一緒に部屋を出ていく。
ああああ、あの、手土産のおやつってどのタイミングでお渡しすれば……?
私はレオさまにそっと訊いてみた。
「あの、レオさま、わたくし本日、手土産におやつをお持ちしているのですが、どのようにお渡しすればいいでしょうか?」
私の声が聞こえたらしい公爵さまが、ぴくっと反応されましたが無視することにする。
こういうマナーは、せっかくレオさまっていう教えてくれる人が横にいるんだから、レオさまに訊いてその通りにするのがいいはずだもん。
レオさまは、くすくす笑いながら教えてくれた。
「ルーディちゃん、持参した手土産は、玄関でご挨拶したときに渡すのよ」
おおう、私、最初からやらかしてます。
頭を抱えそうになった私に、レオさまはやさしく教えてくれました。
「そうね、たいていは馬車の中で準備しておくの。手土産を侍女に持たせ、玄関で挨拶をしたら出迎えの執事に侍女から渡すのが一般的ね。みなさまに召し上がっていただきたくお持ちしました、という感じの口上で大丈夫よ」
「ありがとうございます、レオさま。わたくし、最初からやり直しですね」
しょぼんとしちゃった私に、公爵さまが言ってくる。
「今日は身内だけの集まりなのだ。そう気にすることはない」
うん、わかってます、別に私を励ましてくれてるんじゃなくて、やり直してたらおやつを食べられるのが遅れるからやり直さなくていい、そう言いたいんですよね、公爵さま?
と、思ってたら、レオさまから弟公爵さまに教育的指導が入りました。
「駄目よ、ヴォルフ。ルーディちゃんに最後まで説明しないと」
お姉さまに叱られてちょっぴり口をとがらせた公爵さまにお構いなく、レオさまはさらに教えてくれた。
「そうやって玄関でお渡しした手土産は、その場で訪問先の執事が一通り中身を確認するの。そして確認したら、いったん貴女の侍女に返してくるわ」
いったん返す、って?
きょとんとしちゃう私に、レオさまは言う。
「返された手土産を侍女が受け取って、そのまま客間に移動するのよ。そして、客間に全員が着席してお茶の準備が整ったら、貴女の侍女がそこでおやつを配るという形になるわね」
なんでまた、そんな面倒なことを……と、思って私は気がついた。
やっぱりどう考えても、ここでも毒、だよねえ。
玄関で執事に手土産を渡して、そのまま執事が持ち去っちゃったら、客間でそのおやつを配る前に毒を仕込まれてもわからないから、ってことだ。
あくまで、食べものはそれを提供した人が責任を持つ、ってことよね。
だから玄関で手土産があることを告げて、まず訪問先の執事にその場で内容を確認してもらう。でもって、実際に給仕するまではその手土産を持参した家の者が管理する必要があるので、いったん侍女に返す、ってことなんだ。
うわー面倒くさーい。
あー、でも、とにかく最初に手土産があることを訪問先の執事に告げることだけは忘れず、あとはもう実際にお茶の席で配るまでずっとナリッサにおまかせ、と考えればいいのか。
私の納得顔に、レオさまがうなずいて言ってくれる。
「今日は本当に身内の集まりで、場所も客間ではなく居間ですからね。手土産の順番もこの通りでなくてよくてよ。次から、手土産を持参して他家を訪問したら、そのようにすると覚えておくといいわ」
「はい。教えていただいてありがとうございます、レオさま」
ホンットに、すぐに質問できてちゃんと教えてくれる人が居てくださるって助かるわー。





